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    ゆりお

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    ゆりお

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    ワンライ。お題「童話」

    ##東リ

    ココイヌ/東リ 金さえあれば全て元に戻ると思っていた。
     思い込んでいたんだ。ただ必死になって金を稼げば、いつかまたあの綺麗な顔で笑いかけて、あの可愛い声でオレの名前を呼んで、また昔みたいに一緒にいられるって。
     まるで王子のキスで目を覚ますお姫様みたいに。
     そう信じなければ生きていけなかった。
     ……なら、どうしてオレはまだ生きているんだろう。

           *

     図書館が好きな人だった。学校帰り、誘われるたびについていった。
    「本が好きなんだ」
     鼻がつんと上を向いて、得意げに言う。でも本当は違うことを知っている。自分も本が好きだったからじゃない。子供でもわかるような嘘をつく、彼女のそんな可愛らしいところが好きだったから。少しでも一緒にいたかったから。
    「そんなの読んでるの」
     珍しく起きてちゃんと本を読んでいるから見てみれば、子供向けの絵本だった。
    「うん、たまに読み返すと面白いよ」
     タイトルは白雪姫。美しさを妬まれて、継母に殺されかけるけど、王子のキスで目覚める話。確かそんな内容だったはず。そんなちゃちな、ご都合主義の作り話。
    「あのね、童話って本当は残酷だったんだよ」
    「そうなの?」
    「うん。白雪姫を殺そうとするお妃って、継母じゃなくて本当のお母さんだったんだって。最後は皺だらけのおばあちゃんになるんじゃなくて、火炙りになって殺されちゃうんだよ」
    「ふうん」
     話の内容はあまり興味がなかったから曖昧に相槌を打った。それよりも本に目を落とす彼女の横顔ばかり気になって、何を読んでいるのかと聞き返されたとき、咄嗟に返事が出来なくて慌てたてしまっま。
     その少し後に知った。童話が最初はもっと残酷で、卑猥なものだったという話をまとめた本が流行ったこと。
     たとえば白雪姫は父親と近親相姦をしていた。それを妬んだ母親が娘を殺そうとした。狩人に逃してもらっま白雪姫は七人の小人と寝ることで衣食住を得るが、毒入り林檎を食べてしまい長い眠りにつく。やがて王子のキスで目覚めて幸せになる。母親のお妃は熱い鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊り狂う——これはおそらく、当時の魔女狩りを反映しているんだろう。
     おとぎ話ですらおぞましいだなんて救いがない。けれども、そんな作り話ですらこんな馬鹿な話はないだろう。燃え盛る城からお姫様を取り違えて助け出せず、彼女は焼かれて死んでしまいました——なんて。笑えもしない駄作だ。こんなクソみたいな話、誰も読みやしない。けれども、この現実という話は勝手に終わってくれもしない。それが一番クソなところだ。

     ——どうしてオレはまだ生きてるんだろう。
      
    「……コ……おい…………」
     音がうまく聞こえない。ごうごうと変な耳鳴りがして、うまく息ができない。この感覚を知っている。燃え盛る火の——
    「——おい、ココ!」
     手を強く叩かれて、それではっと我に返った。
     目の前ではイヌピーが睨みつけている。けれど、怒っているのではない。困惑している。
    「なにやってんだよ」
     オレは視線を落とした。床の上にはライターが転がっている。煙草をカートンで買うとおまけについてくるような、ありふれたカラフルなそれ。
     イヌピーはしゃがみ込んでそれを拾い上げ、近くにいた後輩に投げた。
    「捨ててこい」
    「っす!」
     同じ特攻服に身を包んだそいつは頭を下げ、部屋を出て行く。部屋に、イヌピーと二人きりになる。
    「どうしたんだ」
    「……こっちの台詞だよ」
     苦虫を噛み潰したような顔でイヌピーが吐き捨てる。
    「急にライター見つめて黙り込むから……」
     イヌピーは遠慮がちにそう続けた。聞いた瞬間、急に手が震え出した。
     頭にパッと蘇る。忘れたいのに忘れられない。燃え盛る火の中に残されたあの人のこと。俺を見るイヌピーの目。
     それは昨日のことのように鮮やかで。いつも新鮮な後悔がオレを塗りつぶす。いっそあそこで焼け死ねばよかった。その方が綺麗な終わり方だった。もしも一緒に死ねたら幸せだったんじゃないか。こんな惨めな気持ちも知らずに済んだのに。
     オレは堪らずイヌピーの肩を掴んだ。縋るように——そうでもしないと、何かに押し流されて、自分が自分じゃなくなってしまう恐怖があった。
    「イヌピー、何がしたい?」
     手は震え続け、どうしても力を抜くことができなかった。
    「言ってくれよ、オレにできること」

     人はイヌピーがオレを利用したと言うだろう。きっとイヌピー自身もそう思ってる。
     けれども本当は違う。オレが、イヌピーを利用しているんだ。
    「……ココがそうしたいなら」
     イヌピーは囁き、オレのことを抱きしめ返した。
     贖罪と同じだ。望まれたかった。赦されるような気持ちになれたから。あの人と同じ顔で、オレを求めて欲しかった。
     頼むよイヌピー。オレに生きる理由を与えてくれ。
     
     ……でも、どうしてイヌピーはオレの隣にいるんだろう。無意識で、そんなことを考えている。
     あんなことを言わせたのに。
    「オレは——じゃない」
     ……よく思い出せない。

           *

     イヌピーが図書館で眠っている。あの人がここを好きだったのは、静かでよく眠れるからだ。気づいてたよ、そんなこと。
     イヌピーとあの人はよく似ている。昔はそんなこと思わなかったのに、今はそんなことばかり考えている。現実と想像の境目が曖昧になって、そのほんの少しの錯覚の時間だけ、救われたように優しい気持ちになれる。
     眠っている——にキスをする。
     物語と逆のことを祈っている。お願いだから目を覚まさないでくれ。
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