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    bunbun0range

    敦隆、龍握、タダホソの人。

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    bunbun0range

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    シモ樹
    シモ→樹
    無自覚片思い。

    #シモ樹
    merchantPine

    見てくれない彼を見てる話 Side:S

     それは始めて見る光景だった。
    「タツキ!?」
    「はぁ……っ、はぁ……」
     薄気味悪い部屋の中、タツキが力なく床に崩れ落ちる。誰よりも早くカチャカチャとドアを開けようとしてくれていた腕は、支えを失ったようにだらんと弛緩していた。顔は真っ青で、呼吸は乱れている。easyが口癖のなんでも卒なくこなすタツキが、俺とヒジュンの目の前で急迫した状態になっていた。
     薄暗くチープさが残る狭い部屋。そして、小物の影に隠してあるカメラ。極めつけは、いかにも胡散臭そうなお札。「打ち合わせの時間までここで待機してください」とスタッフに言われた時から、俺はこれが何の撮影かはなんとなく察していた。電気が消えて入口のドアに鍵がかかり、いよいよどんなリアクションを取ろうと考えた矢先。真っ先にドアが開かないか確認していたタツキが、ズルズルとその場に倒れ込んだのだ。
    「タツキ、タツキ……っ!」
     咄嗟にタツキを抱き起こす。力が入らないのか、怖いほど抵抗がなかった。苦悶の表情を浮かべ、額には脂汗を滲ませている。
     何が起きたのか理解できなかった。頭の中が真っ白になる。
    「カット! カット! 撮影を中止して!」
     どこからともなく聞こえてきた声。俺達を隠し撮りしていたカメラが一斉に止まり、隠れていた撮影スタッフが部屋の中に雪崩れ込んでくる。
    「ごめ……っ、ん。もう少ししたら落ち着く……っ、から。大丈夫」
    「タツキヒョン、大丈夫じゃない」
    「救急車呼んでもらうから、待ってて」
     バタバタと人が走る音が聞こえる。
     でも、俺はタツキから目を逸らさなかった。逸らしちゃいけない。絶対に。
    「ホント、大丈夫だって……ちょっとダメなだけ、だから。閉じ込められるの……」
     へなりとタツキが笑う。
     いつも派手にAHAHAHAと笑う自分もこの時は、全然笑える気がしなかった。
     新人チームとして韓国のテレビ番組に呼ばれるようになった時に起きた予期せぬ事態。このドッキリは放送されることはなく、それ以降も事務所がドッキリを受けることはなかった。
     そして、俺はこの時初めてタツキにも苦手なことがあると知ったのだった——



       ***



     タツキが三人の思い出が残る寮から退居してから一年。
     タツキがいない生活に慣れたかと言えば、ビミョーなところ。だって、そうじゃない? 何年もずっと一緒に生活してた奴がいなくなったら、チョー寂しいじゃん。でも、残ったのは俺だけじゃないから、孤独感は半分こ。それに頻繁に会ってるし。慣れてはないけど、いなくなった最初の頃と比べるとマシになった感じ。
    「シモンヒョン、今度は何を買ったの」
     風呂上がりのヒジュンが、いつもと変わらない表情で俺に問いかける。
    「バランスボール! こうやって両手を離せば……ほらっ! お腹がバキバキになりそうな予感」
     住民が二人になった寮の共有スペースで、俺は仕事終わりの自由な時間を過ごしていた。部屋着を纏った両足で身体を支えつつ、リズムよくバランスボールをバウンドさせる。バランスボールで運動する動画を見ていたら、無意識のうちにポチってしまっていた。でも意外と楽しい。
    「どんどん増えるね」
     チラッと部屋の中を一瞥した後、ヒジュンが足取りを止めることなく俺の横を通り過ぎていく。バランスボールの他にも近くの床には使わなくなったラダー。おそらく週末にある福岡での音楽番組の生放送から帰ってくる頃には、溜息をつくマネージャーによってきれいさっぱり片付いてしまうのだろう。
    「あー、やっぱりダメだった? 今日のうちに捨ててもらった方がいい?」
    「アニヨ。タツキヒョンがいなくなってから増えた。そう思っただけ」
    「えっ、そう……かな?」
    「ネ」
     それだけ言い残してヒジュンが個人のプライベートスペースに静かに戻っていく。発した言葉は一音。しかし、その肯定を意味する言葉は俺の心に深くまで突き刺さっていた。最年少でありながらヘッドという重役を担っている彼は、俺よりも俺のことをよくわかっているらしい。
    「そう、だったんだ」
     ポツリ独り言をこぼし、バランスボールの上でフラフラと身体を右へ左へ揺らす。右側にある部屋の壁を見れば、しっかりと残った傷。見上げれば、風化しつつある赤い記憶。
    ——どれも今となってはいい思い出? 過去のこと?
     先日痛いところを突かれた記憶が蘇る。何も切り出せていなかったのにも関わらず、タツキは俺の心の奥底にあった悩みを迷いなく当ててみせた。
     もう戻ってくることはないタツキとの、当時は素敵とは決して思うことのできなかった出来事たち。見るだけでも不快感が込み上げてきていたはずの顔は、今は心落ち着く存在になっていた。
    ——俺にとってタツキの存在って結構大きかったんだなぁ。
    「全然、気づかなかった」
     タツキには悪いけれど、タツキの言葉が心に響いてる感覚なんてこれっぽっちもなかったのだ。小言から口喧嘩にヒートアップしても治ることはなかったし、結局何年もずっと同居していたらタツキの方が先に怒るのを止めるほどだ。その最年長のタツキがいなくなって、俺を注意する人はいなくなった。それだけのことだと思っていた。
     物への執着は元々薄い。人もそうだと思っていた。だけど、それはどうやら間違っていたらしい。
    「そっかー」
     揺らしていた身体を止め、重力よりも巨大な力を乗せるように深くボールに座る。重心をかけつつ両足を離せば、絶妙なバランスでその場に留まった。一ミリもその場から動かない。静まり返った部屋の中、空気しか入っていないボールが、本物の岩になったようにこの場に固まる。
    ——タツキ……。タツキ。樹。
     同じチームで同居していた同性の名前を、何度も心の中で復唱する。一つ、また一つ。名前を呼ぶ度、ぼんやりとした輪郭のなかった感情が徐々に形を成していく。それがどういうものなのかは、まだはっきりしない。でも、胸が熱くなったり、キュッと締め付けられたりする。
    ——この気持ちは……なんだろう。
     俺の考えていることを当てるのは簡単だとタツキは言っていたけれど、この気持ちもタツキなら簡単に当ててしまうのだろうか。それとも無意識領域までは流石のタツキも難しいだろうか。もし難しいのなら、もし俺がこの感情をはっきりと自覚すれば、タツキは理解してくれるのだろうか。
     そう思った瞬間、視界がグラついた。
    「わわっ」
     慌てて両足をつく。両足を離した場所から少し右にボールが転がって、数センチ壁に近づいた。セーフ。
     もう十分遊んだことだし、これも終わりにしようと立ち上がる。すると、足先にコツンとラダーの端が当たった。
    「そういえば……結局タツキ、俺がラダーしてるとこ、見てくれなかったなー」



       ***



    「ラーメン、明太子、もつ鍋……どれも捨てがたい~」
     温かい料理を頭に浮かべれば、唾液がじわりと咥内に広がった。
     リハーサルと本番との隙間時間。アルバのためだけに用意された楽屋で、椅子に座って生放送後のホテルで食べるケータリングをネットで検索する。頭の中には夕飯のメニュー。左手には肉まん。一口サイズまで小さくなった肉まんをギュッと口に押し込み、ゴクンと唾液ごと飲み干した。
     タツキが帰ってきたら、お勧めの料理を教えてもらうことにしよう。福岡出身で今や韓国の料理の舌に慣れてしまっているタツキなら、俺達に合う料理や店を知っているはず。
     しかし、その本人が一向に帰ってこない。
    「それにしてもタツキ遅いねー。どこ行ってるのかなー」
     いつもの調子で笑いながら、スマホ画面を確認する。連絡はない。吊り上げていた唇の端がヒクリと痙攣するのが分かった。
     おかしい。タツキと別れた時から、気づけば十五分以上が過ぎている。モデルの方で何か問題があったのだろうかと想像しても、あまりしっくりこない。迷子の可能性はもっとない。更に、関係者しか入ることのできないこのフロアではファンに捕まる可能性はないはずだ。
     何かあったといえる時間ではない。だからといって無視できる時間でもない。
     時間が経つにつれて、落ち着きが徐々になくなっていく。澄んだ水の上にインクを落としたみたいに心の中に淡い違和感が広がっていた。
    ——もう十分ほど待って帰ってこなかったら、探しに出かけよう。
    「ヒジュン、冷めちゃうからタツキの分の肉まん食べていいよ。どうせタツキ食べないと思うし」
    「分かった」
     いただきますと言って、残った肉まんに手を伸ばす。ヒジュンが食べている間に戻ってくれば「寂しかったよー」と冗談を言って、細い腰に抱き着こう。暑苦しいち言われても、いつもより長く巻き付いたままでいても許してほしい。
     ヒジュンの咀嚼音が響いている間、無言の時間が続いた。
     ドアが開くことはない。
    ——あと五分経ったら……。
    「……あと五分待ってタツキヒョンが帰ってこなかったら、探しにいく」
     二つ目を食べ終わったヒジュンが、俺の心を読み取ったように呟いた。
    「タツキも大人だから大丈夫だと思うけど。やっぱり僕も、心配」
    ——僕も、か……。
    「うん。そうだね」
     自分の気持ちを代弁してくれたヒジュンに、微笑み返して未だに返信の来ないスマホの画面に目を落とす。些細な出来事かもしれない。なんでもない事態で遅くなっているだけ。
     そう自分に言い聞かせた時。
     トントンと、楽屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
     慌てて肉まん全部を口に入れようとするヒジュンを制し、椅子から立ち上がってドアの前へと向かう。ドアの半透明の部分から見える姿は俺より数センチ低い。誰だろう。スタッフにしては時間が早すぎる。何よりもスタイルが良すぎる。
    「はいはーい。どなたですかー?」
    「失礼。devaの黒崎だが……」
    「あー! GMFに参加する」
     ドアの向こう側には、今日のリハーサルでも見かけた自分の髪色と同じマゼンダ色がいた。しかし、リハーサルの時よりも彼の眉間には深い渓谷が刻まれている。
     何かあったのだろう。落ち着きのなさを隠そうとしているのか、掌に力が入っていた。
    「いきなり楽屋に押しかけて申し訳ないのだが、俺と同じチームの杁を見ていないか?」
    「えっ」
     見ていないと告げると「どこをフラついているだ、あの馬鹿は……」と暴言と一緒に盛大に舌打ちをされた。杁っていう人に対してだろうけれど、それなりに威圧感がある。
    「すまない。休憩の邪魔をした」
    「あ、あの……!」
     踵を返そうとする背中に向かって、俺は咄嗟につっかえていた違和感を吐き出した。
    「実は——」



      ***



    「いない? 敦豪だけじゃなく、龍門さんも?」
    「はい。そのようです」
     ヒジュンを連れてやってきたdevaの楽屋。リハーサルでは四人全員が揃っていたのに、楽屋にはヘッドと黒崎さんしかいない。残る二人は中学生と長身の人。おそらく長身の人が行方を晦ませている杁さんなのだろう。
     十一年ほど前に福岡から韓国に引っ越してきたタツキ。そんなタツキと中学生の子が顔見知りなんてことは有り得ない。そうなれば、その杁さんとつい話し込んでしまっているだろうか。杁さんと知り合いだという話は、タツキから一度も聞いたことはないけれど。
     考えたところでタツキは帰って来ないのに、考えずにはいられなかった。じっとしていられないとはこのこと。ヒジュンも言ってたじゃないか。タツキもいい大人。ふらっと消えても、他人に迷惑をかけなければ問題はないはず。
     だけど……だけど、やっぱり嫌な予感がする。
     そう思っていると、勢いよくドアが開いた。
    「統領、隆の兄貴!」
     息を切らして中学生くらいの子が楽屋に勢いよく飛び込んできた。肩で息をしながら乱れた声色で廊下を指差す。
    「スタッフの人が言ってたぜ。エレベーターの一つが故障したって!」
    「……っ」
     エレベーター。密室の箱。嫌な記憶が蘇る。
    「五十階で止まってるらしい。人が乗ってるとは言ってたけど、誰が乗ってるかは分かんねぇ。でも、タイミング的に敦の兄貴が乗っててもおかしくねぇ」
    ——誰かが乗っている……。
    「シモンヒョン……」
    「……」
     事態の深刻さを察し、ヒジュンと互いの顔を見つめ合う。
     ヒジュンの真剣な瞳に、俺は黙って頷いた。
    「他のエレベーターは動いてるんだよね?」
    「あぁ。東側のエレベーターが使えないだけらしいぜ」
    「そっか。ありがと」
     腰を折って小さい子に確認を取ったあと、すぐに地面を蹴った。俺の数歩後ろからヒジュンの足音が続く。
    ——もしタツキがエレベーターに閉じ込められてたら……。
     少し離れた西側のエレベーターホールまで廊下を走りながら、起こり得る可能性全てを考える。
     可能性その一。タツキも杁さんもたまたま電波の届かない場所にいて、連絡が繋がらなかった。これが最高の場合。
     可能性その二。杁さんだけがエレベーターに閉じ込めれている状態。無事にdevaの人たちと合流できたら災難だったねと会話のネタになる話。
     可能性その三。タツキだけエレベーターに閉じ込めれている。これが一番最悪。可能性その四の共にエレベーターに閉じ込めれている場合も、全然よくない。普通の人ならビックリしたで終わることも、タツキにとっては体調を崩しかねない最悪の事態なのだから。
    「……っ」
     整った顔が苦痛に歪んだ記憶を思い出し、背筋に悪寒が走る。ギリリと嚙み締めた奥歯が、悲鳴を上げていた。
     ヒジュンよりも先に走っていてよかったと思う。こんな凶暴な顔を誰かに見せるわけにいかない。ステージ上でも、そして私生活でも一度も見せていない顔をしている自覚があった。
     タツキの弱さを知った日から何年も経過していて、本人も恐怖は徐々に薄まってきていると話している。それでも、その言葉を鵜吞みにしているわけじゃない。明るい笑顔を浮かべていても、俺は内心信じてはいなかった。
     本人が口走る大丈夫の言葉を、信じてはいけない。あれはまじないみたいなものだ。自分は大丈夫、平気だと強がるタツキの完璧を飾る言葉。
     本当に大丈夫かは、俺が決める。
    「待ってくれっ!」
     稼働中のエレベーターに乗り込み、五十階のボタンを押した時、部屋に走ってきた中学生がドアの閉まる寸前で駆け込んできた。
    「俺も一緒に行く」
     くるんと丸まった一房の髪が上下に揺れる。小さい体から伝わる気迫。
     この子も心配なんだな。
    「うん。行こう」
     ヒジュンが静かに答え、エレベーターのドアが閉まった。
     高層ビルのエレベーターは速度も速い。数秒も経たずに目的の階に降りていく。地球の力に引き寄せられて、不思議な浮遊感が身体に走った。所詮、この箱は宙に浮く密室。五十階どころか、十階ほどの高さがあれば人の命は脆く消えてしまう。
     自分でさえ微かな不安を感じる場所。
     しかし、タツキは——
     五十階に止まり、停止しているエレベーターへと急ぐ。
     廊下を曲がった瞬間に見えた人混みに、止まっているエレベーターがどこにあるのかが分かった。集まっている人たちは、スタジオのスタッフや野次馬で楽屋から出てきた芸能人たち。
    「ちょーっとごめんなさいねー」
     焦燥感を隠すように頬を強引に押し上げ、人が疎らな隙間を縫い扉の前へと向かう。硬く閉ざされた扉の前の向こう側。この先にタツキはいるのだろうか。耳を扉に当ててみるも、何も聞こえない。機械音もなければ、人の話し声も。
    「どう?」
    「だーめ。何も聞こえなーい」
     耳を離し、扉に背を向ける。
    「そうか……」
     ヒジュンの隣にいた中学生が、項垂れた時。
    「信乃……! どうだ。アイツは……」
     後方から置いてきてしまっていたdevaの二人が、走ってきた。
    「それが……」
     二人分の足音が近くまでやってきたところで、ウィーンと機械音が鳴り始める。徐々にその音は大きくなていた。来る。どんどん近づいてくる。
    「あ……」
     頑なに開こうとしなかったドアが、いとも簡単に開いた。
     中から出てきたのは、やれやれと苦笑いを浮かべた杁さんとタツキ。
     身動きできない状態でなかったことに、安堵しつつすかさずヒジュンとタツキの元へと駆け寄った。
    「タツキヒョン、大丈夫?」
    「へーき、ありがと」
    「やせ我慢してない? おんぶしようか?」
     そう言って、顔を覗き込む。
    「やめろー」
     近づけた俺の顔を押し退け、タツキは平然とした顔で笑った。
    ——あれ?
     ドッキリで倒れた時よりも長時間閉じ込められていたはずなのに、顔色はそこまで悪くなっていない。視線を落とせば、タツキの足は震えることなくしっかりとその場に立っている。
     これは本当に大丈夫そうだ。俺の半分冗談な言葉にも返せるくらいに意識もはっきりしている。よかった。悠然とした態度に安心する。数年間の間に、閉所への恐怖心は薄まったのかもしれない。
     ホッと胸を撫で下ろし、控室に戻るため足を動かした時だった。
    「おい、樹」
     背後から響く低い声に、タツキがピタッと止まる。
     そして、フッと嬉しそうに口元を緩めた。
    ——タツキ……?
     喜びを堪えるような表情のタツキから、目が離せなくなる。
     それは俺が未だ見たことない表情だった。ファンのために送る甘いマスクでも、俺達といる時の素の表情でもない。まるで自分をよりよく魅せようする顔。
     そしてタツキが込み上げてくる歓喜を抑え込むように唇を結び、いつも以上に余裕のある笑みを浮かべて振り返った。ゆっくりと。そして、真っ直ぐに、ある一点だけを見つめる。
     タツキの視線の先は、その場に立ち尽くしている杁さんがいた。
     俺はタツキを見つめているのに、タツキは俺の視線に気づくことなく杁さんを捉えたまま離さない。揺らぐことなくただひたすらに。
     そして、届くことのない俺の視線が宙を漂う。
    ——なんだ、これ……。
     燃えていた。胸の奥が。
     水をかけられたように自分の顔から笑みが消える。その一方で心臓付近がチリチリと焼け焦げていた。一度燃え上がったら二度と消えることのないみたいに、心臓の周りの器官を弱火でじわじわと燃やしていく。そして、火傷のようなヒリヒリとした痛みを残す。
    ——あぁ、これが……。
     どういう気持ちでタツキが杁さんを見ているのかは分からない。
     しかし、俺自身の感情ははっきりと理解することができた。



       ***



     Side:T

     日本から韓国に帰国して数日後。
     ライブハウスで、本番の前のカメラワークの確認をしていた。軽く歌いながら、カメラがどこにあるかを目視する。ステージの前にはカメラが三台。その中の一つだけが、スクリーンに俺たちの顔を写す。
     ダンスは各自のパフォーマンスに委ねられていることが多い。そのため、パフォーマンスをする俺達自身もリハーサルで初めて他のメンバーがどう動くのかを理解することも多い。それ故この日も他の二人がどんな風に歌うんだろうと思いながら、アップテンポな曲に合わせて歌っていた。
     ライトがチカチカと点灯する。真っ暗なステージ上で、シモンが客席に向かって歩き出した。長い間奏後はシモンの歌唱パートだ。このシモンのパフォーマンスは、自由演技の中では珍しくパターン化している。観客に向かってハンサを投げるか、カメラに向かって無邪気な笑顔を向けるのかのどちらか。
     今回はどんな風に魅せるのだろう。普段と変わらないテンションでなんとなくそう思った。
     しかし、予想外のことが起きたのだ。
     カメラに向かって挑発的な笑みを浮かべたあと、シモンがくるりと観客に背中を見せたのだ。
     なんだろう。新しいパフォーマンスをするのかと思い静観していると、シモンがそのままスッと腕を持ち上げた。
     盛り上がる曲、シモンに集まるライト。
     そして、シモンの人差し指が俺に向かって真っ直ぐ伸びる。
    『俺を見ろ』
     本来はファンに見せるべきグレーの瞳が、俺をストレートに射貫いていた。
     心臓に直接槍が突き刺さったような衝撃。まるで逃がさないと言いたげな視線。
     その鋭い眼光に当てられ、俺は魔法にかかったようにシモンから目が離せなくなっていた。俺の身に何が起きているのか分からなくて、自分が今どこに立っているのか、忘れそうになる。
    「えっ……」
     性能の良いマイクが、拾わなくてもいい俺の声を拾った。ポロッとこぼれた自分の声にハッとして、手汗が滲んだマイクをグッと握り直す。
     ヒジュンもシモンの予期せぬ事態に動揺したのか、歌の入りが若干遅れていた。しかし、可動式の一台のカメラは、シモンの色っぽくもあり、そしてどこか凶暴的な表情を背後の大きなスクリーンに映す。
     歌詞は間違っていない。むしろ、合っている。パフォーマンスの一つとしては間違っていないのに、なぜか心臓がドクドクと乱れていた。



       ***



    「トイレ行ってくる」
    「おーけ、先に控室戻ってるよ」
     トイレに消えていくヒジュンに声をかけ、シモンと二人で廊下を歩く。
     隣にいるシモンは普段と同じ笑顔をしているが、どうしてもあの時の顔が引っかかっていた。俺を見つめるグレーの瞳が頭から離れない。
    「……ね、さっきの何あれ」
     耐え切れなくなって尋ねる。
     その一言でも俺の言いたいことは伝わったのか、シモンがさらに口角を上げる。あんなに俺を見ていた瞳は、廊下の先を見つめていた。
    「んー? 宣戦布告的な?」
     歩みを止めることなく、シモンが疑問形で俺に返してくる。
     今はジョークを聞きたい気分じゃない。眉をひそめ、得体の知れないものを見るようにシモンをジロリと見据える。
    「何それ。意味わかんないだけど」
    「そう? そのまんまの意味だけど。タツキに俺のこと見てほしいなーって」
    「今見てんじゃん、シモンのこと」
    「全然違うー」
     何が全然違うだ。分かんないから聞いてるのに、全く教えてくれないシモンに若干イラつく。
     分からないことが気持ち悪くて、あの目は何を俺に伝えようとしていたのか知りたくて、わざとらしく唇を尖らせるシモンに「じゃあ、なんだよ」と聞いてみた。
     すると、その言葉を待ち望んでいたみたいにシモンが一歩大きく足を踏み出し、俺の目の前にグッと迫ってくる。誰かがトンと背中を押せば、唇同士が触れ合ってしまうような距離。熱を宿しながらも、それを隠そうとしない瞳。
    ——あの時と一緒だ。ライブのリハーサルと。
    「もっと俺だけを見てよ」
     杁さんと同じ灰色の瞳に、真っ赤な顔で困惑する自分の姿が映っていた。
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    nanana

    DONE「愛してるゲーム」をバラエティ番組でするあるばちゃん
    ベッドでのそれとよく似ていたから(シモ樹) 可愛い可愛いヒジュンと、恋愛の意味でも大好きなタツキに「愛してる」だなんて言われてしまえばもう抗うことなんてできやしない。

     バラエティ番組の企画で行われた「愛してるゲーム」。愛してると言われて照れた方が負け、だなんてふんわりざっくりしたゲームは見事に俺の大敗で終わる。
     どれだけ「愛してる」「可愛い」「大好き」と言葉を並べても、まっすぐな瞳で「知ってる」「僕も」と返されるばかりでヒジュンは一つも照れやしないし、いつもは頼み込んだって滅多に「好き」も「愛してる」も言葉にしてくれないタツキに壁に手をつかれて、一言「愛してる」と言われてしまえばもう床に崩れこむことしかできない。
     結局最後はヒジュンとタツキの一騎打ち。何ターンか粘っていたけれど、一向に変わらないヒジュンの顔色とあざとく言葉を重ねられるたびに口が回らなくなっていくタツキに勝負は見えた。両手で頬に触れながら「愛してる、だからずっと僕の隣で半分死んでて」というヒジュンの言葉がとどめだった。それを言われたらダメだって、と笑い転げているタツキの横で誇らしげな顔をしているヒジュンがこれまた愛しい。
    1691