三途の川を渡れずとも 「凛!」
焦ったような五右衛門の声に思わず顔を上げ、その顔を見てほっと息を吐いた。
「凛、あんた怪我したって…」
「ちょっと足を捻っただけよ。大したことない」
『なんてこと言ってますが、ご主人様歩けないんですよ。だから、段差に座ったりしてるんです』
「Hari!」
『ご主人様が嘘を吐くのが悪いんです』
Hariにバラされてしまい私は黙って睨むことしかできない。
「確かにお嬢は嘘吐きだな。素直に話してくれたらいいのに」
「だって…」
「…心配かけたくなかった?」
「…迷惑でしょ、こんな…」
「まさか。好きな女の助けになることで迷惑なんて思うはずないだろ、むしろ頼ってくれ」
…そう、知っていた。五右衛門がこう言う人だと言うことを。
(だから知られたくなかったのに)
それなのに嬉しい私もいて、複雑な気持ちを抱えたまま私はじとりと五右衛門を睨む。
「動かすぞ」
「ええ」
そうしてテキパキと五右衛門は慣れた手つきで応急処置を施していく。
「…慣れてるわね」
「まあな。昔は俺も、仲間たちもよく怪我をこさえたもんだからな…それこそ臣平も。だから覚えたんだよ」
「そう…」
「よし、これで終わり」
そうして笑うと何故か五右衛門は私に背を向けた。
「?」
「歩けないんだろ?背負うよ」
「………………、なら…頼むわ」
「ああ、任せておけ」
そう爽やかに笑い私はそっとその背中に私の体重を預けた。
***
「獄卒として情けない…」
「これに懲りたらちゃんと周りをみないとな。あんた結構猪突猛進で無鉄砲だし、だから三途の川に落っこちそうになるんだから」
「あ、あれは…!」
「まあいいよ。何度でも俺はあんたを、凛を背負うから。…三途の川は渡れなくても、さ」
「…私、あなたに背負われるの好きよ。…夢が叶ったようで」
「小さい夢だな、何度だって背負うって言ってるだろ」
「…ええ」
背負われながら優しい炎を揺らす地獄ツリーを見る。その背中が、声が愛おしくて、心地よくて、そっとしがみつく腕を強める。
「…重くはない?」
「軽いくらいだ」
私の照れ隠しに五右衛門はそう言って笑って、私たちは帰路を辿った。
-了-