本命チョコ 「姫!」
私が来たことに顔一面に花が咲き誇ったかのような笑顔を向けて、前世の私にとってこの世の何よりも愛しき人、そしてそれは今世も変わらない弁慶はぶんぶんと大きく手を振っていた。…まるで飼い主の帰りを待っていた飼い犬のようだと思わなくはない。
「悪い、待たせたな」
「いえ!姫を待つのも楽しいですから」
「お前はまたそういうことを…」
「?」
「私を喜ばせてどうする、と言っている!それに今回ばかりは私が悪いだろう」
そう言って両手からぶら下げている手提げ袋の中身をちらりと私は見た。
「姫、重そうですな。どうです、拙者がお持ちしましょう」
「いや、これは私が持たねばならないものだ」
「…といいますと?」
「今日は、その…バレンタインデーだろう」
そう言って未だ校門の前だからこそ後ろから向けられる視線に苦笑いを零す。
「さすが姫!同性である女子の心を射抜くとは感服いたしました」
「いや、褒めるところか…?」
「姫が人気者で嬉しいのですよ拙者は。姫はまこと、美しく優しく強く可憐な方であらせられるが故…自分の好きな人の良いところを皆に知ってもらうと誇らしい気持ちもします」
そしてにこにこと嬉しそうに笑う弁慶。その笑顔が嬉しくもあり複雑でもあった。
「…弁慶!」
しかし、今日は私にとっても特別な日であり弁慶の目の前に小さな手提げの紙袋を差し出した。
「お前に、やる…勘違いするなよ?これは私がもらったものではなく私が作ったもので、お前だけに作ったものだ」
「…拙者だけの?」
「ああ、正真正銘の――私からお前への本命チョコだ」
「姫…!」
「私がチョコを贈るのはお前だけだ。私が一心に気持ちを向けるのも…受け取ってくれるな?」
「もちろんでございます!」
笑顔は変わらないがその頬に赤みが差していて嬉しくなってしまう。これが校門の前でなければ衝動のまま口づけしていたところだった。
「姫、拙者からも贈り物があるのです。ですからどうかこの後は拙者の家に寄ってくださいませんか?」
「元からそのつもりだが?」
「ははっ、ありがたき幸せ」
そう言って笑うと奪うように弁慶は私の手を取った。
「では、このまま手を繋いでいきましょう!」
「…ああ」
そのぬくもりに、声に、笑顔に愛おしさを感じながら私はゆっくりと弁慶の家へと向かう。その先では想像にしていなかった弁慶から私への【本命チョコ】が用意されていた――。
-Fin-