夢の通い路 平泉で過ごすようになって暫く経ったある日の夜の事だった。
また明日、と皆に別れを告げ部屋へ入ろうと思った所で愛しい者から声がかかり顔を上げる私に影が落とされた。
「姫」
「弁慶。どうした」
「いえ…部屋に戻る前に姫の顔を見ておきたくて。姫に皆の前でなく二人だけの場で休みの言葉を告げておきたくて」
「それは…」
嬉しい、と思い自然と頬を緩ませるとその頬に大きな手が添えられた。
「姫…良い夢を」
そう言いつつも弁慶との顔の距離は近づいていき私と弁慶の唇は重なった。
「っ……姫、姫……っ…」
希うように弁慶は私を呼ぶまま何度も唇を角度変え奪っていく。その度私の身体は熱を持ち、喜びを膨れ上げさせていく。
「っ………べんけ……」
身体の力が抜けかかって縋るように弁慶の大きな背に腕を回すと私の様子に気づいた弁慶が支えるように私を抱きしめ返した。
「ひ、姫……申し訳ありませぬ…」
「いや、いい…謝らないでくれ」
「しかし…」
「嬉しかったから、いいんだ…」
「姫…!」
急に恥ずかしくなって弁慶から視線を逸らすと近くでふっと笑う声が聞こえ思わず顔を上げてしまった。
「なぜ笑っているんだ…」
「姫があまりにも愛らしくて」
「…そういうお前こそ愛らしいと思うが」
「拙者ですか?」
「ああ、そうだ。お前の笑顔はいつも私に幸福をくれる、笑顔だけじゃない…お前の与えてくれる全てのものが私にとって幸福なのだ」
そう言うと驚いたように弁慶は目を見開かさせていてその顔も私は一等、愛おしいと感じた。
「弁慶、顔を近づけろ」
「はっ……?」
不思議に思いつつ私に従う弁慶にそっと口づけた。
「姫……っ?!」
驚き、頬を赤く染める姿にこらえきれず笑ってしまう。
「ほら、お前も愛らしいじゃないか。」
「……姫、あまりからかって下さいますな」
珍しい様子にずっとそれを見ていたいという気持ちにさせられる。
「弁慶、中に入るか?」
「いえ……何度もああいうことがあれば皆に怪しまれてしまいます故」
「そうか…」
「そう残念がらないで下さい。姫、拙者は今宵姫の夢路に通いましょうぞ」
「…本当か?」
「はい。拙者は姫のことを想ってをつくことはあれど、こういったことで嘘は吐きません。なので姫もどうか拙者の夢を見てくだされ」
そう言って弁慶は私の瞼に口づけを落とす。
「ああ……おやすみ、弁慶。夢で会おう」
「はい」
弁慶の背が消えてしまうまで廊下を歩く弁慶を見つめ、そして褥に入った後も弁慶のことばかりを考えてしまっていた。
(夢で会えると思うと別れるのも怖くないとは)
そして眠るその時までずっと弁慶のことばかり考えていた――。
-了-