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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 76

    ナンナル

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    お弁当屋のバイトの子は、俳優さんへの想いを口にする。

    期間があいてしまってすみません_:( _ ́ω`):_
    もうそろそろ作業終わるので、また通常のペースに戻ると思います。
    とりあえず、ここまで長かった...。
    まだ先は長い..._:( _ ́ω`):_

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 25(司side)

    「よし、明日も早いし、そろそろ寝るか」

    時刻は夜の十時だ。明日は土曜日で、朝からシフトが入っている。スマホのアラームをセットして、部屋の電気を消した。ベッドに横になって、目を瞑る。真っ暗な部屋の中はシンとしていて、うとうととすぐに微睡んできた。意識がゆっくりと遠のくふわふわした感覚の中、不意に、視界がチカチカと光った様な気がした。次いで、軽快な音が室内に短く響く。聞き慣れたその音は、メッセージの通知音だ。
    なんとなく気になって、スマホに手を伸ばした。画面を覗くと、通知欄に『神代さん』の文字。

    「…んぇ……」

    その文字を見た瞬間、一気に目が覚めてしまった。起き上がって、部屋の電気をつける。スマホのロックを解除して、メッセージアプリを急いで起動した。一番上に表示された神代さんの名前に、心臓が跳ねる。神代さんからメッセージが来たというだけで、自分が変に期待してしまっているのが分かる。諦めると決めた気持ちが、揺れてしまう。
    ぶんぶん、と頭を振って気持ちを切り替え、震える指で名前をタップした。すると、ぽこん、とメッセージ欄に文字が表示される。

    『すまないね寝くすりを持ってきて、く!ないかい』
    「………くすり?」

    神代さんにしては、違和感のある文だった。
    さっきまでの期待や心臓の鼓動も忘れ、読みにくいメッセージに目を向ける。じっとそれを何度も読み返して、オレは首を捻った。読み取れるのは『すまない』と『くすり』、『持ってきて』という所だ。寝くすり、とは寝れるようになる薬の事だろうか。それとも、単に打ち間違えたのか。もう一度読み返すも、よく分からん。とりあえず、返信して聞いてみるしかないだろう。『どうしたんですか?』と短くメッセージを打ち込んで、送り返す。すぐに既読はついたが、返信は中々来なかった。そわそわと気持ちが落ち着かなくて、スマホと睨めっこしてしまう。
    そうして、五分ほど経って漸く返信がきた。

    『ずっとねつ仕事休み』
    「熱?!」

    慌ててベッドを降りて立ち上がり、上着を取る。袖に腕を通して手提げ鞄に財布を押し込んだ。神代さんの家は、オレの家と近い。今から走ればそんなに時間はかからないはずだ。部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。そのまま玄関へ向かおうとした時、たまたまトイレから出てきた母さんと鉢合わせた。

    「…司、こんな時間にどこへ行くの?」
    「あ、えっと…」

    驚く母さんに、言葉が詰まる。神代さんに会いに行ってくる、なんて言えるはずがない。時刻は10時半近くだ。こんな夜遅くに出かけることなんてない。まして、数ヶ月前の夜にオレは襲われたばかりだ。母さんに心配をかけるわけにも行かない。

    (…だが、…神代さんは一人暮らしだから……)

    薬とか、色々ないと困るだろう。今も、熱で苦しんでいるかもしれない。料理もしないと言っていたから、食べるものにも困っているかもしれん。神代さんの笑った顔が脳裏に浮かんで、胸の奥がぎゅ、と苦しくなる。
    首を傾げる母さんに、オレは頭を下げた。

    「一人暮らししている、と、友だちがっ…熱が出たと連絡が来たんだ。心配だから、様子を見に行きたいっ…!」
    「あら…」
    「家は近いし、なるべく人の通りが多い道を使っていく。だから、出かけても良いだろうか…?」

    包み隠さず話して、もう一度頭を下げた。夜遅くに子どもが一人で出かけるのが危ないのはわかる。心配をかけることもわかっている。だが、オレも、神代さんが心配なんだ。
    友だち、と言ってしまったが、この前神代さんとは友だちになった様に思うので、間違いでは無いはずだ。神代さんの家もほど近い距離にある。今から出ても、30分はかからないだろう。
    頭を下げたままでいるオレの髪に、ふわりと優しい手が触れた。ゆっくりと撫でられて、パッと顔を上げる。

    「お友だちの家に着いたら、無事に着いたって報告をすること」
    「…母さん……」
    「何かあったら、必ず連絡しなさい。いいわね?」
    「……ありがとう、母さん」

    よし、と笑う母さんにもう一度お礼を言って、玄関で靴を履く。「行ってきます」と声をかけると、「行ってらっしゃい」と返ってきた。
    そのまま母さんに見送られて、オレは家を出た。

    ―――

    「………寝てしまったか…」

    すぅ、すぅ、と寝息が聞こえてきて、ほぅ、と一つ息を吐く。
    電話もかけたが応答がなく、何度も呼び鈴を鳴らし続けて漸く神代さんが出てくれた。その時の神代さんは、とても辛そうだった。合鍵を持っていれば良かったのだが、そんなものがあるはずがない。起こしてしまったのは申し訳ないが、使った形跡のないベットを見ると、来て正解だったのだろう。ソファーに脱いだのだろうジャケットやらなんかがかかっていた。どうやらソファーで寝ていたようだ。余計悪化しそうなものだが、それ程疲れていたのだろう。

    「とりあえず、何か食べられるものでも作るか」

    神代さんに布団をしっかり掛けて、立ち上がる。前に来た時、何も無かったからな。今日は途中にある二十四時間営業のスーパーで色々と買ってから来た。
    寝室の扉を閉めて、リビングへ向かう。前に来た時に片付けたはずのリビングは、何故か前より散らかっていた。適当にテーブルの上を軽く片付けて、ビニール袋の中身を出す。ゼリーや氷枕なんかを一通り出して、使うものはパッケージを開けた。氷枕は一度冷やすために冷凍庫へ。それからゼリーを冷蔵庫に入れて台所に立つ。鍋や調味料は一通りあるのを前回確認しているので問題なさそうだ。
    袖を捲って、よし、と一つ気合いを入れる。

    「とりあえず、消化に良い物にするか」

    炊飯器のジャーにお米を入れて、ガシャガシャと研ぐ。お水で濯いで研ぐを数回繰り返してから、分量通りの水を注ぐ。それをセットして炊飯のボタンを押した。
    ご飯が炊けるまでは、とりあえず部屋の掃除でもして待つとしよう。

    「ぁ、…その前に母さんに連絡しなければっ…」

    慌ててスマホを取り出して、母さんに急いで無事に着いたと連絡を送る。すぐに既読が付いて、スタンプが送られてきた。それに胸をなで下ろして、スマホを閉じる。
    リビングの方へもどって、床の荷物を拾い集めた。機械や工具がまた散乱している。神代さんは仕事が忙しいと聞くが、こんなに散らかる程の作業をいつしているのだろうか。休みの日、にしては、一切片付ける気が無さそうだ。大きな機械は端の方へ、工具や部品は一箇所にまとめていく。そうして一通り片付けてから、ソファーに一度腰を下ろした。屈む作業が多くて腰が少し痛い。

    「………前に来た時も思ったが、やはり、少し意外だな…」

    少し、という言葉が当てはまるか分からんが。なんでもソツなくこなす様に見えて、掃除は出来ないのが少し可愛いと思ってしまう。オレよりも歳上の神代さんに対して思う台詞では無いが。
    少しスッキリとしたリビングを見渡して、小さな達成感に口元を緩める。時計をちらりと見ると、もうすぐ日付がかわりそうだ。一度神代さんの様子を見に行った方が良いだろうか。ソファーを立ち上がって、神代さんの部屋の方へ向かう。あまり大きな音を立てないようにそっと扉を開けて中へ入った。近付くと、変わらず寝息が聞こえてきて、ホッ、と一つ息を吐く。ベッドの傍にしゃがみ込んで、汗をかく神代さんの前髪を軽く掻き分けた。

    「……少し触れますね」

    温くなった冷却シートを剥がして、軽く濡れたタオルで額の汗を拭う。新しいものをペリペリと保護シートから剥がして神代さんの額に貼った。ほんの少しだけ、眉間のシワが減ったように見える。頬や首元もタオルで軽く拭って、少しズレた布団をかけ直した。
    このまま、朝まで眠っているだろうか。ベッドの縁に腕を組んで寄りかかる。汗の匂いに混じって、神代さんの匂いがした。しっとりと湿った髪に指先で触れる。綺麗な藤色の髪を、こんな近くでゆっくり見た事はないな。

    「…………もし、一緒に住んだら…、こういう状況も、少なくないのだろうか…」

    小さく呟いて、組んだ腕に頭を乗せる。
    保留と言って逃げてしまった、神代さんからのお誘いを思い出す。神代さんと、一緒の生活。きっと、夢のような日々になるのだろうな。

    「…こんな風に、近くで見る事も、こっそり触れることも、……言えないことを、…言うことも、出来るのだろうか…」

    神代さんのシーツから、神代さんの匂いがする。心臓がドキドキと煩く鳴っていて、部屋に響いてしまっているような錯覚に陥る。ちら、と神代さんを見るも、起きる気配は無い。綺麗な横顔に、きゅ、と唇を引き結んだ。

    「…………………す、き、です…」

    消え入りそうなほど、小さな声が自分の口から零れる。
    起きている時には、絶対に言えない言葉。言い終わると同時に、じわぁ、と頬が熱くなった。腕に顔を埋めて、口を真一文字に引き結ぶ。
    言ってしまった。言わないと決めていたのに、つい、声に出してしまった。反応は返ってこない。すぅ、すぅ、と小さな寝息だけが聞こえてくる。それにホッ、として、ほんの少し顔を上げた。じんわりと汗の滲む額を、タオルでそっと拭う。

    「……なんで、オレに連絡したんですか…?」

    返事なんか返ってこないと知っている。知っているが、聞きたくなった。
    神代さんには、婚約者の方がいる。マネージャーの寧々さんだっている。オレなんかより、先に連絡する人がいるはずだ。なのに、オレに連絡が来た。オレを、頼ってくれた、という事なのだろう。

    「…そういうことをされると、…期待、しますよ…」

    頼られたのが嬉しい。神代さんが困っている時に、連絡をくれたのが嬉しい。特別なんだと、勘違いしそうになる。眠る神代さんの頬を指先でそっと触れて、すぐに手を離した。柔らかかった、と思う。触れた指先が熱くて、じわりと胸の奥に熱が灯る。

    「………」

    どく、どく、どく、と心音が大きく聞こえてくる。いつもより早くて、いつもより苦しい。顔が熱くて、オレまで熱が出たかのようだ。ほんの少しだけ腕を神代さんの方へ寄せる。静かな寝息が、さっきより近く感じた。それだけで、一層心臓の鼓動が早まる。
    神代類は、かっこいい。咲希も大好きな、今大人気の俳優だ。CMやドラマ、映画なんかにも良く出ている人気の俳優。そんな神代さんの、普段見られない一面を、見る事が出来ている。
    野菜が苦手で、気に入ったものを繰り返し食べるところとか。普段はあまり食べないと寧々さんは言っていたけれど、実は結構食べる人だということ。家事が全く出来なくて、料理はしない、掃除もしない、な意外とだらしない所があるという事。洗濯物もぐちゃぐちゃで、世間の知るなんでもソツなくこなす天才俳優とのギャップとか。あと、意外と意地悪なところがあることも。
    きっと、神代さんのファンは知らない。優しくてかっこいい、そんな神代さんしか知らない。オレだけが、特別に見せてもらっている神代さんの一面。そんな、ちょっとした優越感が、どうしようもなく嬉しい。胸がきゅぅ、と音を立てて、破裂してしまいそうなほどいっぱいになる。今だって、熱で苦しそうなのに、そんな神代さんの手助けが出来るのが嬉しいと思ってしまう。

    「………絶対に、無理だって分かっているのに、…神代さんのせいで、…どんどん、貴方が好きになるっ…」

    シーツに顔を埋めて、ぎゅ、と胸元を握り締める。
    神代さんの特別になりたい。もっと、たくさん神代さんのことを知りたい。他の人の知らない神代さんを、自分だけが知っていたい。
    同性だから、気兼ねなく触れてくれるだけなのは知っている。歳下だから、弟の様に接してくれているのかもしれない。それでも、手を引かれれば勝手に胸が跳ねるんだ。名前を呼ばれれば、それがいつまで経っても耳から離れてくれない。頭を撫でられたら、思い出す度に顔が熱くなる。あの日、…握手会の日の、…まるで抱き締められているかのように近い距離で神代さんといた時の事を思い出すだけで、胸が苦しくて仕方がなくなるんだ。あの夜の、助けに来てくれた神代さんの笑顔に安心したことも、オレの料理が好きだと言ってくれる優しい声音も、全部、オレの中に溜まっていく。『好き』に変わっていく。

    「こ、のままでは、…諦められなくなるっ…」

    神代さんにはすでに想い人がいるから、諦めねばと、ずっと思ってきた。胸の奥に押し込んで、期待したくなる気持ちを全部見て見ぬふりをして、いつか全部忘れてしまえればいいと、そう思っていたんだ。
    なのに、神代さんがオレを特別扱いする度に、溢れて蓋が閉まらなくなる。もしかしたら、オレを選んでくれるのではないかと、期待したくなる。

    「………もし、…好き、です、と、言ったら…受け入れてくれますか…?」

    眠る神代さんの横顔に問いかけて、へにゃりと力なく笑う。そんな事を、直接聞く勇気はない。きっと、このまま勇気なんか持てずに、神代さんが婚約者の方と寄り添うのを見せられるのだろうか。
    胸の奥が苦しくて、じわりと目頭が熱くなる。ここまで出かかった言葉を、この先も押し込み続けられるだろうか。神代さんが寝ているのを良いことに、好き勝手に気持ちを吐き出して、余計に苦しくなってしまう。
    神代さんに、全部聞いてほしいと、思ってしまう。いっそ、一思いに断ち切ってほしい。拒絶されて、ぐちゃぐちゃになる程、涙と一緒に全て流してしまいたい。最初からこんな気持ちを抱かなければ良かったのだと、後悔して忘れてしまいたい。『好きな人がいる』のだと、そう、はっきり言ってもらえれば…。

    「………………は、きり…言われるのが、…まだ、こわぃ…」

    ぐす、と鼻を鳴らす。顔を押し付けたシーツが、じんわりと湿っていく。胸の奥が、ズキズキと痛い。出かかったまま言葉にできないのは、オレが臆病者だからだ。拒絶されたいと思っている反面、神代さんに拒まれるのが怖い。
    まだ、傍にいたい。
    このもどかしい関係のままでいいから、笑っていてほしい。触れてほしい。勘違いさせてほしい。今だけで良いから、もう少しだけ、幸せな夢の中にいたい。

    「……もしも、神代さんと一緒に住むと言ったら、…笑ってくれますか…?」

    保留にしてしまった答えを、もし、答えたら、笑ってくれるだろうか。素直に返事をしたら、喜んでくれるだろうか。冗談だったのだと、なかったことにされるだろうか。社交辞令だったのだと、困ったような顔をされるだろうか。
    断ったら、貴方はどんな顔をするのだろうか。
    うとうととしてきた頭で、ぼんやりとそんなことを考える。前回よりも散らかった部屋。忙しい神代さんの代わりに、オレがいくらでも掃除するから。神代さんが食べたいと言ってくれるなら、どんな料理でも作ってみせるから、話し相手がほしいなら、いつまでだって付き合うから、恋人にはなれずとも、せめて、頼れる同居人として、傍に置いてほしい。
    なんて、そんな事を願ってしまうくらいには、オレは、神代さんが好きなんだ。

    ―――
    (類side)

    「………ん…」

    寝苦しさに目が覚めてしまったみたいだ。ぼんやりと天井を見上げたまま、ズキズキと痛む頭を抑える。今は何時だろうか。というより、ここはどこだろう。歪む視界で辺りを見回すと、すぐ側に金色が映り込む。なんとなく、愛おしい彼の色に見えて、手を伸ばした。ひやりと冷たいそれは、さらさらとしていて柔らかい。気持ちよくて、指先に絡めたり、撫でたりして感触を楽しんだ。
    昨日の夜、寧々にメッセージを送って、その後、誰か来た気がする。ぐらぐらとする頭で、何とか思い出そうとしていれば、触れていた金色がのそのそと動いた。ゆっくりとそれが持ち上がり、キラキラと丸い瞳が僕へ向けられる。

    「…て、んま、くん……?」
    「……ぉはようございます、神代さん」
    「………な、んで…」

    髪に触れていた手が、シーツに落ちる。彼は目を擦ってから、へにゃりと笑った。寝起きの、少し溶けたような表情に、胸がきゅぅ、と音を鳴らす。
    呆ける僕の額に、彼がそっと触れた。み、と粘着質の何かが額から離れていき、風が触れると少しスースーする。どうやら冷却シートの様だ。彼はヘッドボードから新しい物を取ると、保護シートをぺりぺりと剥がした。前髪を軽く彼の細い指先でかき分けられ、ひんやりとした冷却シートが額に貼られる。熱い頭が冷やされる気持ちよさに目を細めると、彼は僕の首元にその手を触れさせた。ひやりとした指先の温度が気持ちいい。

    「まだ少し高いですね。起きられますか?」
    「……ん、だいじょうぶ…」
    「水分はとったほうがいいので、飲んでください。それから、服は着替えますか?」
    「…いや、きがえはいいかな」
    「でしたら、水分はとりましょう」

    頭がぐらぐらして、腕が震える。上手く起き上がれない体を、天馬くんは支えてくれた。ゆっくり起き上がると、彼は僕にコップを差し出してくれる。口をつけると、ほんのり甘い。多分スポーツドリンクだろう。それをゆっくり喉に流し込むと、少しだけ気分が楽になった。手渡された解熱剤も飲んで、もう一度横になる。さすがに起き上がっているのはまだ辛い。ぐわんぐわんと揺れる頭を枕につけると、彼は立ち上がった。

    「何か食べれますか?」
    「…………ぃ、らない…」
    「ヨーグルトかゼリーならどうですか?林檎をすりおろすのも出来ますよ」
    「………それ、なら、…りんご、かな…」
    「分かりました」

    ぱたぱたと部屋を出ていく彼の後ろ姿を見送って、目を閉じる。昨日、寧々にメッセージを送ったあと、彼が家に来た。しかも看病する気満々に色々と用意をして、だ。一体何故。ぼんやりとする頭で考えるも何も浮かばない。そうしていると、テーブルの上のスマホが鳴り出した。高い音が頭に響いて、ズキズキと痛い。気怠い気持ちを押し込んで、スマホに手を伸ばす。画面は見ずにタップすると、通話が開始された。

    『類、もう駐車場に着いたけど、まだ寝てるの?』
    「………ん、ね、ね…ぉはよ…」
    『今日は朝早くから打ち合わせって言ったでしょ』
    「…きのぅ、やすむって、…」
    『は…?なにそれ、連絡なんかきてないよ』

    驚く寧々の声が聞こえてくる。熱くて、少し息苦しい。汗で身体中ベタベタするし、頭はぐわんぐわんと揺れていて、まともに立てる状態でも無い。

    「……………ねつ、で、ぅごけなぃ」
    『大丈夫なの?何か買ってくる?』
    「……てんま、くん、が…、なぜか、…きてて…」
    『…あんた、わたしへの連絡を間違えてそっちにしたんじゃないの?』
    「………ぁぁ、…そう、いうこと、か…」

    はぁ、と溜息がこぼれる。どうやら、宛先を間違えたようだ。どうりで、天馬くんが色々と準備しているわけだ。寧々の呆れた様な声に、小さく謝る。

    『じゃぁ、今日明日はゆっくり休みなさいよ。天馬くんにも、ちゃんとお礼をすること』
    「………………ぅん…」

    ぷつん、と通話はすぐに切れて、スマホの画面が真っ暗になる。正直、スマホを耳に当てることすら辛くて、力が入らなくなった手から、四角い機械が落ちた。ぐったりとする身体が、全く言うことを聞かない。すぐにでも眠れてしまいそうなほど、意識はふわふわとしていた。重くなる瞼がゆっくりと閉じていく。
    視界が暗くなるのをぼんやりと見ていると、カチャ、と部屋の扉が音を鳴らした。

    「神代さん、大丈夫ですか?」
    「………ん、ぁ、りがとう…」
    「オレに寄りかかっていいので、少し体を起こしますよ」
    「……ん…」

    ぐっ、と上半身を支えられて起き上がる。言われるままに天馬くんの方へ体を寄りかからせると、彼は手に持った器を僕の方へ寄せた。とろとろとしたものがスプーンで掬われて、ゆっくり僕の口元へ差し出される。

    「とりあえず、薬も飲んでいるので少しでも胃になにか入れましょう」
    「……ん…」

    はく、と一口口に含むと、すりおろした林檎の味がじわりと口に広がる。ごくん、と飲み込んで、差し出される次の一口を食べる。熱い口内に、冷えた林檎は気持ちいい。ほんのりと酸味があって、すっきりするのも有難い。噛まなくてすむので、飲み込みやすい。器の半分程まで食べて、天馬くんにお礼を伝えた。ゆっくりと横になって枕へ頭を預けると、ひんやりと気持ちがいい。

    「氷枕なので少し硬いですが、ひんやりして気持ちいいですよ」
    「………ありがとう、てんまくん」
    「もう少し熱が下がったら、お粥も用意しているのでそっちを食べましょう」
    「……ん…」

    濡れたタオルで軽く頬や額を拭ってくれる天馬くんの手が気持ちいい。頭はまだズキズキと痛いけれど、なんとなく気持ちが落ち着いてくる。そっと布団から手を出して、タオルを持つ彼の手に触れた。ビクッ、と一瞬震えたけれど、彼は振りほどくようなことはしなかった。タオルを反対の手に持ち直して、そっと僕の手を握ってくれる。それが嬉しくて、つい、頬が緩む。

    「…きみが、きて、くれて…よかった」
    「……そぅ、ですか」
    「…きみが、いて、くれるなら……こういうのも、わるくない、かな…」
    「…………」

    彼に避けられるようになったきっかけは、僕の発言だ。彼と一緒に住みたいという、我儘を言ったせい。彼が困るのは分かっていたのに、彼を早く自分のモノにしたくて、焦ってしまった。
    本当なら、今回のことだって、見なかったふりをしてくれても良かった。宛先を間違えたのは僕で、元々彼に知らせるつもりだってなかったんだ。あんな夜中にメッセージを送ったにも関わらず、しっかりと準備をして来てくれた彼には本当に感謝している。
    すり、と彼の少し冷たい手に頬を寄せる。きゅ、とほんの少し指先に力が入って、握り返された。

    「…この、まえは、すまなかったね」
    「……オレの方こそ、……」
    「ぼくは、…きみに、…そばに、いてほしいんだ」
    「…っ……」

    瞼が重たくて、意識はどんどんふわふわとしてくる。まだ、彼には話したい事がたくさんあるのに、眠たくて仕方ない。

    「………もっと、…いっしょ、…に…」

    視界が真っ暗になって、だんだんと意識が遠のいていく。天馬くんは、何も言わなかった。自分が何を言っているかも、ぼんやりした頭じゃ上手く理解が出来ない。遠のく意識の中、ぐす、と小さく鼻を鳴らすような音が聞こえた気がする。その瞬間、握った手が強く握り返されように感じた。

    ―――

    「……ん、…」

    ぼんやりとした頭で、天井を眺める。自分の部屋の天井の様だ。のそ、と起き上がると、ほんの少しふらふらとした。まだ、頭は少し痛い。けれど、大分楽になった。温くなった冷却シートを、み、と剥がしていく。それを近くのゴミ箱に投げ入れると、部屋の扉が開いた。

    「ぁ、おはようございます、神代さん」
    「おはよう、天馬くん」
    「体調はどうですか?」
    「お陰様で、大分楽になったよ」

    壁に背を預けて、彼に笑ってみせる。安堵した様に息を吐いた彼は、手に持ったお盆を僕の方へ差し出してくれた。器に、お粥のようなものが入ったお盆。それを受け取ると、彼はコップにスポーツドリンクをゆっくりと注いだ。

    「まだ少し熱はありそうなので、今日はゆっくり寝ていてくださいね」
    「すまないね、色々とありがとう」
    「一応少し冷ましましたが、食べれますか?」
    「頂くよ」

    手渡されたスプーンで、器の中のものを掬う。一口口に入れると、程よく冷まされたお粥の味が舌の上に広がる。ほんのりと塩気のある味は、良く知っているものだ。ふんわりと香る風味に、彼の方へ顔を向ける。

    「味噌の味がするね」
    「はい。お味噌の雑炊です。味付けは卵と出汁と味噌だけなんですが、食べやすくて美味しいですよ」
    「うん。普通のお粥と違って、味がしっかりしていて飽きないね」
    「沢山作ったので、足りなければまた持ってきます」

    パッ、と表情を綻ばせて、天馬くんが楽しそうに説明してくれる。お味噌汁の様な味と、とろとろのご飯が合わさって食べやすい。卵のほんのり甘い味も良い。普通のお粥は、梅干しとお塩だけだからあまり味気ないと感じることもあるのだけど、これなら食べられそうだ。
    ゆっくり咀嚼しながら食べ進めていけば、彼は安心したように表情を和らげる。どうやら、心配をかけてしまっていたようだね。最後の一口まで食べきって、彼にお盆を返す。

    「…ご馳走様。とても美味しかったよ」
    「それなら良かったです。水分もとって、もう一度寝ればもう大丈夫ですね」
    「ありがとう」

    コップを受け取って、口をつける。半分ほど飲んでヘッドボードへコップを置いてから、顔を上げた。傍の椅子に座る天馬くんは、どこかそわそわとしているようだ。僕が首を傾げると、それに気付いた彼が慌てて視線を逸らす。なにかを言いた気に、口を開いたり閉じたりしている。
    もしかしたら、この前の事を気にしているのだろうか。彼にはずっと避けられていたし、お店で会った時もどこか困っている様だった。保留とは言ってくれたけれど、断り方が分からないのかもしれないね。

    「…天馬くん、この前の話だけど……」

    僕がそう切り出すと、分かりやすく彼の体がビクッ、と跳ね上がる。パッと顔をこちらに向けた彼は、はく、はくとまた音もなく唇を動かした。震える手を膝に揃えて、落ち着きなく視線をさ迷わせている。
    そんな彼の様子は可愛らしくもあり、けれど、ほんの少し胸が痛む。彼を困らせたいわけではない。多少なりとも好意を持ってくれているとも思っている。けれど、好意を持ってくれていても、一緒に住むには抵抗だってあるだろう。
    まして、天馬くんと僕は、恋人ではない。

    「無理に考えてくれなくていいからね。君が嫌なら…」
    「か、神代さんはっ…!」
    「……ぇ…」
    「…か、みしろさんは…、オレで、良いんですか…?」

    僕の言葉を遮るように、彼が大きくそう口にした。震える声は、だんだんと小さくなっていく。けれど、しっかりと聞き取れた。ぎゅ、とズボンを握りしめる彼の手は、小刻みに震えている。じっと僕へ向けられる琥珀色の瞳に、ごくん、と喉が音を鳴らした。柄にもなく、心臓の鼓動が早る。じわりと、掌に汗が滲んだ気がした。

    「……君が良い」

    息を深くまで吸って、そう返した。
    彼が、息を飲んだのが分かる。じんわりと柔らかい頬が赤く染っていくのを、じっと見つめた。

    「天馬くんと、一緒にいたい。週に一回だけではなく、毎日でも、君の声が聞きたい」
    「……………ぁ、…ぇ……、…っ…」
    「今回みたいに、不安な時にそばに居てほしいし、君が不安な時にすぐ近くで護れる存在でありたい」
    「…………ぅ……、…ぇ、…と…」
    「忙しくて迷惑をかけるかもしれないけれど、君さえ良ければ、一緒に居てくれないかい?」

    どう考えてもプロポーズみたいな事を言ってしまった自覚はある。それでも、ここで誤解される訳にはいかない。真っ赤な顔で視線を泳がせる天馬くんは、震える腕で顔を隠してしまった。気付けば僕の顔も相当に熱い。手の甲を頬に当てて、そっと息を吐いた。やってしまった、という後悔と、ほんの少しの期待に、心臓がこれ以上ないほど大きな音を立てる。
    彼の次の言葉を、黙って待つ。どんな舞台に立つ時よりも、自分が緊張しているのが分かった。
    震える彼が、そっと両手を下ろす。目を固く瞑って、少し俯きがちに、その手が僕へ向けられた。

    「…ふ、つつか者、ですが、…オレで、良ければ…」

    たっぷり三秒ほど、固まった。
    差し出される手は目に見えるほど震えていて、真っ赤な顔で耐えるようにする彼は僕の返答を待っているようだ。じわりと目頭が熱くなって、それを瞬きでやり過ごす。僕より小さな手を掴むと、恐る恐る彼が僕の方を見た。
    琥珀色の瞳と目が合って、これ以上ないほど緩んだ笑みを浮かべる。

    「こちらこそ、よろしくね、天馬くん」

    こうして、高校卒業後の彼の隣を獲得した。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
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    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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