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    keskikiki

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    keskikiki

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    浮♂京♀刳♂綱♀

    ない前日譚
    毱打ちという遊びらしい。毱を棍棒だか篦だかで打って飛んだ距離や方角を競うらしいが刳屋敷には面白みが分からなかった。己の不明だろうとは思う。
    「いやそれでいいんだよ。これね、昔は毱じゃなかったから」
    「じゃあなんだよ」
    「罪人」
     教えてくれた学友の軽やかな囁きを聞いて、少し身を硬くして、それから刳屋敷は彼女を見上げた。京楽はのんびりと丘陵を見上げている。大きくてくりくりとした瞳に柔らかそうな白い頬が穏やかに波打つ前髪に見え隠れする。薄すぎず厚すぎずの頬も少女らしく薄く色づいているところにやや厚めの唇は今日も濃紅が乗せてあった。ひと目では判別がつきにくいがそれが化粧の為であること、その技術もさることながらそのものだって廷内に流通するもののうちでは値の張るものだ。彼女は学生の身分でそれに手が届く、そして歴史を知る、貴族の娘だ。
     そんな刳屋敷の上から鼻で笑う気配がする。振り向けば傘の下から綱彌代の出てくるところだった。癖のない綺麗な直毛のところどうしてか編み込んで隠して、そのうえで笑えば愛らしいだろうところを仏頂面で覆ってることが大抵なのだが、刳屋敷も最近知ったところ割り合い表情は豊かである。ただしこれには、京楽を虚仮にする為だとの注釈がつく。眉を顰めて口許を扇で隠すだけで髪飾りでもつけているのか錺が音を立てた。
    「昔も何も現役だろう。爺どもが行楽気分で処刑場に出るの知らないのか……お前の家なら知らないはずもないだろう。それともお前の家は加担していないからとその傲慢さがなくなるとでも?」
     綺麗どころであることには変わりないので刳屋敷はのっそりと立ち上がって、京楽と場所を代わるようにして丘陵を見渡す。穏やかで傾斜は少ないように見える。麗しき学友たちと比べては派手な景色ではない。だが、空から降りてくる虚をここで迎え撃つのは楽な仕事ではないだろう、縦横に起伏の富んだ地形は歩くだけでそこそこ楽しくなるはずだ。ただ散歩するには目が暇だろうから毱を打って飛ばして、ついでにその飛び具合を競おうというのならまあ楽しい大人の遊びになるのだろう。自分には退屈すぎると欠伸をひとつする。それから耳を立てる。
    「おい呼ばれたぞ。順番だと」
     振り返ってみるのだが京楽と綱彌代はまだ口喧しく言い合っている。刳屋敷からしてみれば揃って貴族の子女、てっきり家格の問題で綱彌代が京楽を蔑んでいるのかと思えば気に入っているところのあるようで、それでいて京楽はどうしてか綱彌代を厭うていて、顔を合わせればたいていこうなる。止めるのも億劫だがこれを学外の人間に見せるのも面倒で、もう一度、今度は少し声を張り上げる。
    「呼ばれてるぞ。次、綱彌代だろ。出番だぞ」
     可愛らしいことに一拍分の静寂を置いてから綱彌代が出てくる。それで終わりかと思えば京楽も出てくるのだから本当に面倒な組合せである。
    「もうか。そんな少ないチーム数とは思わなかった」
    「皆んな足腰弱いから滞空時間が短いんじゃないの」
     好き勝手に言っているところに頭痛を覚えてやるほど今日の催しについて刳屋敷は知らない。それでもいくらなんでも哀れではないかと、今日に傍から見ていただけで知れた分を口にする。
    「他チームは池落ちだの森行きだのでペナルティに削られてるんだよ。ウチだけじゃねえのか、順調なのは」
    「ふん。こんな単調な遊びにも苦労するのか、可哀想に」
    「ただ前に狙って飛ばせば良いのにねえ」
     今度こそ刳屋敷は何も言わないで棍棒だか篦だかよく分からない幅広の頭を持った杖を渡してやる。そんな僅かなひと仕事さえし終えてしまえば京楽が肩にしなだれかかってくる。
    「暇だよねえ。こんな待ち時間ばかりの遊びの何が楽しいんだか」
    「……さあな」
     刳屋敷は傘立台に手をかける。京楽ほどの飛距離は稼げずとも綱彌代とて統学院生、ひと並みの運動神経は持ち合わせてあるので移動が要る。実際眺めていた京楽が珍しく感嘆の声をこぼす。綱彌代の打った毱が良いところに飛んだらしい。その場所を確かめると刳屋敷は、振り向く。
     ほかのチームはまだ丘向こうに取り残されているらしい。きゃらきゃらと声は時折聞こえるのだが影も見えない、見えても森に飛んでしまった鞠をとりに行くところかお茶を出すついでに刳屋敷たちが打順を守っているか確かめに来たところである。
     二人は知らないのだ、普通は地面に置いてある毱を立ったままに手にした棒で狙い撃つことやそのままその毱を前に飛ばすのが難しいことを。況してや自分たちの打った毱が他のチームの二倍の距離を稼いでいるとも。
    「お前が馬鹿力で飛ばす割に難所を残すのがいけない。放り投げたいのなら犬でも連れて遊びに行ってもらいたいものだね」
    「酷いなあ君の仕事を残しておいてあげているだけだろう。まさか傘の下でずっと過ごす気かい、それじゃお家に引きこもっていた方が良くないかい」
     悪くない日給を貰ってでもいなければ刳屋敷には足を踏み入れることの叶わなかった世界だろう。だがこうも大差をつけて勝っていてしまわれてはもう学校と変わらない面子で面白くもなんともない。ただ同じく雇われているらしいどこぞの家人下男に飛距離と飛んだ場所を教える程度にしか変わり映えしない時間である。
    「流石に飽きるな……」
     これで逐一毱と並走するならまだしも犬になる趣味もない。コースを外れなければ木立のひとつもなく傘立台を動かす程度の運動も暇つぶしにはならないのでもう囂しい高音を効きながら腕立て伏せや腹筋捻りでもしているしかない。日給を貰っているくせにと言われても限度があった。
    「それならもう少しで面白いものが見られるぞ」
     杖を刳屋敷へ返しながら綱彌代が微笑む。刳屋敷はその笑みを正面から見た。
     京楽にはよく、そうするなと警告するように言われる。綺麗どころらしい整った顔でその手の表情を向けられるのは悪い気がしないが、それでも侮蔑や嘲りのいろが目に口に浮いて出ている様は喰らうと中々に寒気がする。これで平気なのはよほど鈍いあの男ぐらいだろう。
    「……なんか余興でもあるのかよ?」
     刳屋敷が訊き返しても綱彌代は答えず、ただ場所が移ったばかりの傘の下に引っ込んでしまった。ここに押し入ろうとすればむさ苦しいとの左右同時攻撃がくるのはもう理解していた。
     あらと京楽がどうしてか出てくる。彼女も背後のコースを振り向いた。
    「もしかしてもう、ゲーム終盤?」
    「終わりがあるのかは知らねえが。けっこうな回数、打ってるだろ。いい時間だぞ」
    「それもそうだねえ」
     のんびりとした声を出しつつも京楽はどうしてか、伸びをすると、腕や脚の関節を曲げたり伸ばしたりと確かめだす。大差をつけて勝っている時にする仕草ではない。
    「……何が始まるんだよ?」
     あははとの笑い声だけが返ってくる。やはり犬猿の二人が手を組んで日給を出すなどと螺子の飛んだ話を受けるべきではなかったのだ。
     やがてそれは始まる。皮切りは京楽の申告だった。
    「ごめん。二度打ちしました。いまの点数の没収と、ペナルティの待機で二回待ちます」
     打ち損ねなど珍しくないのでそのまま伝える。綱彌代がさぞかし冷やかしてくれるだろうと考えていたのだが続く彼女は三巡後の打席でおやと眉を上げる。
    「すみませんが打杖が間違っていますね。もう三百点を超えてますでしょう、これじゃ鋭杖で上りは打てない。ペナルティで一回待ちます」
     都合三回分の待機が生じて、それでいて険悪さがない事態に刳屋敷は怖気立つ。四回分の無得点となれば少しは苛立ちを見せてくれても構わない、なにせ順調な時にでも要らぬ波風を立てる仲なのだから、……。
     そうしているうちに四回分の真っ当な成果を積み重ねてきた周りのチームが追いついてくる。俄かに賑やかとなったヤードを見渡して刳屋敷は、そういうことなのかと、二人を見遣る。それぞれに他のチームの面々と話していたはずの二人からそれぞれに視線をもらってしまってもう何も言えずに肩を竦める。
    「細腕の我々ではいちゲームを通してはとても」
    「もう疲れちゃってますからねえ。あらもう次の打席。飛ばせるかなあ」
     京楽も綱彌代も飛距離が半分以下まで落ちる。体力がなどとほざいているが、この程度で落ちては校庭三十五周からの懲罰待ちだし、そもそも京楽なぞ成績上位者なのだからこの程度朝飯前、むしろ朝帰りに際して寮の朝食へ駆け込むためにはこれぐらいできなくてはである。それでも刳屋敷が無言で、打杖を渡したり特別なものが無いと首を振ったりしていればあれよあれよと他のチームの肩が背中が見えていき、その数が増えていき、そして二人がのんびりお茶を飲んでいるところを眺めればゲーム終了の声が聞こえる。最下位である。
    「最初からそのつもりだったのかよ」
    「こんなところで勝ってどうする気だ。これだから根無し草の流民は……」
    「言ってなかったっけ? 半分接待だもん、勝たないよぉ」
     衝立の向こうから衣擦れの音が聞こえてくるので努めて庭へ意識を向かわせつつため息を吐く。前半ははしゃいでいたし天気も良かったので運動着を用意した甲斐はあったらしい。もちろん刳屋敷はそんなものを持ってきていないので、どうせ日光浴をした程度である、久しぶりに斬魄刀へ頬を寄せた。
     始解はまだしてない。講義範囲には入っていないが熱心な生徒のひとりとして刃禅の指導は少しずつ受けている。それでも、やはり至らないのか、今のところ返事があったことはない。声のひとつも聞こえない。何が足りないのか分からない……それ故なのだろうが。焦りはしないが悔しくはあった。
    「勝つとうるさいのよ。でもあからさまに手を抜くとね、また面倒。ご指導のお時間が始まってしまうからね。その点、体力の問題にすればその手のお話は膨らまないし?」
    「おめでたい脳みそをしているな、春水。戯けた寝言でその身を滅ぼすところがぜひ見たい」
    「名前で呼ばないでくれますか綱彌代サン?」
     不穏な風向きを感じ取って刳屋敷は慌てて振り向く。
    「いずれとっとと着替えてくれよ。おんなの身支度に時間がかかるのは承知のうえだがな。母ちゃん姉ちゃんならまだしも同級生の化粧事情なぞ、俺ァなんて言って誤魔化しゃいいのか分からねえぞ」
     一旦の静寂を受けてほっと胸を撫で下ろす。しかしどうしてか衝立の向こうから京楽の顔が覗く……覗いた気配、もとい薫りがした。
    「刳屋敷さあ、十二単って脱がしたことある? 簡単だよ。試してみたい?」
    「勘弁しろよ……」
     笑い声がして、その後ろからまた諫言じみた嫌味が聞こえてくる。裾を引っ張ってしまって羽織が脱げただの帯の組み合わせが悪いだのとも聞こえてきて、お構いなしにまだ時間がかかるだろうことが容易に知れる。刳屋敷はこめかみを押さえる。
     それから霊圧の解放率を少しだけ上げる。まだ慣れていない作業なので思ったより霊圧がまろび出てしまう。
     少し遠くから悲鳴が聞こえて、それからばたばたと廊下を遠ざかる音が幾つか響いてきた。
     呼びに来た訳ではないらしい。また花の薫りがする。
    「助かるよ」
    「……これが本命かよ?」
    「私としてはいけず石で良かったのだがな」
    「良かないだろ。……たぶん」
     そう答えてから刳屋敷は顎を上げた。顔が天井を向いて、京楽の覗き込む顔が見えた。声量を下げる。
    「お前が綱彌代も庇うなんてな」
     京楽は肩を竦めた。
    「この手の話ばかりはね」
     仕事が済めば用もないらしく二人も宿題だなんだと口実をつけて二次会を断って出る。他にも早くに上がる者がいたので此方は断れる席らしい。
     これで日給分かと思えばまさかと京楽に手を引かれる。綱彌代を見たが彼女はあからさまに嫌な顔をして見せてくれた。
    「下民と食膳を共にするなど」
    「へいへい。訊いた俺が悪うございました」
    「もちろん奢るよぉ。食べ足りないなんて思わせませんとも」
     二人と一人に別れようとしたところで、つまり嫌味ったらしい応酬が十五往復ほどしたところで痺れを切らした刳屋敷が渋々仲裁して最後のご挨拶を済ませてから、また綱彌代が言い放つ。
    「ああ、そうだ。春水、お前が予約していた店は変えておいたぞ。あんな店に入るな。仮にも京楽家の長女だろう、身分を考えて行動しろ」
     店が変わるもなにも元の店を知らない刳屋敷が仔細を問おうと振り向けば京楽の顔が胸辺りに当たる。彼女が慌てて刳屋敷の腕から飛び出した頃には綱彌代はもういない。錺の揺れる音さえ聞こえなかった。京楽は叫ぶ。
    「お酒!」
     ──統学院では学生寮での飲酒は認めていない。学外でも推奨されておらず、近隣の店では出してさえもらえない。
    「飲めるお店だったのに……ッ」
    「……出してもらうか?」
    「撮られる、駄目。ああもう。やられた」
     綱彌代の手配した店ではと忌々しそうに嘆きつつも二人で向かえば食事は確かに出てきた。それでも京楽はまるで精進落としと嫌味を捲し立て続けるので刳屋敷は閉口した。焼き豆腐と冷や奴の果たす役割の違いなぞ彼には理解できなかった。
    「憶えておきなよ。何を食べさせられているのかぐらい分かったほうがいいでしょう」
    「平民にそんな機会がそうあるかよ」
    「隊長格にでもなればあると思うよ」
     事もなげに京楽は言い放つ。日頃ふらふらのらりくらりと柳葉の如く緩やかに佇む彼女たが茶化した物言いではなかった。迎え打つ刳屋敷も真剣な目で応える。
     統学院の事実上の創始者にして護廷隊を纏め上げる総隊長の最後の弟子と謳われる子どものひとりが京楽だった。それに確かな腕があることなど、通知書には見えずとも刳屋敷は知っていた。そうでもなければここまで親しくする仲になっていない。
    「ああ、もう。豚に鶏だけならだしも魚まで避けるなんて。これで飲めないだなんてね。外出届を出してまで絶対してこんなの。やってられないよ」
    「店変えりゃ良かったか?」
    「あのね。そうすると綱彌代と君が二人で今日のお礼をする機会がセッティングされるでしょ」
    「お前は済むだろ」
    「あれと仲良くするなんてやめておきなよ、刳屋敷。あいつには近付かないで。最近なんかオトモダチを作っているみたいだけど、あの子たち、絶対に碌な事にならないよ。断言する」
    「……このお茶、美味いぞ」
    「そうでもなきゃやってられないよぉ」
     愚痴を言いつつも綱彌代と手を組んだ理由を問う。
    「利害が一致しちゃったらねえ。ボクは純粋に処刑遊びなんて誘われたくないし。綱彌代は、ほらあいつの家って一応公文書管理も仕事だから、刑場で遊びたいからって変な罪状で処刑機会が増えるとそれだけで結構な仕事なのよ。あいつは末の方の分家だから持ち出しも多いだろうし。そもそも処刑立会いだって本家の家格からしたら考えられないぐらいの賤業なんだろうし。
    「変わってはほしいけれど、旧態変化に我が家の力が作用してってなるとそれはもう面倒でね。綱彌代の方もたぶん、本家を差し置いて分家ごときが改革なんてッて感じだろうし。あの遊びを流行らせて虚を罪人に嗾しかけるなんて野蛮な遊びは消し去ってやりたいことは変わらないのだけど。
    「さっき他にも二次会に行かなかった人が居たろう、あの中にこの遊びの発起人がいてね。ルールをあれこれ考えてくれてるんだ。今はまだこの遊びを『開発中』で、あれこれ考えているみたいなのだけれど。どうも性別や年代を区別させない遊びらしいって聞きつけてね。
    「……いけすかない口を利いてばかりいる小娘を直接負かせられる機会なんて、爺どもはいくらでも欲しがるでしょう?」
     刳屋敷は食後の練り菓子をひと飲みにする。
    「すまん。腹がくちくなって何聞いても分からなかったわ」
    「……ま、ボクらは学生だしね。こんな話は半人前の仕事じゃなし、大人になるのはまた明日だ」
     店を辞した後におまけで団子屋で包みまで貰う。口止め料との認識を以て刳屋敷はそれを受け取って、さてと顎に手をやった。食べられる量だが朝からけったいな話に巻き込まれていたのでサッパリしたかった。似たような具合で京楽も馴染みの店へ消えて行ったようだし、真っ直ぐ帰寮するにしても自室にこの包みを持込みたくなかった。
    「よお大将。生きてるかよ」
    「やあ刳屋敷。さっき死に損なったところでな、もしかすると内臓が足りてないかもしれない」
    「じゃあみたらし団子は食えねえか」
    「馬鹿。食わせろ、肉にする」
     四串あった団子は瞬く間に半分となってしまう。刳屋敷は一本だけ確保すると残りも浮竹へ呉れてやってしまった。
    「珍しい店だな」
    「臨時雇でチト遠出してな。貰ったが、ひとりで食っても味気ないだろ」
    「こっちは粥責めだ。皮膚が溶けるところだった、餅は助かる」
     刳屋敷はもう一度浮竹を見た。京楽と並んで山本の弟子との噂に違わず成績優秀、貧血や悪寒どころか喀血だか吐血だかまで珍しくない健康不良児であるがそれを補って余りある明朗公正さは学内でも評判の男である。寮の食堂では人徳だけで茶碗が三つ付いてくる。しかしそれは四番隊から制限されていない時に限られていた。
    「……これ。食わせたのがバレたら俺も説教かよ?」
    「俺が言わなかったんだし。大丈夫じゃないか?」
    「怖えよ……」
     もっちゃもちゃと団子は浮竹の喉に吸い込まれていく。これが彼の肉になるかそれとも血と共に吐き出されてしまうかは誰にも分からない。吐くともなればそれだけで死の淵に追いやられてしまう男なので刳屋敷は気休めであっても前者となることを祈る。
     それから、ここ数日臥せっている彼の為にも世間話をする。浮竹は浮竹で世間様と少し感覚の食い違う男だとは理解していたが、それでも先ほどまでの嫌味な空間を忘れるには問題なかった。あの二人よりはよほど刳屋敷の知っている常識とやらに近い。尤も、そう考えてうかうかしているととんでもないところへ連れて行かれてしまうのだが。
    「じゃあ次行くときはもうクラス替えか。結局、そんなに馴染めなかった気がする」
    「何を言いやがる。あんなにモテたのはお前きりだよ」
    「お前もだろ。揶揄うなよ」
    「ご謙遜をってやつだな。……」
     気さくな男なので話し込んでいるうちに気も緩んでくる。自然と体勢も崩れていって、京楽ほどではないがゆるりと力を抜き、胡座をかいた膝の上に肘をおいて頬杖を突いたところだった。
     途端に浮竹が殺気立つので刳屋敷は危うく尻の浮くところだった。
    「ど……どうした」
     浮竹はどうしてか、すぐに霊圧を収めて、それから刳屋敷を呼んだ。
    「京楽に会ったのか?」
    「あ? ……ああ」
     会ったも何もの話である。しかし刳屋敷はここで、はて最後の会食はともかくと思い至る。今日のことはどこまで話して良いのだろうか。貴族の家の事情の話、しかも相手は下級らしいとはいえ貴族の浮竹だ。話し込みやすい男ではあるが……。
     肚を括って低い声を続ける。
    「団子屋でな。なんだ。見舞いの予定でもあったか?」
    「まさか。あいつは気の向いたときにしか来ないよ」
    「幼馴染なんだろ」
    「きょうだい弟子だよ。今だと同期か、お前と同じさ」
     何でもないと言い放ってからりと笑う様には先ほどの霊圧大放出などおくびにも見えない。だが刳屋敷の肌は覚えていた。
     どうも逆鱗があったらしい。
     いずれ病人相手に長居の趣味はなく話に切りをつけると辞去する。同じ寮生とはいえ医務室暮らしの浮竹の部屋からは少し戻る手間があった。その途上で待ち構えていたのは綱彌代だ。彼女は抜け目なく周りを見ると、身を寄せ目を細めて刳屋敷に囁く。
    「ひとの家の事情を勝手に話すのは不躾なことだろう、それが末席とはいえ四大貴族のことなのだから京楽はこれしきで済んで良かったと思わないか?」
     花の薫りが移っていたことに気づくと刳屋敷はもう立っているのも億劫なほど疲れて肩を落とした。
    「ひとを巻き込むな」
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    Replies from the creator

    keskikiki

    MOURNING髪カーテン書けなかったしこいつら揃って逃げ癖があるから辛い時は独寝しかできないよ
    ぬくぬくと 共寝の目的はひとつでない仲だ。目が醒めたときまだ障子の向こうには雨戸が閉められたままで灯り取りの窓からも暗闇しか窺えなかったが、自分の髪も寝巻きも割合い綺麗なまま少し寝崩した程度、何より隣で眠る男の髪も寝巻きも綺麗なままだった。眠りの浅い男が、とは考えるもののただ身を起こした程度なので仕方ない。況してや布団を分けて眠っていた。
     尿意か来客の気配でもと探ったが用を足せる気もなければ抑えられた霊圧もない、後者なら隣の男も起きていたはずで、万全とは言い難いが寝る前より呼吸器に違和があるわけでもない、微熱が出たようでもない、単純に目が醒めてしまっただけらしかった。吸飲みに手を伸ばしてみる。器物は霊圧を出さないので不便だった。慣れた作業と考えていたが思っていたほど上手くいかず、こうも不如意となる理由はとうつらうつら考えだして、すぐに嗚呼と隣にいる男を思い出した。一枚だけなのか二枚だけなのか、布団の数が変わっていた。それだけで場所も変わるとということを失念していたらしい。我が事ながら呆れるほかなく手探りで水を飲んだ。
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