ライアーライアーパロ流花♀ 楓と私は同い年の兄妹だ。別に、年子で同い年とかそういう話じゃない。答えは単純。親の連れ子同士だ。
楓と家族になったのは12歳の時。初めて会ったのはたしか7歳くらい。私の本当の母は物心つく前には亡くなっていて、優しく接してくれる年上の女性と会えることは嬉しかった。楓の母によく懐いたし、その子供の楓とも、仲良くなりたいと思っていた。
再婚前から子供を連れて4人で会うことが多くて、親からしたらその段階ではもう再婚を視野に入れていたんだろう。何度か会って、言葉少なながらも優しい楓と遊ぶのは楽しかった。
「はじめまして! さくらぎはなみちです」
「るかわ、かえで」
「かえで? おそろいだね!」
「え?」
「さくらとかえでって、どっちも木の名前じゃん」
「ほんとだ」
緊張していた顔がふわっとほころんで、きれいな顔が可愛くてびっくりした。
「楓はいつもなにして遊んでんの?」
「バスケ」
「バスケ? ってボールダムダムするやつ? 楽しい?」
「うん」
「ふぅん。サッカーと野球はしたことあるけどバスケってないや。教えてよ」
「いーよ」
次に会うと時はボールを持ってきてくれると約束した。
「ボールもってきた」
「うおっでっけぇー! サッカーボールみたい。どういうルール?」
「使えるのは手だけ。サッカーみたいに足使ったらダメ」
「ふーん」
「こうやって、手でついてドリブルする」
「え、なにそれかっけー!」
「細かいルールはいろいろあるけど、ドリブルして自分の方のゴールにシュートしたら点が入る。だからドリブルが大切で、シュートの練習もだいじ」
「へぇー。楓はいつからバスケしてんの?」
「3歳」
「じゃあいまえっと……4年目? 私も練習したら楓みたいにできるようになるかな」
「まあがんばればできるんじゃない」
「う~~ん、見てろよ! 楓に追いついてやる!」
楓は、普段はあんまり口数が多くないけど、バスケのことになるとよくしゃべった。楓が楽しそうだと私も楽しい。会うときは必ずと言っていいほどバスケをした。
「なぁ、次楓と会えるのいつ?」
「お、花道。すっかり楓くんと仲良しだな」
「あいつすっげーバスケ上手いんだ! 次あった時は絶対勝つ! それに××さんもすごく優しいし、会ったら美味しいお菓子くれるし、好き」
「ふーん……。家族になったらいまよりずっと一緒にいられるぞ」
「え、家族!?」
「××さんがお母さんで、楓くんがお兄さんだ。どうだ?」
「楓と家族になれたらたのしいだろうな! 毎日バスケして、そんで楓を負かしてぎゃふんと言わせてやるんだ!」
「おいおい、仲良くしてくれよ~」
「まぁ楓はにーちゃんって感じじゃないから私がねーちゃんだな」
「そうか? 楓くん大人っぽいし、バスケも優しく教えてくれてるんだろ」
「優しいっていうか、全力でやらなきゃ怒る」
「まぁ花道も夢中になれることがみつかってよかったじゃないか。こんどミニバスの見学行ってみるか?」
「バス? 乗るの?」
「違う違う。小学生用のバスケットボールチームだよ。土日にやってるとことあるみたい」
「うーん。バスケは楓に教えてもらうからいいや」
「そうか」
3年くらいはそんな感じだった。楓は学校も違うけどよく会う友達って感じで、お互いの家にお泊りして一緒に眠ったりもした。楓の部屋にはおっきいベッドがあって、私の家は畳に布団だからそれがひどく羨ましかった。
「ベッドいーなー」
「じゃぁまた泊りにくればいいじゃん」
「え、いいのか!?」
「べつに、しょっちゅう親同士は会ってるんだし」
「じゃぁ、ベッドで寝たくなったら楓んちくる!」
「うん」
さすがに同じ布団で寝たのは3年生くらいまでで、それも最後の方は楓は背中を向けて、話しかけてもすぐに眠ってしまうようになった。喋りたいことがたくさんあるのに。
それから1年くらい間が空いて、親同士が再婚することになって本当の家族になった。改めての顔合わせと挨拶で、ちょっといいレストランで食事をした時、楓は久しぶりに会ったのにそっけなかった。
いざ親が結婚して、新しい家に引っ越して、一緒に暮らすことになった時も、楓は依然と打って変わってなんだか冷たい。
「一緒にバスケしようぜ! 会わない間に私前よりもっと上手くなったんだぜ!」
「へたくそだから相手にならない」
「なんだよ、その言い方!」
「事実だろ」
「ふぬ~~~~っ」
楓と家族になれるのを楽しみにしていたのに、楓はそうじゃなかったんかな。気持ちが一方通行のようで、すごく寂しい。楓のこの態度は、再婚が嫌だったのかもと両親が気にしていた。でも私の父さんには結婚前も後も態度が変わらないし(もともとすごく懐いていた訳じゃないけど)、冷たくなったのは私にだけだから、私のことが嫌になったのかな。
中学からは同じ学校に通うことになった。楓と兄妹だってことは別にわざわざ言ってないけど、どこからか聞きつけたのか直接聞いてくる人もいる。楓はもともとキレイな顔をしていたけど、中学に入って背がぐっと伸びて、めちゃくちゃモテていた。私は赤い髪が悪目立ちして、クラスでも浮いて、ケンカをふっかけられることが増えた。やられっぱなしは癪だからやり返すと大人数で報復に来たり、バッドとか振り回すようなやつが来たりで結構めんどくさい。
バスケ部に入ろうと思っていたけどやめた。見学にいったら、同じ体育館で男子バスケ部が練習していて、楓はすでにその練習に混ざっていた。久しぶりにちゃんと見た楓のプレーは前よりさらに上手くなっていて体育館がちょっとざわめいていた。男子と女子で一緒に練習することもあるらしいが、確かに今の楓からみたら私は「へたくそ」なんだろう。楓と喋ってるところを見られて他の女子から絡まれるのもめんどくさいし、部活は入らないことにした。
そのころから仲良くなった洋平、チュウ、大楠、高宮とつるむことが増えて、なんだかんだ楽しい中学生活を送っていた。
ある日帰ってきたら2階から物音がする。両親は今日も帰りが遅いと言っていたから、楓だろう。にしては、様子が変だ。玄関に見慣れない革靴がある。サイズからして、たぶん女もの。私でもお母さんのでもない。来客? 楓に女の?
誰に告白されても断っていると思っていた。あいかわらず愛想もないし(そこがイイって言われているらしいけど)仲良くしているような女子はいないと思っていた。
女の人が、降りてきた。リボンの色からして、たぶん3年のセンパイ。茶髪の派手な感じの人。
「え、誰?」
「いや、そっちこそ誰だよ。ここ私んちだけど」
「あぁ、楓くんの妹さん? 楓くん兄妹いたんだ」
「……」
「私は、楓くんの彼女です♡ もう帰るとこだけど。お邪魔しました~」
ひらひらと手を振って、私の横をすり抜けていく。その背中を見送って、2階にあがる。2階は私と楓のそれぞれの部屋がある。
「ちょっと、楓! 今の誰だよ!」
「あ?」
扉を勢いよくあけたら、流川は上半身裸だった。
「勝手にあけんなよ」
「いや、お前こそ勝手に家に人あげんなよ」
「お前の許可がいるわけ?」
「帰ってきて知らん人いたらびっくりするだろ!」
「ふん」
「たまには人の言うことちゃんときけよ!」
「着替えるから出てって」
ぐいぐいと押しやられ部屋から追い出される。
「あ、ちょっとこら!」
なんなんだよ、あいつ。
*
「ってことがあってさ~」
「おまえ、それ、お兄ちゃん、アレじゃない?」
「アレ?」
「センパイに筆おろしされちゃったんじゃない?」
「筆? 何の話だよ」
「だからさ~、初セッ」
「いったぁ~~~~~! なにすんだよ洋平!」
洋平がニヤニヤしている大楠の頭をぶん殴った。
「花道にいらんこと吹き込むなよ」
「過保護だな洋平は」
「なんだよ筆って!」
「ん~、花道は知らなくていいよ。それよりもさ、今日帰りラーメンいかない?」
「行くー!」
筋トレでもして脱いでたんだろ。そんで彼女が呆れて帰ったとか? まあどうでもいいや。
中学ではほとんど接点なく過ごし、「兄妹なの?」の問いかけにもあいまいに返すうちに聞いてくる人もいなくなった。楓もおんなじようなもんだったと思うし、こっちばかりが楓のことを気にしているのも癪で卒業するころにはほとんど口も聞かなくなった。
たまに本当に頭にきて殴りかかることもあったが、向こうは手は出してこようとしないしいつも「やれやれ」みたいな顔で親の前で一人だけいい子ぶってんのが腹が立って、それもやめた。ばかばかしい。
楓は2年でバスケ部のキャプテンになって、中学ベスト3とかとったりしていて忙しそうだった。バスケ星人め。
私はすっかりボールにすら触ってない。もうドリブルの仕方も忘れてしまった。
*
高校に行かないで就職することも考えたが、両親からはせめて高校までは出ておいた方がいいと説得されて湘北高校に進学した。洋平たちも大方同じ理由で、みんなでうんうん必死に勉強してなんとか合格できた。
楓も家から近いからという理由だけで、いろいろ来ていたスカウトを全部蹴って湘北を選んだらしい。
「セーラー服?」
「めっちゃかわいいっしょ。おねーちゃんのなんだけど放課後それ着てプリ撮りに行くんだー」
「プリってなんだ?」
「えー知らないの? プリント倶楽部だよぉ。写真撮ったらシールになって出てくるの」
「ふぅん」
なんで写真撮りに行くのにわざわざ他校の制服着るんだ?
「あ、はなみっちゃんも行く? 制服1セット余分にあるよ。ついでに化粧もしたげる~」
「え、いや、私は」
「はなみっちゃんぜったい化粧映えするよー。ウィッグもあるし。ね、一回顔貸して」
「ケンカ以外で顔貸してなんて初めていわれた」
あれよあれよと女子3人がかりで顔にいろいろ塗ったくられたり髪の毛をセットされたりして、渡された手鏡を見たらまるで別人のような自分が映っていた。
「え、すご……」
「かわいー! 髪の毛ロングもめちゃ似合うよ! 伸ばさないの」
「ふぬ……。前は長かったけど、ドライヤー時間かかるし」
「えーもったいない」
かわいいかも。中高ブレザーだったからセーラー服にひそかに憧れていた。きれいに結んでもらったスカーフが、憧れの具現化のようで胸がドキドキする。短いスカートに、借りたルーズソックス。小学生ぶりのロングヘアのウィッグは思っていたよりずっと自然で私の髪とも馴染んでいる。みつあみがカチューシャみたいになってて毛先がふわふわにカールしていてすごくかわいい。手入れがめんどくさくてずっと短かったけど、また伸ばしてみてもいいかも……。
電車で一駅のゲーセンに移動してプリクラをとった。初めて撮ったけど、撮った写真が本当にその場でシールになって出てきてすごい。1シートに16分割されて出てきて、それをハサミで4等分してくれた。
「はい。あげる」
「ありがとう……!」
「
「明日返してくれればいーよ」
「わかった、ありがとう」
解散してせっかくだしこのままちょっとブラブラして帰ろう。
もらったプリクラをしげしげと眺めながら歩いてたら、人にぶつかってしまった。
「あ、すんませ「なにしてんの」
目の前に練習着の楓がいた。あ、部活終わる時間か。というか、いまの私の恰好、セーラー服……!
途端にこの格好をしていることが恥ずかしくなって他人のフリする。
「は? あんたこそなによ?」
どうだこの天才のはくしんの演技っ!
「……ごめん知り合いに似てたから」
(勝った……)
「ふーん、ま、いいけど。じゃあな」
ぶつかったのはこっちだけど。ボロが出る前にさっさと逃げよっと。
「ちょっとまって、お詫びに茶おごる。そこの喫茶店はいろ」
「えっ」
楓にぐいぐい引っ張られ本当にカフェに連れ込まれてしまった。ていうか楓、絶対カフェでお茶ってタイプじゃねぇだろ。これじゃまるで高宮達がいつもしてるナンパみたいだ。
「一目惚れした。付き合って」
本当にナンパだった。何考えてんなこいつ。もしかして、私だって気づいて揶揄ってる? 顔をジッと見ても、真意はわからない。
「……は? そんなんできる訳……!」
いや、でもここで付き合えば、また昔みたいに戻れるのか? 本当に私だと気づいてたとしてもそうじゃなくても、他人のふりして付き合って、バスケが一緒にできるかもしれない。とっさの考えに、自分が思っていたよりもずっと楓に未練があったのかもしれないと気づいた。だって、あんなに仲が良かったんだからそう思っても仕方ないだろ。自分に言い訳をする。
「……友達からだったら、いいぜ」
友達からって言うか、兄妹だけど。
「! 嬉しい。ありがと」
ふわっと笑った顔が昔と変わらないのに、すっかり大人になっててドキッとした。
「じゃぁ、電話番号教えて」
……。了承したけどこれには困った。連絡先を教えるわけにもいかない。だって住所も電話番号も同じだし。ポケベルは持ってない。
「あぁ~……うち、厳しくてさ。家に男から電話かかってきたら母さんびっくりしちまうよ」
「……」
「う~ん、あ! 次の土曜日! そこの公園で待ち合わせしようぜ」
「土曜部活だから16時くらいだったら」
「オッケー! じゃそういうことで!」
さっさと帰ろうとしたが引きとめられた。
「待って、名前、教えて。俺は楓」
名前~~~!? えっと……
「ハナ!」
単純だけどこれくらいの方が逆にバレないだろ。
「ハナ……」
やばい、さすがにバレた?
「かわいー名前、デスネ」
いや、この顔はバレてないだろ。なんか我が兄妹ながらこんなに単純で大丈夫か? と心配になってきた。