Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    緒々葉

    @aojiso_up
    過去絵とか供養とか

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💙 💜 👏 😊
    POIPOI 49

    緒々葉

    ☆quiet follow

    カウントダウンSS『二×四=?』(Webオンリーアカウント様より投稿https://x.com/masatoki_only/status/1872666147495268730?t=IQBkhvM8jzhr6mlHX1xObg&s=19)の誕生日当日談。
    おまけSSのつもりで書いていたら、いつの間にか完結編のようなお話になってました。
    結末を見届けていただけると幸いです。

    #マサトキ

    =無限大の琴瑟相和 ついに迎えた十二月二十九日、時刻は午後五時を回ったばかり。
     俺は、一ノ瀬と買い物袋を提げて舗道を歩いている。先の逢瀬では少々苦し紛れだったものの、あれから何事もなく当日に至っていた。
     張り切って絢爛なレストランや高級料亭を手配しても良かったのだが、やはり最終的には自宅という選択の方が勝った。今回ばかりは、人目に付く場は極力避けなければ後々困ったことにもなりかねない。それに、わざわざ奇をてらうよりも、例年と同様互いに気兼ねなく寛げる場所で過ごしたかったというのも当然大きい。
     彼は普段と変わらない様子で他愛ない話をしている。俺もまた平静な顔で相槌を打っていたが、その裏では、着々と脈が速まる自分と闘っていた。万全の想定をしたつもりでも、自宅に近づけば近づくほど緊張感は増すばかり。
     長く培われた現在の関係があった上でもここまで身がすくむということは、八年前の一ノ瀬はどれほどのものだったろう。友人という境界を踏み越えるために、想像しがたい勇気と覚悟が要ったはずだ。それを思えば、この程度、堪えられなくてどうする。今の俺たちには何があろうとほどけない固い結び目が在るのだから、不安がる必要はないだろう。
    (心頭滅却すれば……)
     胸の内でひたすら言い聞かせながら、ふたりで見慣れたマンションのエントランスをくぐった。

    「キッチンお借りしますね。できるまでゆっくりしていてください」
    「ああ」
     ひとまず大人しくリビングのソファに沈んだはいいが、案の定、一分も経たずしてそわそわと落ち着かなくなってくる。こういう時ほど、じっとしているとかえって心が乱れてしまうものだ。かつて経験してきたどのオーディションよりも遥かに肩ひじを張っている己に、失笑すら滲む。
    「聖川さん、調味料の場所変わりました?」
     不意に、台所の奥から声が飛んできた。図らずも、今の俺にとっては救いかもしれない。
    「あぁ、すまない。先日整理した時にいくつか入れ替えてな。前回一ノ瀬が使った時とは少々配置が……」
     そう返事をしながら腰を上げて、ぱたぱたと彼の元へ歩み寄った。シンク下を覗き込んでいた一ノ瀬にひと通りの場所を伝えると、早速必要な材料を選別して調理台に並べていく。
    「ありがとうございます、もう大丈夫です」
     その台詞は、俺に対する用事が済んだことを意味している。だが、退かなければならないと理解していても、床に張りついた足はどうしても上がらない。
    「一ノ瀬、その……俺にもひとつくらい手伝わせてくれないか」
     一縷の望みをかけて頼んでみると、一ノ瀬は困り顔を拵えて肩をすくめた。
    「だめです。去年もそう言って、最後まで立っていたじゃないですか」
     その声色は戯れを含んでいて、無論、本気で諌められているわけではない。しかしながら、今日に限ってはどうにも彼の言葉に敏感になっているらしい。反射的に「すまん」と項垂れると、いつになく焦った口調でなだめすかされた。
    「聖川さん? 怒っていませんから大丈夫ですよ。それでは、これをお願いできますか?」
     その心配げな表情を見て、無用な気を遣わせてしまったことを反省する。気を取り直して明るく笑みを作ると、一ノ瀬の手から瑞々しい野菜を受け取った。そうして俺は、良く馴染んだ包丁を握り、軽快に食材を切り始めた。
    (ふう、この調子では先が思いやられるな……)
     自然体で振る舞いたいのは山々だが、如何せん今日は人生における大きな転機が待っているのだ。ある程度は緊張感を維持しておくべきではないだろうか。どのような流れで、どういった動きや言い回しで告げるかを何十回と脳内で練ってきたものの、いざその時を迎えた途端に飛んでしまっては元も子もない。
     最善のタイミングは、食事の後だ。この調子だと洗い物も彼が引き受けるつもりだろうから、やはり片付けが済んでひと息ついたところを……。
    「聖川さん」
    「なっ、なんだ」
    「キャベツ……そんなに使いますか?」
    「……はっ! いつの間に……」
    「半分は冷凍しておきましょうか。早めに使い切ってくださいね」
    「ああ、そうだな……ありがとう」
     物思いに耽っていたところを突然呼びかけられた反動で、痛いくらいに早鐘を打つ心臓。こっそりと深呼吸をして動悸を静めつつ、再びまな板に向かった。
     彼とこうして睦まじく台所に立つ日常が、一日でも早く訪れてほしい。そのために、今日の第一歩をつつがなく成功させねばなるまい。頭の中で膨らんだ数多の夢想が現実となるまで、そう遠くない。考えるだけで、早くも地に足がつかないような心地だった。

     色鮮やかに調えられた食卓を前にして、無意識に感嘆の息を吐く。俺も多少は手を貸したものの、並べられた品々はすべて一ノ瀬が調理したものだ。トマトソースの芳醇な香りが鼻腔をくすぐって、いっそう食欲を掻き立てる。
     揃って両手を合わせてから、ありがたい気持ちを噛み締めつつフォークを手に取った。
    「自宅で本格的な洋食を食べるのは久しぶりだな」
     俺の好みを熟知した手料理の数々に舌鼓を打ちながら、何の気なしに飛び出た言葉。それを聞いた彼が、気遣わしげに俺を見やった。
    「和食の方が良かったでしょうか?」
    「いや、お前が作る料理はどれも美味だからな。むしろ、普段自分で拵えないものを味わう楽しみもある」
     率直な思いを語り聞かせながら、スープを口に運ぶ。恋人の味に満たされて、気がゆるんででいるという自覚はあった。それでも、少しくらいはかまわないだろう、と。そんな一抹の油断が、良くなかった。
    「それなら安心しました。実は、和食も練習しているのですが、やはりお味噌汁がどうにも物足りなくて」
    「ふ、お前が努力家なのは好ましいが、わざわざ練習などせずとも良いのではないか。味噌汁ならば、俺が毎日でも作ってやるから」
    「えっ、そんな、いくらなんでも毎日は……」
     おどけた調子で返された瞬間、一挙に肝が冷えた。
    「…………っ」
     待て……今、俺は軽率に本意を口走らなかったか?
     ひとたびそう意識すれば、全身から冷たい汗がどっと噴き出す。
     いやしかし、慌てるにはいささか早い。核心が伝わったわけではないようだから、とにかく、素知らぬ顔をして冗談のひとつでも言って誤魔化せば……。
    「聖川さん……? 急に難しい顔をしてどうしたんですか」
    「いや、その……毎日というのは、そういう意味ではなく、あれだ……」
     いかん、考えるほどに頭の中が散らかって収拾がつかない。それらしい言い訳で繕わなければ、ここまでの健闘が水の泡ではないか。
    「……あっ」
     ふと、一ノ瀬の口から短く声が上がる。
    「なるほど、道理でずっと様子が変だと……っふふ、あはは」
     腑に落ちたように小さく吹き出した彼を前に、もはや弁解の余地は失われてしまった。
    「わ、笑いすぎだろう……。今のはなしだ、忘れてくれ」
     羞恥と情けなさに頭を抱えながら懇願するも、相手は含み笑いを隠すことなくゆるりと首を振る。
    「そうはいきません、ふふっ、せっかく聖川さんにしかできないプロポーズを聞けたんですから」
    「それは褒めているのか……? 散々な計画倒れなのだが」
    「おや。笑ってしまうくらい嬉しいんですから、大成功でしょう」
     当人が嬉々としてそう言い切るものだから、もうそれで充分だという気になってきてしまう。下がっていた口角も、楽しげにほころぶ彼につられて和んでいく。
    「ただ、料理もきちんと分担していただかないといやですからね」
    「……うむ。善処しよう」
     こんな風に、思い通りとはいかなかった出来事さえもひとつひとつが大切な糧となり、ともに歩んできた軌跡となってゆくのだと思えば、格好の善し悪しなど取るに足らない話なのかもしれない。真の愛さえ交わし合えるなら、それ以上に尊重すべきものはないのだから。
    「一ノ瀬。だいぶ予定が狂ってしまったが……改めて、俺からの宣誓をお前に捧げさせてくれ」
     居住まいを正してまっすぐに告げると、ジャケットの懐に忍ばせた紫紺色のつややかな小箱を摘む。ほんのりとぬくもったそれを恭しい手つきで差し出して、中に収められた誓いの証……いわゆる婚約指輪を彼の目に映す。
     曇りのない銀色、その上辺にあつらえられた上品な宝石は、透明感のある青と紫が幾重も混ざり合って実に魅力的に映えている。
    「……」
     息を飲む音がした。星屑を散らした夜色の双眸が、この上なく見開かれる。
    「どうか、俺と生涯をともにしてほしい。受け取ってくれるだろうか」
     真摯に言い募り、揺るぎない心で最愛を見つめる。しかし、相手は小箱の中央を凝視したまま瞬きさえ忘れて動かない。あまりに絶句しているものだから、驚かせすぎてしまっただろうか、と若干心配になるほどだった。
    「ぁ……ちょっ、と……あの」
     ようやく声を絞り出したと思えば、彼はひとつ大きく深呼吸をしてから両手で頬を押さえた。
    「なんだ、誕生日である俺から贈られるとはさすがに思っていなかったか?」
     その顔を覗き込みながら揚々とした口振りで問うと、一ノ瀬は恥じらいを乗せた音で答える。
    「いえ……それもありますが」
    「?」
     それも……ということは、他に驚嘆する要素があるというのか。首を傾げている俺をちらと一瞥した彼は、ぎこちない仕草で自身の鞄を引き寄せる。そして、慎重に何かを取り出した。それは、薄い長方形の箱。どこか既視感があると思えば、俺の手のひらにある小さな箱と色合いがほぼ同じだ。
    「私からのプレゼントです。どうぞ、開けてみてください」
     俺は感謝を述べて彼からの贈り物を受け取り、言われた通りに開封する。
    「……ほう、美しいな」
     蓋を開けると現れたのは、シルバーを基調とした細身のシンプルなネックレスだった。洗練されたデザインのペンダントトップに埋め込まれた煌めきは、俺が直感的に選んだものとそっくりだ。
    「なるほど、似ている……」
    「似ているどころではないですよ。この指輪とペンダント、店頭ではセットジュエリーとしても薦められていましたからね。聖川さんに着けて欲しいと思ってこちらに決めたのですが、まさか揃うなんて……」
     言われてみれば、随所に統一性が窺える。つまり、俺の選んだ指輪と一ノ瀬の選んだペンダントは、ショーケースの中で隣り合うもの同士、だと……。俺は初めから指輪に絞って見繕っていたゆえに、目に留めなかっただけだったのかもしれない。そう考えると、万が一同店舗で購入していた場合、店先で鉢合わせていた可能性もおおいにあったわけで。
    「はははっ……気が合うというのも、ここまで来ると奇跡の域だな。俺も、これを嵌めたお前を見たくて決めたのだ。さ、左手を貸してくれ」
     静かに引き寄せて、滑らかに整った薬指に白銀の輪を通す。よし、サイズも想定通りでちょうど良い。
    「……奇跡であり、必然でもあるのでしょうね。本当に、前世でも一緒だったと言われれば信じてしまいます」
     蕩けた眼差しで手元を見つめながらこぼすその声は、涙まじりに掠れる。
    「ふっ、先ほどまで平気な顔をして笑っていたと思えば、今度はどうした。前世など、非科学的過ぎるのではなかったか?」
     空いている手を向かいの頬に沿わせ、やんわりと親指でなぞり目尻の雫を拭ってやった。伏せた長い睫毛をふるりと揺らした彼は「いつの話をしているんですか」と甘えきった声音でたしなめてくる。そしてゆっくりと深青の瞳を上向けて、ゆらゆらと俺の姿を映し出す。
    「……あなたこそ。つい数分前までの硬い顔が嘘のようですね」
     お返しと言わんばかりに、彼の右手が俺の眦に伸ばされる。やわらかな指先にするりと撫ぜられて思わず目を瞑れば、ぽろりとひとつ流れ落ちる涙。
    「あぁ、どうやら……気が抜けたらしいな。ようやく、念願成就したと思うと」
     その声は、思いのほか上擦ってしまった。気恥ずかしさを紛らわすために、ペンダントの先端を持ち上げて照明に翳してみる。
    「人生で一番、しあわせな誕生日だ」
     しばらく感慨に浸っていれば、彼は俺の手からそっとチェーンを引き取った。慣れた手つきで繋ぎ目を外すと、それを俺の首後ろに回す。素肌に触れる指先の体温と金属の冷たさが交差してやや擽ったい。だが、その感触さえも、最上の幸福を飾る一片であり、たまらなく尊く思える。
     胸の前で上品に揺れるかがやきを手のひらで掬い上げた一ノ瀬は、そこに艶やかな唇を寄せて。
    「〝あなたとの未来を歩む約束〟を込めて。お誕生日おめでとうございます、聖川さん」
     しとやかに、ゆったりと紡がれるたったひとつのこたえ。
    「……っ、一ノ瀬、愛している。未来永劫お前を離さない」
     胸の内から激情があふれ、そのまま肩を引き寄せて彼の呼吸を奪う。このやわらかくて甘美な熱を味わえるのは、この先も永遠に俺だけの特権だ。
    「私だって離しませんよ」
     吐息のかかる距離、額と額をくっつけて。妖艶な瞳で微笑むこの男と、一秒でも早く溶け合いたい。心ゆくまで、愛し尽くしたい。
    「今夜は、許してほしい」
     明日も午前から撮影があると聞いている。そうと知った上で敢えて耳のそばへ囁けば、一ノ瀬はついばむようなキスを返してきた。
    「特別ですからね」
     いたずらな色を浮かべた目元がゆるく弧を描く。
    「さて……それなら、早く食器を片付けてしまわないと」
     やや軽いトーンで呟いた彼は、俺の腕をぽんと優しく叩いた。刹那、意識外に追いやってぼやけていた周りの景色が急に視界へと戻ってくる。
    「は、完全に忘れていた……」
     間の抜けた台詞を漏らす俺をよそに、空の食器を重ね始める一ノ瀬。俺も遅れて手を動かしていると、端々できらりと主張するふたつの清廉な光彩につい魅入られてしまう。
     自身の胸元と彼の左手を交互に眺めれば、際限のない多幸感に満たされる。角度を変えるたびにその表情を夜更けにも朝焼けにも変化させる様は、まさに俺と彼の契りを象徴するに相応しい煌めきだ。まるで、これまでふたりで見上げた無数の空を写し取ったかのようにうつくしく、いつまでも見とれていたくなる。
    「聖川さん? 手が止まっていますが、私が全部運びましょうか」
    「っ、いや、平気だ」
     我に返って皿を手にすると、先に立ち上がった一ノ瀬の後に続いて台所へ回る。流し台に食器を置いたところで、彼が指輪を大切に抜き取り、自身のハンカチで包んだ。
    「今だけ持っていてくださいますか」
     快く頷いて受け取ると、柔らかな布地の隙間からこっそりと証を確かめる。華奢な輪の内側に小さく銘記された言の葉を、彼はまだ知らない。

    『8.6-12.29 M∞T 永久に紡ぐ愛の共鳴』

     ひそやかに忍ばせた、唯一無二の刻印。今宵、底知れぬ情愛を余さず注いでやれば、お前は気づくだろうか。
     八年という節目の、今日を選んだ意味に。

    Fin.

    【琴瑟相和(きんしつ-そうわ)】……夫婦の仲がよいこと。
    「瑟」は大型の琴。
    琴と瑟は合奏するとよく調和することから、夫婦仲のよさを琴と瑟の調和にたとえた言葉。
    夫婦以外にも、兄弟や友人との仲が良いこともいう。
    「琴瑟(きんしつ)相(あい)和(わ)す」とも読む。
    『四字熟語辞典オンライン』より
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💙💜😭🙏💙💜💙💜💙💜💒💒
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works