可愛いあなた「あなたのせいだ」
そう呟いた村雨の横顔は髪の毛で隠れてよく見えない。
「ハ?……なんの話だよ」
ただソファーに座ってテレビを見ていただけなのに突然オレのせいだと詰られた。しかもいきなり。理由が分からない。
もしかしたら何か機嫌を損ねるようなことをしたのかとここ一時間ほどの己の言動を思い返してみたが、村雨が好きな肉で飯を作って一緒に食って、ソファーに座って、腹がいっぱいで眠くなったから肩を借りて少し寝て、目が覚めてからは適当に付けたテレビを見ていた、それだけ。特に何かやらかしたことは思い浮かばないから余計に謎が深まる。
とりあえず機嫌をとるかと握っていた手に指を絡めると、一瞬手を引かれたから隙間を埋めるように手の平をしっかりと合わせて握る。すると「そういうところだ」という呟きがため息とともに聞こえて、村雨の方からも握り返された。
そういうところって何だよ。
「あなたが可愛いから、離れがたくなる」
呆れたように言う村雨だが、オレはそれが理解できない。
「……可愛いのはお前だろ」
オレが作った料理を食べると細められる目も、手を握ると緩む頬も、身を寄せるとじわりと赤くなる肌も。
可愛いと言うと、不服そうに顰められる眉の形も。
「オレからすれば、お前の方が可愛い」
村雨の全てが可愛く見えて、これが盲目ってやつかと初めて抱く感情に驚きつつ、それがちっとも嫌じゃないから、その生暖かい感情に身を任せる。
「けど、離れがたいってのは同意だな……なぁ、今日泊まってけよ。明日、休みなんだろ?」
握った手を持ち上げて甲に軽く口付けながら強請ると、小さく跳ねる指と聞こえてくる大きなため息。
「……仕方がないな」
ふいと顔を背けながら渋々と頷いた村雨だが、揺れた髪の毛の間から薄く色付いた耳が見えるから、そこがまた可愛いなんて言えば、きっと拗ねるんだろうな。
拗ねるんだろうけど、見てみたい。その欲が勝った。
拗ねる村雨の機嫌取りを未来の自分に丸投げし、村雨の意識をこちらへ向けるために熱を持った耳にまた囁いた。
「素直じゃねえのも可愛いぜ、お医者さま」