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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メイテイ!!×× 6

    情報不足が多くて申し訳ないのですが、雰囲気で読み流してください。(ビバス組が怪し過ぎて…)
    ゆる〜っとまだ続きます。

    メイテイ!!×× 6(類side)

    「…行ってくるね、天馬くん」
    「……はい。行ってらっしゃい」

    ぎこちない笑顔を最後に、扉がゆっくり閉まった。

    温泉旅行から帰ったのは昨日。夕方に帰ってきて、急いでスーツケースに準備をした。撮影の関係で数日ホテルに泊まる必要がある。その為に、数着の着替えや最低限の必需品だけをスーツケースにまとめた。気を遣ってくれる天馬くんに言われるまま早めに就寝し、早めに家を出る。彼は、律儀に僕に合わせて起きてくれて、見送りもしてくれた。気まずそうに視線を逸らしたまま、ぎこちない笑顔で。
    駐車場にスーツケースを引きながら向かい、見慣れた車に乗り込む。寧々に おはよう、と一言言うと、同じ言葉が返された。助手席に座り、シートベルトをしっかりしめる。

    「なんで朝からそんな顔してんのよ」
    「……いつも通りだよ」
    「見ればわかるから。また司となんかあったんでしょ」
    「…………流石だよ、寧々」

    じとりと僕を睨む寧々に、肩をすくめる。降参だ。僕には、寧々を欺くなんて出来そうにない。発進する車の揺れを感じながら、背もたれに深く腰掛けた。スマホの画面を見るけれど、通知は何も来ていない。
    ちら、と隣へ目を向けると、寧々はどこかムスッとした顔のまま前を見ていた。

    「昨日から司も様子がおかしかったし、何かあったんでしょ」
    「…そう、だね」
    「その辛気臭い顔なら、司に笑顔で見送られて寂しい、とかそんな話でも無さそうだし」
    「……寧々の勘の良さは時々怖いね…」

    もしかして、僕が天馬くんに笑顔で見送られて落ち込む事も想定されていたのだろうか? 確かに、あんな事が無ければきっとそうなっていたかもしれない。今回のことは、僕が悪かったのだけど。
    どこまで話せばいいのだろうか、と少し迷って、結局まとまらず諦めて口を開く。

    「旅行の時、天馬くんがやたらとそわそわしていてね、可愛らしい事も言ってくれるし、積極的というか、なんとも愛らしい事も言ってくれてね」
    「…ぅわ、なんかもう予想ついたかも……」
    「ご明察の通り、彼に手を出しかけて泣かれてしまったのだけど、それから少しぎこちなくなってしまってね」
    「はぁ、…司がお子様なのは、類も知ってることでしょ」
    「ごもっともです」

    呆れた様に額を手で押さえる寧々に、苦笑してしまう。
    彼がそういうことに対して知識が全く無い事も、不得手だと言うことも知っていた。知っていたはずなのに、“もしかしたら…”と思ってしまった。彼が僕に合わせようとしてくれているのも知っていたから、頑張ろうとしてくれているのかも、と。
    その結果、彼を怖がらせ、泣かせてしまったのだけれども…。

    「お土産、奮発してあげなよ。で、すぐに仲直りすること」
    「うん、そうするよ…」
    「じゃないと、類の仕事の能率は下がるし、食事もまともに摂らなくなるし、また女性からのアプローチが増えて、わたしが疲れる事になるんだから」
    「………僕のマネージャーって、天馬くんだったのかな?」

    真顔で言い切った寧々に、ほんの少し首を傾げてしまう。最後の方で“面倒くさい”という寧々の心の声も聞こえた気がした。
    確かに、天馬くんが喜んでくれると思えば仕事にやる気は出るし、彼の作ってくれる食事は美味しいから前より食べる量も増えた。たまに彼へ贈り物を贈った話や、彼について仄めかすような発言をテレビでした事があり、その結果僕に相手がいると噂が広まって、女性からのアプローチが極端に減ったのも確かだ。その番組を見た天馬くんは、とても恥ずかしそうにあわあわとしていたね。
    『ファンの神代さんへのイメージが崩れますよっ…?!』なんて言われたけれど、僕のイメージとはなんだろうか。

    (そうは言いつつも、表情に嬉しそうな気持ちが滲んでいるのが分かるから、彼は可愛いのだけどね)

    恥ずかしそうにするし、『ダメです』と言われてしまうけれど、彼がどこか嬉しそうにしているのも知っている。あの番組も、録画したものをこっそり見ていたのを、たまたま見てしまった事があった。恥ずかしそうに、けれど、へにゃりと嬉しそうに笑う姿が可愛らしかったので、その様子を盗み見てしまったことは内緒にしているけど。
    そういう天馬くんの、“僕を好きでいてくれる”瞬間を見ると、どうしても触れたくなってしまうんだ。眉を下げて花が綻ぶように笑う様や、キスをした後に『もう一回』と強請ってくれる時とか、慣れない様子でほんの少し甘えてくれた時とか…。そんな風に、“好きです”と彼に言われている様に感じる瞬間がある。

    (…ぁ、…これは、駄目かもしれない……)

    じわぁ、とお腹の奥が熱くなる様な感覚に、手の甲を額に当てた。心なしか、手も熱い気がする。ぽす、と背もたれに深く腰かけ、目を瞑った。
    彼の可愛らしい所を思い出すだけで、こんなにも“触れたい”と思ってしまう。彼が逃げない様に端に追い込んで、彼の宝石の様な瞳に僕だけを映すよう目を合わせて、柔らかい頬にこの手で触れたい。子供騙しの様な触れるだけのキスで精一杯な彼に少し意地悪して、僕の事で心をいっぱいにさせて、とろとろに溶かして流してしまいたい。抵抗も拒絶もする間もなく押し倒して、めちゃくちゃにしてしまいたい。なんて…。
    そんな事をして、彼に泣かれたばかりだと言うのに、どうにも欲が顔を出してしまう。

    「………仕事に集中して、少し頭を冷やさないとかな…」
    「そのまま出家でもすれば?」
    「おや、僕がこの仕事を辞めても良いということかい?」
    「…俳優神代類が引退なんてしたら、類を好きな司がどう思うのか、よく考えてから決めなさいよ」

    寧々の冗談に笑顔で返せば、じとりとした目を向けられた。言外に、『辞めるなんて言わせない』という圧を感じるね。天馬くんと一緒にいたいから辞める、なんて言えば、彼が気にしてしまうかもしれない。それに、僕の出演するドラマをあんなにも楽しそうに見てくれる彼が見れなくなるのも寂しいかもしれないね。僕の隣に立つと言って、僕と同じ役者を目指してくれる天馬くんをガッカリさせてしまうかもしれない。
    それでも、仕事に優先されず、彼とショーや舞台の話がしたいとも思ってしまう。

    「………はぁ、今すぐ天馬くんに会いたい…」
    「その前に、司に誠心誠意謝って許してもらうのが先でしょ」
    「…はい」

    この後もう一度寧々からお小言を貰い、なんとか撮影現場に到着した。

    ―――
    (司side)

    「…はぁ……」

    ぼふ、とソファーに腰を下ろして、大きく息を吐く。
    神代さんとお風呂に入った あの後から、神代さんと一緒にいると、とても緊張してしまう。神代さんは、いつも通り接しようとしてくれているのに、これでは失礼だ。だが、神代さんの顔を見ると、どうしてもあの時の事が浮かんでしまう。いつもより少し目線の位置が高いとか、逃げ道を塞がれて追い込まれたような状況になった事や、いつもと違うキスの仕方、とか…。
    無意識に指先が唇に触れて、かぁあ、と顔が熱くなっていく。それに気付いて、慌てて ぶんぶんと頭を振った。

    「調べてみたが、キス、にも、段階というものがあるらしいな…!」

    旅行から帰ってきた日、こっそり夜中に調べてみた。神代さんは翌日の仕事が早いから、と早々に寝ていたのでバレていないと思う。ネットで調べてみたが、“あれ”は至って普通の事らしい、と分かった。
    以前に、神代さんに“大人のキス”は教わった。長く唇を触れ合わせ、相手の耳とか頬にたくさん指で触れるキスだ。擽ったくて恥ずかしい大人のキスの、更に大人向けのキス。唇同士を重ねるだけのキスではなく、いつものキスより ぇ、えっちなキスというものだ。それが、あの日神代さんとしたキス、らしい。

    「……………まだ、口の中に、残っているようだ……」

    手で口を覆い、眉間に皺を寄せる。
    嫌な感じはしていない。そうではなくて、むずむずするというか、そわそわするというか、とにかく気になってしまうのだ。決して嫌だったわけではなく、わけも分からないまま進んで流されている感覚や、神代さんのいつもと違う雰囲気に怖くなった。泣いてしまったせいで、神代さんにとても迷惑をかけてしまった…。
    暗くなっていく気持ちを、ぶんぶんともう一度頭を横に振って消し、パンッ、と頬を両手で挟む様に叩く。

    「…神代さんが撮影から帰ってくるまでに、気持ちの整理をしなければな……」

    こういう時は掃除に限る。すく、とソファーを立ち上がって、充電器にさしてあったハンディタイプの掃除機を手に取った。オレが来るまで殆ど未使用だったという掃除機は、かなり性能の良い新しいやつだ。電子機器はだいたい揃っているのに、全然使っていないのが神代さんらしい。床に散らばった書類や工具は拾い上げて所定の位置に置く。あまりに設計図や図面、仕事の書類が置きっぱなしになっていることが多いので、紙類はまとめて置く場所を決めた。神代さんが片付けが苦手だというのは本当なのだな、と、一緒に暮らすようになって実感したことだ。
    一通り掃除機をかけた後は棚の埃を拭いて、ついでにシーツも洗濯器に突っ込む。洗剤やらを入れてスイッチを押せば、ゆっくり動き出す。それを確認してから、今度はお風呂掃除に向かった。ズボンの裾を捲り、もこもことスポンジを泡立てて浴槽に足から入る。つるつるする浴槽を強く擦れば、きゅ、ぎゅ、きゅ、と面白い音がした。二人入るには少し狭いが、それでも一人ならゆったり入れる大きさだ。
    神代さんは数日帰ってこないと聞いているが、綺麗にしておくに越したことはない。きっと疲れて帰ってくるはずだから、神代さんが帰ってくる日は早めにお風呂の準備をして待っていよう。ゆっくり湯船に浸かって、体を休められるよう…。

    「…………」

    ぴた、と手が止まって、顔が じわぁと熱くなっていく。
    脳裏に浮かんだのは、あの夜の神代さんだ。いつもより真剣な表情とか、解けてしまいそうなほど熱い手とか、オレの名を呼ぶ低い声音とか…。
    無意識に詰めていた息を吐いて、ぎゅ、と胸元を掴む。思い出しただけで、心臓が煩い程跳ねている。頬や耳が、触れられてもいないのにそわそわとしてしまう。神代さんに触れられた時の感触を、鮮明に体が思い出してしまって、変な感じだ。ごん、と額が浴槽にぶつかって音を鳴らしたが、痛みも鈍くてよく分からん。そんな事よりも、神代さんの顔が頭から離れてくれなくて、恥ずかしいやら苦しいやらでわけが分からない。

    「…っ、……普通の、きす、じゃ、だめなの、だろうか…」

    まだ、心の整理が追いつかない。あんな顔をする神代さんを目の前にして、次は大丈夫だ、なんて思えない。普段のキスも、精一杯だったんだ。神代さんの傍に居るだけでドキドキするというのに、手を握られて、顔を寄せられ耳元で名を呼ばれて、平静でいられるはずがない。それなのに、いつもより真剣な顔で見つめられ、あの様に触れられるのは…。

    「…心臓が、破裂しそうだ……」

    はぁ、と大きく息を吐いて、その場にへたり込む。“次”を考えるだけで これなのだ。神代さんが撮影から帰ってきた時、どんな顔で会えばいいのか。“普段通り”になんて出来るはずもなく、もう気持ちがめちゃくちゃだ。
    熱い頬に手の甲を当てれば、ぺちゃりと冷たく感じた。何やらモコモコとした感触もあり、目を瞬く。そこで漸く、自分が掃除中だったことを思い出し、思わず大きな声を上げてしまった。ズボンもびしゃびしゃに濡れてしまっていて、泡まみれになった自分の姿に大きな溜息がこぼれる。
    仕方なく、朝風呂には少し遅いお風呂に入ることになってしまった。

    ―――

    「気を取り直して、ご飯だなっ…!」

    むん、と胸を張って、腰に手をあてる。先程は気を紛らわせるのに失敗したが、やはり無心になるなら料理だろう。ふんふん、と鼻歌交じりに冷蔵庫を物色すれば、普段あまり使えない野菜が出てくる。神代さんは野菜が苦手だから、普段は野菜の少ない料理が中心になってしまっていた。それなら、今日から数日はオレ一人なので、野菜をメインに作るのも良いだろう。ガサガサと冷蔵庫を漁れば、根菜や葉物が次々に出てくる。お肉もあるので、せっかくなら豚汁でも作るか。かぼちゃもあるのでかぼちゃの煮物と、ほうれん草もいいな。

    「肉じゃがも作れそうだな」

    煮物が多いが、まぁ、オレ一人だから構わんだろう。いそいそとまな板を準備して、冷蔵庫から取りだした野菜を水で軽く洗う。かぼちゃは固いので慎重に。包丁の背に左手を添えて両手でぐっ、と押し込む。小さめに切って、それを鍋に入れた。醤油、酒、みりん、砂糖と水を注いで火をつける。その間に、ごぼうは水で洗って土を落とし、ささがきに。人参、大根は皮を剥いて、イチョウ切りに。白菜はぺりぺりと四枚ほど剥いて食べやすい大きさに切っていく。しめじと油揚げもそれぞれ切って、後は鍋にお水を張って煮るだけだ。
    くつくつと音を立て始めたかぼちゃはアルミホイルで落し蓋をして煮詰めていく。豚肉を入れた鍋に野菜を入れていき、今度はじゃがいもの皮剥きを始める。だんだんと楽しくなってきて、ふんふん、と鼻歌が台所に流れ始める。神代さんが出ていたドラマの主題歌がずっと頭の中に流れていて、離れていかない。このドラマの神代さんは、クールで笑わない人を演じていたな。普段の神代さんとは違う雰囲気に、とてもドキドキしながら毎週楽しみに見ていたのを思い出す。

    (少し無愛想で怖い印象は、あの夜の神代さんに似ていた、な……)

    ぴた、と包丁を握る手が止まり、脳裏を過ぎる神代さんのあの夜の顔に、じわぁ、と顔が熱くなった。一度包丁をまな板に置いて、両手で顔を覆う。じわじわぁ、っと熱が顔に集まって、熱い。真剣な表情の神代さんにキスをされて、子どものように泣いてしまった自分を思い出し、恥ずかしい様な申し訳ないような気持ちでいっぱいになった。

    「っ〜〜〜…」

    声にならない声が口から出る。その場にしゃがみ込んで、熱い頬を冷まそうと必死に手の甲を押し付けた。口の中がもぞもぞする気がして、きゅ、と唇を引き結ぶ。何度も思い出してしまうあの夜の事で、気持ちがいっぱいいっぱいだ。神代さんの表情とか、触れ方とか、熱の篭った息遣いとか、全部が鮮明に思い出せてしまう。触れられた場所が擽ったくて堪らなくなる。
    これでは、神代さんが撮影から帰ってきた時、笑顔で『お帰りなさい』も言えないだろう。

    「………誰か、相談に乗ってはくれないだろうか…」

    一人で抱えるには、大き過ぎる。吐き出して、気持ちを整理したい。中途半端になってしまった料理をちら、と見て、大きく息を吐いた。
    なるべく平常心で、だ。ゆっくり深呼吸をして、もう一度包丁を握り直した。

    ―――

    それから更に二日経ったが、一向に気持ちの整理はつかなかった。そればかりか、日を増す事に思い返すことが増えた。お風呂に入る時は勿論、寝る前や、ご飯を食べる時、ぼんやりと見ていたテレビに神代さんが映ると、どうしてもあの夜を思い出してしまう。その度に、顔が熱くなって、どうしていいか分からなくなるんだ。神代さんから送られてくるメッセージの音にも、びくっ、と大袈裟な程反応してしまう。学校の課題に集中したくても、中々頭から離れてくれなくて困った。神代さんの濡れた肌とか、熱の篭った瞳とか、綺麗な指先の感触とか、全部思い出せてしまう。はわわ、とその度に顔を覆っては、必死に深呼吸を繰り返した。

    「…ぅ、ぐ…、遂には、クッションの匂いで思い出すとか、変態か、オレはっ……」

    リビングのソファーに置いてあったクッションから神代さんの匂いがして、あの時の事を思い出してしまった。限界である。神代さんに知られたら、引かれてしまうのでは無いだろうか。必死に考えないようにしようとするほど、思い出してしまう。神代さんの事ばかりで、おかしくなりそうだ。

    「やはり、一度実家に帰って気持ちを落ち着かせるか…」

    むー、と腕を組んで唸る。
    この家は神代さんの家なので、嫌でも思い出してしまうのは当たり前だろう。ならば、一度実家に帰れば、気が紛れるかもしれん。いや、咲希の事だから、オレと神代さんの話を聞きたがるかもしれん。そうなれば、咲希の前でまたこんな情けない顔を晒すことになるではないか。
    それは絶対に避けたい。

    「…と、なると、他になにか……」

    口元に手を当てて、他の案を考えようとした所で、タイミング良くスマホが通知音を鳴らした。その音にびくっ、と肩を大袈裟に跳ねさせ、思わず叫んでしまう。バク、バク、バク、と心臓が大きく音を鳴らし、一気に顔が熱くなる。通知音だけでこんなにも動揺してしまう自分が恥ずかしい。
    ゆっくり息を吐いて、そっとスマホを手に取れば、画面に映ったメッセージの送り主は、神代さんではなかった。

    「…冬弥……?」

    久しぶりに見る名前に、ホッと胸を撫で下ろして、ロックを解除する。たぷ、たぷ、と画面を指で操作してメッセージを開くと、画像がぽん、と表示される。可愛らしいぬいぐるみが沢山映る画像に、思わず吹き出してしまった。

    『景品を取りすぎてしまったのですが、いくつか引き取ってくれませんか?』

    簡素なメッセージに、口元が自然と緩む。またゲームセンターで熱中したのだろう。画像の端に彰人も映っている。呆れた様な表情が実に彰人らしい。指で文字を打ちながら、すぐに返事を返した。場所はここから二駅隣のゲームセンターらしい。それくらいならすぐ着くだろう。気を紛らわせるのにも丁度いい。受け取りに行く、と返事を返して、上着を手に取った。財布やICカードも鞄に入れ、ついでに大きめの手提げも突っ込む。ぽこん、と返事の返ってきたスマホをちら、と見て、そのまま家を出た。

    「……ついでに、少し相談させてもらうか…」

    後輩を頼るのは少し気が引けるが、この際致し方ない。何となく冬弥には聞きづらいので、出来れば彰人と二人きりになれないだろうか。冬弥は咲希と同い歳で一緒に育ってきたから、本当の弟の様で相談しづらいからな。本人は喜んで受けてくれそうだが…。冬弥よりも、彰人の方が女性経験がありそうなので、聞けば何かしら返ってきそうだ。
    電車に乗って二つ隣の駅に向かい、指定されたファミレスに入る。奥の方の席と連絡が来ていたので、店員に待ち合わせということを伝えて店の中へ入った。奥の席へ行けば、大人数用のテーブル席に見慣れた四人組が座っている。

    「小豆沢達も一緒だったのか」
    「司先輩、来てくれてありがとうございます。突然お呼びしてすみません」
    「いや、構わん。丁度息抜きに外に出たかったんだ」

    促されるまま彰人の隣に座ると、小豆沢や白石が挨拶をしてくれる。それに挨拶を返して、上着を脱いだ。

    「今日はバイトはお休みですか?」
    「あぁ。今日は休みなんだ。それで部屋の掃除をしていたのだが、……気が乗らなくてな…」
    「そうなんですね。あ、もしご飯がまだなら、司さんも一緒にどうですか?」
    「俺達も先程練習が終わった所で、良ければ是非」
    「む…そうだな、では、お言葉に甘えさせてもらおう」

    小豆沢と冬弥の誘いに、一瞬迷ってから二つ返事で返す。神代さんはまだ数日帰ってこないので、今夜も一人で食べる予定だったから、食べて帰っても問題は無い。それなら、一人で食べるより大勢で食べる方が楽しいし、なにより考え事をしなくて済みそうだ。
    手渡されたタッチパネルでドリンクバーを頼んで、ついでにメニューも眺める。四人は先程注文を終えたところらしいので、オレもぽちぽちと画面を操作して料理を選んだ。注文ボタンを押して、席を立つ。

    「先に飲み物を取ってくる」
    「あ、ならオレも丁度飲み切ったんで」

    オレが立ち上がると、隣に座る彰人も立ち上がった。コップの中身が空になっているのを ちら、と見て、冬弥達のコップも確認する。練習後で喉が渇いていたのかもしれん。全員コップは空のようだ。
    すると、彰人が立ち上がったのを見た白石が、「はいはーい!」と元気に手を挙げる。

    「私メロンソーダ!こはねは?」
    「え、私は大丈夫だよ、自分で取りに行くからっ…!」
    「それなら、オレも彰人と一緒に行くから安心して任せてくれていいぞ! 冬弥はどうするんだ?」
    「…では、アイスコーヒーを」

    一瞬迷って、彰人を見た後に冬弥が飲み物を答えた。「小豆沢は?」ともう一度問いかければ、遠慮していた彼女も「じゃぁ、緑茶を」と答えた。彰人が復唱してドリンクバーの方へ向かっていく。その後ろ姿を追って、オレも飲み物を取りに向かった。
    店員さんが忙しそうにしているのを横目に、新しいコップへ氷を入れる。頼まれた飲み物をコップに注ぐ彰人を ちら、と盗み見て、一歩分距離を詰めた。

    「彰人、今少し良いか…?」
    「構いませんが…、なんすか、改まって…」

    丁度よく彰人と二人きりになれた。聞くなら今しかないだろう。この後、また二人きりになれるとは思いにくいからな。冬弥だけならまだしも、小豆沢や白石がいるなら余計に聞き辛い状況の為、この好機を逃すわけにはいかない。
    ぐっ、と氷の入ったコップを強く握り締めて、もう一歩分彰人との距離を詰める。

    「……その、だな、…後輩である彰人にこんな相談をするのは、非常に情けないのだが…!」
    「…………やっぱ、やめていいっすか…」
    「っ…、恋人との ぇ、えっちなキスに慣れないのだが、どうしたらいいんだっ…?!」
    「なッ、…あんた、こんなとこでなんつー事言ってんすかッ?!」
    「んんっ…?!」

    べち、と音がしそうな程勢い良く口を手で塞がれ、手に持っていたコップを落としてしまった。プラスチックのコップが、カラン、カラン、と音を鳴らして転がる。数人がこちらを振り返り、逃げる様に彰人がオレの手を引いた。
    トイレへ続く少し細い通路に引っ張りこまれ、目を瞬くオレに、彰人が深い溜息を吐く。心做しか、彰人の顔が赤くなっているように見えた。

    「で、なんでそんな事オレに聞くんすか」
    「彰人なら女性経験が有りそうだと思ったんだが…」
    「……だからって、普通こんなとこで聞くかよ…」
    「こんなこと、誰に相談していいか分からないんだ。…出来るだけ早く、心の整理をしなければならないのだが…」

    面倒くさそうにしつつも、しっかり話を聞いてくれる彰人は優しい奴だ。片手で額を押える彰人の方へ一歩近寄って、じっ、とその顔を見上げる。真剣な気持ちが伝わるよう彰人の瞳を見詰めれば、もう一度溜息を吐かれた。

    「…つか、司センパイの恋人って、あの俳優の神代類っすよね?」
    「へぁっ…?!」

    さらりとそう言った彰人の言葉に、思わず声が裏返る。ぼふっ、と顔が一気に熱くなり、両腕で顔を隠した。確かな先程、“恋人”と自分から言ったが、相手が神代さんだなんて言っていない。神代さんの仕事が俳優という事もあり、交際の件は家族以外に入っていない機密事項だ。咲希にだって口止めをしていて、冬弥にすら言っていないのに。

    「な、何故知っているんだッ…?!」
    「………いや、まぁ、前に文化祭で一緒にいたのを見てますし、それに、……あー、やっぱなんでもないっす…」
    「あ、ぁああの時は、まだ知り合ったばかりで、神代さんが演技指導をしてくれていたから その練習の成果を見せようとしてであって、決して、デートとかではなく、むしろ恋人ですらなかったわけで、……!」
    「あー、はいはい、正直そこはどうでもいいです」

    まさか、文化祭で一緒にいたのが神代さんだと気付かれていたのか?! ひらひらと手を振ってどうでも良さそうにする彰人に、言い訳紛いの言葉が止まらなくなる。あの時は、“師匠だ”と二人に紹介したが、まさか神代さんだとバレてしまっていたとは。言いふらされなかったの幸いだが、まさか、他の人にもバレていたわけではあるまいな?! それよりも、たったそれだけでオレと神代さんが恋人同士だと当てられた彰人は予知能力でも持っているのだろうか。
    相手が神代さんだと知られているのは話が早いが、気恥ずかしくて堪らない。うぐぉ〜、と変な唸り声が自然と口から零れ、背が少しづつ丸まっていく。そんなオレの目の前で、彰人は腕を組み、壁に背を預けてもたれかかった。

    「で、司センパイはオレに何を聞きたいんすか?」
    「……………か、神代さんが、キス、する時、に、いつもと違う顔を、していて、…その、変な、所にも ふ、触れるというか…」
    「………」
    「…き、気まづくなってしまったんだ。…それで、神代さんが帰ってきた時に、笑顔で出迎えられる様、心の整理を……」

    話しながら段々、もごもごと言葉が小さくなってしまう。掻い摘んで事情を説明しながら、段々と自分が情けなく思えてきた。一つとはいえ、歳下の後輩になんと恥ずかしい相談をしているのか。かといって、他に相談出来そうな相手もいない。なんとか言いたいことが上手く伝わるよう言葉を選びながら話していけば、彰人が深い溜息を吐いた。
    呆れられたのだと気付き 言葉を飲み込むと、ずい、と彰人がオレの胸元に人差し指を突き立てる。

    「それ、相当あの人に我慢させてんじゃないっすか?」
    「……が、我慢、とは…?」
    「いや、どう考えても向こうに抱きたいって欲求があるから、そういう事になったんすよね…?」
    「…………抱きたい、とは、抱擁か…?」

    彰人の顔が、何故だがいつもより怖い気がする。顔を顰めて、とても信じられないものを見ているかのような顔だ。だが、何を言われているのかイマイチ分からず、首を左右に倒しながら、彰人の言葉の意味を頭の中で考える。
    我慢をさせているのは、何となくわかる。キス、も、神代さんがずっと、あの時のようなものがしたかったのだとしたら、我慢をさせていたのかもしれない。そればかりか、オレが泣いたばかりに、更に我慢をさせてしまっているのだろう。情けない話だが…。だが、抱く、というとそれはよく分からん。抱擁なら、それなりにしてきたからな。神代さんは普段からスキンシップが多いので、それなりにしてきた“恋人らしいこと”だ。
    それなら問題は無い、とこっそり拳を握ると、彰人が信じられないものを見るような目でオレを見た。

    「あんた、本気で言ってんすか…?」
    「…なんの事だ?」
    「いや、だから…」

    はぁ、ともう一度溜息を吐かれ、ちょいちょいと手招きをされる。彰人の方へ顔を寄せれば、手を口元に添えて小さな声で耳打ちをされた。

    「抱きたいってのは、SEXの事っすよ」

    ひゅ、と息を飲む音が自分の喉から鳴り、たっぷり二秒後、大きな声で叫んで店員に怒られた。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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    DONEritk版深夜の60分一発勝負
    第二十回 お題:「ピアノ」「禁止」
    類視点 両思い
    ある日の休日。
    フェニックスワンダーランドに工事が入ることとなり、「とある事情」も重なって今日の練習はなくなっていた。


    しかし、やはりというか。
    司くんもショーバカだし、僕もショーバカだ。

    僕は練習ができなくても演出に使う道具の作成は進めておきたかったし、司くんは司くんで脚本の作成と、必要な小道具の選定のために来ていた。

    費用の節約として、できる限り必要な小道具は使い回しをする。
    そのためには脚本の時点で小道具の選定をしておくのが一番いい、とは司くんの言葉だ。



    さて、そんな訳でワンダーステージに来た僕たちだけれど。








    「…これが、話に聞いたピアノか?」
    「そうみたいだね」



    その舞台の上には、どどんとグランドピアノが置かれていた。


    これが、練習ができなくなった「とある事情」だ。
    工事の際、どうしても土埃の届かない場所にピアノを移動したかったそうなのだが、運悪く他の場所もいっぱいになってしまい、場所がなくなってしまったそうだ。

    ワンダーステージは比較的離れている場所にあることから、野外ではあるがここならば土埃は届かないだろう、とのことで置かれている、 2358