おはよう 夕暮れの神社は静かだ。日が落ちて影が長くなり、誰だってなんとなく物悲しい気持ちになる。そんな時間に人影が二つ、寄り添うように石段にもたれかかっていた。
「…嫌だ」
「マイキーくん…」
「嫌だよ、タケミっち。オレは、サヨナラなんてしたくない」
「そんなこと言ったって…仕方がないですよ」
「嫌なこと、辛いことはちゃんと口に出せって言ったのはタケミっちだろ!オレは今、オマエの言うとおりにしてる!嫌なんだよ、タケミっち!オレはオマエと別れたくない!!」
「そんな…そんなことを言ったって…」
万次郎に肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられながら、武道は言葉に詰まった。子供は無力だ。どれだけ不良として粋がったところで、結局は大人の管轄下であることに変わりはない。タイムリープにより中学生の体に戻った武道と万次郎が選べる選択肢はさほど多くないのが現状だ。
「そんなこと言ったって…
ただ家に帰るだけじゃないっすかぁ!!オレ、もうマイキーくんの家に週4で泊まってるんです!いくらマイキーくんやマイキーくんの家族が歓迎してくれたって、そろそろ帰らないとオレのかーちゃんがキレますよ!今だってわりとアウトよりのギリセーフってかんじなのに!」
武道の親は割と放任主義で、息子の自由意志に任せます、というスタンスで彼を育てているのだが、流石に友達の家に何日も続けてお世話になっているとなれば話は別だ。金銭の問題だって絡んでくる。健康な男子中学生の食欲を甘く見てはいけない。
「オレがいいって言ってるのに!真一郎もエマもじーちゃんもタケミっちはもう嫁に来たらどうだって言ってる!いいじゃん、週7でこいよ!」
「真一郎くんたちのあれは冗談でからかわれてるだけですよ!…どうしてそんなにサヨナラしたくないんですか?オレ、今日家に帰ったって明日の朝はドラケン君と一緒にマイキーくんのこと起こしにいきます。ちょっとだけ、離れるだけじゃないですか」
武道の問いに万次郎はうつむき、しばしの間無言であったが、やがてゆっくりと口を開いた。
「…だって、そしたらタケミっちが明日一番最初に会うの、ケンチンじゃん」
「え、そんなことで…?」
武道は目を瞬かせた。正直、拍子抜けである。そんな理由で帰宅を責められていたのか、オレは。
「そんなこと、じゃねぇよ!朝起きて、オレが最初に見るのはタケミっちの顔がいいし、タケミっちが最初に見るのはオレの顔がいいの!!」
「あーもう!分かりました、こうしましょう!明日の朝は、マイキーくんがオレのこと、起こしに来てください!」
「は?オレがオマエのこと起こしにいくの?」
「そうです、そうしたらオレらが最初に見る顔はお互いの顔だし、オレは親に怒られない!おーるおっけーってやつですよ」
「へぇ…総長に朝から出向かせようなんて、タケミっち、良い度胸だね」
「うっ…た、確かに総長だし先輩ですけど、マイキーくんはオレの彼氏ですから。彼氏なら、いいでしょう?」
じとっとした目でこちらを見る万次郎に若干の冷や汗をかきながら、武道は訴える。折れたのは万次郎のほうだった。
「…いいよ。カレシ、だもんね。しょーがないから、今日は家に帰っていい。で、明日迎えに行く。ちゃんと待ってて。誰にも会うなよ、かーちゃんとかもダメだからな」
「わかりました、約束します」
武道は胸をなで下ろした。これで親に怒られる未来は回避できそうだ。ふてくされたような表情の万次郎に言葉を続ける。
「今は子供だから、仕方がないっすけど…いつか、大人になったら一緒に暮らしましょうね。そうしたら、夜になってもお別れなんてしなくていい、ずっと一緒にいられます。そんな未来に、しましょうね」
武道の提案に、万次郎は驚いたように目を僅かに見開いたが、ふわりと笑って力強く頷いた。
「ああ!」