雲の上の散歩珍しく魔王軍の攻撃がない日、アバンの使徒たちはパプニカ城の中でも、城に仕える人々もあまり近づかない寂れた中庭で思い思いの修行に勤しんでいた。
兵士の訓練場を借りる方法もあったが、アバンの使徒たちの攻撃力は一般兵士とは比べ物にならない。
アバンストラッシュの流れ弾に当たろうものなら死傷者がでるのが明らかなのでダイたちが気にせず修行できる場所としてレオナが確保してくれたので安心して修練に励むことができた。
長兄ヒュンケルは槍の極意を目指すため少し離れた場所で大岩を的に一人鍛錬しており、末弟ダイは紋章無しでトベルーラで思い通りのスピードを安定してだす鍛煉の為にパプニカ城上空をヘロヘロと飛び回っている。
トベルーラの指導は次兄ポップが務め、昨日レオナに許可を得て借りた王家所蔵の貴重な魔導書を読みながら、魔法力のバランスが悪い、目線は下に向けるな進行方向を見ろなどとアドバイスしていた。
しばらくすると不安定な軌跡から墜落同然に降りてきたダイが手本を見せてよ、とポップに強請った。
「仕方ねぇなあ」
口調とは裏腹にさっさと本を布に包んで置き、離れた所にいるヒュンケルに声をかけた。
「ヒュンケル、悪いけどダイの訓練につきあってもらえねぇか?」
「わかった」
他でもない末弟子の為である。
トベルーラの訓練に魔法が使えないオレになんの用があると思いつつも、二つ返事で槍を収め近づく長兄にダイの方が恐縮した。
「ヒュンケルの邪魔までしなくてもいいよ」
「まあ見てなって。昨日姫さんから借りた魔導書に面白い理論があったんだよ」
魔法理論に門外漢なダイにはトベルーラと魔法を使えないヒュンケルの接点が見えずただ黙っていた。
ポップはそばにきたヒュンケルに左手を肘で曲げ手の平を上にしてまっすぐ出してくれと頼み、横に並んだダイには同じように利き手で悪いけど右手をヒュンケルの手とならべてくれ、と言った。
今から俺の魔法力を二人の手の平に通すから何か感じたら言ってくれと、自分の右手の平を二人の手の上に渡すように重ね小さく呪文詠唱をはじめた。
程なくダイがむず痒いような表情をし、次いで熱いっと悲鳴をあげながら手を引っ込め、ヒュンケルの手もはたき落とすようにポップから引き離した。
火傷したらどうするのさと抗議するダイをヒュンケルは珍しくポカンとして見つめ、
「オレには何も感じないが…」
「そんな訳ないだろ! ほら…え?」
火膨れができているはずと思ったほど熱かった手の平には赤くなってすらいない。
ダイとヒュンケルの手を交互に見てポップは眼を煌めかせ勢いこんだ。
「やっぱり体内魔法力の拡散と収斂を外部要素がetc…………」
「ポップ、ポップ!!」
暫く後ヒュンケルがポップの二の腕を掴んで揺すぶった。
「なんだよ」
「そろそろダイの意識が飛びそうなんだが」
ポップから止めどなく溢れる魔法理論の長広舌にダイの口から魂がはみでそうになっていた。
「悪ぃ つい嬉しくて」
頭を掻き、すまねぇと素直に謝る
今の実験は魔導書に仮説として挙げられていたもので、簡単に言えば他者の魔法力を外部から操る事は可能である、というものだ。
魔法力を操る繊細かつ驚異的な練度が必要なので著者である魔道士にも実行できず、故に仮説止まりだった。
ポップは事もなげに直接触れればできんじゃねえかと思ってやってみたらできた、とその研究に一生を捧げた先人達が憤死しそうなセリフを平然と言い放つ。
マトリフならお前相変わらず人間やめてんなと宣いそうだが生憎この場にその偉業の価値を理解できる者はいない。
ダイなど「素手じゃなくてグローブ越しだけど?」と真顔でツッコんでいた。
「ようし、大体分かった」
ポップは両手の指を何度か握ったり開いたりと準備運動をして気合を入れると、なんとかなりそうだわありがとう、とヒュンケルに礼をいい修行の邪魔をして悪かったと頭まで下げる。
ダイと向き合うとポップは両手の平を上向けてさしだしてから、お前は手の平を下向きにして手を出しな、といった。
うん?と呟き中途半端な位置に止まったダイの両手首を下から握りしめてから俺の手首を握れと言うと、オズオズと指示に従うダイが上目遣いで意味を問うた。
「トベルーラも他の魔法も、描いたイメージに合わせて自分の中の魔法力を開放…解き放つ…出す、で分かるか?」
ダイの読解力にあわせてポップは言い換えコクンと頷くのを待って続ける。
「俺が思うに紋章をださない時のお前はイメージの固め方と魔法力の循環…流し方が下手なんだ。だから手本として俺がトベルーラを使うところをみてもあんまり意味がねえんだよ」
「ふうん そういうもんなのか」
お前ちゃんと分かってねぇな、といいつつポップはダイの手首を握る力を強める。
「今から俺の魔法力をお前に流す。俺の右手からお前の左手に入って右手から出て俺の左手に流れて循環していくんだ。あぁ今度はただの魔法力だから熱くねえよ」
また熱い思いをするのかと一瞬体に力が入ったダイにポップが心配するなと笑った。
「さあ始めるぞ。........どうだ流れは感じるか?」
「うん...ちょっと擽ったいけど魔法力ってこんな感じなんだね」
「おいおい」
瞑想の時とか魔法を使うときに始終感じてるはずだろ?とポップは呆れた。
「まさか体内で魔法力を練りあげねえまま使ってたんじゃなかろうな?」
ふぃと外される視線はポップが真実にたどり着くには十分すぎるヒントだった。
「マジかよ。スペック(力)まかせじゃあいくら竜の騎士様でも碌な力が出せねえのは当たり前だろう」
あ~ここから説明かよとため息をついたポップがダイの手首を握りなおす。
「魔法を使うとき、特に攻撃魔法とかトベルーラの時を思い出すとピンとくると思...思わねえのかよ。まあいいや、まず使う魔法を決める、次に魔法力を高める為に集中しながら使う魔法のイメージを固める。使い慣れてない魔法を使うとき詠唱をするのはイメージを具体化するのが楽になるからだ。そして呪文を唱えると魔法が発動する!」
説明しながらポップが徐々に流す魔法力を強めさらに勢いを速めていくとダイの体内を嵐のような力が駆け巡る。
これが’魔法使い’の魔法力なのか。ダイはクラクラと眩暈がした。
「さっき同じように魔法力を流したのにヒュンケルはあつがらなかったろう?」
「うん」
「ヒュンケルは魔法が使えねえからな。さっきはお前やヒュンケルの体の中の魔法力を探って俺がメラを使おうとしたんだ。で、メラが使える=契約済みで魔法力があるお前は熱く感じたけど魔法力がそもそも無えヒュンケルは何も感じなかったんだよ」
そんなものか、とダイは思ったがトベルーラの訓練とは上手く結びつかない。
「よーし今からもう一度魔法力を流すぞ。今度は上から下に抜けるからな」
俺の頭の天辺に触れていないのに上から下へ?とダイは疑問に思ったが次の瞬間頭から雨にうたれるような感触がした。
「どうだ、気分は悪くねえか?」
ポップが真剣な声で聴いてきたので大丈夫、と答えたが本当は気持ちがよかった。
ポップの魔法力が全身を包み何かを洗い流していくような、初めて感じる爽快感にダイは陶然とした。
「目を瞑ってちょっと浮き上がる程度にトベルーラを使ってみな。俺もトベルーラでお前ごと上昇するから俺の魔法力の流れを感じるといい」
「分かった。 .....トベルーラ」
ふわりと髪をなびかせダイはポップと目を開けていれば視線があう程度に浮き上がる。
「トベルーラ」
ポップの呪文と共に二人の体に循環していく魔法力の流れが激しくなる。
グンッと上空に上っていくのが体重のかかり具合でわかるが驚くほど態勢がぶれない。
二人の両手は最初に浮き上がった高さのまま、魔法力と風が上から下へと流れていくだけの静かで滑らかな魔法だ。
デルムリン島で出会った頃からポップの魔法はすごい威力だった。
攻撃魔法の方がカッコいいし女の子にモテるだろといっていた「魔法使い見習い」には思えない位派手なものだったしそうでなけりゃ今まで魔王軍に対抗できなかっただろう。
それがいつの間にか爆音と炎をまき散らすメラゾーマよりずっと強力で繊細な「魔法使いにしか使えない魔法」を使いこなせる本物の魔法使いにポップはなっていた。
「マトリフさんが魔法ならポップが勝手に強くなるからって言ってた通りだね」
「まーな。俺にかかればトベルーラなんてちょちょいのちょいよ」
ふざけたセリフの後で目を開けてみな、と言われたからいつものお道化顔をしているかと思ったら柔らかい微笑みが視界いっぱいに広がってドキリとした。
「しっかり手を握っててやるからゆっくり下をみてみな」
言われるままに視線を下げると思わず体が強張り力いっぱいポップの手首を握ってしまう。
「痛えよ馬鹿力!お前もトベルーラしてるんだから落ちっこねえよ」
「あ そっか」
手の力を意志の力で無理やりぬいてバクバクする心臓を宥めてから詰めていた息を吐いた。
俺たちの足元にはさっきまで遥か上に浮かんでいた雲が広がっていた。
今までトベルーラでもルーラでもこんなに高く上がったことがないから足元がゾクゾクする。
「トベルーラだと魔法力の使用量で大体この位まで移動しただろうって予想してただろうけど、ここまで上がってきたとは思わなかっただろ?」
「俺よりお前の魔法の使用量が少ないってこと?」
「正解!何度も魔法を使って、敵を倒してレベルUPすれば魔法力のキャパシティが増えると同じレベルの魔法でも威力が上がるのはお前も体験してる....よな?まあいいや。お前が剣の訓練を毎日してるのはそれまでできない技を使えるようにするだけじゃなくより正確に、最小の動きでできるようにする為でもあるじゃねえか」
効率的に魔法を使えば、今まで10の力を使ってできたことを5の力でできれば倍の手数になる。
闘気や体力だって同じだと思うぜ、とポップは笑った。
「色々言ったけど本当はさ」
くすくすと笑いながらポップはダイの手を引き寄せた。
「今この庭にトベルーラが使えるのは俺たちしかいねえし、幸い雲で下からは見えねえ」
チャンスだと思ってさ、とポップは更にダイを引き寄せる。
そっと唇がふれ合い、すぐに離れていく。
「ずるいやポップ。俺もしたい」
トベルーラで同じ場所に留まる訓練だよね、とダイが囁きそっと離した手をポップの肩と頭にまわしてキスをする。
わかってんじゃねえか、と応えてポップもダイの背に手をまわす。
雲が流れ去るまでの僅かな時間。 雲の上で二人だけの散歩を。