きらきらひかる 港の桟橋のあたりに人だかりができていた。
作業場に籠ってずっと細かい作業をやっていたら肩が凝ってしまい、気分転換でもするかと散歩をしていたら、その光景に出くわした。
こんな所で珍しい、何事かと興味本位で近づいてみれば、集まっているのは男より女の方が多そうだ。後ろの方からひょいと覗いてみれば、そこには。
「綺麗ね、この指輪」
「奥さん、お目が高い! そりゃあ有名な細工師の品でね。そいつが辺鄙な山奥の村に住んでる変わり者だから、なかなか手に入らなくって」
どうやら貴金属やアクセサリーを売っている露店のようだった。露店の主人は得意げにお客に話を披露している。
「大魔王がいなくなって平和になったからな。世界中に買い付けに行けて、こういう珍しい品も手に入る。いやあ、いい世の中になったもんだ」
「おじさん、このネックレスは?」
「お嬢さん、そいつはね、今レイドックで流行ってるんだよ。あの国の年頃の娘さんは皆こぞってこれをつけてるぜ」
レイドック、という言葉におもわず反応してそれを見てしまう。シンプルな、金色のチェーンでできている、短いネックレス。
「レイドックの国に、ちょいと前に王子様が帰ってきただろう? こいつは王子様がつけてるアクセサリーに似てる形なんだとさ」
ああ、と心の中で納得する。あいつがつけてたのはもっと太くて、チェーンではなかったが、確かに金色のものだった。あいつの白い肌によく映えて、恋仲になってからは、そのうなじを見下ろすたびに、色っぽいなと思いながら眺めていた。
…この町に帰ってきて、海の青を見るたびに、いつもあいつの髪の色を思い出す。
ふたり揃って透明になって、戸惑いながらこの町を彷徨ったことも。この港から、一緒に船に乗ったことも。旅が終わって、この町で別れる時、誰よりも切なそうな目で、でも黙ってオレのことを見つめていたことも。いつも、思い出す。
元気にやってっかな。王子様として頑張って、頑張りすぎたり、辛くなったり、してないといいんだけどな。
ああ、……会いてえな。
「そこのにいさん、なにか買うかい?」
気がつけば、先程よりだいぶ人が減っている。ぼんやり立っていたオレに、露店の主人が不思議そうな顔と声を向けてきて、オレは慌てて露店の商品を眺めた。
といっても、アクセサリーなんか普段つけることもないし、買うかと言われても、と思いつつ、ほぼ冷やかしのつもりで見ていると。
青い、…あいつの髪の色みたいな、綺麗な青いチェーンのネックレスが目に入って、オレはしばらく目が離せなくなった。
日の光を受けてきらきらと輝く青い金属の色が、いかにもあいつに似合いそうで。
「…それが気になるかい?」
「あ、いや…ちょっと、オレはこういうのつけねえし、詳しくもねえんだけど、似合いそうかなって」
「お、恋人か何かかい? 髪と瞳の色は?」
「……………青と、焦げ茶」
「その色味ならこれはきっと似合うよ。にいさん、いい趣味してるね。いいだろ、これ。ブルーメタルっていう金属からできてるんだ。最近見つかったんだよ。まだ皆知らないから安いんだが、そのうちきっと人気が出て高くなる」
お買い得だよ、とオレに笑いかける露店の主人に、オレは苦笑する。あいつに、…金銀財宝の類なんかもうとうに見飽きてるかもしれない、れっきとした王子様のあいつに、そんな安いネックレスを。
「……オレの恋人さ、いいアクセサリーも宝石も、きっといっぱい持ってるんだよ。オレなんかじゃ一生逆立ちしたって買えそうにないやつをさ。こんなの贈って、がっかりされねえかな」
「何言ってんだよ。これ、あんたがその人にいっとう似合うと思ったんだろ? そういうのは値段じゃないよ、気持ちだよ。そりゃあうちの店にはこれより高いアクセサリーくらいいくらでもあるけどな、恋人のあんたがその人に一番似合うと思ったんなら、それが一番だよ」
きっと喜ぶよ、という露店の主人の言葉と笑顔に背中を押されて、オレはそのネックレスを買った。こんなの買ったことがないから、なんだか気恥ずかしい。
この前、あいつから手紙をもらった。そう経たないうちに、そちらに行けそうだ、早く会いたい、と書いてあった。
オレもだよ、レック。早く会いてえな。会えたらこいつを渡してやろう。喜んでくれたら、いいんだけどな。
◇
さて、待ちに待った、レックに会える日。
サンマリーノにやってきたレックと連れ立って歩き、あの日、露店があった、港の桟橋のあたりでオレは立ち止まった。
そして、レックにネックレスを差し出す。
「……レック、これ、やるよ。あの、…お前に似合うかなって思って」
「えっ? えっ…あ…ネックレス? わあ、ありがと! へへ、嬉しい」
レックは驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせると、それを首にかけてくれた。
…ああ、思った通り、よく似合ってる。
「ありがとな、ハッサン。本当に嬉しい。……オレ、会えるってだけで嬉しくて、プレゼントなんて全然考えてなかった。ごめん」
「いや、気にすんなよ。いいんだ、忙しいのに、来てくれただけで充分だからよ。本当に、ちょっと見かけて買っただけだから」
「今度来るまでに、オレも何か探しとくよ」
へへっ、何にしようかな、と楽しそうに笑うレックにオレも笑う。
そしてレックはネックレスを矯めつ眇めつ、しげしげと眺め始めた。
「綺麗な色だな。でも……こんな色の金属、城の宝物庫でも見たことない。何て金属なんだろ?」
「ああ、なんか、最近見つかったんだってよ。ええと確か、ブルー…あれ? ブルー……ダメだ、覚えてねえ! 何だっけ!?」
何だってこんな時にいまいちしまらないんだ、オレは! せっかくレックが気に入ってくれたってのに!
オレががっくり肩を落とすと、レックはじっとネックレスを眺めながら口を開く。
「綺麗な色、…少し濃いけど、光に照らしたら、ハッサンの瞳の色みたいに見える」
そう言うと、レックは幸せそうに微笑んで、オレの瞳を見つめてきた。ああ、そう言われれば、…そう、かな。オレはレックの髪の色みたいだと思ったんだが。
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
でも、お互いのことを想像したっていうんなら、悪くない。
レックを思わず抱きしめてキスしたくなっちまったが、…さすがに故郷のサンマリーノの町の中で堂々と恋人とイチャつく勇気はオレにはない。
「……なあ、どこか別の場所行こうぜ」
「う、うん……どこ行きたい?」
「お前がいればどこでも。……ま、でも、ふたりっきりになれるところがいいな」
「へへっ、オレも。よし、じゃ、掴まって。ルーラするから」
レックが呪文を唱え、ふたりで光に包まれる。ふわりと宙に浮いたと同時に、オレはレックを抱きしめて、そしてレックも、オレをぎゅっと抱きしめ返した。