「古論、大丈夫かい?」
雨彦が少し心配そうに顔をのぞき込んでくる。
行為の後の気怠さに包まれながら、クリスはこくりと頷いてみせた。
こうして二人でホテルになだれ込むのは、随分と久しぶりのことだった。
最近は映画の撮影に宣伝のための番組出演と、スケジュールがぎっしり詰まっていて、時間を作るのが難しかったのだ。
久しぶりの二人の時間は、久しぶりの恋人同士の逢瀬にしては穏やかに、互いの存在を確かめあうように過ぎていった。
おそらくはクリスだけではなく雨彦も、直近の仕事の中で何か思うところがあったのだろう。
今回出演した映画でクリスと雨彦は、長く相棒として共に戦ってきた関係性を持つ役を演じた。
相棒とはいっても、物語の開始時点で既に、雨彦が演じたナハトは怪我で現役を退き、クリスが演じた理人は想楽が演じたノイとバディを組んでいる状態ではあるのだが。そして物語の最後には、ナハトが黒幕として理人の前に立ちはだかり、理人は未来のために大切な元相棒であるナハトをその手にかける。
ラストシーンを思い返し、クリスは少しだけ胸が痛んだ。
クランクアップからまだ日が浅い。
まだクリスの中から理人が抜けきっていないのだろう。
「……雨彦」
隣で横になっている雨彦の裸の胸元にすり、と頬を寄せると、微かに雨彦の心音が聞こえてくる。
生きている。
「どうした古論、今日は随分甘えただな」
雨彦は優しく語りかけながら、クリスの髪を弄んだ。
雨彦の胸元に顔を埋めたまま何も言わないクリスに、小さく笑う声がする。
ナハトと決別するシーンを演じる直前、クリスは監督に理人の感情とその演技について尋ねた。
表に出すよう言われたのは、未来を選び取る覚悟。だがその裏には大切な存在を自ら手にかけ、失う悲しみが潜んでいる。
理人の悲しみは、最愛の人を失った時のそれに等しいのだと言われた。
であればそれは、クリスが雨彦を失うに等しい感情であろうと考えて、クリスはそのように演じたのだ。
その時の感情が、今でもクリスの中に残っている気がする。
「久しぶりにこうしていたら、離れたくなくなってしまいました」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
そして小さな不安がもう一つ。
ずっと側にいたはずなのに、理人はナハトのことを知っているようで知らなかった。教えても、もらえなかった。
であればクリスはどうだろうか。クリスはどれくらい、雨彦のことを知っていると言えるだろう。
深い仲であっても、言えないこと、言っていないことがあるのは当然だ。もちろんクリスにだってある。
相手の全部が知りたいだなんて、そんなことを言うつもりもない。
だが、その先に待つ結末の一つを、理人とナハトを通じて見てしまったような、そんな心地がするのだ。
「雨彦」
「うん?」
「雨彦には私がいます」
雨彦の命の音を聞き微睡みながら、クリスはぽつりと呟く。
理人とナハトのような断絶は、起こさない。
「だから雨彦、ひとりにならないでくださいね」
「……ああ、そうだな」
頭上から、柔らかい声がする。
雨彦の大きな手がそっと頭を撫でるのを感じながら、クリスは眠りに落ちていった。