一、髪(思慕) 小竜の金髪は本丸の中でも艶やかな色をしている。言い得れば、滑るように落ち着いた金だ。大包平は見るたびにその髪に見惚れる。
「だから、やめてよ、大包平。」
大包平は、さっきから、その髪を櫛で梳いている。そんなに綺麗な髪をしているのに、彼の髪はいつも不揃いで、その上、それを結って、ピンで固定している。髪が長いのにもったいないと、常日頃、思っていた。小竜の部屋で、彼が髪を下ろしているのを機会に大包平は、ほぼ無理やり小竜の髪を梳かしている。櫛どおりはいい。下ろしていない方が不思議なくらいだ。
「なぜ、こんな美しいのに、下ろさん。」
大包平の物言いは、いつも思ったことをそのまま言う。
「それは、さっきも言っただろう。大般若みたいな髪質じゃないから、下ろすと邪魔なんだよ。」
「嘘だ。櫛を入れるときっともっと……」
そう言おうとした、大包平の目の前で、小竜の髪は徐々にぼさぼさになっていく。量が多くなるわけはないので、これは本当に乱れ切っているのだろう。
「ほら。」
恥ずかし気に小竜が言った。
「俺の髪、細いから、結ってピンで止めておかないと、恰好がつかないんだ。顕現したときもこれだから、どうしようもないんだよ。」
戻すの大変だな。と大包平に言うわけでもなく、小竜は鏡を見る。
「それは、すまなかった。」
大包平は慌ててそう言った。
「いいよ。洗えば元に戻るし。」
それでも、広がった髪は邪魔なのか、小竜は髪の毛を一つにまとめて、紐でくくる。
「大包平の髪こそどうなっているのさ。」
「俺は別になんともないぞ。」
小竜は櫛を持って大包平ににじり寄る。こちらに這ってくる、小竜の目が意地悪そうに輝いている。大包平は思わず身体を引いた。前科もあるので、大包平は最終的に小竜に自分の髪を見せることになる。
「赤毛っていいね。」
小竜がうっとりするような声で言う。一度も誉められたことがない場所を、そんな風に誉められて、大包平は目を見開く。小竜の手が大包平の頭を撫でる。そういえば、小竜の髪に大包平が触れることは多々あっても、小竜が大包平の髪に触れることはほとんどない。それに気づいて、大包平は少しだけ緊張する。
「ハハ八ッ。すごい硬いや。」
小竜は自分と真反対な髪に触って笑う。
「櫛ってとおるの?」
「失礼な。櫛ぐらい……痛っ」
髪が引っ張られて、大包平は声をあげてしまう。小竜は口笛を吹いた。
「櫛の目がもっと粗くなくちゃ、引っかかるのか。」
なるほどといった感じで、小竜は今度は手櫛に切り替える。
「これって、くせ毛なのかなあ?」
大包平の髪の毛は、下ろそうとしても、つむじの方に跳ね上がってしまう。
「知らん。顕現したときからこうなっていた。」
大包平は上を向いて、小竜の顔を見る。
「まあ、俺たちは顕現した姿が正式な恰好なんだから、どうやっても変わりはしないよね。」
小竜は大包平の頭を一撫でして言った。
「変わったぞ。」
大包平は、大真面目な顔で小竜を見る。いったい何が変わったのだろう。小竜は首を傾げる。
「おまえを好きになった。」
さもあたりまえのように、大包平は言う。小竜はどういう顔をしていいのか、分からなくなった。
「もう。」
小竜は、大包平のつむじに唇を落とした。