結婚するか 「梓馬さんって可愛げないですよね~」
「お前ね」
梓馬さんの顔に青筋が浮かび失言したんだと気づいた。冷や汗をかく私。そして顔を伸ばされ私はぐりぐりと拳を頭に当てられていた。
「いた!痛いです!梓馬さん!」
「痛くしてるんだよ。わざと」
「ひどい~!」
「おしおきだよ、おしおき」
そう言って黒い笑みを浮かべる梓馬さん。痛いはずなのにこういった時間が幸せなのもまた事実だった。高校でリリと出会い、音楽と出会い、ヴァイオリンと出会い、梓馬さんと出会った。最悪の出会いであったのは確かだったがそこから音楽の道へと進む覚悟を決め、そして…付き合うようになった。土浦くんたちはよく驚かれはしたし、自分自身驚いたけど…ここまで続いていることや、私の中にある梓馬さんに向けられている感情を思うときっと嘘や偽りじゃない、本当の愛なんだって信じることができる。
ーーと、頭の痛みが消えふと顔を上げると梓馬さんが穏やかな顔をしているのが見える。
「……梓馬さん?」
いじわるな顔とは別にやさしい顔をしていて思わず名前を呼んだがただ微笑んでいるだけで不思議に思い首を傾げた。傾げていると、頬を何故か撫でられる。
「あ、あの……」
「……………―――結婚するか」
「え」
「だから、結婚」
「け、結婚って…あの!?」
「あれ以外の結婚ってあるのか?」
「だ、だって…!」
「お前と、俺と香穂子が付き合うようになってからもう長い。するにはいい機会だろ」
「な、なんで…⁉」
「なんでって…何、お前嫌なの?俺と家族になるの」
「ち、違います!そうじゃなくて…い、言われるとは思ってなかったというか…」
「ああ、家のこと?それならどうとでもなるよ。俺がなんのためにこれまでいい子ちゃんでいたと思う?」
その言葉に息を呑む。いい子ではいた、けれど音楽の道を決して諦めなかった。その姿勢は称賛に値するものだ。けれどだからこそ、そんな厳格な家だからこそ私との交際や結婚について認めてもらえるような気がしなかった。
「それにさ、いい加減俺もいい大人だ。結婚相手まで口出される筋合いはないね」
涼しい顔をしていう梓馬さん。けれど私の杞憂は収まらず――…
「いたっ」
デコピンされ梓馬さんの顔を見上げると困ったような顔をしていた
「ぶさいくな顔になってるよ」
「ひ、ひどい!」
「…そう、そういう顔をしていた方がいいよお前は」
「そういう顔って…」
「能天気な顔」
むっと頬を膨らませるとおかしそうに梓馬さんは笑う。
「俺のこと好きだろ?」
「…好きです」
「俺と結婚するだろ?」
「…し、します、けど…!」
「はは…。なら、不安する前に俺の手を取って、俺のために音を奏でてくれ…それが何より俺の励みになる」
「わ、わかりました!」
そう拳を握ると何故か押し倒され近いところに梓馬さんの顔がある。
「えっ…えっ…」
「了承を得られたところで今夜は激しく愛し合おうじゃないか――」
「は、はひ…」
いつもどおりの笑顔に私は引きつった笑みを浮かべ、近い未来を悟った。
-Fin-