菊を纏う君「菊、かぁ…」
今日の雅は菊を纏っていた。僕の好きな花といえば梅だ。梅坊には梅をつけたしおうのの尼僧としての名前にも梅をあげた。それなのに雅は、僕の妻は【菊】だった。聞くところによれば僕の父がつけたものらしくそれを当の本人は大層雅は気に入っている。以前、マスターくんに好きな花を聞かれた時僕は梅、と即答。しかし雅はそんな僕の横で「菊が好きです」と凛として答えた。僕が梅のことが好きだと知っているはずなのに。
「家で育てたことがありまして、それに義父様が私に菊という名を下さって…それから一等大好きに」
ふふ、と笑って僕の父の話をする雅。君の夫は僕だろう!?と思わなくはないがそんなふうに騒ぎ立てるのがどうも子供っぽい気がして僕は口を閉ざすのだった。
「菊はお嫌いですか?」
僕の呟きを聞いていた雅は小さく笑って僕の正面に座った。
「嫌いっていうか…」
「はい」
「どうして君は菊なのに梅坊とおうのは梅なんだろうと思って」
「あなたがつけたからじゃないですか」
「いや、それはそうなんだけど…僕としては君にも梅をあげたかったというか…」
「簪や反物でならもらいましたよ」
「そうじゃなくてさぁ!」
「ふふ…私は菊で十分です」
そう言って怖さを感じるほどの綺麗な笑みを浮かべた。
「私は菊でいいのですよ」
また雅は言った。しかしその意図が分からず首を傾げた。
「…菊は義父様があなたが私を置いて他の女といることを思ってくれた名。つまりは私を気にかけるほど高杉家の一員だと認めてくれた証になります。何がどうあろうとあなたが離縁しない限りは私はあなたの妻、その証明の菊でもあります。…だから私は菊が好きですし梅はもらえません」
怒ってるそぶりを見せずに…いや、本当に怒っていないのかもしれないがそういった風に雅は淡々と言った。僕はその言葉に狼狽えるばかりだったが
「ですから…私を好きなのであれば同じように菊を好きになってください」
にこりと雅は笑う。近づくとほのかに菊の香りがして…雅は菊になったのだと強く感じざるを得なかった。僕は雅に近づくとぎゅうぎゅうと抱きしめた。僕の香りが移ればいいと思いながら。けれど純白な君は染まってはくれない。そう言うところが好きで、愛おしく、そして腹立たしくもあった。
(僕に染まってくれたらーー…)
でも君はそう言う人じゃないから僕はいつまでもこの手の中に君を手に入れたと思える日は来ないのだろう。そうして僕は何故だかほっとした。
-了-