「皆さん本当にお疲れさまでした!」
プロデューサーの労う声が楽屋に響く。無事収録を完遂したクリスは、ほっとしたように深く息を吐いた。
Legendersの三人はこのところスケジュールがびっしりと埋まっていて、休みという休みもなかなか取れないまま、仕事に勤しんでいた。過密スケジュールの最後を飾ったのが、ついさっき終えたばかりの番組収録の仕事だ。
収録に撮影にと駆け回っていた三人をしっかりと休ませるべく、プロデューサーは四日間のオフを作ってくれた。明日からは少しの間、のんびりと身体を休め、リフレッシュすることができるだろう。
「それじゃあ、お疲れ様ですー」
収録が押した関係で、すっかり時間が遅くなってしまった。想楽を自宅に送り届けるため、プロデューサーと想楽は一足早く楽屋を出る。残されたクリスと雨彦も、支度が整い次第各々帰路につく予定だ。
「雨彦は休みの間は何をするのですか?」
支度の間の雑談も兼ねてそう尋ねてみると、雨彦は特に何も考えていなかったというような顔をする。
「そうだな、特に予定という予定もないが、久しぶりに大掃除ってのもいいかもしれないな」
「ふふ、雨彦らしいですね」
掃除に励む雨彦の姿が容易に想像できて、クリスは小さく笑った。先ほど聞いた話では、想楽は久しぶりに一人旅をするつもりらしい。
「そういうお前さんは海かい?」
「はい、最近足を運べていなかった、少し遠くの海や水族館に行こうかと」
近場の海には日ごろ足を運んでいるが、少し距離が離れた場所となると、気軽に行くことができない。せっかくまとまった時間があるのだから、そういう場所にできるだけ行きたいと考えていた。
記憶の中にある海の様子を思い出すだけで、わくわくと心が躍る。
「期間限定で興味深い展示を行っている水族館があるんです。せっかくなのでそちらにも行ってみるつもりです」
「お前さんらしいな」
楽しみだという気持ちを隠しきれないクリスに、雨彦はふっと微笑む。それを見て、クリスはほんの少しだけ胸が締め付けられるような心地がした。
休みに入るということは、雨彦や想楽と顔を合わせることもないということだ。Legendersはプライベートの付き合いがあるユニットではないので、仕事が終わればバラバラになる。もちろん仲が悪いというわけではないし、お互いに踏み込みすぎない関係性は、心地よくもあった。
それでもクリスは、二人に会えない期間に少しの寂しさを覚える。クリスにとっての二人は、とっくにかけがえのない存在なのだ。
さらにいえば、クリスにとっての雨彦は、いつしか仲間という関係を越えた特別な存在になってしまった。こうして雨彦に会えることが、言葉を交わせることが嬉しいと感じる自分がいる。数日とはいえそれができないことにも、寂しさを感じてしまうなんて。
Legendersとしての仕事という口実がなければ、会うきっかけすらない。想う気持ちはあれど、クリスと雨彦はただの同じユニットの仲間でしかないのだ。
こうして自覚する度に、それもやはり寂しくて。
「古論?」
黙り込んでしまったクリスに、雨彦が不思議そうな声で呼びかけてきた。
「あ、いえ、なんでもありません。私たちも出ましょうか」
はっとしたクリスは、そう言ってそそくさと上着を羽織る。心に芽生えてしまった感情も、きっと海が包み込んで、流してくれるだろう。
そのまま楽屋を出ようとしたところで、雨彦がクリスを呼び止めた。
「なあ古論、これはお前さんが良ければの話なんだが」
雨彦は珍しく、少し躊躇するように視線を泳がせている。続きを待つように雨彦を見上げると、雨彦は少しの間の後に口を開いた。
「お前さんが行く予定のその水族館への運転手を、俺に任せてくれないかい?」
「雨彦に、ですか?」
思いもよらない申し出に、クリスはぱちぱちと目を瞬かせる。
「俺は特に予定もないし、その、お前さんがそんなに楽しみにする展示ってのがどんなもんか気になってな。どうだい?」
「……ありがとうございます、すごく、すごくうれしいです!」
雨彦がクリスの寂しさを見抜いてしまったのかどうかはわからない。ただ、雨彦に会う約束が増えたことが、雨彦と休日を過ごせることが嬉しかった。
雨彦から見た今のクリスは、どんな表情をしているのだろうか。喜ぶクリスを見て柔らかく笑う雨彦に、また胸がきゅっと締め付けられて。
「そんなに喜んでもらえるとはな」
「雨彦と見る水族館はきっと、一人で見るよりもずっと素晴らしいですから」
「……そうかい」
そう一言だけ返してきた雨彦は、どこか照れくさそうな顔をしていた。