193話後くらい むくりと音もなく起き上がると、鯉登はかぶっていた上着を手に月島の枕元に立った。
寝台に手をつくと、聞こえるか聞こえないかといった程度に軋む音がして、耳聡く月島が薄く目を開けた。自分の顔を覗き込んでいる鯉登に気がついて、不審そうに眉をひそめる。
鯉登は真顔で見下ろしていた。
「寒くて眠れんだろう」
ぼそりと低い鯉登の呟きに、月島はしょぼ、と瞬くと億劫そうに答えた。
「……さっきまで寝てましたが……」
「一緒に寝てやる」
「いえ結構で」
「狭いな。少し詰めろ」
「話を聞かない……」
上着をばさりと月島がかぶっている毛皮の上にかけると、鯉登は寝台にあがった。鯉登に押しやられ、どう考えても定員を超えている寝台に月島は鯉登と並んで横になった。鯉登と壁に挟まれながら、月島はとにかく心を無にしてこの時間をやり過ごそうと決めた。決めた矢先に、鯉登が月島のほうに身体を向けてきた。吊ったままの腕を広げる。
「さあ、くっついて温まるといい」
「……いや、動けないので……」
「仕方ないな。ならこちらからしてやろう」
にゅっと手を伸ばし、鯉登が月島を腕の中に抱き込もうとしたので、月島の眉間に皺が寄った。
「よしてください、それに少尉殿は手を怪我してるでしょう」
「お前の傷に比べればこの程度、大したことはない」
こそこそと言い合いしながら鯉登はしがみつくように体を寄せると、ふん、と何かをやり遂げでもしたように、月島の斜め上で鼻を鳴らした。何がしたかったのかよくわからないが、朝までの辛抱と思って、月島は目を閉じた。
「まあ、いいですけど。落っこちたりしないでくださいね」
「そんな鈍くさい真似するか」
「私が寝ぼけて蹴飛ばすかもしれませんし」
「動けないとさっき自分で言っただろう。それに言うほど月島の寝相は悪くないではないか」
「……もう寝ます」
急に会話を切り上げられたことに鯉登は一瞬むっとしたようだったが、文句を言うことはなかった。代わりに、すんと空気を吸って呟く。
「……血の臭い、か」
目を開けた月島が、ちらとその目を鯉登に向けた。視線に気付いた鯉登は小首を傾げてみせた。
「お前のか私のかわからんな」
それはそうだろう。しかしそれは全く以てろくでもないことだ、と思いつつ月島は口を緘して目を伏せた。
夢見が悪くなる予感を抱いて眠りに落ちた月島だったが、予想に反し、その夜は夢すら見ないほどに熟睡してしまったことは、真に皮肉なことだった。