現パロ鯉登誕「月島さん。疲れてるんですか?」
目の前の尾形は、開口一番にそう言った。
まあ自分でも、ちょっとどうかと思っているので。月島は黙ってその発言を受け入れざるをえず。もしかしたら本当に疲れているのかもしれない。
「おかしいでしょう。その内容の相談相手として俺を選ぶの」
「俺もそう思う」
「……やっぱり疲れてんですよあんた」
はぁ~と溜息をつきながら、尾形は吸っていた煙草を口から離した。
いつもならもくもくと煙が漂う喫煙室だが、今は月島と尾形の二人しかいない。いつもなら頼りない換気扇も二人分程度の煙ならしっかりと吸い込んでいる。
特に誘ったわけでも、狙ったわけでもないが。仕事中の一服でたまたまタイミング良く尾形と二人になったので、月島はこの数日悩まされていることを尾形に相談してみた。
そして、結果が冒頭の台詞である。
「言われなくても分かってると思いますが。俺はボンボンの誕生日なんてこれっぽっちも興味ないんで」
「うん。だからだ」
「なにが」
だんだんと尾形が苛々としてきているのが、月島にも分かる。でも、ここまで来たら乗りかかった船なので、聞くだけ聞いてみてもいいと思う。
「尾形は鯉登さんのこと嫌いだろう」
「嫌いですね」
「なので、逆に尾形に聞いたらなにかヒントになるかと……」
「知りませんよっ!ヤツが何を喜ぶかなんて」
とうとう尾形にしては珍しい大きな声をあげた。
「杉元にでも聞けばいいでしょう」
「もう聞いた」
そうなのだ。
もう聞けるアテはすべて聞いて。最後にたどり着いたのが尾形なのである。
師走の一二月。
年の瀬であり、なにかと忙しい時期だ。
そんな時にやってくるのが鯉登の誕生日である。
もうちょっと落ち着いた時期に生まれてきて欲しかったと思わないでもないが、こればかりは日を決めて生まれてこれるものではない。
何かしてやらないと。と、思うものの。
付き合って三年、一緒に暮らして一年半ほど。
申し訳ないことに早くもネタが尽きてきたのだ。
そもそも鯉登は私物にしても基本的に月島よりも1ランク上の良いモノを持っているので。物をあげるのは基本的に気を使う。本人は気にするなと言うが、月島が気にする。
「月島さんからなら、何あげても喜ぶと思うよアイツ。素直に」
「そうそう。そんな悩むことないって」
杉元と白石に相談したときはそう言われて終わった。
実際、なにをしても喜びはするだろう。
だからこそ、何をすればいいのか分からないのだ。
喜ぶことを探すより、嫌がることを探すほうが難しいぐらいだ。
そう思ったら、ふっと尾形の顔が出てきたのである。
「嫌がることってなら、この状況も嫌がると思いますけどね」
灰皿に煙草を押しつけながら、尾形が言う。
これまでと、うってかわって小さく微笑みながら。
「そうか?」
「そうですよ。俺と二人になったって言ったら、嫌そうな顔しますよ確実に」
「そうなのか……って俺は嫌がらせたいわけじゃない」
「わかってますよ」
月島も煙草を消して灰皿に押し込んだ。
そろそろ仕事に戻らなければならない。
「他にも誰か聞いたんですか?」
「ああ……なんか成り行きで鶴見部長に」
言うと、尾形がぎょっとした顔をした。なんて人に聞いてるんだと顔に書いてある。
元は会議の後の、ただの雑談だったのだ。本来なら、鯉登もいるべき会議なのだが、外出中で不参加だった。それで鶴見と月島の二人で一応、会議室には入ったものの。やはり二人だけで会議という感覚にはなれず。簡単にすませて雑談モードに入った。
もはやきっかけは忘れたが、もうすぐ鯉登の誕生日でと、確か自分が言った気がする。
いつぞやに指摘され、鶴見には鯉登と一緒に暮らしていることがバレていた。慎重に隠していた……わけでもないが、そんな分かりやすい行動もしていなかったはずなのに。さすが鶴見は人をよく見ている。
そんな鶴見に誕生日祝いに悩んでいることを伝えると。
「贅沢な悩みだなぁ。なんでも喜んでくれるなら、それでいいじゃないか」
少し羨ましそうにそう言った。
鶴見の言う通り、贅沢な悩みなのかもしれない。
これはあれだ。晩ご飯なにがいいかと聞いた際に、なんでもいい。と言われると困るのに近い。
なんでもいい。ではなく、何が欲しいか言ってくれた方が有り難いのだ。……ただし、お値段はそれなりで。
「物があげ辛いなら、行動はどうだろう。月島が普段やらないことをしてあげたらいいんじゃないか」
「行動ですか……」
「物をプレゼントするだけがお祝いじゃないだろう」
最後に少し笑みを浮かべて、鶴見は月島を見た。
「一日、鯉登のわがままを聞いてあげればいい」
確かに。
なんだかんだ鯉登に対して甘い自覚はあるが、ある程度はさすがに言い聞かせたりしている。
昨夜も突然、夜更けに外に出たいと言い出した。星が綺麗らしいぞとか言って。なんとか流星群とかそういうのが来るニュースを今頃見つけたらしい。しかし、そんなふっとその辺の外に出て見れるものでもないだろうし、風呂に入った後だったので出来たら外には出たくない。
そう言うと納得はして、ベランダから夜空を見上げるだけにした。ベランダからでもそれなりに星空は綺麗だったので、鯉登はどうか分からないが月島は十分それで満足だったりした。
この場合、わがままを聞いてあげるとなると、鯉登の言うとおり寒い中外に出て、せっかく風呂で暖まった身体を冷やしながら見えるか分からない流星群を探すことになる。
……結構、ハードだ。
とにかく鶴見に提案された事はこういうことである。
「あと、自分ももうすぐ誕生日なんだとさり気なくアピールをされていた」
そういえばと、月島は尾形に伝える。
鶴見と鯉登の誕生日はもの凄く近いのだ。鯉登の誕生日の話だけをしてしまい、申し訳がなかったかもしれない。
けれど鶴見の誕生日だって誰も忘れてはいない。
「……そうですね。まあそっちは宇佐美のヤツが張り切ってるんで」
この部署に、鶴見の誕生日を重要視しない者などいないのだ。
現に尾形だって、他人の誕生日に本来なら興味などないだろうに、こうやって鶴見に関しては言わずとも日付も含めて把握している。
鶴見に関しては、自分がどうこうするまでもなく自然と全員が動くので、流れに任せておけばいい。
月島が動くべくは、鯉登の誕生日なのだ。
「結局、俺はどうしたらいいんだ?」
そして、話は堂々巡りで最初に戻る。
「だから。他のことならいざ知らず、この件で俺を頼らんでください」
尾形の返答も変わらない。
やはり尾形に聞くのがそもそもの間違いか。
そう月島が思った時。
「……鶴見部長の言う通りにしておいたらいいんじゃないですか。ひとまず」
尾形が不本意ながらという風に、口を開いた。
意見というより、鶴見に同意しているだけといえばそうなのだが。それだけでも月島にとっては有り難い。
「やっぱりお前もそう思うか」
思わず、ぱっと顔が明るくなる。
「はい。鶴見部長ですから。いろんな意味で安心です」
ふーっと息を吐きながら、尾形が髪をかきあげた。
「俺から提案された意見を採用したとして。それを知ったらボンボンが俺に敵意を向けてきそうなんで」
真顔で尾形が言うのを見て。
「お前ら……本当に仲悪いな」
つい、月島は呟いていたのだった。
ちらちらと何度も時計を確認する。
アラームでも鳴らせば確実ではあるが、それは少し恥ずかしいし雰囲気もだいなしので。
「……」
だから。月島は、ちらっちらっと壁にかかった時計を見る。
見る度に少ししか進んでいない針がもどかしい。
そわそわしながら、その時を迎えた。
時計の針が、ようやく0時を差す。
「鯉登さん」
それを確認した月島は、鯉登に声をかけた。
「ん。どうした月島」
なにをするでもなくソファに腰かけていた鯉登が、月島を見上げる。
「ええとですね……」
見下ろしながら言うことではないかと思い、小さく月島は鯉登の隣に座った。
改まって、隣の鯉登に視線を向ける。
「お誕生日おめでとうございます」
そう。
0時になったということは、鯉登の誕生日に日付が変わったということだ。
「ありがとう月島っ」
パーッと華やかな笑顔で喜ぶ鯉登に。
0時になった瞬間に、おめでとうを伝えようとドキドキしていた月島はホッと安心していた。
「待ちくたびれたけどな」
にこにこしながら言われた台詞に、おやっと首を傾げる。
「バレバレだったぞ。早くから時計を何度も見ながら部屋の中をうろうろと」
今の月島の反応も含めて面白かったのか。鯉登は、ますます笑顔である。
「月島が何をしようとしてるか、すぐに分かったが。何も言わずに待っちょった」
「……す……すみません」
今更ながら。だから寝る用意をすることもなく、ただソファに座っていたのかと気付いて、顔が熱くなる。
ずっと座って待ちながら、月島を観察していたのだろう。
かなり恥ずかしい。
「分かってても嬉しいから、全く構わん。月島がこういうことをしてくれるのは珍しいし」
確かに、去年はプレゼントをいつ渡そうとだけ考えていたので。日付変更のことは気にせずに過ごしていたような気がする。おめでとうと言ったのは翌朝だ。
やはり、少し普段と違うことをするというのは喜ばれるのか。と、月島の頭の中に鶴見の台詞が浮かぶ。
今年の月島は物理的に存在しているプレゼントは用意していない。
「あの鯉登さん、実は……今年はプレゼント用意していないんです」
言うと、鯉登が一瞬しょんぼりとしたので。
「あ。違うんですっ……そのっ」
月島は慌てて、早口で続きを喋る。
「今年は、物ではなくて。鯉登さんが好きなように過ごしてもらう日にしようかと」
「どういうことだ?」
「鯉登さんが何を言っても、その通りにします。今日一日、わがまま言い放題です。誕生日ですから」
「おいは子供か」
声を上げて鯉登が笑う。
「なんでもいいですよ。行きたいところとか、食べたいものとか欲しいものとか」
真冬の深夜0時に外に出ようとするとは思えないが、もし出ようと言うなら今日限定で付き合う。明日以降ならもちろん却下だ。風邪引きますよ。とっとと寝ましょう。と、返すだろう。
今日は誕生日で特別だから。
今日だけ。なんでも聞くつもりだ。
今夜、星空イベントはなかったよな?なんて、月島は
考えていた。この前の、なんとか流星群が今日なら良かったのに。
「……月島、何を言ってもいいのか?」
「はい。いいですよ。誕生日ですから」
言うと、鯉登がなにやら考えている。
何が出てくるか分からないが、何が出てきても受け入れるつもりで月島は待っていた。
「……声」
「こえ?」
ぽつりと口からこぼれてきた単語からは、何が出てくるか想像もつかずに。ついオウム返しをしてしまう。
「月島は、その……最中、声を我慢しがちだろう」
「なんの声…………あ」
言ってから、途中で気付いた。
おいは子供か。なんて、言いながら。
子供らしさの欠片もない要求をしようとしているのでは。
「もっと声を聞かせて欲しか」
「それはちょっと」
想定と違う展開に、及び腰となる。無意識にほんの少しだけ身体をずらして鯉登と距離を取った。
「嫌なのか」
「そりゃあ。嫌は嫌ですけど……」
でも、今回は自分の意志は度外視するつもりだったのだ。自分が良いと思うことだけをするなら、それは普段となんら変わらない。鯉登の思う通りにさせてあげようと考えていた。
「誕生日だから何を言ってもいいと月島が言った」
「そう…… そうなんですけど……っ」
けれどそれはあくまで、健全な範囲での話であり。こっち方面で来ることはまったく想像していなかった。
でもそれは月島の見通しが甘かっただけで、鯉登の言う通り自分から言い出したことだ。
それを自ら反故にするわけにはいかない。
「わ……わかりま……」
覚悟を決めた月島は了承しようとした。
一度は、そう思ったけれど。
「あのっやっぱりやめときませんっ?おっさんの最中の声聞いて楽しいですか!?」
情けないことに、覚悟は決めきれなかった。
「おっさんじゃなくて月島の声だっ。楽しいに決まってる!」
「自信満々に言われても困るんですがっ」
それは知らないから、そう言えるだけかもしれないじゃないか。
月島が極力声を出さないのは、単に恥ずかしいのもあるが、鯉登を萎えさせないようにするためでもある。
「月島。楽しいか楽しくないかは、やってみれば分かる」
その鯉登が、そんなことを言って月島の両方の肩を掴む。
「0時を過ぎて、今日は誕生日だ。祝ってくれる気はあるんだろう?」
「もちろん」
けれども。
祝うことと、最中のことは切り離してくれないだろうかと思うものの。
「……っ……んっ」
早速、口を鯉登の唇に塞がれて舌が絡め取られる。
濡れた音を立てながら一旦離れていき。
「月島。ベッド行くぞ」
鯉登の言う通りに、手を引かれるまま立ち上がった。
声を我慢する云々はともかく、セックス自体は拒否する気はない。それに事を始めてしまえば、細かいことは忘れるかもしれない。
……というのはやっぱり甘く。
「月島っ!我慢するなと言っただろう!声聞かせぇ」
「そんなこと言われても………ん……っ」
「我慢やめろっ」
「…………ぁ!」
めちゃくちゃ執拗に、我慢をするなと言ってきた。
そして。やってみれば分かる。と、言った鯉登は。どうやら楽しかったらしい。
普段以上に無我夢中で抱いてきて、最後の方は月島もよく分からなくなったのだった。
ふっと意識がはっきりして、目を開けた。
少々ぼんやりする頭で、今は何時だろうかと考える。
カーテンで日が遮られているので、部屋の中は暗いが
朝にはなっているはずだ。空気が朝のそれである。
「そういうことでよろしく頼む」
おそらく電話だろう。鯉登が誰かと話す声が耳に届いた。
「ああ。悪いな。じゃあ」
鯉登が通話を切って、スマートフォンを耳から離した。「朝から誰と話してるんです?」
身体をベッドに横たえたまま、月島は隣で上半身を起こしている鯉登を見上げた。
「宇佐美だ。会社に電話したら出た。アイツ意外と朝早くから来てるんだな」
「……は?」
慌てて月島は身体を起こすと、鯉登の手からスマートフォンを奪い取る。時間を確認すると、始業時間の30分前だ。完全に寝過ごしているではないか。
「ちっ遅刻じゃないですか俺たち二人ともっ」
「安心しろ月島。今日は休みだ」
「何を言って……」
「それを連絡したんだ。月島は体調不良、私は誕生日休暇だと言っておいた」
誕生日休暇なんて制度、うちには無いですが。と、言ったところで意味はないだろう。
「勝手に人を体調不良にしないでくださいっ」
それよりも、体調不良とは何事だ。確かに腰と尻は少し痛いが、これで会社を休むなんてとんでもない。今日は大事な商談も1件あったのだ。
「体調不良は大げさかもしれんが……疲れてはいるだろう。いつもの時間にアラームが鳴ってもぴくりともせず寝ていたしな」
確かに、平日に設定してある目覚ましのアラーム音を今朝聞いた記憶は月島にはない。寝こけていたのは事実のようだ。
「昨夜、少し無理させたなすまん」
「……~~っ」
優しく抱きしめられても誤魔化されてなるものか。
「会社行きますからねっ俺は」
「駄目だっ。今日はおいの言うことなんでも聞いてくれるんだろう」
「そう来ますか」
「せっかく一日月島を好きに出来るのに、会社なんて行ってる場合じゃなかっ」
……。
若干、趣旨が変わってきていないだろうか。そんなことは一言も言っていない。
でも、もう言っても聞かないだろう。
仕方がない。諦めるしかなさそうだ。
「分かりました……。どこか出かけますか。平日だからどこもいつもより空いてますよ」
今日は特別なのだ。
「いいな。そうしようっ」
一年に一度の誕生日である。
「明日も土曜で休みだし。ゆっくりしよう」
「明日は、今日みたいにはいきませんからね」
「明日はイブだぞ月島っ」
「……イブはイブですよ。ただの。何言ってるんですか」
クリスマスは、イエス・キリストの誕生日である。それのイブなんぞ、ただの一日。決して鯉登音之進の誕生日ではない。誕生日は一日だけだ。
このままでは休みの間中、誕生日気分で色々と言って
来そうだが。
明日になれば、月島だってそれなりに言うことは言う。
あくまで一日限定なので。
『月島さん。今日の商談、こちらから日程ずらす連絡しますが、月曜以降いつが空いてます?』
月島のスマートフォンに、宇佐美から連絡が入っているのに気づき、心苦しくなりながら早く返信してやろうと思ったら。
最後に余計な一言がくっついている。
『今日のところは見逃してあげますよ。鯉登のボンボンの相手も大変ですねぇ』
……。
もろもろ見透かされているようだ。
大きく溜息をついて、仕事に関することだけを返信する。
月曜は、宇佐美主催で勤務後に鶴見の誕生日を祝う会がある。当日に出来ないことを悔しがっていたが、休日なのもあって、そこは鶴見のご家族を優先させた。
きっと会を優先して、定時ぎりぎりのスケジュールは宇佐美ならば組まないだろう。まあ、どうにかなるはずだ。
これを返信したら、仕事のことは忘れる。
朝食を食べて。
どこか出かけて。
一緒にプレゼントを選んでも良い。
「鯉登さん。今日は一日、好きなことに付き合いますよ」
本日は誕生日。
今日だけ、特別である。
了