《Happy Valentine's-Day》Ver.星羽悠 昼休みに、オトハ先輩へ放課後に少し時間が取れないか相談したところ、演劇部に顔を出したあとで良ければと快諾をしてくれた。合唱部の方はミーティングのみですぐに終わったので、とりあえず待ち合わせに指定した階段の踊り場で時間を潰す。
ほどなくして、少しだけ高い位置から聞きなれた声がした。
「待たせてしまってゴメンね」
「いえ、こちらこそお時間を取らせてしまってすみません。カバン、いっぱいですね」
申し訳なさそうに現れたオトハ先輩のカバンから、少しリボンやラッピングの袋が覗いていた。不躾だとも思いながら、思った事をそのまま口に出してしまった。
「ふふ、みんなに渡すだけのつもりだったのに、それ以上に沢山もらってしまったよ」
先輩は笑顔を崩さずに、カバンをぽんぽんと愛しそうに撫でた。その表情はすこし寂しそうに見えたが、気のせいだと思いたい。
「お疲れ様でした。みんな、オトハ先輩と過ごすイベントが大好きなんですよ。それももう、最後かもしれないなると、張り切るのも当然でしょう」
「そういうキミも、かな」
クスクスと口元に手を当てて笑う。今日、渡したいものがあるのでと言えば、察せられても当然ではあるが。
「さすがにバレてますか。……はい、オトハ先輩。いつもありがとうございます。ぼくは、貴方が居てくれたから、この二年間を前向きに生きてこれました」
言葉と共に、ラッピングしておいたマロングラッセを、カバンの中から取り出して勿体ぶることなく渡す。それを先輩は割れ物を扱うように受け取ってくれる。
「ありがとう……けど、ちょっと大袈裟じゃない?」
「いいえ、本当の気持ちですよ」
嘘偽りない笑顔を先輩へ向ける。入学して先輩に出会わなければ、ぼくは今も夢と自分自身に向き合う事が出来ないままだっただろう。
「そっか……じゃあオレからも、はい」
シンプルでありつつも、どこか華やかなラッピングは先輩の様だと思う。ぼくの目に映る、先輩そのものだ。
「……これは、本当に嬉しいので今受け取りますが、お返しとしては受け取りません。その代わりホワイトデーに、ぼくと一緒に過ごしてください。……なんて言ったら、迷惑ですかね」
思わず口から出た言葉。なかったことには出来ないししたくない。ぼくは来年だってこうして貴方に贈り物をしたい。けれど、きっとこのまま手放してしまったら、もうそれは叶わなくなるかもしれない。ぼくのエゴなのだろうけれど、それは絶対に現実にしたくない。
「誠くん……? 急にどうしたんだい?」
先輩が心配そうな顔でぼくを見る。余程難しい顔をしていたのだろうか。ぼくはあわてて、いつもの笑顔を先輩に向けた。
「いいえ……突然すみません。ふふ、じゃあまた卒業式には、きちんとご挨拶させてください。お時間いただいてしまって、すみません。ありがとうございました!」
「あっ、誠くん……!」
あなたはきっと、ぼくにこれ以上を望ませる気は無いのだろう。なら、貴方が受け止めてくれるまで、ぼくから気持ちを伝えに行きます。
一等星よりも輝いて、貴方へ届くように。