「いただきます」
ひとつ手を合わせて、クリスは手にした包みに手をかけた。ガサガサという音とともに、厚みのあるハンバーガーが顔を出す。その香りに、ダンスレッスンを終えた直後の身体が空腹を訴えた。
Legendersの三人で陣取った事務所の一角。机の上には昼食にとプロデューサーが買ってきてくれたハンバーガーやポテトが並んでいる。
クリスにとって、ファーストフードはアイドルになるまで馴染みのないものだった。自ら進んで足を運ぶことがなかったので、口にする機会があまりなかったのだ。
口元にハンバーガーを運んで一口。この厚みにはまだ慣れないが、最初の頃のようにうまく食べられず端からこぼしてしまうようなことはなくなった。
「クリスさん、だいぶ食べ慣れたって感じだねー」
「はい、想楽のおかげですね」
以前食べ慣れないハンバーガーに戸惑っているクリスを見て、上手な食べ方を教えてくれたのは、隣に座る想楽だった。クリスの返答を聞きながらポテトを口に運ぶその表情は、どこか満足げだ。
ふと正面に目を向けると、向かいに座る雨彦も、ハンバーガーを口にするところだった。二段重ねになっているそれは、クリスが手にしているものよりもさらに厚みがある。
大きく口を開いた雨彦は、ハンバーガーに難なくかぶりついた。その一口は、随分と大きい。もごもごと口元が動くと、雨彦の表情にわずかに喜色が滲む。
おいしいものを食べた時、こんな風に雨彦の表情が変わる瞬間が、クリスは好きだった。油揚げなんかだと、もっとわかりやすいのだが。
雨彦も腹を空かせていたのだろう。クリスの視線に気づくことなく、間髪を入れずに二口目、三口目と食べ進めていく。豪快なのに綺麗な食べっぷりは圧巻だ。だからつい、このまま見ていたいと思ってしまう。
「古論?どうかしたのかい?」
呼びかける声がして、クリスはハッとした。ぼうっと見つめている間に、雨彦はハンバーガーを食べ終えてしまったようで、気づけば包み紙を丸めている。
「いえ、雨彦は口が大きいのだなと思いまして。まるでフクロウナギのようです」
「そのフクロウナギってのは、口がでかいのかい?」
「はい!口を大きく開くことができるので、ペリカンウナギとも呼ばれているのですよ」
フクロウナギの説明を始めると、雨彦はクリスの話に相槌を打ちながら、机の上に置かれた二個目のハンバーガーに手を伸ばす。隣でようやく一個目のハンバーガーに手をつけようとしている想楽が、それを見てよく食べるな、とでも言いたげな顔をした。
「それで俺のことをじっと見ていたのか」
「それもあるのですが、雨彦の食べっぷりが素晴らしいので、つい目を奪われてしまいました」
正直に打ち明けたクリスの言葉に、雨彦がぱちぱちと目を瞬かせる。それから少しの間があって、にやりと笑った雨彦は、徐に口を開いた。
「お前さんのことも、そのうちぺろっと食べちまうかもしれないぜ?」
どこか捕食者のような目をした雨彦が、クリスをじっと見つめる。その視線に捕らわれて、雨彦になら、まるごと食べられてしまってもいいかもしれない、なんて思考が脳裏を過ぎっていった。
「二人とも、そういうのは二人の時にやってよねー」
すっかり慣れた様子の想楽の言葉に、再びクリスはハッとする。慌てたように一口分しか欠けていないハンバーガーを口にするクリスを見て、雨彦はいつものように柔らかく微笑んだ。