笑顔を運ぶ者 すぅ、と遮那王ーーもとい源九郎義経は息を吸うと大きな声でその名を呼んだ。
「ーーーー弁慶ッ!」
「殿、ここにおりまする!」
その声に呼応して顔を上げ人の波をかき分けてくるのは義経の一の家来である武蔵坊弁慶。弁慶の反応速度に思わず義経は頬を緩めながら弁慶を見やる。
「お前は見つけやすくていいな」
「左様でございますか…?」
「ああ。お前のその私よりもそして、大人の男としても並外れた体格はこういう時見つけやすくて助かる。お前は嫌かもしれないがその顔の傷も弁慶だと判断するのに助かるものだ」
「…でしたら、きっとこの傷もこの体格もあなた様に見つけてもらうためにそうなったのでしょう」
「私に?」
「はい。結果的に教経によって我らは巡り合いましたがこの傷も体格も殿に巡り会うために授かったものなのだと思います。そう考えるだけで愛おしくも思ってしまうほどです」
はは、と快活に笑う弁慶につられるように義経は吹き出すように笑っていた。
「は、ははっ…私に見つけてもらうためと、そう言うのかお前は…ははっ、ふふっ…」
「と、殿…?」
不思議そうにきょとんと目を丸くさせる弁慶に無邪気に義経は笑いかける。
「良い」
「え?」
「私に巡り会うため…か、お前のその明るさは美点だな弁慶」
「も、もったいなきお言葉」
「誇っていろ、それを。…私はそれに救われているのだから」
「え?」
「いや、何も。…私もそう思ってもいいか?お前と巡り会うためだったのだと」
「…殿が良いのであれば」
「良いから言うんだろう」
そう言って遮那は快活に笑った。その笑顔を遠くで見つめ驚いたように春玄は息を吐いた。
「春玄?」「春玄殿?」
佐藤兄弟に声をかけられすまない、と言ってまた二人の様子を見やる。
(遮那は変わった…それも良い方向に。よく笑うようになった、鞍馬寺で過ごしていた時よりもずっとーー…年相応に笑って感情を表に出すようになった。それはきっと、弁慶の働きあってのことなんだろう。俺じゃきっと、出来ないことだ)
義経には笑っていて欲しいとは思っていた。けれどそうするには春玄は義経に似すぎていて、共に時間を過ごしすぎていて、生真面目すぎた。だからたまの息抜きも良い案が思い浮かぶこともない。そうなると心の底から義経に笑顔を運ぶのは弁慶のようなものなのだろうと敗北のようなものを感じながら春玄は苦く笑った。
(遮那をこれからも頼む…なんて言葉はまだ言ってやらないがな)
それは少しの春玄の意地のようなもので。そんな意地を抱えながら弁慶と義経の元へと春玄は駆けた。
-了-