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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 76

    ナンナル

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    俳優さんは大胆にお弁当屋のバイトさんを口説く。

    前回書くつもりだったところまで。こんなに書くつもりなかったのに、ほぼ一話分になりました。
    このままだと、卒業まで片想い続かない気がする…:( •ᾥ•):

    ※新設のトイレを使用しております。壁も清掃員が綺麗に清掃しておりますので、衛生面に問題はございません。
    ※この二人は付き合ってません。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 21(類side)

    「今日は、妹の付き添いで来たんですが、お会い出来て嬉しいです」
    「…ありがとう。僕も、会えて嬉しいよ」

    少し緊張した様子の天馬くんに、笑みを返す。
    “初めまして”と言われて驚いたけれど、きっと、妹さんに僕との仲を知られないためなのかな。前に妹さんが僕のファンだと話していたのを知っている。それに、彼は僕の事を周りには話していないらしい。だから、妹さんにも内緒にしてくれているのだろうね。手を差し出してくれた天馬くんと握手をするのは、なんだか不思議な気分だった。一方的なデートで手を繋ぐこともあるし、抱き締めたこともある。ふわふわの髪に触れたことだってあるのに、今更握手をする、なんて不思議な体験だ。けれど、それは天馬くんも同じらしい。そわそわとしている彼に、つい口元が緩んだ。

    「妹さんと、良く似ているんだね」
    「…そうですね、よく言われます」

    彼の家に置かれている写真で、彼の御家族を見た事はある。実際に会ってみると、彼と性格もよく似ているようだった。恥ずかしそうにはにかむ天馬くんがあまりに可愛らしくて、ほんの少し、意地悪がしたくなってしまう。
    ずっと会いたいと思っていたし、近いうちに内緒出会いに行こうとすら思っていたのだから仕方ないだろうね。そこで、ちら、と時計に目を向ける。今回の握手会は午前と午後で分かれていて、午前の部はあと二十分程で終わる予定だ。その後は休憩時間となる。
    口角が自然と上がって、彼の髪に手を伸ばす。

    「おや、髪が少し乱れているよ」
    「………んぇ…?」

    きょとんとする天馬くんの耳に態と指を滑らせて撫でてから、髪を指へ絡めるように触れる。首の後ろ、後頭部の辺りを手で引き寄せると、よろけたフリで顔を彼に寄せる。耳元へ唇を寄せると、彼の肩がビクッ、と小さく跳ねた。「天馬くん」と名前を呼んであげると、分かりやすく顔を赤らめて固まってしまう。それがなんとも可愛らしく、このまま抱き締めてしまいたい気持ちを押さえ込んだ。

    「三十分後に会場裏のトイレまで来れるかい?」
    「…ぇ、……え…?」
    「…すまないね、バランスを崩してしまったみたいだ」
    「………ぁ、…いえ…」

    パッと、手を離すと、耳を押えて震える天馬くんと目が合う。待機列の方から、女性の悲鳴に似た甲高い声が響いたけれど、それは聞こえないふりをする。ここでの写真の撮影は禁止されているから、彼の姿が広められることは無いはずだ。まぁ、広められたら、堂々と彼が僕のモノであると言えるのだけどね。
    「次の人に代わってください」というスタッフの言葉に、天馬くんがハッと意識を戻す。残念ながら、この時間も終わりらしい。ひらひらと手を振って、にこ、と笑って見せる。

    「それじゃぁ、またね」
    「………はぃ…」

    軽く会釈をした天馬くんは、赤い顔のままふらふらと出口の方へ向かっていった。どうやら、まだ上手く思考が追いついていないようだ。悪戯が成功したようで、なんだか気持ちがいい。彼は、さっきの僕の言葉をしっかり覚えていてくれるだろうか。あのまま帰られてしまったら、少し寂しいかな。

    (まぁ、そしたら夜にでも、電話で泣き落としてみようかな。約束を守ってもらえなかったから、とか理由をつけてデートの約束を取り付けるのもいいね)

    スタッフさんに誘導されて、次の女性が目の前に来る。天馬くんに会えたからか、それともこの後の約束が楽しみだからか、今朝よりは随分とやる気が出てきた。
    にこ、と笑って女性達と握手を交し、残りの時間をやり切った。

    ―――

    「神代さん、お疲れ様です」
    「お疲れ様です」
    「再開は二時からとなりますので、それまでにご準備をお願いいたします」
    「分かりました」

    スタッフさんに会釈して、会場を裏口から出る。控え室は通り過ぎて、そのままスタッフ用の通路に入った。二十分で終わる予定だったけれど、確認や午後に向けての打ち合わせで少し遅くなってしまった。待ち合わせ時間ギリギリになってしまうけれど、天馬くんは居てくれるだろうか。
    と、そこでポケットに入れていたスマホが鳴り出した。聞き慣れた着信音は、間違えようもなく寧々だ。

    「もしもし」
    『ちょっと、類っ、あんた今どこにいるの?』
    「少し散歩かな」
    『次の準備があるんだから、一時までには戻ってきなさいよ。というか、お昼とるんだから、あんまり遠くに行かないでよね』
    「分かっているよ」

    休憩時間になっても控え室に戻らなかったから、どうやら心配をかけてしまったらしい。寧々には申し訳ないけれど、天馬くんのことを話したら止められてしまいそうだから、もう少し黙っておこうかな。スタッフ用の通路の出口が見えてきて、少し足を早める。

    「それじゃぁ、また後でね、寧々」
    『あ、ちょっと…』

    ぷつん、と通話を切って、スマホをポケットへしまう。ドアをそっと開けて外へ目を向けると、それなりに人はいるようだ。午後の部を待つ人や、友人たちと話をする人もいる。所々に人の集まりが見えるけれど、ここを通らないと彼を待たせているトイレには向かえない。本当なら、喫茶店とかで待ち合わせたかったけれど、さすがに難しいからね。用意していた帽子を目深に被って、マスクをかける。いつもの眼鏡で顔を隠せば、少しくらいなら大丈夫だろうね。カチャ、とドアを開けて、外へ出た。なるべく目立たないように壁側を歩きながら、目的地へ向かう。女性側のトイレは、人が並んでいるようだ。それをちら、と見てから男性側のトイレに踏み込む。と、出てこようとしたらしい人とぶつかった。僕より少し背の低いその人は、ふら、と軽く後ろへよろけた。

    「す、すみませ…」

    目をギュッと瞑って額をおさえる姿に、慌てて手を伸ばす。
    聞き間違えるはずもない愛おしい彼の声に、ほんの少し鼓動が早まった。さっきよりも少し冷えている手を握れば、彼が驚いた様に僕を見る。

    「か、神代さんっ…?!」

    そんな彼を、何も言わずに奥へ引っ張り込んだ。

    ―――
    (司side)

    「すまん、咲希、ちょっとトイレへ行ってきて良いか?」
    「あ、うん、大丈夫だよ」

    神代さんと握手した際に言われた言葉が、ずっと頭の中で回っている。三十分後、というのは、多分12時の事だろう。もしかしたら、お昼の時間は休憩時間なのかもしれん。だから、その時間を指定されたのだろう。だが、何故トイレ…? いや、神代さんが普通にお店に出入りしたら大騒ぎになるから、だとは思うが…。
    というより、何故呼ばれたのだろうか。今日参加することを言わなかったので、怒られる、なんてことは無いと思うが…。

    「遅くなるかもしれんから、どこかのお店で待っていてくれ」
    「お兄ちゃん、体調悪いの?」
    「ぁ、いや、…その…、悪いというか…。とにかく、少し時間がかかりそうなんだっ…!」
    「それなら、あそこのカフェで待ってるね。何かあったら連絡してね、すぐ行くから!」
    「あぁ」

    咲希が目の前のカフェを指さした。なんとか誤魔化せたことに安堵して、オレは咲希に手を振る。人はそこそこ多いが、本当に神代さんが来るのだろうか。指定されたトイレを探すと、確かに先程の握手会会場の裏側にトイレがあった。綺麗な外装のようだが、新設なのだろうか。女性側のトイレはかなり列が出来上がっている。並んでいる人すら見当たらない男性側の入口に入って、中を覗いた。誰もいないらしい。スマホで時間を確認したすると、あと2分ほどで12時だ。
    ここで待てばいいのだろうか。

    「……そういう冗談は言わないと思うが、からかわれただけなのではないだろうか…」

    一人でいると、嫌な方へ考えてしまう。
    あの時の神代さんは、少し楽しんでいたようにも見えた。オレが緊張していると気付いたのだろう。もしかしたら、本当にからかわれたんじゃないか。そもそも、神代さんには婚約者がいるのに、男のオレにあの態度はなんなんだ。振り回されてばかりで、心臓が幾つあっても足りない。神代さんに触れられる度に、神代さんに名前を呼ばれる度に、神代さんに思わせぶりな事を言われる度に、訳が分からなくなる。
    会場での言葉を思い出すと、胸がぎゅうっと苦しくなってしまう。もし、本当にからかわれただけだったら、どうすればいい…。
    一人で待っているのが、怖くて仕方ない。指先が冷えてきて、服の裾を強く握る。このままここにいて、神代さんが来なかったら…、そう思うと、急に不安になった。足は動かなくて、けれど、胸の奥が変にドクン、ドクン、と音を鳴らす。
    浅くなっていた呼吸を一度止めて、ゆっくり吐き出した。

    「……一度外へ出よう」

    ぱちん、と自分の太腿を手で叩いて、無理矢理足を動かす。入口の方へぐるっと方向転換して、止まらないように踏み出した。止まったら、動けなくなりそうだったから。そうして逃げるように外へ向かっていた体が、ドン、と誰かにぶつかる。

    「す、すみませ…」

    顔に衝撃を受けて、慌てて謝った。手で痛む額をおさえていると、反対の手がパッと掴まれる。相手は何も言わないので、驚いて目を開けると見慣れた帽子が視界に飛び込む。よくお店に来てくれる、少しだけ不審者にも見える格好の人。
    冷えた指先に、温かい指が絡められる様に手を繋がれて、胸の奥がトクン、と音を鳴らした。

    「か、神代さんっ…?!」

    硝子の厚い眼鏡の奥で、月のような瞳がオレを映す。
    間違えるはずもない、大切なお客さんの姿に足が一歩下がった。けれど、神代さんは何も言わずにトイレの奥へ向かっていく。握られた手はそのままでに、ぐっと引かれてはついて行かざるを得ない。誰もいない男性用トイレの一番奥の個室へ、神代さんが入っていく。オレのことも、中へ引っ張り込んで、少し乱暴に扉が閉められた。ガチャン、と鍵がかけられて、驚く間もなく壁を背に押し付けられる。繋いだ手がするりとそこで放された。
    とん、とオレの顔の横の壁へ肘をつく神代さんは、マスクを片手で外す。

    「…ぁ、…の……」

    さっきの会場よりもずっと近い距離に、神代さんがいる。
    シン、と静まり返ったトイレは、他に音が聞こえない。自分の心臓の音ばかりが煩くて、全部神代さんに聞かれているんじゃないだろうか。神代さんの顔を見ることが出来なくて逸らした視界の隅で、白い指がゆっくり上がっていく。カチャ、とほんの小さな音すら大きく聞こえて、ピクッ、と肩が跳ねた。眼鏡のフレームを畳んで、神代さんが胸ポケットにそれを引っ掛ける。オレは、黙ってそれを見つめている事しか出来ない。
    少しでも動けば、ぶつかってしまう程の距離に息を飲む。

    「………やっと…」

    すり、とオレの頬を、神代さんのさらさらな髪が撫でた。オレの肩に、重みが加わる。じわ、とそこから熱が広がっていく様に感じて、その瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
    沸騰しそうな程顔が熱くなって、掌に汗が滲む。足が小刻みに震えて、ほんの少し、ずる、と背が壁を滑る。このまま崩れ落ちてしまいそうなオレの太腿に、すり、と何かが触れた。支えるかのように足の間に神代さんの膝が差し入れられる。

    (ま、て、まてまてまてっ……!?)

    ぐるん、と視界が回った気がした。
    これ以上無いほど顔が熱くて、心臓がバクバクバクバクと破裂しそうだ。無意識に止めていた息を吐くと、ふわりと花の匂いがした気がした。視界の隅で揺れる藤色の髪に、思考が全く追いつかない。
    なんで、こんな事になった…?!

    「…やっと、触れられる……」
    「ひぅ……」

    つぃ、と神代さんの細い指が、オレの手首にゆっくりと線を引いていく感覚に、肩が跳ね上がる。そのまま、掌を指の先で撫でられ、指が絡んだ。きゅ、と手を握られた瞬間、胸の奥できゅぅう、と変な音がした。
    なんなんだ、この状況は。首元に、熱い息がかかってくすぐったい。すり、と額を擦り付けられると、髪が揺れてなんだか綺麗だ。変な汗が出てしまう。首とか、手とか、汗くさくないだろうか。
    何か言わなければ、と思うのに、何も言葉が出てこない。はく、はく、と口を開閉させていると、壁に肘をついたままの手が、髪を梳く様にオレの頭を撫でた。

    「ずっと会いたいと思っていたのに、寧々が邪魔ばかりするから…」
    「…っ、……、…」
    「すまないけれど、もう少しだけ良いかい? 僕なりに結構我慢していたんだ」
    「……は、…ぃ…」

    髪を撫でられた部分から、熱が広がってくようだ。神代さんが喋る度に、熱い吐息が首を撫でてゾクゾクする。もしや、夢でも見ているのだろうか。こんな、恋人の様な距離に神代さんがいるなんて、有り得ない。有り得ないはずなのに、伝わる熱も、触れられた掌の感触も、苦しいくらい早る心臓の鼓動も、全部本物のようだ。
    指先一つすら動かせなくて、ひたすらに目の前にある神代さんの肩から覗く壁を見つめ続ける。

    「ふふ、天馬くん、今とても緊張しているね」
    「…………し、ますよっ…、…」
    「さっきも、緊張していたね。まさか来てくれるとは思わなくて、驚いたよ」
    「………つきそぃ、…です…」
    「うん。それでも、嬉しい」

    小さな声で囁くように言われると、まるで内緒話をしている気分になる。それに、いつもより、神代さんの声が近い。普段の声より低くて、余計に心臓の音が大きくなる。小さな息遣いに、喉が鳴った。なんだか、まるでイケナイ事をしているかの様だ。

    (ぁあ、あぁああああああッ……)

    頭の中はパニックで、きゅ、と唇を引き結ぶ。こんな近くに神代さんがいる。正直、前に神代さんに助けられて抱えられた時よりもずっと心臓が煩い。顔に熱が集まりすぎてくらくらする。ふんわりと香る花のような匂いはトイレの芳香剤なのか柔軟剤の匂いか、それとも神代さんの匂いなのか全くわからん。髪を撫でる指先が、すり、と耳の縁を掠めるだけで、ビクッと肩が跳ねた。
    このままでは、死んでしまう。ドキドキのし過ぎで死ぬ。それはかっこ悪いなっ…?!

    「…天馬くんはお日様みたいな匂いがするね」
    「っ…、……、〜〜〜…」
    「とても落ち着くよ。ずっとこうしていたいな」
    「…か、みしろさっ……、も、…むりっ…」

    すん、と首元に鼻を擦り寄せる神代さんに、オレは限界だった。震える手を必死に動かして、なんとか胸元を押す。全然力は入らないし、オレより大人の神代さんがそれで押しのけられる訳ではない。けれど、これ以上続けられたら、どうにかなってしまいそうだった。
    裏返りそうな震える声で名前を何とか呼ぶと、視界の隅で藤色の髪が揺れた。

    「すまないね、困らせてしまったかな?」
    「……ぃ、ぇ……、その、…すこし、緊張、して…」
    「ふふ、嫌ではなかったのなら、また疲れた時にでもお願いしようかな」
    「んぇっ…?! そ、ういうのは、…恋人、と、…」

    するものですよ、と言いかけて、口を噤む。
    悪戯っ子の様に笑う神代さんは、繋いでいる手を軽く引いた。ずっと繋いでいたからか、伝わる熱が掌に馴染んでくっついてしまったかのようだ。すり、と親指の腹で手の甲を撫でられると、くすぐったさに背がゾクッと震える。
    髪を撫でていた手は、名残惜しそうに最後にもう一度髪を撫でる。そうして、熱くなった頬にすり、と擦り寄せた。

    「僕とは、嫌だったかい…?」
    「……そ、ういう、わけ、では…」
    「僕は、天馬くんになら、触れていたいな」
    「………か、んちがぃ、しそうに、なる、ので、…そういう、のは、やめたほうが、…」

    視界がくるくる回っているかのような変な感じだ。あまりの事に、とうとう鼓膜までおかしくなったのだろうか。さっきから、神代さんの言葉が自分に都合良く聞こえてしまう。特別だと言われている様な、まるで、告白でもされているかのような。というか、これでは、恋人のようだ。そんなわけがないと、知っているはずなのに。都合良く思い込んでしまいたくなる。

    「していいよ」

    シン、としたトイレの個室の中に、神代さんの声が落ちる。甘やかす時のような、優しい声音で。
    数秒、時が止まったかのようだった。何を言われたのか理解するのに、時間がかかった。頭の中で何度も繰り返し再生して、漸くその音が『していい』と、そう言ったのだと理解する。瞬きすら忘れて顔を上げると、ふわりと微笑む神代さんと目が合った。

    (……ぃ、ま、…なんの、はなしを………)

    していた? オレとの距離感とか、言葉が、友だちにおくる言葉とは何かが違うと…。自分が、まるで、神代さんの想い人の様に“勘違いしてしまう”と、そういう話をしていて…。
    神代さんは、オレの言葉を待っているようだった。何も言わずに、ただ、目の前で優しい顔をして待ってくれている。だから、言葉の意味を確認しようと、ほんの数センチ、足が前へ出た。
    と同時に、オレのスマホが盛大に軽快な音を鳴らした。

    「のわぁあっ…?!」
    「おや」

    明るい着信音に、慌ててスマホへ手を伸ばす。画面には、『咲希』と名前が出ていた。時刻は十二時半をとうに超えている。ちら、と神代さんを見ると、笑顔で頷かれた。多分、出ていい、ということだろう。
    急いで着信に応答すると、機械越しに咲希の泣きそうな声が聞こえてくる。

    『お兄ちゃん、ずっと戻ってこないけど、大丈夫?!倒れたりしてない?!』
    「あ、あぁ、すまない、ちょっと知り合いに会って、立ち話してしまった…!すぐに戻るから、もう少しだけ待っていてくれるか?」
    『そっか、それなら良かったぁ。でも、遅くなるなら連絡してね、すごく心配したんだから!』
    「本当に、すまんな、咲希」

    安心した様子の咲希に、もう一度謝って、オレは通話を切った。こんなに時間が経っていたとは思わなかった。小さく息を吐くと、神代さんが胸ポケットから眼鏡を取り出す。それをかけてから、個室の鍵を開けてオレの方へ顔を向けてくれる。

    「妹さんに心配をかけてしまって、すまないね」
    「いえ、オレが、連絡しなかったのが悪いので…」
    「今日は会えて良かったよ。もう少ししたら、お店にも行けると思うから」
    「は、はい…」

    ぺこ、とお辞儀をして、個室を出る。やはり誰もいない男子トイレの出口へ足を向けかけて、オレは振り返った。個室の前で立ち止まったままの神代さんが、笑顔で首を傾げる。

    「どうかしたかい?」
    「…ぁ、いえ……、…忙しいと、思いますが、お仕事頑張ってください…」
    「うん、ありがとう」
    「それでは」

    もう一度お辞儀をして、オレはトイレを後にした。神代さんは多分、時間をずらして出るつもりなのだろう。後ろからの足音は、聞こえなかった。ほんの少し駆け足になりながら、咲希の待つカフェに向かう。熱い顔に、外気が当たるとひんやりした。それでも、熱もドキドキも一向に治まらない。
    神代さんの、優しい表情も、あの甘い声音も、消えてくれなくて…。

    (……勘違い、して、いい、というのは、どういう意味だ…)

    ずっと、その答えだけが出てこない。

    ―――
    (類side)

    「…手強いなぁ」

    壁に背を預けて一つ息を吐く。
    天馬くんに触れていた手は、まだじわりと温かさを残している。指の隙間からするりと逃れていく髪の感触も、繋いだ掌の柔らかさも、だ。
    少し意地悪をしてしまったかな。かなり緊張していたみたいだし、声も震えていた。けれど、あの電話で遮られる直前に目を合わせた時の彼は、驚いていたけれども、同時に期待の籠った瞳をしていた。あの時もう一度、『そう思ってくれていいよ』と言っていたら、どうなっただろうか。

    「………まぁ、彼のことだから、『これが人気俳優さんの技なんですね』、とか斜め上の結果に至るのかな…」

    存外、一筋縄ではいかないのが天馬くんだ。
    あの放送であそこまで言ったと言うのに、次に会った時には普通に戻ってしまっていたしね。結構大胆な告白をしたつもりなのだけど、天馬くんには伝わらなかったようだ。
    それに、いくら僕でも、相手が天馬くんでなければ『手作りのお弁当』なんて強請ったりしない。かなり大胆なアプローチだと思うのだけど、躱されてしまうのは遠回しにフラれたのだろうか。いや、天馬くんの態度からして、そんな事はなさそうだけれど…。

    「…こんな所にまで呼び出して、あからさまな触れ方もしたし、十分直球で伝えたと思うのだけどね」

    会いたいと思っていた矢先に、天馬くんが自分から会いに来てくれた。それがどれだけ嬉しかったか。周りの目もあったのに、あそこで態々声をかけたのは天馬くんに意識してほしかったからだ。あれだけあからさまな特別扱いも、彼は友人との内緒話くらいにしか思ってないのでは無いだろうか。
    それに、僕は『触れたかった』とはっきり言った。普通、好意を持っていなければそんな感情は持ち合わせないだろう。だと言うのに、それも全て聞き流せるのが天馬くんだ。天然というより鈍感過ぎる。もし相手が僕ではなかったらどうするのだろうか。危機意識が無さすぎて、心配になってしまうよ。素直なのは彼のいい所だけれど、素直過ぎて危なっかしい。
    あのままキスでもすれば、気付いてくれたのだろうか。

    (…そんな事をしたら、暫く顔を合わせてくれなくなりそうだけれどね……)

    恥ずかしがって、僕からの連絡は全て拒まれてしまいそうだ。こうなったら、面と向かって彼に告白するべきだろうか。けれど、するなら特別なモノにしたい。これ以上ないと思える様な、彼が驚く様な演出を考えたい。天馬くんの、幸せそうに笑う顔が見たい。その為には、まだもう少し時間が欲しい。
    と、そこで僕のポケットにしまってあるスマホが鳴り出した。

    「あぁ、寧々かい?」
    『あぁ、じゃないでしょ。いつまで散歩してる気?』
    「すまないね、今から戻るよ」
    『どうせ何も食べてないんでしょ、早く帰ってきなさいよね』
    「うん」

    言いたいことだけ言った寧々に、ぷつ、と通話が切られてしまった。つー、つー、と鳴る音を聞いて、スマホの画面をタップする。寧々は僕をよく分かっているね。このまま食べなくても平気だけれど、戻ったら何かしらは食べろと言われそうだ。せっかくなら、天馬くんと一緒に食べたかったな、とぼんやり思って苦笑する。
    仕方なくマスクで顔を隠して、こっそりとトイレを抜け出した。スタッフ用の通路を使って控え室へ向かう。すれ違うスタッフさんには軽く挨拶だけをして、女性に話しかけられた時は軽く躱した。
    そうして辿り着いた控え室に入ると、寧々がじとりとこちらを睨んでくる。

    「なにしてたのよ」
    「散歩だよ」
    「この会場の中を散歩なんかしたら、大騒ぎになるでしょ」
    「ちゃんと顔は隠しているよ」

    ガサガサとコンビニの袋からお握りを取り出して僕に手渡してくれる寧々に短くお礼を返す。ぺりぺりと包装を手順通りに剥がしていくと、三角のおにぎりが出てくる。それを一口かじって、咀嚼した。やっぱり、あのお店の様にお米が柔らかくは無い。分かっていたことではあるけれど、期待した食感が無いことにほんの少し残念な気持ちになってしまう。

    「最後まで頑張りなさいよ、あんたに会いにみんな来てるんだから」
    「大丈夫、仕事は最後までやり切るよ」

    最後の一口を口に放り込んで、お茶で流す。寧々の言葉に、僕ははっきりと答えた。それを聞いた寧々がきょとんと目を瞬いてから、顔を顰める。ポケットからスマホを取りだして見るも、通知は何も無かった。夜にでも、連絡してみようか。

    (…いや、今日くらいは、ゆっくり考えてもらおうかな)

    それでもダメならもっと分かりやすくアプローチでもかけてみよう。ふふ、と小さく笑う僕に、寧々は目の前で大きく溜息を吐いた。側にあった椅子へ腰を下ろして、額を手で押えている。そんな疲労が目に見えるマネージャーに、にこ、と笑みを向けると、じとりと睨まれてしまった。

    「どこに行っているのかと思えば、また天馬くんに連絡でもしてたんでしょ」
    「そんな所かな」
    「程々にしなさいよね。逃げられても知らないから」
    「おや、僕が逃がすわけないじゃないか」

    僕を見た寧々が、もう一度溜息を吐く。
    コンコン、と扉がノックされ、僕らの会話はここまでとなった。午後のための準備でスタッフさんが入れ替わり入ってくる。指示に従って、指定された椅子に座る。メイクさんが慌ただしくする中、ちら、と寧々を見ると、諦めたような顔をしてるのが見えた。彼女には心配ばかりかけてしまうけれど、こればかりは譲れない。
    指示通りに目を瞑ると、瞼の裏に先程の天馬くんの顔が映る。これ以上無いほど顔を赤くさせて唇を引き結ぶ、彼の姿が。

    (……別れたばかりで、もう、会いたくなるなんてね…)

    触れた掌の感触を思い出して、ぎゅ、と手を強く握った。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    6142

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