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    穂山野

    @hoyamano015

    読んでくれてありがとう。
    幻覚を文字で書くタイプのオタク。とうの昔に成人済。

    スタンプ押してくださる方もありがとう。嬉しいです。

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    金荒 / マッキャリ/ 新中/リョ三

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    穂山野

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    【リョ三】Sign

    インターハイが終わり、新学期が始まったころの幻覚です。
    二人がゆっくり距離を詰めていったらいいな、という幻覚をずっと見ていたので。
    二人で幸せを作っていってくれ…
    相変わらず拙い文章ですが、似たような性癖の方に届いたら嬉しいなあと思います…

    #リョ三
    lyoto-3

    Signもう殆ど人がいなくなったロッカールームの小さな机で部誌を書いているとどこからか「宮城ィ」ともうすっかり聞き慣れてしまったデカい声がする。
    「なんすか?!」とこちらもデカい声で応じると「おー、今日一緒帰らね?」と毎回こっちがびっくりするくらいの素直な誘い方をするのが三井寿だ。
    最初はその理由がよくわからなかった。自分が部長になったことでなにか言いたいことがあるとかそういうやつ?と若干の警戒心を持って精神的に距離を取りながら帰った。でも三井にはそんなものまったくなく、ただ部活終わりの帰り道をどうでもいいような話をしたり、それこそバスケットの話なんかをしたいだけだった。
    最初は本当にポツポツとした会話量だった。家に着いてドアを閉め「あの人なにが面白えんだ?」っていうくらいの。そのうち誘わなくなるだろう、と思っていた。しかし三井はまったく気にしていないようで当たり前のように隣を歩いた。
    よく揉めたりもするが練習メニューのことや他校から練習試合の申し込みを受けたときに相談したりアドバイスを貰ったりと話をすることが多くなり、邪気のない人柄に慣れてくると少しずつ個人的ことも話すようになっていった。今では本当に他愛もないことも腹を抱えて笑うようなくだらないことも話す。
    ヤスが一緒のときもある。最初ヤスは三井サンが一緒に待っているのを見てびっくりしていた。そりゃそうだ。三井はまったく気にしていないから第三者の自分が変に緊張した。
    やはり人はだんだん慣れるもので最近は普通に話しアドバイスなんかも貰ったりして穏やかな関係を築いている。それは三井の性格もあるし、なによりヤスの懐の深さが大きい。
    ヤスは方向が逆なので途中で別れ、そこからしばらく二人で歩く。詳しくは聞いたことがないからよくは知らないが、そんなに遠くないところに住んでいるらしかった。思い出してみれば中学生のあのキラキラとした三井に会ったことを考えると実はわりと近所の可能性もあった。
    三井はいつも「じゃあ」って別れる交差点でいつも団地の一群を見つめる。そして「おう、また明日な」ってデカい声でいう。
    そういうやり取りをあまりやってこなかった自分と、不良やる前はいつもそんな感じだったんだろうな、いや、もしかしたら不良やっててもこんな感じだったのかもしれないと、のしのしと帰っていく三井の背中を見送る。
    基本的に明るく真っ直ぐで、そしてときどき妙に眩しい人だと思う。本人には絶対言わないことではあるが。

    ■□

    「三井サンさぁ……」
    なにもいうまい、と思っていたのに隣で機嫌よく笑ったりポカリをガブガブ飲んだと思えば「あ、宮城タオル貸してくんね?」と当たり前みたいに手を出す三井を一瞥し、ため息をひとつ吐いて使っていないタオルを差し出した。
    今日はバスケットゴールのある公園の前を通りかかったとき、小学生くらいの子がひとりでシュート練習しているのを見つけてしまい三井はそのままその子のところに向かっていった。急に現れたデカい人に小学生は最初びっくりしていたが、俺もやられたあのスリーポイントシュートを次々と決めるのを小学生は憧れの眼差しで見つめている。
    まあ、本当にキレイだから仕方ない。今見てもそう思うんだから昔の俺なんかもっと仕方なかったんだよ、と独りごちる。
    三十分くらい二人のやり取りを少し離れたところで眺めていた。
    盛夏に出遅れてしまった蝉が鳴いている夕暮れ。まだ暑さが居座っていて額に汗が滲む。
    「さっき部活終わったばっかなのによくやるよね、ほんと」
    「バスケットはいくらやっても足りねえんだよ」
    「カッコいいこと言ってるけど二年もブラブラしてたからでしょ」
    「うっせ。明日から体育館使えねえんだからその分だよ」
    夏休み明けのテストがあるせいで二日ほど部活はなし。赤点軍団のメンバーでもある自分たちがこっそりと体育館を使おうとしていることを察知され、担任教師たちに先に釘を刺されていた。今、体育館の鍵管理はかなり厳重になっている。
    今、自分の目の前で機嫌よく人のタオルで顔を拭いているこの人は、あの日、中学生だった俺と会ったことを憶えていない。そのことを若干腹立たしく思っている自分がいるし、憶えていたらそれは俺の知ってる三井寿じゃないと思っている自分も心の中に両方存在している。
    「アンタ、いつもあんな感じなんです?」
    「あ?」
    「ひとりでやってるヤツに対して」
    「声かけるかってこと?」
    そう、と頷く。
    即答するかと思った三井はうーん、と眉間に皺を寄せる。この人真面目なんだよな。簡単な問いでもちゃんと考えてから答えようとする。
    「わりとそうかも?」
    そういって自分の答えにうん、と頷いた。
    「だよね」
    「なんか文句あんのか。先帰っていいっていったのに」
    「それもなんかアレでしょ」
    「なにがアレなんだよ」
    「小学生相手でもシュート打ってたら見たいでしょ」
    そう答えると三井の顔から眉間の皺が消えた。こういうとこはわりと好きだ。単純ともいえるし素直でわかりやすいから。
    この人不良やってるころもこんな素直な感じだったのかな。なんとなく堀田サンを労りたくなる。
    「……バスケは一人でやるより二人でやる方が面白えんだよ」
    三井はボソッとそういった。
    「……そうっすね」
    たぶんお互い一人でやるしかなかったころのことを思い出してしばし黙り込んだ。
    今日の小学生もまたあの人に会いたい、とここで三井を待ったりすることがあるかもしれないと想像するとそれは酷なことなんじゃないの、と心の中で三井に言う。無邪気な優しさをすべての人間が無邪気に受け取れるわけではない。
    自分は手を振って朗らかに三井と別れたわけではないので自分と重ねてもあまり意味はないんだって、そこで考えるのをやめた。
    いつものようにバス停近くの交差点で「じゃ、俺こっちなんで」と団地の方向を指差すと「おう、また明日な」と相変わらずデカい声で返事をし歩き出した三井の後ろ姿をしばらく見送る。
    三井は信号を渡りきったところで徐ろに振り返ったので慌てて背を向けたが、三井はそんなことをまったく気にしていないようで「タオル洗って返すわ!」とまたデカい声で言った。

    昔の記憶に貼り付いている複雑な感情を整理しようと、少し遠回りして海岸に出た。夏休みの人混みはもうない。いつもの静かな海岸に戻っていた。砂浜に座りぼんやりと海を見る。
    この海を初めて見たときはどうしてもあまり好きにはなれなかった。
    こういう色の海を初めて見たから。自分の知っている海ではなかった。
    それでも海ならどこだって沖縄の海に繋がっている。沖縄を離れてもソーちゃんを近くに感じることができた。
    「あの人見てるとさぁ、ほんとちょっとだけソーちゃんこんな感じだったかなって思うことあるよ」
    あの日ソーちゃんが帰らなかったこと、心の整理がつく日なんてものは来ないのかもしれない。どんどん時間だけが過ぎていく。家族の中にソーちゃんはずっといるのに。
    沖縄から離れて知らない土地に移ったことでソーちゃんの気配がほんの少し薄くなったくらいで。けれど八年という時間の中でやっとソーちゃんとの温かな思い出を少しずつ家族で話せるようになった。そうやってソーちゃんは家族の中で一緒に生きていく。
    そろそろ帰るか、と立ち上がりズボンの砂を払う。あちらこちらの家の灯りがつき始めている。たぶんアンナが「リョーちゃん遅い」って怒っているだろう。

    ■□
    「三っちゃん、あれバスケ部の奴じゃない?」と徳男が教室のドアを指さした。
    そこには硬い表情をした安田が立っていて、徳男にペコリと頭を下げた。そして俺を見つけると少しホッとした表情を浮かべた。
    「なんだ、ヤス来るの珍しいな」
    「すみません」
    「いや、別にいいよ。どうした?」
    いつも落ち着いてるヤスが慌てている。
    「今日明日は部活ないんですが、明後日のことなんですけど」
    うん、と続きを促す。
    「リョータ、もしかしたらしばらく部活出られないかもしれなくて」
    「なんだアイツ、まさかケンカでもしたのか?昨日帰りはなんでもなかったし、元気だったぞ?」
    「あ!ケンカとかじゃなくて……さっき学校に電話あって。お母さんが具合悪いみたいで早退したんです。その帰り際に慌てて俺のところに来て『部のこと頼む。三井サンに言えば相談に乗ってくれる』って」
    「そんなときに部活の心配してんなよ……」
    「大事なんです。リョータにとってバスケ部は」
    ヤスの語気が少し強くなった。先輩がやったことは忘れていません、と言外に言われているような気がした。そりゃ忘れるわけがないよな。俺は自分のやったことをこうやって受け止めて謝るくらいしかもう償う術がない。
    「……なんかスマン」
    「あ、すいません!そういうんじゃなくて!」とヤスもしきりに頭を下げる。
    明日伝達しておかなければならないスケジュールを確認してヤスは少し安心したようだった。
    「宮城はどのくらい休むとかそういうのは言ってたのか?」
    「それが急いでいたのもあって。細かい話はできなかったので……。今夜電話してみようと思ってます」
    「またなんかわかったら教えてくれると助かる」
    そう言うとヤスは急に口を噤んだ。俺の「あれ?」という気持ちが顔に出たのだろう。
    「……リョータ、つらいとか苦しいとか人にいわないんで、たぶん電話しても大丈夫っていうと思うんです。昔からそうです」
    ヤスは困った顔で「いってくれたらいいんですけど」と更に眉毛をハの字にしてわかりやすくしょんぼりした。
    「ヤスにしか言えないことがあるはずだから。そのときは聞いてやればいいんだよ」
    「……はい」
    「ヤス、宮城の住所わかるか?」
    「あ、はい。わかりますけど」
    「あとで教えてくれ」

    ■□

    教室を出ようとしたとき進路指導の教師に捕まり、ようやく解放されたと思ったら帰りにラーメンでも食おう、と徳男たちと約束していたのを忘れていて、待たせた挙げ句「悪い」とだけ言って断ったというのに慌てている様子を察知した徳男に心配された。
    宮城の家に行ってみようと思っていた。

    見舞いというわけではないがなにか土産があったほうがいいか、と思うが財布に入っている金額は限りがある。いつも一緒に帰る通りにはコンビニくらいしかない。目に入った花屋で花なんかも見てみたが花よりは食えるもののほうがいい気がする、という結論に至り、妹がいると話していたことがあったのでなんか甘いものとかそういうもんがいいか、とかしばらくコンビニの店内をうろうろしても決まらず、ポカリを六本買った。
    「部活かよ……」とも思ったがこれ以上考えたところでなにか思い浮かぶとも思えなかった。とりあえず病人も飲めるし……とも思ったが宮城に指さして笑われる気もした。

    いつも「じゃあ」って別れる交差点近くのバス停には団地の名前が冠されていたのでここに住んでいることは知っていた。
    でもこれだけたくさんある部屋のどこが宮城の家なのか未だ知らないまま。
    訊けば答えるだろうけどなんとなく訊くこともできず、アイツも言わないのでいつもどこに帰ってるんだろうなって思っていた。それと同じで、同じチームでバスケットして、勝手によく知っているように思っていたけれど宮城の事情とか理由とかそういうのを俺は知らない。
    一歩近づくと半歩下がるような。それでも半歩だけは近づくのを許してくれる感じが宮城だった。ひどく焦れったいやり取りがずっと続いていたけれどそれでいいとも思っていた。
    でも今日、ヤスから話を聞いたとき宮城が珍しく自分に送ったサインだと思った。
    だからこんな慣れないことをしている。自業自得とはいえポカリの入った袋も重い。
    棟の番号を確認しながら歩く。団地の敷地内に入ってから風が変わった。少しだけ涼しく感じる。海が近い。
    そういうところがある、というのはずっと感じていた。
    ヤスが言うように宮城はいろいろなことを抱え込みすぎる。それはバスケ部に戻ってからアイツを見ていて感じていた。そして本音を言わない。いろいろなことをスッと飲み込んでなにもなかったみたいな顔をする。けれどそういうとき一瞬、ほんの少し目を伏せる。そして何事もなかったみたいに笑う。
    「溜めるばっかりだといつか爆発すんぞ」って言ったことがあった。そのときも「ハイハイ」って躱されたし、いつも最終的には「自分がそんなことを訊く資格もないよな」って思うことでそれ以上踏み込まないようにしてきた。
    だからずっと一歩分。半歩下がられるので正確にはゆっくりと半歩ずつ近づくので精一杯だった。
    だから電話だとヤスの言うようにあの強がりを聞かされるだけだろうということは想像に難くなかった。表情を見て声色を聞かないとアイツには一歩も踏み込むことができない。フェイクが巧いのはバスケットだけじゃない。

    棟の番号と部屋の番号を確認していくつか階段を上り、表札を確認する。『宮城』と書かれた部屋の前で一度深呼吸した。
    ドアが開いた瞬間に歪んだ眉毛の持ち主に凄まれて帰れと言われる可能性もある。
    インターホンを押すと少ししてチェーンを掛けたままのドアが開き中学生くらいの女の子が顔を出した。
    「どちら様ですか」
    「突然すみません。湘北のバスケ部の三井といいます」
    「あ、やっぱりバスケ部の人!大きいからそうかなって思いました」
    彼女は人懐こい笑顔を浮かべた。
    チェーンを外し、ドアを開けると改めて「こんにちは」と言ってペコッとお辞儀した。
    「お母さん、具合どう?」と少し声を潜めて訊く。
    「今は寝てます。点滴、効いたみたいで」
    「そうか……びっくりしただろ」
    そう言うと彼女は片眉を上げた。よく見る、よく知っている表情。
    「……びっくりした」と小さな声で言う。
    「よく頑張ったなあ。俺だったら慌てちゃって無理かも」
    返事がなかったのでしまった、小学生に接するような言いかただったか?と彼女を見るとなぜか「あれ?」という表情を見せた。
    あ、そうだこんなんでアレなんだけど、とポカリの入った袋を渡すと「重っ!」と袋の中を覗き込み「ポカリはいくらあっても嬉しいです」と言って笑った。
    「えっと宮城、じゃなくて『リョータクン』はいる?」
    「お兄ちゃん、たぶん海岸です。ちょっとコンビニ行ってくるってさっき出たんで」
    「コンビニじゃなくて?」
    「こういうときはだいたい海岸にいます」
    「そっか」
    「いつも一人でいるの」
    そう言ったとき困ったような寂しそうな表情を見せた。
    「俺、ちょっと行ってみるわ」
    そう言うと少し意外そうに頷いて「あ、お名前聞くの忘れてた!」とこちらを見上げた。
    「湘北バスケ部の三井、寿」
    「妹の宮城アンナです」
    二人で深々と頭を下げあって顔を上げ、照れくさくなって二人で笑った。

    宮城の妹が言うには「真っ直ぐ歩くと海岸に抜ける細い道があるんでそこから出て、遊歩道を歩くとすぐ」ということだった。
    海に向かって伸びた遊歩道は道路二車線分を渡ると緩やかに下り始め、その先に海が見えた。

    ■□

    もう少しするとゆっくりと日が傾きはじめ、空の色が変わる。そうすると海風は夏はもう終わると告げるような少し冷たい風に変わる。
    俺がしっかりしないと。
    アンナはちゃんと連絡できた。病院に付き添ったとき、失くしたものが多すぎる兄妹は二人でずっと強がっていた。母が診察室に入った待合室でアンナはちょっとだけ泣いた。
    アイツよく頑張ったな。
    点滴したおかげで少し吐き気が治まってきた、という母は部屋に戻るとき振り返って「大丈夫だからね」と具合悪いのに無理矢理、から元気を引っ張り出してきて言った。

    早朝のまだ誰もいない砂浜でひとり、海を見ている母の後ろ姿を見かけたことが何度もあった。声をかけられたことは一度もなかった。隣に座ることも、その心に寄り添うことすらずっとできなかった。
    いつも言葉を飲み込むことでしか示せる優しさがなかったから。ただそれが正解ではないことだけいつもわかっていた。

    沖縄に帰った自分があの秘密基地で見たのはあのときのソーちゃんの願いや希望、あのころの純粋な自分の憧れだった。バスケットボールを続け、いずれ全国の強豪校を倒すことを願い夢見た兄は戻らず、自分はまだこうやって生きている。
    あの事故の直前、もうどうでもいいと思った。なにもかも投げ出してしまいたかった。
    母と上手く関係を築けない自分を、どこにいても周囲から浮き立ってしまう自分を、望まない暴力に囚われ続ける自分をもうすべて投げ出したかった。
    いろいろな希望を置いて逝ってしまった兄のことを忘れたことがなかった。生きているのが兄だったらよかったと思ったことは何度もある。
    それでも漠然とした死への欲求があったことは事実で。あの秘密基地で簡単に命を手放してもいいと感じた自分を心から恥じた。ソーちゃんに申し訳なく思う。
    泥に足をとられたような人生でも生きている自分は夢を見ることができ、まだ希望を繋ぐことができる。
    そのことをソーちゃんと話したかった。会って、顔を見て謝りたかった。
    きっと「リョータはバカだなあ」って言われる。でも最後には「頑張れ」って笑ってくれる。
    スコールのような雨が降り続く海の向こう、今どこにいるんだろう。
    「会いたい」そう思ってただ泣いた。ソーちゃんがいなくなってからあんなに泣いたのは初めてだった。
    ソーちゃん、俺、あれからずっとひとりでバスケットやってるよ。
    殴られて心折れるほど傷つけられても、母ちゃんを傷つけても、このクソみたいな自分が守りたいもの。ソーちゃんの存在が失くなってしまった世界で自分を支え続けたバスケットは、もうずっと前から生きている理由だった。俺、バスケットが好きだよ。

    神奈川戻って、バッシュを投げ入れた箱を開けた。
    ちゃんと母に伝えて謝りたかった。八年の間どれだけ傷つけたかわからないけど辞めろって言わないでくれてありがとう。『続けさせてくれてありがとう』って手紙に書くことが精一杯だった。
    あれから少しずつ、まだぎこちないけど母の顔を見て話すことが出来るようになった。
    本心を人に明かすことを前よりも怖がらなくなったのはそれがあったから。
    だから今日は正直、怖かったよ。母ちゃん。

    ■□

    閑散とした砂浜で膝を抱え座る宮城を見つけるのは容易かった。
    ぼんやりと海を見ていた。その隣に黙って座ると宮城は顔を上げ「どうしたんすか」と言った。あまり驚かなかった。
    どうしたもこうしたも気になって仕方ないから来たっていうのもなんか重たい。
    ヤスが心配してたから、っていうのは違う。勝手な心配をしたこととあれはお前が送ってくれたサインだったって信じてここまで来た。
    「えっと……来た」
    「そりゃ見ればわかるっす」
    そう言って宮城が笑う。答えるかどうかもわからない。いつもみたいに上手く躱されて終わりかもしれない。
    「……大変だったな」
    「……うす」
    「さっきアンナちゃんに会ったら」
    「は?アンタ家行ったの」
    「当たり前だろ?エスパーじゃねえんだぞ。そうじゃなきゃお前がここにいるのなんかわかんねえだろが」
    「そりゃそうなんですけど」
    「……大変だったな」
    「うん……」
    「明るいな、妹」
    「似てないでしょ」
    「あ?そっくりだったぞ」
    「……アイツはしっかりしてるんすよ。今日もアイツ今日、学校早く終わって家帰ってきたら母ちゃん具合悪くて仕事早退してきてて」
    相槌を打つわけでもなく、ただ海を見たまま話す宮城の横顔を見ていた。
    「一緒に病院行こう、って言ったらしいんですけど大丈夫、っていうから様子見てたけど心配になって電話帳で調べて学校に電話してきて」
    視界の端に宮城の右手が小さく震えているのが映る。
    「急に担任に呼び出されて。職員室いったら『ご家族の方からお電話です』って言われて正直、俺のほうがやばかった」
    宮城は普段こういう話をするときは必ずふざけた言い方をする。弱いところとか全然見せないし。でも今日は違った。
    「誰だってびっくりするだろ」
    風の音も波の音もしている筈なのに俺の耳には宮城の小さな声だけしか届いていなかった。
    「こういうの初めてってワケじゃないんだけど……全然慣れない」
    その姿は見覚えがあった。よく知っている。
    左手を伸ばし、ずっと視界の中で震えていた宮城の右手を掴む。血の気を感じない冷たい手だった。
    「大丈夫だ。お母さん落ち着いてるって」
    うん、と頷く宮城の冷たい手を強く握るとしばらくして宮城もその手を握り返した。
    「俺がしっかりしなきゃいけないのに」

    心を暗いところに置いて、ひとり蹲っていたら駄目なんだ。
    自分がそうだったからそれがよくわかる。何度も繰り返したあの夜のことは今でもときどき夢に見る。誰にも本当のことを言わず、言えず、夜に沈むしかなかった日々のこと。
    そんなことが当たり前になることに慣れるな、って俺はお前に言いたかった。
    お前が一番の友達にも言わないこと。黙って飲み込むたくさんのこと。「俺がそんなこと訊ける立場でもない」って言うのはもうやめるよ。
    いつも思っていた。顔を見て話しているときはポーカーフェイスなのに、見送ってるときにお前が向ける視線はすごく柔らかいこと。わざと振り返ってその顔を見てやりたいくらいだった。
    『三井サンに相談して』
    そんなこと慌ててるときに言わなくてもヤスは夜には連絡してくる。そのとき言えば十分間に合った。ヤスは真面目でいいヤツだからそう言われれば心配でもすぐ俺に確認しにくることも、お前にはわかってたんだろ。俺に伝わるように言ったんじゃないのか。
    それを聞いたらこうやって会いに来ること、予想していたんじゃないのかよ。
    お前が初めて俺に出したサイン。
    お前がサイン出せたこと、そのサインが俺に出されたこと、それがどれだけ意味があるかわかってねえだろ、お前。
    「……情けねえ」
    「『情けない』なら負けてねえぞ、俺は」
    「情けないかもしんないすけど、助けを求めることができるヤツは凄いんすよ。まあ、やりかたは酷かったけど」
    「じゃあ、求めろ。助け」
    怖かったってちゃんと言え、こっち見て。下手だってなんだっていいから。
    俺が鈍くてわかってやれないときがあるかもしれないだろ。
    俺の最悪を超えるものなんてあんまりない。
    宮城が顔を上げ、初めてこっちを見た。手の震えがおさまっていた。
    暫く間があってから、うん、と小さく頷いた。
    宮城が握っていた手を離し、膝の上で組んだ。そこに顔を突っ伏して「ありがとう」って聞き取れないくらい小さな声で言った。
    そのまましばらく二人で黙ってまた海を見た。

    「三井サンさ、どこ住んでんの」
    遊歩道を歩きながら宮城が訊くから、実は俺が遠回りして帰ってたことがバレたし、なに買っていいかわかんなくてポカリ六本買ってきたことも予想通り笑われたけど宮城がいつもみたいにゲラゲラ笑うから、なんかもういいかって思った。
    そうやって笑ってんの見るのが好きだから、俺は。
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    穂山野

    DONE【リョ三】Sign

    インターハイが終わり、新学期が始まったころの幻覚です。
    二人がゆっくり距離を詰めていったらいいな、という幻覚をずっと見ていたので。
    二人で幸せを作っていってくれ…
    相変わらず拙い文章ですが、似たような性癖の方に届いたら嬉しいなあと思います…
    Signもう殆ど人がいなくなったロッカールームの小さな机で部誌を書いているとどこからか「宮城ィ」ともうすっかり聞き慣れてしまったデカい声がする。
    「なんすか?!」とこちらもデカい声で応じると「おー、今日一緒帰らね?」と毎回こっちがびっくりするくらいの素直な誘い方をするのが三井寿だ。
    最初はその理由がよくわからなかった。自分が部長になったことでなにか言いたいことがあるとかそういうやつ?と若干の警戒心を持って精神的に距離を取りながら帰った。でも三井にはそんなものまったくなく、ただ部活終わりの帰り道をどうでもいいような話をしたり、それこそバスケットの話なんかをしたいだけだった。
    最初は本当にポツポツとした会話量だった。家に着いてドアを閉め「あの人なにが面白えんだ?」っていうくらいの。そのうち誘わなくなるだろう、と思っていた。しかし三井はまったく気にしていないようで当たり前のように隣を歩いた。
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    穂山野

    REHABILI【リョ三】『ふたりにしかわからない』
    リョ三になる手前くらいのリョ+三。うっかり観に行ったザファで様子がおかしくなり2週間で4回観た結果すごく久しぶりに書きました。薄目で読んでください。誤字脱字あったらすいません。久しぶりに書いていてとても楽しかった。リョ三すごくいいCPだと思っています。大好き。
    木暮先輩誤字本当にごめんなさい。5.29修正しました
    ふたりにしかわからない9月半ばだというのに今日もまだ夏が居座っていて暑い。
    あの夏の日々と同じ匂いの空気が体育館に充ちている。その熱い空気を吸い込むとまだ少し胸苦しかった。いろいろなことがゆっくり変わっていく。
    自分は変わらずここにいるのに季節だけが勝手に進んでいくような変な焦りもある。でもその胸苦しさが今はただ嫌なものではなかった。

    木暮が久しぶりに部に顔を出した。
    後輩たちが先輩、先輩と声をかける。あの宮城ですら木暮に気付くと「あっ」って顔をして5分間の休憩になった。
    部の屋台骨だった人間が誰か皆知っている。誰よりも穏やかで優しくて厳しい木暮は人の話をよく聞いて真摯に答えてくれるヤツだ。
    後輩たちの挨拶がひと段落したあと宮城も木暮に話を聞いている。
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