「おはようございますー」
「おはようございます、想楽!」
想楽が打ち合わせのために事務所に顔を出すと、既に到着していたクリスが出迎えてくれた。
「あれ、雨彦さんは?」
「雨彦は今プロデューサーさんに呼ばれて席を外しているんです。もう少しで戻ってくると思いますよ」
言葉を交わしながら荷物を下ろして、クリスの向かいのソファに座る。そんな想楽を見守るクリスはにこにこといつも以上にご機嫌な様子だ。何か海で新発見でもあったのだろうか。
「クリスさん、何だか嬉しそうだねー。いいことでもあった?」
雨彦を待つ間ならクリスの話に耳を傾けるのもいいだろうと尋ねてみると、クリスはぱっと表情を明るくする。
「はい!実はこれを雨彦からいただきまして……」
そう言ってクリスが取り出したのは、瓶に詰められた、ガラスのような色とりどりの欠片だった。
「……シーグラス?」
「シーグラスを模したキャンディだそうですよ」
よく見るとラベルにはちゃんとキャンディと書かれている。青や緑が多めの不揃いな欠片たちは、海の中で揉まれたような丸みを帯びていて、さながら本物のシーグラスのようだ。
「へえ、綺麗だねー」
想楽が見ても綺麗だと思うのだから、海をこよなく愛するクリスはもっと喜んだのだろう。現に目の前のクリスは、嬉しそうに瓶の中を見つめている。そんな様子を見ていると、雨彦も贈った甲斐があるなと、想楽までなんだか暖かい気持ちになってしまった。
それにしても、今日このタイミングでキャンディの贈り物とは、なんともタイムリーだ。むしろ想楽が思い浮かぶ理由は一つしかない。
「ホワイトデー……?」
ぽつりと呟いた単語に、クリスは大袈裟に肩を揺らして、頬を赤らめた。あまりのわかりやすさに、想楽は思わず苦笑する。
クリスが雨彦に特別な想いを寄せていることを、想楽は以前から知っていた。クリスから相談を受けたことも何度かある。この様子だと、何か進展があったのだろうか。
「あの、はい。バレンタインのお返しにと……」
クリスの話では、いつも世話になっているお礼と称してバレンタインの贈り物をしようとしたが、雨彦にだけチョコレートを用意したことがバレて、結局告白までしてしまうことになったらしい。
隠し事のできないクリスと敏い雨彦らしい展開に、その時の光景が頭で想像できてしまう。
結果的には雨彦からも良い返事を貰うことができて一件落着、収まるところに収まったようだ。
「すみません、なかなかお伝えするタイミングがなくて……」
「ううんー、上手く行ったならよかったよー」
雨彦がクリスへ向ける視線や声にも、微かにクリスと同じ感情が滲んでいた。時間の問題だろうと思ってはいたが、無事二人が想いを遂げられたようで想楽も安心する。
となるとクリスの手の中で煌めく砂糖菓子も、明確な意味を持つだろう。もちろん、雨彦本人が知っていて贈ったものかどうかはわからないのだが。
「クリスさんは、ホワイトデーにキャンディを贈る意味、知ってるー?」
「キャンディの意味、ですか?」
想楽の問いかけにクリスは小首を傾げる。この様子だと、クリスは意味を知らないまま受け取ったようだ。
「贈るものによって意味が違うんだよー。クッキーだったら『あなたとは友達のままで』だし、マシュマロだったら『あなたが嫌いです』なんだー」
かつてバイトをしていた雑貨屋で、この時期にはそんなPOPを書いていたことを思い出しながら説明すると、クリスは興味深そうな声を上げる。
「なるほど……それぞれバレンタインの贈り物に対する返答のメッセージが込められているのですね」
「ふふ、そうなんだー。キャンディを贈る意味はね、」
少し身を乗り出して、内緒話をするように声を潜めてその意味を伝える。ぱちりと目を瞬かせたクリスは、次の瞬間ぶわりと顔を赤くした。
「取り込み中のところ悪いが、北村、プロデューサーが呼んでるぜ?」
後ろから不意に声を掛けられて、想楽は思わずぎくりとする。いくらなんでもタイミングが悪すぎるだろう。
真っ赤になったクリスの様子に、何とも言えない表情をする雨彦。いらない誤解をされたのでは、たまったものではない。
「そうなんだー、それじゃあちょっと行ってくるねー」
想楽はそそくさと席を立つ。後のことは、当事者同士で何とかしてほしいところだ。
「北村と何を話してたんだ?」
「あの、想楽からホワイトデーの贈り物の意味を教えていただいたんです。キャンディの意味は……」
「『貴方のことが好き』、だろ?」
「雨彦、知っていたんですか……?」
「ああ、想いの籠もった贈り物には、想いを込めて返さないとな?」