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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 77

    ナンナル

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    俳優さんはお弁当屋のバイトの子と少しでも長く一緒にいたい。
    色々ごちゃごちゃしていたのが落ち着いたので、可能な限り続きやっていきます(*' ')*, ,)

    勢いでここまで書き切りました。とりあえず、私が書くので何があっても大丈夫という方のみでお願い致します。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です×!11(類side)

    「天馬くんの方からメッセージが来るなんてね」

    嬉しくなって、ついすぐに返信してしまった。タイミング良く待ち時間で良かったよ。期間限定メニューとあるけれど、この時期なら、おせち料理かな。あのお店のことだから、多少アレンジはありそうだけれど。

    (メッセージをくれたって事は、今日はバイトの日かな…?)

    年明けの水曜日。打ち合わせは入ってしまっているけれど、夕方には時間ができる。それに、年明けなら普段よりもお客さんも少ないはずだ。久しぶりに行ってみてもいいかもしれないね。スマホをしまって、あと数分で始まる撮影に備える。傍に居た寧々が、じと、とこちらを見ていて、笑って返した。

    「………また、“天馬くん”?」
    「そうだよ。今だけの特別メニューのお知らせさ」
    「いいけど、前みたいに騒がれるのだけはやめてよね。お店に迷惑がかかるし」
    「今度は上手くやるよ」

    僕としても、彼に会えなくなるのは困るからね。また暫く忙しくなってしまう前に、会える時は会っておきたい。スタッフの人が呼ぶ声で、椅子から立ち上がる。溜息を吐いた寧々に一つ笑みを作って見せると、うんざりとした顔をされてしまった。

    「……………何その顔…」
    「寧々、お願いがあるんだ」
    「……どうせ、帰りにあの店まで送ってくれ、とかでしょ」
    「ご名答」

    はいはい、と適当にあしらう寧々に小さく手を振って、ステージの方へ向かった。

    ―――
    (司side)

    「や、やっと落ち着いた……」
    「お疲れ様、司くん」
    「年明けだというのに、まさかこれ程くるとは…」

    夕方のラッシュを侮っていた。平日に負けず劣らずな来店数に、喉が痛い。ショーケースの中のおかずがあっという間に減っていってしまった。まだ六時半だ。ここからもう一つラッシュの時間がくるのにこれでは間に合わなくなってしまうだろう。えむと二人で減ったおかずをメモして、裏に持っていく。えむのお兄さんがそれを受け取って、急いで作り始めてくれたが、さすがに量が多い。洗い物をしつつ、材料の用意などを手伝っていれば、店内の方で呼び出しが来た。あっという間に一時間程経っていたらしい。最後のラッシュの時間になっていたようで、慌てて店先へ戻る。

    「ありがとうございましたっ!」

    目が回るような忙しさ。追加のおかずがどんどん入ってくるのに、あっという間に無くなっていく。そんなバタバタとした時間があと少し、という所まできた。残っている数人のお客さんの相手をえむと交互にして、漸く全員店を退店した時には、二人でぐったりとしてしまった。
    きっと、お正月で誰も家事をやりたくないのだろう。もしくは帰省から帰ってきたばかりで食材が無いか、独り身で作るのが面倒なのかもしれん。まさかこんなにも来店があるとは…。たたー、と裏へ一度向かったえむがジュースを持ってきてくれて、二人で並んで飲み干した。じわ、と冷たい液体が喉を流れていくのが気持ち良い。

    「そろそろ店じまいだな」
    「そうだね〜」
    「早く片付けてしまおう」

    時間も丁度良いので、看板を下げよう。えむが、はーい!と返事をするのを聞いてから、入口の方へ足を向けた。外は真っ暗で、人の通りも少ない。ガラスの扉を開けようと手を伸ばすと、タイミング良くその扉が開いて、目を瞬く。見慣れたコートの色に顔を上げると、マスクを少しズラして、微笑まれた。

    「こんばんは、天馬くん」
    「……こ、んば、んは…?」
    「さすがにもう閉店かな?」

    目の前で苦笑する綺麗な顔に、言葉を失う。久しぶりと言えば久しぶりである。クリスマス以来会っていなかった神代さんに、頭の中は「なんで?」と大混乱である。
    いらっしゃいませ?あけましておめでとうございます?お久しぶりです?先日はお世話になりました?お疲れ様でした?何が正しいのか全くわからん。固まっているオレに、神代さんが小さく首を傾げるので、ぶわわっ!と一気に顔が熱くなった。

    「ま、まだ大丈夫ですっ!いらっしゃいませっ!!」
    「ふふ、相変わらず元気だね」
    「た、ただ、もうほとんど残っていなくて…」

    ショーケースの方へ神代さんと向かうと、ほんの少しづつ残ったトレーが並んでいる。今日はあまり人も来ないだろうと思っていたくらいなので、元々作っていた量も少なくあまり多くは残らなかった。それをじっと見ていた神代さんが、ふわ、と笑う。

    「それじゃぁ、今日は卵焼きと、ブリの照り焼きと…」
    「え、…は、はいっ…!」
    「天馬くんのオススメは何かあるかい?」
    「…今日は、黒豆と、伊達巻、豚の角煮も美味しかったのと…」
    「なら、それも。鮭のおにぎりがないから、昆布にしようかな」
    「はい!」

    心臓が跳ねるように音を鳴らす。昆布も食べられるんだな。春巻きとかオススメしても大丈夫だろうか?他にも、色々オススメしたいがどれにしよう。今日のお味噌汁は飲めるだろうか。長葱が多いから難しいかもしれん。焼売とかも美味いが、玉ねぎの食感とか難しいだろうか?今回はマカロニサラダがないのだが、他に食べられそうなサラダとか…。

    「あ」
    「? どうかしたかい?」
    「あ、いえ、その…ぽ、ポテトサラダは食べられますか?!」
    「…んー……」

    ちら、とショーケースを見た神代さんに、変にドキドキしてしまう。野菜が苦手なのは知っているが、少しづつでも食べて欲しい。お仕事が忙しいのに、栄養が偏ってしまっては倒れてしまうからな。大丈夫そうなラインを見極めて、少しでも…。

    「人参とかは入ってないんですけど、じゃがいもをすっごく柔らかく蒸かしてマヨネーズで和えているので、美味しいんです!黒胡椒も強くてほんのり辛いんですけど、コーンとかハムが入っていて、色味も華やかでっ…」
    「君がそこまで言うなら、きっと美味しいんだろうね」
    「!はい!」
    「なら、それもお願いするよ」

    くす、と笑ってそう言ってくれた神代さんに、パッと表情が綻ぶ。良かった。少し迷惑かもしれないとは思ったが、どうやら大丈夫そうだ。注文を繰り返して、一つ一つを個包装のパックに詰めていく。レジに打ち込んでお会計も済ませると、袋を笑顔で受け取ってくれた。

    「今日はもう終わりかい?」
    「そう、ですね。片付けが終わったら帰ると思います」
    「それなら、家まで送るよ。待っていてもいいかい?」
    「んぇ?!」

    思わず変な声が出てしまった。相変わらずにこにこと優しく笑っている神代さんの言葉が、頭の中で何度も再生される。送る、と言ってはなかったか?どこに?家に?何故?確かに外はすっかり暗くなっている。だが、オレも、神代さんから見たら子どもかもしれんが男子高校生でそれなりに力もある。神代さんが送ってくれなければ帰れない程弱くもないのだが…。そうは言っても、久しぶりに会った事もあって、もう少し一緒にいたいというのも本音だ。神代さんから送ると言ってくれたのなら、それに甘えてしまいたいとも思ってしまう。だが、普段から忙しい神代さんをそんなオレの我儘に付き合わせていいものか…。
    返答出来ずにいれば、カウンター越しに神代さんがくすっと笑った。

    「身構えなくても、お持ち帰りはしないよ?」
    「へ…?あ、それは、心配してませんが…」
    「ふふ、もう少しだけ話がしたいだけだから、迷惑でなければ、送らせてほしいな」
    「……は、はいっ…!」

    こくこくと頷くと、神代さんは入口の方へ向かっていく。神代さんも、話したいと言ってくれた。それが嬉しくて、つい頬が緩みそうになってしまう。ぱちん、と軽く両手で頬を叩いて、隣へ目を向ける。ちょっと離れたところでこちらを見ていたえむが、にぱっと良い顔をした。

    「司くん、とってもとってもわくわくー、はわわー、どかーんっ!だね!」
    「全くわからんっ!そんな事より、もう片付けていいんだよな?」
    「うん!お兄ちゃん達にも言ってきたから大丈夫だよ!片付けも、あたしとお兄ちゃん達で出来るけど…」
    「いや、最後までさせてくれ」
    「うん、ありがとう、司くん」

    ショーケースに残っているおかずは全てパックにしまって、洗い物を裏へ運ぶ。レジや看板なんかを片付けて、軽く店先の掃除と店内の片付けもしてから、洗い物を手伝う。それが終わると、この日の業務もおしまいだ。明日の仕込みはえむのお兄さん達がこの後やるらしい。えむに半ば背を押される形で着替えて、急いで店を出た。店先でスマホを見ていたらしい神代さんが、パッと顔を上げてオレの方へ目を向ける。

    「お疲れ様」
    「お、お待たせしましたっ…!」
    「僕が勝手に待っていたのだから、気にしないでおくれ」

    隣まで行くと、神代さんがふわりと笑ってくれる。本当に、綺麗に笑う人だ。「行こうか」と声がかけられて、一つ頷く。そのまま隣に並んで、家の方へ足を向けた。年始で人通りはいつもより少ない。どのお店も、連休の張り紙が沢山貼られていて、開いているお店の方が少なかった。ちょっとだけ寂しい通りを歩きながら、最近の話を神代さんとした。

    「お正月は家族で初詣に行きました」
    「天馬くんには妹さんもいるんだったね」
    「はい。幼馴染みの皆とバンドをやっていて、毎日遅くまで頑張ってるみたいです」

    年末の大掃除の話とか、おせち料理を母さんと作った話や初詣に行った話。神代さんはずっと笑顔で聞いてくれた。神代さんは、仕事が忙しくて年末年始はずっと撮影や練習に費やしていたらしい。今日も撮影があったのに、オレのメッセージを見て時間を作ってくれたのだと言っていた。それが申し訳ないと思う反面、少し嬉しかった。オレのメッセージで、神代さんが会いに来てくれたのだと思うと、誤解してしまいそうになる。神代さんが、オレの事、少しは意識してくれているんじゃないかって。絶対ある訳ないのに…。

    「そういえば、あのドラマ、今夜からでしたね!」
    「おや、覚えていてくれたのかい?」

    嬉しそうに笑う神代さんに、オレは苦笑を浮かべる。オレが文化祭でやった劇の元になった小説、その小説のドラマが漸くテレビで放送されるんだ。神代さんが主演の、ドラマ。CMや雑誌、SNSでも連日大騒ぎで、今朝も咲希が大変興奮していたのを思い出してしまう。

    「さすがに、これだけ連日騒がれていたら、知らない人の方が珍しいですよ」
    「ふふ、きっと楽しめると思うよ。それに、君がこれから目指す夢の為に必要な勉強にもなるはずだからね」
    「はい!沢山学ばせて貰いますっ!」

    神代さんの言葉に大きく頷いて返す。いつか神代さんの隣に立つと決めたのだから、一つ一つが勉強だ。今回は特に、オレにとっては神代さんと関わるきっかけになった題材だ。神代さんが色々教えてくれたから、一つ一つ思い出して、神代さんがどうやっているのかとか見てみたい。

    「分からないことは聞いてくれていいよ。気になることもね。僕が教えられることなら、いくらでも教えてあげるから」
    「はい!ありがとうございます!」

    そんな風に話していれば、あっという間に家が見えてきてしまった。まだ話したいことは沢山あるが、年始の夜に外で長々と話しては神代さんが風邪をひいてしまうかもしれん。それに、仕事の後に来てくれたのだから、疲れているだろう。
    家の前で立ち止まって、深く頭を下げた。

    「送っていただき、ありがとうございました!」
    「ふふ、こちらこそ、久しぶりに君と話が出来て楽しかったよ」
    「そ、そう、ですか…」

    神代さんの言葉に、きゅぅ、と胸が変な音を鳴らす。こういうのを女性が聞いたら、勘違いしてしまうのでは無いだろうか。現に、オレも一瞬勘違いしそうになった。神代さんが人気の理由は、こういう些細な返し方もあるのかもしれんな。オレも見習わねば!うん、と一つ心の中で決意する。きょとんとする神代さんに慌てて手を振って、「おやすみなさい」と伝えると、神代さんも「おやすみ、天馬くん」と返してくれた。くる、と踵を返す神代さんの後ろ姿を見送ってから、玄関の戸を開ける。パタン、と扉を閉めてその場にへな、とへたり込んだ。頬に両手を当てると、ひや、と冷たい手の温度が頬に伝わる。心臓がまだ煩くて、顔は熱かった。

    「………お、おやすみの、破壊力がすごい…」

    名前までセットのフルボイスだ。全世界の神代類ファンが卒倒するだろうな。なんという贅沢。神代さんとは劇の練習もしたし、こういう事も少なくなかったはずなのに、好きだと自覚してから心臓がドキドキするスイッチのオンオフが激しい。とうとうこんな些細な事にまでドキドキするようになってしまった。いや、普通は有り得ない事だし当たり前の反応なのかもしれんが…。

    「……つ、次までに耐性をつけておかねば、神代さんの前で変な態度になってしまいそうだな…」

    はぁ、と盛大にひとつ溜息を吐いて、立ち上がる。靴を脱いでふらふらとリビングへ向かうと、ソファーに座る咲希がこちらへ顔を向けた。

    「おかえり、お兄ちゃん!」
    「ただいま、咲希」
    「早くしないと、ドラマ始まっちゃうよ!」
    「分かった分かった、急いで準備してくるから、待っていてくれ」
    「早くしてね、お兄ちゃん!」

    そわそわとする咲希にくす、と笑って、急かされるまま部屋へ向かった。咲希はずっと、ドラマの放送を待っていたからな。まさか、実の兄がそのドラマの主演である神代類とさっきまで一緒に居たとは夢にも思ってないのだろうな。というか、家のすぐ目の前まで、いたんだがな。そんなこと言える訳もなく、バイトの鞄を机の傍に置く。と、机の上に一通の手紙が置いてあった。白い封筒を手に取ると、中になにか入っているようだ。

    「……手紙?」

    宛名は、『天馬司くん』と書かれている。差出人は何も書かれていなくて、消印もない。どうやら直接ポストに入れられたものなのだろう。咲希の字はもっと可愛らしいので、違うのはすぐわかった。読めなくはないが、癖の強い字に首を傾ぐ。封を剥がして中を覗くと、半分に折られた紙と何やら固いものが入っている。

    「…?」

    カサ、と紙を開くと一言。『結婚しよう』の文字。意味が全くわからん。その紙に挟まれているのは、写真で、バイト先が映っていた。ゾワッ、と背が粟立って、思わず紙を封筒に押し戻す。タチの悪い悪戯か何かだろうか。気持ち悪さにゴミ箱へそれを放り込むと、カラン、と音がした。

    「そういえば、何か入って……」

    ゴミ箱には殆ど何も入ってなかったので、封筒を退かすと底が見える。キラ、と光った物を見て、体が固まった。銀色の小さなリングが、異様な物に見えてしまう。

    「…お兄ちゃん?どうかしたのー?」
    「あ、いや、なんでもないぞっ!」
    「もう始まっちゃうよー!」
    「い、今行くっ…!」

    咲希の声で、ハッと意識が戻る。慌てて封筒をもう一度ゴミ箱に放って、オレは慌てて部屋を飛び出した。心臓が、さっきまでとは違った意味でバクバクと鳴っている。変な冗談だ。タチの悪い悪戯。もしくは、宛先を間違えたのかもしれん。でなければ、こんな物が来るはずがない。

    「咲希、机の上の手紙なんだが…」
    「あ、それなら、ポストに入ってたよ!お兄ちゃん宛だったから、お部屋に置いておいたけど…」
    「そ、そうか……」

    首を傾げた咲希に笑って誤魔化して、ソファーに座る。正直、心当たりが全くない。正直、神代さんに出逢うまで恋もろくに知らなかったんだ。誰かと交際した記憶もなければ、告白をされたことも無い。やはり、何かの間違いだろうか…。

    「あ、始まったよ!」
    「っ…!」

    テレビの画面が切り替わり、今回のヒロインが現れる。咲希が隣で身を乗り出すのが視界の隅に映って、オレも顔を上げた。舞台は公園での出会いから。ここはあの小説のままだ。ベンチに座る探偵役の神代さんが映って、ドクン、と心臓が大きく跳ねる。目深に被った帽子と、コート。本を読む姿がとてもかっこよくて、その金色の瞳がふ、とこちらへ向けられる様にドキドキした。

    (…やはり、すごいな……)

    ぎゅ、と手を握って、息を飲む。ヒロインのくるくる変わる表情も、えむと違った可愛らしさがある。世界感に惹き込まれる演技に集中してしまい、さっきまでの恐怖はすっかり消えていた。咲希が隣にいなければ、メモを取りたいくらいだ。それくらい、たった一時間のドラマに集中していた。一つ一つの動きを見て、たまに手が無意識に動いて咲希に驚かれてしまった。だが、楽しい時間だった。

    (………早く、神代さんに話したいっ…)

    この胸がドキドキする興奮を、全部、話したい。
    ドラマ終了後に、部屋に駆け込んで長文の感想メールを送って神代さんに笑われた。

    ―――
    (類side)

    「見ておくれ、寧々。天馬くんからメッセージが来たんだ」
    「ほんと、長過ぎ…」
    「ふふ、あのドラマをとても楽しんでくれているみたいだよ」
    「はいはい、それは良かったわね」

    たぷたぷ、とメッセージを遡っては頬を弛めてしまう。毎週律儀にドラマの感想を天馬くんが送ってくれる。それがとても嬉しかった。このシーンが良かった、とか、この掛け合いの間のとり方がすごい、とか、ここをこの雰囲気で演じるとこんなにも違う印象になるんですね、なんてそんな事が綴られている。文面を見て、彼が楽しんでくれているのが伝わってきて、毎週このメッセージを貰うのが楽しみになっていた。

    「最近はお店にも行っているんだっけ?」
    「毎週ではないけれどね。前よりは落ち着いてきているみたいだし」
    「まぁ、ドラマの放送日も水曜日だから、あんたのファンは早く家に帰っているんじゃない?」
    「ふふ、お陰でドラマを楽しみにしている天馬くんも見られて、僕としても有難いね」
    「…………一種のストーカーじゃん…」

    はぁ、と溜息を吐く寧々の言葉は軽く流してスマホを閉じる。昨日お店に行った時は、ドラマの続きが気になっているんです、とそわそわしていたからね。お客さんが僕以外に居なくて、彼と少しだけ話をする事も出来た。ドラマのシーンを録画して何度も見返してくれているらしく、彼なりに良く勉強している。台詞の抑揚の付け方とか、手の動き方とか、立ち位置とか。その上で、よく分からない動きや話し方をした時は僕に聞いてくれている。何故あのシーンで大きな声を出したのか、とか、あのシーンはヒロインの肩に手を触れる描写が小説にはあったが手を繋いでいた、とか、本当に細かい所まで見てくれていた。実際、彼と台本を作っている時に変える部分もあった。だからこそ、その意図を聞きたいのだと細かく見てくれている。まぁ、このドラマの脚本や演出は僕では無いので、僕も聞いた話を彼に伝えているだけだけれどね。

    (彼と話すのは、とても楽しくて、飽きないね)

    次はこうしたい、と一度演じて思う所が出てきたようで、彼はとても楽しそうに話をしてくれる。彼らしい話の構成の仕方はとても好きだ。最近はオリジナルの脚本作りもしてみたいと話していたから、是非見させてほしいな。
    そんな事を思い返していれば、スタジオ内がざわざわとし始めた。そろそろ撮影が再開するのだろう。寧々が時計を確認するのを横目に見て、僕もスマホを閉じた。

    「これが終わったら、次はCMの撮影が入ってるから」
    「あぁ、あの化粧品のCMだね」
    「ということで、予定通り終わらせてよね」
    「分かっているよ」

    スマホを閉じて寧々に手渡し、立ち上がる。
    今回は雑誌の表紙だったかな。若い子向けのファッション誌らしいけど、天馬くんはこういう雑誌を見たりするだろうか。遊園地に行った時の服装は、結構きっちりした感じの私服だったな。パーカーやジャージとかは着たりするのかな。セーターとかきっと似合うだろうね。今回は春向けの服をメインにしているから、発売は三月くらいだろうか。発売したら、それとなく天馬くんに話してみて、一緒に服でも見に行くきっかけに出来たりしないかな、なんて。ずるいとは思いつつも、彼が興味を持ってくれるなら仕事の話でもなんでも使おう。
    指示された立ち位置に立って、言われた通り顔を作ってカメラの方へ顔を向ける。何枚もシャッター音がスタジオ内に響いて、目の前がフラッシュで光る。さっき時計を見た時は、彼のバイト先が一番忙しくなる時間だった。この撮影が終わる頃には、彼は家に帰っているだろうね。昨日のドラマの感想も貰ったし、彼はまた録画したドラマを見返して勉強しているかもしれないな。

    (出来るなら、隣で一緒に見ていたかったな…)

    彼がどんな顔で見ているのか、隣で見ていたかった。きっと、一つ一つの場面で、表情がコロコロと変わるんだろうね。キラキラした目で楽しんで、登場人物に感情移入しては表情を変えて、泣いたり笑ったり、きっと忙しいのだろう。けれど、何か気付くと途端に真剣な顔をするのかもしれない。想像すると、色んな表情の天馬くんが浮かんで、つい口元が緩んでしまう。
    カメラのフラッシュが止まって、カメラマンの方が顔をこちらへ向けた。

    「神代さん、良い顔してますね」
    「そうですか?」
    「いつもより、優しい顔をしてましたよ」

    楽しそうに笑うカメラマンの方に、笑みで返す。どうやら、天馬くんのことを考えていていつもと違う顔をしていたらしい。んん、と咳払いを一つして、もう一度表情を作り直した。仕事なのだから、あまり緩んだ顔をしてはいられない。
    シャッター音が再開して、僕はカメラの方を見つめ続けた。時折ポーズは変えて、カメラマンの方やスタッフの方と話し合いながら、順調に撮影は進んでいく。最後の撮影も問題なく終了し、スタジオ内にいるスタッフの方たちに挨拶をしながら寧々の方へ向かった。

    「お待たせ」
    「お疲れ様。このまま次に行くからね」
    「分かっているよ」

    寧々からスマホを受け取って、スタジオを出る。廊下を歩きながら地下の駐車場へ向かっていると、寧々が「あ」と小さく呟いた。

    「そういえば、着信があったよ」
    「誰からだい?」
    「直ぐに切れちゃったから分からない。不在着信とかで残ってないの?」
    「…本当だ」

    寧々に言われてスマホをつけると、ディスプレイ画面に不在着信の通知が残っている。着信相手は、どうやら天馬くんだ。電話なんて珍しいな。すい、と指で画面をスクロールして、暗証番号を打ち込む。そうしてメッセージアプリを開くと、不在着信の履歴だけが表示された。たぷたぷ、と画面を指でタップして、短くメッセージを打ち込む。

    『すまないね、撮影で出られなかったのだけど、何か急ぎの用事かい?』

    ぽこん、とメッセージが送られた。数秒後に既読のマークがついたので、どうやら丁度スマホを見ていたのかもしれない。
    地下駐車場に到着し、寧々が車の鍵を開けた。助手席にいつものように乗り込んで、シートベルトを引っ張っていると、スマホが振動する。マナーモードの為、どうやらバイブレーションだけが作動したようだ。ディスプレイ画面には天馬くんからの着信が表示されている。
    カチ、とシートベルトをつけて、スマホの画面に指を走らせた。コール音が止まって、機械越しに誰かの息遣いが聞こえてくる。

    「もしもし、天馬くんかい?」

    スマホを耳に当てて問いかけた。走るような足音が聞こえているけれど、それ以外は呼吸音しか聞こえない。もしかして、走っているのだろうか。
    寧々が車のエンジンをかけて、ゆっくり車体が動き出す。すると、静かなエンジン音を掻き消すように、どこか焦った様な声がスマホから聞こえてきた。

    『神代さんっ、助けてくださいっ!』

    スマホの向こう側で、ガシャンッ、と硝子の割れる様な音が大きく響いた。
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    💖💖💖💖🌋💖💖💖😭☺💖😭👏💞🙏❤💖💘👏❤💖☺👍❤👏🌠👏☺😍😍😍💘💘💘💘💖💖💖👏😭💞🙏💖🙏🙏😍💖👏💖💖💖💖💖💖❤💖❤💖😍
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
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    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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    Laurelomote

    SPOILERこの文書は『ブラックチャンネル』の、主にエピソード0について語ります。漫画版・アニメ版両方について触れます。
    コミックス最新刊の話までガッツリあるのでまだ読んでないよこれから読むよって方はご注意ください。
    あくまで個人の考察です、自己満足のため読了後の苦情は一切受け付けておりません。
    タイトルの通り宗教的な話題に触れます。苦手な方はブラウザバックで閉じる事を推奨致します。
    ブラチャン エピソード0について実際の神話学と比較した考察備忘録目次:
    【はじめに】
    【天使Bとは何者なのか】
    【堕天】
    【そもそも"アレ"は本当に神なのか】
    【ホワイト(天使A)とは何者なのか】
    【おまけ エピソード0以外の描写について】


    【はじめに】
    最近、ブラックチャンネルという月刊コロコロコミック連載の漫画にどハマりして単行本最新5巻までまとめて電子購入しました。
    もともと月刊コロコロ/コロコロアニキの漫画はよく読んでいたのですが(特にデデププ、コロッケ!etc)、アニキの系譜であるwebサイト『週刊コロコロコミック』において次々と新しい漫画の連載が始まり色々読みあさっていたところに、ブラックチャンネルもweb掲載がスタートし、試しに読んでみたらこのザマです。
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