キャッチャーの最愛の彼女 「雅子さん、また今日も部活?」
不安げに瞳を揺らしてうのさんは私に問うた。きつく、手をお腹の前で握りしめている。
「ええ」
「…やっぱり、続けるの?」
「決めたことですから」
うのさんは悔しそうに唇を真一文字に結んだ。私が高校に入学した頃に出来た友人、私が今の【部活】で活動することをひどく心配していていつものように聞いてくる。
「そんな心配しないで」
「心配だよ!晋ちゃんがいるとしてもさあ…っ、やっぱり今からでも私も一緒に入ろうかしら…」
「うのさんはモデルの仕事があるでしょう?」
「うう…」
言われ押し黙るうのさん。
「本当に大丈夫なのよ?男の人ばかりと言っても別に嫌なことではないしこれも社会勉強なのだから」
でも、だって、と駄々っ子のようにうのさんは言葉を繰り返す。
「お願い、私を信じて」
じっと見つめれば「しょうがないなあ」と恒例行事のように折れてくれて――、
「終わったかい?」
すっかり人がいなくなった教室の扉からひょっこりと顔を出したのは晋様――、同じ部活に所属し私とは幼いころから結ばれた許嫁であり…現恋人の高杉晋作さん。私の、世界で一番愛おしい人だ。
彼が現れるときっとうのさんは晋様を鋭く睨んだ。
「……・絶対、ぜ~~~~ったい、雅子さんを悲しませたり傷つけたりしないでよ!絶対だからね!」
そう言って私の腕から離れると走っていく。仕事があると言っていたからきっとそれだろう。
「毎度毎度、うのったら飽きないなあ」
「心配させてしまって申し訳ないです…私は大丈夫だと言っているのに」
「まあ、心配する気持ちも分かるけどね?」
そう言ってするりと自然に晋様は私の手を取り、握った。もう、いつものことになってしまい、咎めることもやめてしまった私はそのまま二人して部室へと向かう。
「じゃあ、また」
「はい」
私も女子更衣室へと向かい、そして今日の【仕事】にとりかかる。
私と晋様が所属するのは野球部で私はそのマネージャーをしている。当初は私の両親もひどく反対したものだったが晋様と一緒ということで許しをもらった。私は、晋様たちをサポートとし、できることなら優勝へと導く…それが私の仕事だった。部員のみなさんも私によくしてくださり申し訳ないばかりだ。
「マサ」
グラウンドの整備をしているとお竜さんが抱き着いてくる。
「お竜さん…」
「お竜さんも手伝うぞ」
「ありがとう」
彼女は、大好きな龍馬さんと一緒に選手側として入部している。皆が言うには性別【お竜】だかららしい…。私としては数少ない同性部員だからちょっと嬉しかったりするものだ
「こら、僕の雅に近づくな!」
「シンサク、けちけちするな。禿げるぞ」
「なっ!?」
「まあまあ、お竜さんも煽っちゃだめだからね」
そう言って龍馬さんと晋様が現れる。その横にはあきれ顔の岡田さんと久坂さんの姿もあった。お竜さんは龍馬さんにだきつくと嬉しそうに笑った。
「雅、今日もよろしく頼むよ」
「はい」
頷けば嬉しそうに晋様は笑って私の頭を撫で、そしてグラウンドの中心へと向かっていった。晋様は久坂さんとバッテリーを組んでいて晋様はキャッチャーだ。晋様らしくないと人は言うかもしれないが何かと策略を練るのが好きな彼にはぴったりなポジションだと私は思う。今は練習試合に向けての練習の真っただ中で皆、練習に身が入っていて私もサポートに熱が入るというものだった。
***
「晋作様、お待たせしてすいません」
「いいってことさ」
練習も終わり、更衣室から出てきた雅を僕は一人で出迎えた。これは僕にとって日課のようなことだった。
「明日…ですね」
「ああ、勝つとも」
「期待しています」
そう言ってまっすぐ雅は僕の瞳を見据える。雅のこういった強い瞳が僕は好きだった。手折れてしまいそうな臆病ような、気弱そうに見える雅だったがその実、中身はとても強い。涙も見せないし弱音だって口にしたことを聞いたことがない。恋人としてはそれは寂しくもあることなのだが…、
「試合は楽しみではあるが、憂鬱でもあるな…」
ぼそと口にした言葉に雅は首を傾げた。
「憂鬱ですか?」
「ああ、いや試合に関したことではないんだが」
その言葉にますますわからないといった顔を雅はさせる。
「雅には分からなくていいよ」
そう言ってその汗で張り付いた雅の前髪に触れ額に口づけした。夕日に染まって赤かった雅の顔がさらに赤く染まる。
「なに、誰も見てないさ」
「わ、わからないじゃないですか!」
存外初心な反応をする雅をここまで育てたのは僕なんだと思えば優越感がむくむくと膨れ上がっていくのを感じる。
「雅の赤い顔は僕だけのものさ」
そっと囁けば物欲しそうな雅の顔が見えて、そのまま唇を奪った。
「も、もう家の前ですから!」
「おや、もう着いていたか」
残念だ、と言えば逃げるように雅は僕の手からすり抜けていく。
「また明日!」
そう言って家の中に入っていく雅を見て、聞こえない声で「愛しているよ」と言葉を零した。いつだって、君への愛は言葉にしたってしたりないものだ。
***
練習試合は無事うちの学校の勝利。そして試合が終わった後の後片付けをしようとしていると相手校の一人に声をかけられる。確か…ピッチャーだったと思う。緊張した面持ちの彼は私に告白をした。驚きはしなかった。実は【よくある】ことだったから。そしてそれに対する私の答えもまた決まっている
「ごめんなさい」
頭を深く下げる。それに目の前の彼は驚いたような顔をしていた
「ごめんなさいって…、ダメってこと?」
「はい。私は好きな人がいますし、付き合ってもいます」
「…俺は君には不釣り合いかな?」
「私が好きなのはあなたではないだけです」
だからごめんなさいと言うと何故か彼の顔が赤く染まった。羞恥というよりは怒りに近い色だった。
「そんなの――…!」
手が伸ばされたと思うと後ろの方に引き寄せられその手は跳ね返されていた。
「ピッチャーってヤツは大体プライドが高い奴が多いがその点君はてんでだめだな。フラれて怒って僕の雅に暴力をふるおうとするなんて」
「晋様!」
思わず二人きりの時の呼び名が出てしまう。晋様は綺麗ににこりと笑ったまま私を安心させるように抱きしめている。
「な、お前は…」
「聞きたくば教えてやろう!今、雅が言った恋人とはそう!この僕!高杉晋作のことだ!」
高らかに宣言し大きく声を上げて笑う晋様。目の前の彼は絶句し、そしてそのまま逃げるように去っていった。彼が去った後私が晋様へと向き直るとぎゅうぎゅうときつく抱きしめられる。
「し、晋様?」
「全く…心配させないでくれよ、肝を冷やした」
そう言って深く息を吐く。
「す、すいません」
「思うなら今度からは僕を連れ立ってくれ。その方が分かりやすくていい」
「それは…」
どうなのだろう、と考えていると顔をふいに上げさせられる。炎のような晋様の目と私の目が交差し、軽く唇が重なった。
「……もう、」
外ですよ、と窘めても晋様はけろっとしている。
「だって君を愛したかったから」
なんて。
「もう」
そう言うことしかできない私を愛おしそうに見つめ晋様はまた私にキスをした。グラウンドから遠く離れた場所で私たちは隠れるようにキスをする。久坂さんが私たちを見つけるまでそうして、私たちはくっつきあっていた――。
-Fin-