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    karehari

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    karehari

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    フェイディノが道歩きながら喋ってるだけの話
    ●付き合ってない

    ビューティフルレシート あ、と跳ねたような声が隣から上がって、フェイスはそちらに視線を向けた。ディノが持っている白い紙切れは大人の両手には小さくて、そのちんまりとした様子がちょっと可愛い。大の男がそんなものを一生懸命に見て。とても三十前には思えなかった。
    「何か珍しい印字でもあった? そのレシート」
     歩きながら見る、といった器用なことは出来ないらしく、立ち止まったディノに合わせてフェイスも足を揃えた。
     ブルーノースの歩道は綺麗に舗装されている。ちょうど靴の爪先の部分にタイルの目地があって、なんとなくはみ出さないように足を退かせた。陸上選手みたいな気分だ。スタートラインに見立てて走り出すほどフェイスはわんぱくではないが。なんなら子供っぽさをどこかへ置いてきたような小悪魔的な男である。小首を傾げて隣人の顔を覗き込むのが非常に様になっていた。
    「見てくれよフェイス、これ」
    「ホットプレート69.7ドル。ホットショコラ8ドル」
    「そこじゃなくって、合計金額のとこ」
    「合計……あ」
    「な!」
     爪を短く切り揃えた健やかな指先で、レシートの下部をつんと指すディノ。縁起の良い数字が並んでいて、フェイスは先ほどからのディノの行動の理由を察した。
    「77.7ドル。へぇ、珍しいね」
    「計算して買ってもなかなかこうはならないよな!にひ、なんだか得した気分だぁ」
    「俺のホットショコラが良い仕事しちゃった」
     ほんとだ、とディノが楽しそうに笑う。白い歯の並びが綺麗だ。

     本日のフェイスのオフはなんにも予定がなかった。暇な休日。ならアイツの買い物に付き合ってやってくれと言い出したのはキースで、疲れたような呆れたような顔をフェイスに向けていた。ネット記事で見かけた、日本の「お好み焼き」にひどく興味をそそられたらしいディノが、皆で作りたい! とホットプレートを買いたがっているそうだ。
    「キース、止めないんだ? 意外」
    「止めたって聞きゃしねえよ。日本風ピザとか思ってやがるし。まあ不必要なもんでもないしな。でかい料理作るのに便利っちゃあ便利」
    「でもディノって確かホットプレート持ってなかった?」
    「前に買った一人用のやつで、四人で食うには小せぇんだとよ」
     小さいプレートで人数分ちまちま焼くのなら、平時通りフライパンで調理した方がましだ。お好み焼きを作るならなおのこと非効率極まりない。なるほどと頷きながらもフェイスは、ディノなら自分が買い物についていかずとも理想の物を選べるのでは、と溢した。
    「家電あんまり詳しくないしね、俺」
    「いいじゃねえか。一緒に選んでやれよ。デートしてこいデート」
    「………………」
     茶化すように言われたのに真に受け、まあ吝かではないなと思案してから、フェイスは了承の返事を投げた。ちょうど自室から共同スペースにやってきたディノに同行する旨を伝えれば、ぱあっとお日さまの眩しさで喜ばれて、ああやっぱり好きだな、と再認識した。
     フェイスは、ディノに恋をしている。

     男同士での買い物で、自分から進んで重い荷物を持ってやることなど、フェイスにとっては有り得ないことだ。片手にホットショコラ、片手に購入したホットプレートの箱。両手が塞がって危ないから持つよ、そう言って伸ばされるディノの手をやんわりと下ろさせて、荷物を持ってやっている。
     その代わりにフェイスが手渡したのがレシートだ。ホットプレートの重量の何分の一だろうか。紙と家電。まるで釣り合わないと不服そうな表情を浮かべるのに、渡されたからには大事そうに持つディノが面白かった。
     ホットショコラの8ドルがなければ、スリーセブンは生まれなかった。お昼を食べに入ったピッツェリアにはフェイスの好みのドリンクがなくて、その場はコーヒーを注文した。どこかで飲みたいな、と思いながら家電を物色していたら、レジの隣に小さなドリンクカウンターを見つけたのだ。家電を買いにくる客は、何度も見回っては比べ、比べては尋ね、熟考して、とまあ大抵長居をする。そういった人々のニーズに噛み合うのだろう。
     カウンターは賑わっていた。なので、買うと決めたホットプレートと一緒に会計をして、テイクアウトで味わうことをフェイスは選んだ。ディノは? と訊けば、ピッツェリアでスープもコーラも堪能した彼は「お腹たぷたぷになる……」と子供みたいな言葉で返して。フェイスはいつもの軽やかな声で笑った。

    「にひ、なんだか嬉しいよな。このレシート、財布に入れてお守りにしようかな?」
    「それアレみたい。日本のおみくじってやつ。一番良い運勢のを引いたときは、枝に結ばずに財布とか鞄に入れる人が多いんだって」
    「え!? 俺イーストに初詣行ったとき大吉のくじ、普通に結んじゃった……」
    「いいんじゃない? 人それぞれってかんじで。案外、周りに結んだ人に、運勢お裾分け出来たりしてね」
     別に深い意味など考えずに、軽い慰めのように渡した言葉だ。フェイスのそんな発言に、ディノが目をぱちくりとさせて──さして間を開けず、破顔した。
    「フェイス、すっごく良いこと言うなあ……素敵だ」
     その、ディノの表情といったらない。向けられて呆然と、力が抜けそうになる。ホットショコラを持つ手が緩みかけて、慌てて持ち直した。
     これまでの人生、色々なかたちで愛されてきた分、フェイスは自身に向けられる笑みの意味を容易に理解することが出来た。家族からの慈愛、出来の良い兄と比べられる嘲笑、他の者よりも特別に寵愛を得ようとする媚びたルージュの口角。ディノの笑顔はそのどれとも異なって見えた。自分に都合の良い方へ捉えてしまいそうになるほどに。
     ブラッドの態度の豹変が良くなかったのが大前提ではあるが、その後のフェイス自身の素行の悪さが原因で、いつの間にか愛は有償で軽いものになっていた。舌に合わないショコラをずっと口で転がしているような感覚。止めてしまいたいのにそれでしか補えないからだらだら続けている、怠惰な習慣。それを変えたのはディノだった。
     ルーキーズキャンプでフェイスがとった無礼の数々。わざと傷つける言葉を選んで使ったのに、ディノは正面から向き合ってくれた。口先だけではない肯定と理解が、臆病な背を押してくれた。
     けれど彼の心は鋼ではない。バレンタインリーグで酷く落ち込んだ姿を見て、いつでも無条件で笑っている人ではないのだと知った。
    「フェイスの考え方、すごく優しい。みんなが穏やかになれる方法を教えてくれるようなさ」
    「大袈裟だってば……なんかくすぐったい……」
     フェイスやジュニアにはあまり話してはくれないが、ディノが言えぬ傷を抱え続けているのは知っている。心から幸せで楽しそうに過ごしているときと、暗闇が迫ってこぬよう努めて明るく振る舞っているときがあることも察している。いつでも周りへの配慮がある。そのためには少しくらい無理をする。ディノとはそういう人間だ。
     故に、フェイスはもうディノを傷つけたりはしない。他者から無慈悲に放たれる刃の、理不尽に襲い来る悲しみからの、盾になりたかった。見返りを求めない笑顔に救われた。だから、どんなことにも曇ってほしくないと思う。
    「もし俺のこと、優しいって思ってくれるならさ。近くに優しい人がいる影響かもね」
    「おお……! ラブアンドピースの気配!」
     自分のことだと一ミリだって考えてもいないようなにこにこの笑顔が、可愛くてちょっと憎らしい。今隣にいるルーキーに片想いされていることなど、ちっとも想定していないことだろう。九つ差の年齢は、大人と子供を分かつ境界の堅固さで二人の間に聳え立つ。さながら壁だ。
     だがそんなものの存在に屈するほど、今のフェイスは諦め癖を飼ってはいない。惰性的な自分はもう置いてきたのだ、鬱蒼と茂るあの森の中に。
    「ふぅん。ラブアンドピースの気配、する?」
    「したした!」
    「俺がその人のこと、ラブ強めで好きだって言ったら、ディノは応援してくれる?」
    「わ、恋バナだ……! もちろん! フェイスは優しくて気遣い屋で格好良いから、その人だって放っておかないよ!」
    「アハ、そっか。ディノってそんなに俺のこと買ってくれてたんだ」
     ディノがうきうきと跳ねるたびに、ピンクの髪も楽しげに跳ねる。我がことのように喜ぶくせに、自らが渦中の人であるとはまるで認識していない。そういう鈍いところも、フェイスは好きだった。
     この手の人間に"理解させること"は、きっと苦手ではない。
    「ディノ、ちょっとだけホットプレート持ってくれる?」
    「いいぞ! ずっと持ってもらってたもんな、タワーまで俺が持つよ」
    「ううん。重いから」
     店で付けてもらった持ち運び用の取っ手を掴んでひょいと、ホットプレートの箱を軽々受けとるディノ。これまでフェイスに任せてしまっていた分、ついに頼られたのだとどこか得意気に鼻を鳴らしている。タワーまでどころか祖父母の家にまで持っていってしまいそうなくらい軽い足取り。可愛いなあ、と口に出さず微笑して、フェイスはディノの拳に手を添えた。
    「うん? ……そんなには重たくないぞ?」
    「重いよ。重いから一緒に持ってあげる」
     確かに、女子供であれば重く感じるかもしれないが、ディノは成人男性だ。おまけに日々己の身体を鍛え上げているヒーロー。ファミリー向けの大きめの商品ではあるが、薄い鉄板程度難なく持ち歩ける。フェイスがかつて彼女達にやっていたような振る舞いを、ディノにまでする必要はないのだ。
    「フェイスってやっぱり優しいな。でも大丈夫だよ、これくらい軽い軽い!」
     にっと笑って余裕を見せるディノ。フェイスもまた笑みを返す。手は、離れない。
    「優しいかなぁ」
     ディノの手の甲を滑る、フェイスの美しい指。骨に、血管に添うようにするりと。労りとは別の意図がある動線で。
    「手。繋ぎたくて、こんなことしてるんだよ? 俺」
     元々ひとつの器官であったかのように、フェイスはディノの指の間に自らの指をぴったりと埋める。なんにも持っていなければきっと、絡めていた。付け根の一番柔らかいところを触れられて、ディノの手がひくりと微動する。その反応だけでフェイスの気分は高揚した。意識を、してもらえている。
    「……なん、か……汗かいてきた」
    「アッハ、ほんと……なんでこんなに体温上がってるのか、訊いてもいい?」
    「うう……意地が悪いぞフェイス」
     ごめんねと謝るのに手はやはり離れてはくれなくて、ディノはすっかり困ってしまった。周りには当然人がいる。見られて仲を勘繰られたりしないだろうか、どうも視線を感じてしまう。聴覚を集中させて市民の声を聞いてみれば、親切で優しい、可愛い、推し二人が仲良くて命助かる、など好意的なものばかり耳に入る。なのでディノもまあいいかと一瞬絆されそうになった。いや全然よくはないと思い直すのだが。
     ディノが悶々としている間もフェイスは指をするするとなぞってくる。そのうちホットプレートを落としてしまいそうで怖い。ちっとも落ち着かない。
    「フェイス、なんかこう、その……雰囲気が、さ」
     年下のメンティーなのに醸し出すのは大人顔負けの色気で、手を繋ぐだけの行為がどうにも夜を仄めかす。ディノはこれまでそういう──いわゆる性的な行いをしたことがなかったし、そもそも他者と恋仲になったこともない。無意識にその手の円の中に自身を配置せず生きてきたから、耐性がまるでなくて、フェイスの挙動に慌てるばかりになってしまう。九つも上なのに。
     経験豊富な教え子が綺麗な顔で笑う。少し、困ったように眉を下げて。
    「ねぇディノ。下心、露骨に向けられるのって嫌?」
     世の中、まあまあフェイスに都合良くは出来ていた。
    彼にたった指先一本触れられるだけで、言い寄ってくる女の子は頬を染めたし、男相手にだって明らかに敵を作るような真似はしなかった。立ち回りが上手いのだ、フェイスは。そのさりげない努力のお陰で、皆すべてとは言わないまでも、クラブ絡みの強面や行きつけの店の勤務者などは同性でもフェイスを高く評価し味方をしてくれる。
     勿論彼女を奪われたなどといって明後日方向の恨みを買うこともありはするのだが、喧嘩腰で迎え撃つことはせずなるべく穏便に、かつ男相手にも意外と通用するその顔面でよいしょよいしょと丁重にお帰りいただいた。美しいかんばせは持って生まれた武器だ、有効利用してなんぼである。
    「した、ごころ」
    「下心。俺はね、ディノに付け入りたいの」
    「……なんでかって、訊いても?」
    「好きだからだよ。それ以外にないでしょ? でも分かってる、こんな昼間の往来で伝えたって冗談に取られること」
     真昼間の男たるディノは、どこをどう捉えたって健全だ。自らの好意を明け透けに相手に伝えられる人。そのくせ向けられる矢印にはどこか臆病で、自己評価があまり高くない。恋愛感情であれば尚更だった。出自不明の身の上や洗脳されていた過去がきっと影響している。けれどこの男は幸せになっていいのだ、そうフェイスは思っている。出来れば自分の傍で、そう在ってほしい。
    「フェイス……」
    「ディノが好きだよ。小声でしか伝えられない今がもどかしいくらい、好き。また言わせて。俺にチャンスをちょうだい」
     本当は。気障な台詞とともに気障なキスなんか贈ってみたかった。指にでも頬にでも構わない。格好をつけて、たくさん意識してほしかった。片手に所帯染みた家電を携えてはいても。
     ディノはフェイスのことを異性相手の王子様のように捉えている節がある。かつてのフェイスは確かに男など二の次だった。今だって別に優先しているわけではない。ディノだけが特別なのだ。それを分かってもらわないと己の恋心が浮かばれない。叶わずとも、なんてお綺麗に蓋をしておくのは性に合わなかった。
    「それ」
     すらりと長い指で差す、ディノの手。繋いでいない方。未だ大切そうに守られている白い紙。
    「お守りとしてずっと持っておきなよ。俺と今日デートしたこと、思い出せるでしょ?」
     短い付き合いの中でも、ディノが物を捨てられない人だと知っている。先に出会ったもう一人のメンターがいつかを信じて保管し守っていたカラフルな家具や衣類の数々も、結局なんにも整理されぬまま全てまるっと持ち主の部屋に犇めいているのも知っている。
     その中に、今日の他愛ない思い出の一品を加えてあげてほしい。そういう些細な、フェイスの願いだ。
    「…………そんな、次がないみたいな言い方するなよ」
     そんな殊勝さを咎めるように、ディノが口を尖らせて小さく不満を垂れる。意外な反応だったのでフェイスもまたぽろっと、へ、と漏らした。てっきりもっとこう、そう、脈のなさそうな。
    「今日の記念だし、縁起も良いからちゃんと大事に持っておくけど……デートなら次の約束があったっていいんじゃ……ないかな……なんて」
    「…………………………いいの?」
    「うーん。いいのかな……?」
    「えぇ……なんで疑問形なの」
    「だ、だって君は教え子だし……」
    「アハ、野暮」
     茶化すように笑う、見るからに上機嫌なメンティー。真昼だというのに淡い月光にも似た美しい、人を虜にする表情。ディノは隣で、ただただ見惚れていた。
     フェイスがこんなふうに想ってくれるきっかけに全く心当たりがない、などと、いくら色恋に鈍いディノでも流石に言えなかった。だって、見つめてくれる視線が熱い。じりじりと焼けるほど。
     何事にも熱を灯さない紅紫の気だるげな瞳は、本当は火種を燻らせているのを隠しているだけだった。それが表に出てきて、ディノを胸から背からと焦がしていく。そうなった日がいつだったかさえ明確に覚えているのだ。誤魔化してしまうのはあまりに不誠実だった。


     フェイスもまた、きっかけの日を覚えている。
     研修チームの一員としてエリオスに復帰したディノを、口ではふんわりと濁していたって決して歓迎してはいなかった。それなりに気の合うキースと、それなりに理解しあえるようになってきたジュニアとで上手くやれていたのだ。前者のゆるい雰囲気、後者の背中を小さな手でばしばしと叩いてくるかんじ。緩急のバランスが良くて、フェイスとしては居心地も悪くなかった。
     なのにピースがはまりかけていたパズルをディノが壊した。壊されたと思っていたのは自分だけで、皆は欠けていたピースがようやく埋まったという湧きようなのだから、肩身も狭くなる。急速に、心地の悪さを覚えた。
     そんなタイミングでのルーキーズキャンプだ。命綱だった外界との交信も絶たれて、くさくさとしている間に他の同期は場に馴染んでいく。そこへ踏み込んできたディノに、フェイスのストレスは限界を迎えた。
    「俺がイライラしてるのは、あんたのせいでもあるんだよ」
    「正直、迷惑してるんだよね」
    「これ以上、俺に関わらずにいてくれればそれでいい」
     散々に憤りをぶつけたのに、理不尽な子供の癇癪だと退けも流しもせず、ディノは正面から受け止めた。有耶無耶にして、子供の我儘だと既存の型に嵌めることなく、真っ直ぐに、心と言葉を尽くしてくれた。
     それが始まり。あとはその後起きたさまざまなハプニングと、いろいろ。
     色眼鏡なしに与えられた評価は、フェイスのこれまでの人生に、不透明だった未来の展望に星をくれた。ディノはフェイスの求めていた、目標たる大人であった。
     そのくせ彼は自身の柔い心を周囲に見せはしない。防壁ひとつ張れない明け透けで傷つきやすい内側に、親しき友だけが気づいて、寄り添ってやれる。幼少期にアカデミーでちょっと出逢った程度のフェイスではあまりに分が悪かった。
     だから、笑って手を引いた。子供の無遠慮さで触れて、誠心誠意の謝罪を口にして、貴方のお陰で世界が変わったのだと、顔を上げて歩いていきたい道の入り口に再び立てたのだと、手のひらの温度に乗せて。年上の男が戸惑って、繋がれた手とメンティーの表情を何度も見比べるのが可愛くて、フェイスはこの恋をどうしても成就させたくなったのだ。見慣れた無機質で無感動な廊下が、まるで違う花道に見えたのを覚えている。


    「一旦さ、立場とか置いておいて。気持ちの方に正直になってくれたら嬉しいかも」
     九つ下のルーキーが、怖いものなど何もないかのような滑らかな声で諭す。立場の差なんかを無粋に持ち出して迷う、ディノの方がよほど年下みたいだ。
     けれど繋いだ手に籠った熱も、じわりと滲む汗も、そうではないのだと教えてくれる。フェイスだってきっと怖いはずだ。彼は、返されない好意がもたらす傷の痛みを知っている。
    「ディノの心を、もっと知りたいんだ。俺」
     フェイスの魅了色をした美しい瞳が、ディノを見て柔らかく細まる。長い睫毛に隠されていた、彼の本来持っていた感情豊かさ。熱。向けられる愛おしげな視線。そういうものを、純粋にも不純にも、嬉しいとディノは思う。
     フェイスの心臓の燻る炎に薪をくべ、焚き付けたのは自身だ。知らぬふりを装うことはディノには出来ない。そしてなにより、抱かれている好意も、それに付随する下心も、ちっとも嫌ではないのだ。ならばきっと、答えの出ている話である。自分の気持ちを心に問うまでもない。
     ディノだって、手を引かれた廊下で、振り向いた笑顔のまばゆさに、始まりの音を聞いた。それから日々贈られ続ける優しさを、愛おしくて大切な宝物だと思っていたのだ、ずっと。
    「俺の心って、きっと単純で、そのくせ面倒臭くて……フェイス、嫌になっちゃうかも」
    「あのねディノ」
    「でも、フェイスはそんな俺を好きでいてくれるんだろうな、ってことも知ってる」
     スリーセブンの白い紙をひらひら、フェイスの視界にも映るように見せて、それからディノは歯を見せて笑った。笑って、それから隣人の耳元で、二文字を囁く。フェイスにしか聞こえない小さな声が、風にも舞えずにただ一人の耳孔に浸って馴染んだ。
    「俺も今は小声でしか言えなくて、軽く聞こえるかもだけど、また言うから……フェイスもまた言ってくれるんだろ、好きって。機会、作ってくれよ」
     顔立ちこそ他の同期と比べて幼く見えるが、ディノはしっかり成熟している年長者で。こんなふうに可愛らしくて格好の良い約束の仕方をされれば、 経験豊富なフェイスだって翻弄されてしまう。だって、本気の恋だ。
    「……そういう気障なこと言うの、俺の担当だってば」
     子供と大人の境界の青年。妖艶の内側に住まう幼さ。照れ隠しに飲まれるホットショコラはもうきっとぬるいだろう。
     フェイスの頬の染まりを目にして、可愛い、とディノが花の咲くように笑んだ。
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