歌うために必要なあなた 生きながらに死んでいるような、11年を思い出した。
西向きの窓から、赤い光が差し込む。床に敷かれたカーペットにおちる光を、鈴は光が差し込まない所から見ていた。ぺたりと床に座り込み、目の前のローテーブルには歌詞を殴り書いた紙束がある。紙の上には愛用のボールペンがコロコロと転がっているが、紙の数枚はボールペンの重さなんて物ともせず床に滑り落ちていった。
いつもなら、そう、いつもなら。こんな風に、散らかった状態を見ると、存外キレイ好きな年下の恋人が窘めるように鈴を呼ぶ。
「鈴さん」。仕方ないなぁという、ほんの少しの呆れと多量の優しさで満たされたその声が、鈴は好きだ。
けれど、今、この部屋には彼はいない。進学のために上京してから、もうすぐ二桁になろうかという年数を過ごしているこの部屋にいるのは、鈴だけだ。
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