俺とめんどくさいアイツの話俺には大学からの腐れ縁がいる。
最初の授業で、出席番号順が続きっていう、どこにでもある縁だ。
奴はちょっとびっくりするくらい整った顔で、そのくせひどく無愛想でクラスでも遠巻きに見られてた。
サラリーマン家庭から医大に進学して、奨学金やその先に見据えた未来のためにも、主席狙いで勉強した俺だけど、悔しいことに奴には一度も勝てなかった。
医大ってのはなんて奴がいるんだろうと、僻んだりもしたんだけど。
卒業する頃には、奴の人となりも多少わかってきて、同期じゃ1番よくつるむようになってた。
「で、なんで俺はここにいるんだ?」
結婚する。なんて聞いたから、いても立ってもいられなくて、溜まってた休みを使い帰国したのは、そんな奴を祝うためだ。
なのに、連れてこられたのは刀医。
懐かしの母校…なんて感慨にふけってる場合じゃない。
俺の記憶のままなら、この部屋の主は…
「やあ、君から訪ねてくるなんてどういう風の吹き回しだ。」
学生時代、そのアルカイックスマイルがやたらと胡散臭いと思ってた、狸な教授が悠然と椅子に腰掛けている。
奴は俺をグイッと前に押出し、
「こいつをやるから、もう俺にかまうな。」
「は?」
思いもよらない発言に奴を振り返る。
「ふむ、同期だったかな。彼は。」
全く笑ってない目で、教授が俺に笑いかける。
「将来は研究職、とよく言っていた。能力も申し分ない。俺より余程大学向きだ。」
奴の言葉を聞きながら、教授が俺を値踏みするように見る。
「彼について、刀医時代、成績優秀だったこと以外に俺はよく知らないんだが。君がこんな風に推薦するからには不安材料はない。ということかな?」
その問いに、奴はしばし沈黙した。
一体何が起こってるんだ。てゆか待って、俺、売られかけてない?
「…清光は友人が少ない。」
「はぁお前にだけは言われたくないよ。バカ倶利伽羅」
ボッチの代表みたいな奴の言に反射的に怒鳴ってしまった。
「はっはっはっは!これはいい。君が心を割くものが、あの伊達男以外にもあったとは。」
狸、もとい三日月教授が声を上げて笑ってる。この人こんな人だっけ?
「俺の負けでもいいんだが、これはいい拾い物だ。」
独りごちる教授の、低いつぶやきの意味はわからなかったが、思わず答えてしまった。
「周りには扱いにくいって言われますけど、俺だって能力ありますよ。ちゃんと俺を扱えるんでしたら。」
三日月教授が満足げに目を細めた。
「いいな。加州だったか?いつ帰国してくる?忙しくさせてやろう。」
大倶利伽羅はそんな俺達を静かに見ていた。
よくわからない高揚感が冷めぬまま、教授室を後にした俺たちはキャンパスを抜けて正門に向かう。
「大倶利伽羅、明日付き合え!新色のネイル買うぞ、気合い入れる!」
新しい時代ね、やってやろうじゃないか。
そんな俺を見ながら、大倶利伽羅はふっと笑った気がした。
え?お前笑うの何年ぶり?
「光忠が付いてくるがいいのか。」
「お前の奥さん、ほんとモンペ!!」
奴の恋人、いや婚約者は、尊敬できる人物だが、正直その過保護っぷりには辟易する。まぁ、でもせっかくだから、一緒に買い物行ってイジり倒そうかな。
俺には腐れ縁がいる。とびきり面倒だけど、代わりのきかない、ただ一人の腐れ縁が。