君にキスを「の、ノワール!」
クリムソンの定期健診から戻ったナイヴスは帰ってくるなり私の名前を呼んだ。クッキーが出来上がるのをただ待つだけだった私はぱたぱたと足音をさせてナイヴスの元へと向かった。
「ナイヴス、おかえり」
「ああ…ただいま、ノワール。」
そう言ったかと思えば中に入ってきたナイヴスはすん、と私の顔に顔を近づけ匂いを感じた。
「…甘い香りがするな」
「クッキーを焼いていたから」
「ああ、そうか……」
「最近は限度というものを覚えたから大丈夫」
ぐっと拳を握りしめて言うとくっくとナイヴスは笑った。
そして二人でソファーに座ると思い出したようにナイヴスは声を上げた。
「今日、先生に聞いたんだが…俺が操られ、レインに倒され…君がバウンティアへ向かう前に…俺にキスしたというのは本当か?」
言われてあの時のことか、と思い出し頷いた。
「うん、した。でも、額だけ」
「額…」
「痛くなくなるおまじない。昔、ソードにしてもらったことがあってからよくやってるんだ」
「……よく、ノワール…それは、君は…ソードに対してしたりしたのか?その、おまじないとやらは…」
「うん、したことある……けど、それがどうかした?」
首を傾げて言えばナイヴスはため息を吐きぶつぶつと何かを呟きだす。
「えっと、ナイヴス…?」
何か声をかけようとすればくるりとナイヴスはこちらを向いた。
「ノワール、俺がどうやら心が狭い男のようだ…」
なんてことを告白してきた。
「ナイヴスが心が狭いってなると、私はもっと心が狭いことになると思う…」
「それはないと思うぞ、ノワール」
「そう?」
「ああ」
そう言ってナイヴスはじっと私を見た。
「ナイヴス…?」
「ノワール、いや…ナスカ。……君から、キスしてくれないか」
「え!」
驚いて声を上げるとナイヴスの顔は赤く染まっていく。
「……して、ほしいの?」
「ああ。先生に聞いた時…嬉しかったと同時に残念だった。どうして俺が眠っている時だったんだ、って」
「…ナイヴス」
「だから、君から…してほしい。思えばいつも俺からしてばかりだったしな。どうだろうか」
「……嫌じゃない、けど…」
「けど?」
「額じゃなきゃ、だめ?私は…ナイヴスとキスをするのなら…口がいい」
そう思っていたことを口に出すとナイヴスは顔を更に赤くさせた。
「君がしたいところにすればいい。君がすることに嫌なことは何一つない」
「ありがとう、ナイヴス。でも嫌なことはないってのは言い過ぎだと思う…」
「そんなことはない」
くすくすと笑い合いながらナイヴスの頬に私の手を添えた。そして触れるだけのキスをする。ただ触れているだけでとてつもなく幸せでたまらなかった。そっと唇を離せば鏡を見ていなくても顔が赤くなっているのが分かって、恥ずかしくなって俯こうとするがそれは叶わなかった。
「ん――…!」
ナイヴスによって顔を上げられ唇を塞がれた。でも、それが嫌なことじゃないから受け入れそのキスに浸った。
「す、すまない…ナスカ」
唇を離したあとそうやって謝られるとおかしくなって思わず笑ってしまった。
「嫌じゃなかったからいいよ」
「嫌じゃなかったって…」
「それにナイヴスは私からのキス…喜んでくれたから…だよね。だから、嬉しい」
「ナスカ…」
「ナイヴス…ううん、ヤマト。これからも、ヤマトからだけじゃなくて…私からもキス、していい?」
「―――。」
私の言葉に何故かヤマトは息を呑んだ。
「ヤマト?えっと、ダメ…だったかな?」
「いや、違う。ダメなんてことはない。ただ…その、嬉しくて」
「嬉しい?」
「ああ、俺は君にこんなにも想われているんだと思うと…嬉しい。それに、好きな人にキスしてもらえるのは嬉しいことだ」
そう言ってまたヤマトは私にキスをした。触れるだけ、けれど愛おしさを表すようなキスに嬉しくなって身を寄せた。
「私も…ヤマトにキスしてもらうのは好きだ。」
「なら、よかった」
そうしてヤマトも笑って私も笑ったところでオーブンの音が鳴る。
「「………」」
「クッキーが焼けたみたいだ。一緒に食べよう」
「そう、だな……」
困ったようにナイヴスは笑う。
「俺も何か手伝おう。」
「ありがとう、ナイヴス」
「いや、当然のことだ」
そうして一緒にお茶をする。ナイヴスとキスをするのと同じようにこういった時間も私は大好きで、思わずたくさん笑ってしまった。
-Fin-