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    karehari

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    karehari

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    両片想いのブラディノの浄罪と新たな罪の話
    ・ハッピーエンドです
    ・ブラッド様 寝てくれ

    罪ばかりの僕らはまたこの夢か。
    黒く重いカソックに身を包んだブラッドはただ二本足で立っていた。いつの間にか手に持っている錫杖は簡素ながらも質の良い艶を湛え、持ち手側には赤紫の宝石が埋まっている。己の瞳とよく似た色が白いグローブを仄かに光で染めていた。
    ブラッドが見つめるのは一人。自分の足元に跪く青年が目を閉じ祈りを捧げていた。淡く春めく桃色の髪がこうべと共に垂れて旋毛が見える。汚れなく磨かれた床に透明な雫が絶えず落ちるのを、ブラッドはただ絶望しながら眺めていた。拭ってやりたくても足は縫われたように動かず、そうしているうちに男──ディノの顔が上がる。
    神の断罪を待つ男が、それだけが唯一の救いだとでもいうように微笑んでいた。水の張った瞳が、朝の清澄な空のように美しい。
    そうして彼はまたいつもの言葉を吐き、乞い願うのだ。


    「ブラッドお前……顔色引くほど最悪だな」

    朝の弱った目に刺さる鮮やかな髪のルーキーの開口一番がそれだ。失礼なことを言うなとすぐさま食ってかかってきそうなオスカーも、流石に何も言わなかった。つまりそういう不健康な顔をしているのだ、本日のブラッドは。

    「ぶ、ブラッド様。差し出がましいのは重々承知なのですが、その」
    「休むことは出来ない。だが些か睡眠不足の自覚はある。時間を見繕って仮眠をとるつもりだ」

    亭主関白のようできちんと優しさは受けとる。ブラッドはそういう男で、オスカーはそんな彼に心酔しているのだから強くは言えずに口ごもる。なのでアキラの仕事といえば、空気を読めないふりをしてオスカーの代弁をすることだった。

    「その隈やべえぞ。紙みたいな顔色してるしマジでちゃんと仮眠とれよ」
    「……努力しよう」

    その返答に溜め息を漏らすアキラに、伝えていないことがオスカーにはあった。時々、本当に時々。ブラッドは悪夢に魘されている。
    しかし、メジャーヒーローとしての仕事とメンターリーダーとしての総括業務、これらにどうしても構いがちになってしまうブラッドと、主にルーキーの指導を任されているオスカーではなかなか過ごす時間が交わらない日もある。良くない夢を見るきっかけが何なのか把握できれば対処のしようもあるが、現状難しかった。

    眠気覚まし兼気付けに濃く淹れたコーヒーを飲み、ブラッドは部屋をあとにした。月末〆の書類仕事は朝一番で片付けてしまいたいし、研究部への報告も会議前には済ませたい。溜め込んだわけではないが、他部署の者が提出に遅れたため、そこからずるずると少しずつ当初の予定からずれていったのだ。何事も連携は上手く取りたいものだとブラッドは覇気のない表情で思った。
    そして幸か不幸か、ブラッドが絡むとそういった数日分程度の遅れは取り戻せてしまう。スキルが高く、効率の良い手段が取れる彼を周りは頼る。以前仕事のしすぎ問題に苦言を呈されて以降、他の者に業務を振り分けることを意識し実行してはいるが、やはり最終的にブラッドが一枚噛みにいく案件はまだ多かった。

    「……睡眠の質の低下は、仕事に差し障るな……」

    当然といえば当然である。せめてもと、眉間の凝りを揉みほぐしながら書類を片手に廊下を歩くブラッドは、窓の外の陽射しに目を細めた。残暑も終えた秋の穏やかな気候に立ち止まって窓を開くと、紅葉をひらひら遊ばせては去っていく風が頬を撫でていく。なんとなく、グリーンイーストに行きたいと思った。紅葉狩りがしたい。時間に追われるブラッドには、休暇一日さえあれば出来るようなそんなことさえ高い望みであった。

    どこか遠くに思い馳せるようなブラッドの視界にひとつ、この季節にしては淡く甘い色が入り込んで駆けていく。ピンク色。ディノだ。そういえば本日の彼はオフだと記憶している。エリオスの敷地内、比較的木や植え込みなど自然の多いエリアを行ったり来たりしたのち、地に落ちている赤い葉を立ち止まって拾い、ゆるい動作で高くを見上げていた。
    ディノは全身で秋を楽しんでいるようだった。肌寒くなってきたため、いつものスカイブルーのパーカーではなく裏側にボアのついたブラウンのロングカーディガンを羽織り靡かせている。黒や紫といった硬い配色を好むブラッドと違い、ディノは柔らかく明るい色をよく選ぶ。自分達の間にキースを置いてちょうどいい、そんな真逆さだ。同い年にしては少し顔立ちの幼いディノには、角のない優しい色合いがよく似合った。
    決して、己の前に跪き許しを乞う姿など似合わない。ブラッドはたまに見ては記憶に居座り続ける夢に苦い顔をし、紅葉の下のディノにまた目を戻す。と、ばちりと視線が合った。
    ブラッド。就業中の友人に気を遣って、そう口の動きのみで名前を呼び大きく手を振るディノに胸が高鳴る。必死にそれを押さえつけ、極めて普通の顔を装ってブラッドも手を振り返した。気づいてもらえて嬉しいと喜びを隠せないらしいディノは、もっと大きく手を振ろうと腕を上げ──そのまま下ろした。
    妙な仕草が気になり、なんだろうかと窓枠に手をかけ、少し身を乗り出して相手の動向を窺おうとするブラッドの様子を、ディノは黙ってその良すぎる視力でじっと見つめていた。何かを探っているようにも見えてブラッドは尚更に首を傾げる。
    勝手に納得したように一度頷いたディノが、また声に出さない口の開きでブラッドに告げた。

    「こっちへ来て」

    おまけに大きな手振りもついてくる。懐きすぎた犬のようにおいでおいでと人を呼ぶ友人に、言いたいことは色々あった。こちらは仕事中なのだ。なのでブラッドも口の動きだけで返事をする。

    「五分で向かう」



    持っていた確認済みの書類一式はラボ行きだったため、白衣の人間とすれ違った際にちゃっかりと押し付けた。偶然ではなく、ラボ所属のスタッフがよく使うルートを移動経路に瞬時に組み込んだブラッドの手腕である。
    早足で建物の外へ向かうブラッドを徐々に開けた風の匂いが迎えていく。

    お前は本当にディノには甘い。共通の友人に何度も言われ、そのたび自覚の有無が半々なものだから「お前と違ってサボらず勤務態度も真面目」「ちょうど空腹でピザを断る理由がない」などと言い訳を返したものだった。
    そう、言い訳だ。頼ってくるディノを甘やかすための理由を何通りも用意して、今日はこれを使おうと引っ張り出す。ブラッドにとって明け透けに感情を晒して生きることは難しかった。何かにくるんだり紛れさせたりしなくては、手放しの情の一つも差し出せやしない、不器用な男だ。


    茜の風吹く秋空の下は少し寒くて、無機質なタワーの中よりずっと鮮やかだ。自動ドアの閉まる音を後ろに聞き、ブラッドは腕時計を見る。五分をかけずに到着したのがなんとなくいたたまれず、歩みを緩めて自然を味わっていると、ベンチに座っていた待ち人がぱっと太陽みたいな笑顔を浮かべてまたこっちだと手を振った。
    ブラッドが近寄ると嬉しそうに目を細めて、手に持っていた二つのカップのうち一つを渡される。忙しい友人が一息つけるように、近くの自販機に買いに走ったのだろうか。そんな何気ない優しさがブラッドの口元を弛くさせた。口が動くのだけで言葉を読み当てるだけでなく、ようやく声が聞ける。そういった当たり前を味わうような嬉しさも要因の一つだった。

    「カフェオレだよ。どうせ朝には濃~いコーヒー飲んできただろ?」
    「……お見通しか。いただこう」

    隣に座り、ぱかりとプラスチックの飲み口を開けると、狭い穴から湯気がほろ苦い香りとともに立ち上る。眠気覚ましを兼ねていた早朝のコーヒーとは違い、飲むことを楽しみ、疲れを癒すためのカフェオレはミルクの甘さの分よく身体に染みた。ディノも同じものを飲んでいるようで、纏う香りはお揃いだ。

    「最近ちょっと寒くなってきたから、あったかい飲み物がほっとするよな」
    「そうだな。ありがとうディノ」
    「ここまで来てもらったお礼!……なあブラッド、ちゃんと寝てる?」
    「……睡眠時間を取ったかと問われているのなら間違いなく取っている」
    「じゃあ目を閉じて身体を楽にして、すやすや眠れたかって質問だったら?」
    「……」

    ディノは敏い。野性の勘と言ってもいい。嘘をつくことを避けながらも真実に辿り着きづらくするためにブラッドが使う婉曲な表現は彼にはよく見破られてしまうし、そのたびに一瞬、返答が遅れる。特に今日は蓄積した疲労に頭の回りが少々悪いブラッドであるから余計に。渋い顔をする彼の耳に、ふふ、と笑う声が聞こえた。

    「ごめんごめん。揚げ足取りたいわけでも、責めてるわけでもないよ。ただ……ただ心配してる」

    眉を下げてこちらを見るディノになんの含みもないことくらい、ブラッドにはよく分かっていた。だからこそ罪悪感が増すのだ。
    彼の困った顔は、ピザ屋に付き合わせたり突拍子もないイベントをやりたがったり、そういうときに繰り出す上手なおねだりの際に見るくらいがいい。翳らないでいてほしいと思う。

    「……すまない。どうも寝付きが悪かったんだ。オスカーやアキラにも、せめて本日中に仮眠を取ることを勧められた」
    「だってブラッド、すごい顔色してるもん。隈もひどい。お昼食べたら昼寝しようよ」
    「十四時から会議がある。そこで使う書類を纏めておかなければ」
    「う、うーん!」

    多忙すぎる友人にディノが思わず唸る。メジャーヒーローにしてメンターリーダーのブラッドには、通さねばならない無理もあるだろう。けれどそれはこんな疲れきった顔をさせてまで負わせていいものなのだろうか。同じ土俵のキースなら止めることも分け持つことも出来るのかもしれない。胸に光る星の数の差ひとつが重かった。ディノには気遣うことしか出来ない。

    「……なんて俺らしくないなあ」
    「ディノ?」

    それしか出来ない、ではなくそれが出来る自分でいたいものだ。耳に届いた一人言に首を傾げるブラッドをそっと引き寄せて抱きしめることは、きっとディノにしか出来ない。
    突然の抱擁にブラッドのマゼンタの瞳が大きく見開かれる。

    「お昼、三十分あれば食べられる?」
    「あ、ああ可能だが……ディノ」
    「一時間あれば書類って整えられる?」
    「余裕を持って想定しているだけで、厳密にはこちらも三十分で終わるはずだ……ディノ」
    「うんうん。じゃあ一時間だ」

    なにが。なんの時間だ。ブラッドがポーカーフェイスの下に困惑をぎりぎり隠していると、なかなか強い力でハグの体勢のまま引き倒された。ベンチに身体を打ち付けるかと思ったがそうはならない。ブラッドの横っ面は、肩の先は、体温が微かに伝わる布の上に下ろされた。堅さと柔らかさの中間の、低反発の枕みたいな感触は身に覚えがない。ただ、上から降る声には心当たりがあった。ありすぎた。

    「ストール持ってきててよかった。きっとあったかいよ」
    「…………ディノ?」
    「子守唄って縁がなくてわかんないんだけど、適当に歌おうか?」
    「いや……ディノ」
    「ふふ、さっきから名前いっぱい呼んでくれるね。ブラッド」

    横になった身体にふわりとストールを掛けられて、子守唄がどうこうと言われてしまえば流石に今の自分の扱われ方に察しがつく。ブラッドは寝かしつけられようとしているのだ、小さな子供のように膝に頭を乗せられて。途端に気恥ずかしさが顔を出してブラッドを苛んだ。同い年の友人にされる行為ではないだろう。

    「一時間というのは……仮眠に使える時間か」
    「うん、そう。お昼と会議の準備の間でもいいと思うけど、誰かが見張ってないとブラッド休んでくれないだろ」
    「だから繰り上げて、今なのか……」
    「今寝るっきゃない!」

    片手でガッツポーズを作るディノのもう片方の手は、ブラッドの髪をやわやわと撫でている。細くしなやかな至極色の毛を鋤く指がゆるやかに眠気を誘う。抗わずそのまま目を閉じてしまえばよかった。なのにブラッドの瞳も口も薄く開いて、ディノに何か宛てることがあるようだった。呟く言葉が小さく聞こえづらいから、撫でるのを一旦休めて半分眠りかけの友人に耳を近づける。

    「ディノ」
    「なあに、ブラッド 」
    「……ディノ」
    「ブラッド?」
    「……殺してくれなんて、二度と言ってくれるな」

    ディノが息を詰める音がした。

    自分が断罪人でディノがそれを待つ者。何度見ても構図のまるで変わらない夢を不定期に見る理由をブラッドは分かっていた。儚い涙を落としながら跪くディノは、最後に必ずブラッドを見上げて「ころしてくれ」と笑う。以前現実でそう懇願されたときも、彼は泣いていた。

    ブラッドは誰にも、ディノ本人にさえもかつてイエローウエストにて対峙した際の詳細を語りはしなかった。キースに言ったならば必要のない悲しみを味わわせることになるし、ディノはあのとき自意識と洗脳のはざまにいて、もしかすると記憶に残ってはいないかもしれない。
    四年の空白があってなお、ディノを慕い、好きでいてくれる者は多い。誰に吐き出してもきっと誰かを傷つける、そういう話だ。だからブラッドは己の中にのみ秘め続けてここまで来た。少しずつ、病みながら。

    「お前には……笑っていてほしい」
    「……ブラッド」
    「……もう、いなくなろうとしないでくれ」
    「っ……ブラッド」
    「ふ。今度はお前が名を、呼んでくれるんだな、ディノ」

    春に踊る花のような、明るい声色で名前を呼ばれるのがブラッドは好きだ。ともすれば重く厳格な印象を与えるこの名を、柔らかな響きへと変えてしまう、魔法みたいな声に幾度となく救われてきたのだ。

    「ブラッド、ごめんな。覚えてる。覚えてるよ。ずっと謝れなかった……ごめん……」
    「いい。いいんだディノ。俺も……蒸し返すつもりなどなかった……」

    きっと、自分で考えているよりブラッドは限界だった。普段固く閉ざして鎖で雁字絡めにしておいたはずの錠が錆びて外れてしまうほどには。

    ディノという存在はブラッドにとって、寒色だけの世界に暖色が入り込んでくるような、真冬の凍える雪の中に一輪淡い花が咲くような、和食のコース料理にピザが出されるような、そんな異端者だった。ずっと常識だと思っていた一本道の固定概念を簡単に覆して、脇道を見つけては上手に立ち回る。ブラッドが持っていた冷たい物差しをちょっぴり融通の利くものに変えた、ディノはそんな男だ。
    これまで接したことのないタイプの人間に、ブラッドはひっそりと夢中になっていった。よく笑いよく喋りよく食べる。何事も楽しんで、そういう雰囲気で周りを道連れにする。誰より男らしくて誰よりも──可愛い人だと思った。こんな人間といつか結ばれたなら、きっと一生幸せだろうと、ブラッドはいつしか友愛以上の感情を抱くようになってしまっていた。

    だからブラッドは頭を殴られたような衝撃とともに、沸き上がる憎悪を抑えられなかった。イクリプスの面々と邂逅し一戦交えたあの日、シリウスと名乗る男からディノは用済みの扱いを受けた。ぼろぼろに擦りきれて目も当てられないくらいがたが来ている、そう判断され、嫌がる意識を手荒く白に塗り潰し、使い捨てるがごとく無理矢理動かされて。
    キースが地を這うような声で唸り激昂したことで、ブラッドはなけなしの理性を積み上げ、己まで冷静さを失うことはしなかった。だが彼と自分の怒りに差はなかっただろう。
    二人の世界に色をつけて切れない絆を結んでくれた尊い人をいいように使って、あまつさえ代用が利くとまで言い捨てたのだから。何物にも代えられない、他でもないディノを。

    「ブラッドならきっと、大局を見据えて、手を下してくれるって思ってしまった。そんなことのために、綺麗な手を汚させようとした……ブラッドのこと、傷つけた」
    「……その判断は正しい。あの場で、お前を……殺せるのは、俺だけだった」
    「そんな信頼、酷いよな……自分のことしか考えてなかった」
    「俺がお前の立場でも……きっと、俺を選んだ」

    もしあのときキースが危機に瀕していなければ。薄く残った自我で彼を庇いに行かなければ。ディノは今ここにいなかったのかもしれない。秋晴れの空の下に誘い出されることも、同じ物を飲んで話し、ぬくい膝を借り髪を鋤かれることも、すべてはブラッド一人の儚い幻だっただろうか。考えれば背筋が凍った。

    夢の中のディノはあの日のまま、ブラッドに手をかけてもらうのを待っていた。それしか救いがないと思い込み全部終わらせようと泣く彼に、違う赦しを与えることが出来たのならば、恋しい人は笑ってくれるだろうか。

    「ディノ。今のお前は明るい世界にいる。好きな物に触れ、好きな者と生きていける」
    「……うん」
    「それでももし、もし自分ではどうにも出来ない事態に陥ったときは。どうか、待っていてほしい」
    「……」
    「想い出を束ねて、縒って、大事な人の姿を浮かべて。悲観だけに囚われないで、そういうあたたかな場所に帰れると、そう信じて、待っていてほしいんだ……何を擲ってでも、迎えにいく」
    「……っ、うん……うん」

    髪を撫でる手が何度も止まり、再開するたびに小さく震えた。覚悟のぶれない声音で誓われる約束に、ディノの瞳が水の膜を張る。雫が落ちては下で眠りの淵を漂う友人を濡らしてしまうからとぐっと耐えれば、少し身動ぎする感覚とともに細く色白い指が伸びて、目元を掬っていった。ブラッドが全てを赦すように微笑んで、ディノもその浄罪を受け入れて笑う。まるで神聖な儀式のようだった。

    「ごめんな、あと三十分しかなくなっちゃった」
    「……構わない……」
    「眠いね、ブラッド」
    「…………ああ」
    「覚えてたら夜、またここへ来て。寒くなるからあったかくして」
    「……二十時に」
    「うん」
    「今度は……俺が、飲むものを用意しておこう」
    「ふふ、嬉しいな。寝つき悪くなっちゃうからコーヒー以外でね」
    「わかった……」

    交わす言葉を終えるといよいよ深紫色がゆるりと閉じていく。綺麗な瞳が隠れ、代わりに長い睫毛が縁を飾った。彫刻のように整った友人の顔を上から覗き見て、目の下の窪みを、隈を薄めるようになぞる。長いこと睡魔に抗ったのち夢の世界へ降りていった彼の意識は、少し触れた程度では浮かんでくることはない。気を許したディノ相手なのだからなおのことだ。

    ディノがこれまで出会ったなかで、ブラッドはきっと一番に美しい人だった。そして、冷淡に見える相貌に情を隠しながら自他に厳しく生きる人。認めた者には優しさを、懐に入れた人間には弱さを見せる人。──ディノを甘やかす人。いつからか、好きになっていた。

    「……俺だって甘やかしたい。ブラッドのこと、めいっぱい」

    凛と細く整った眉を、毛の流れに沿うようになぞって、眉尻から目尻へ指先を移らせる。なにかに躊躇うディノはそれでも、眠るブラッドにまるであやすみたいに触れ続けた。

    「友達に甘えるって、どこまでが許されるんだろ」

    薄い唇に触れようとして刹那、離れる。この先は確実に友情の線を越えるものだ。眠る友と唇を重ねてみたいと思うことは、きっと許されない。白磁のような皮膚の感触をもっと知ってみたいと思うことも、夢から覚めた彼の艶めく瞳に一番に映りたいと望むことも、ディノの願いはどうしたって友愛の次元から逸脱していた。

    ブラッド。そう小さく呼ぶ声が震える。
    罪を洗い流されて間もないうちにまた一つ、ディノの罪状は付け足されてしまった。

    「叶えようなんて思わないから、傍にいて」

    友への情として頬に口づける。がたがたと暴れて外に出たがる分不相応な心の箱に、錠の付いた蓋を施して。







    「ちっとも眠れん。あとで覚えていろ」

    いくら寝不足でほの暖かい膝上とはいえ、こちらもやましい気持ちのなくはないメンターリーダー様が、好いた男に散々触りたくられて熟睡出来たわけもなく。どことなく隈のさらに濃くなったようにも見えるブラッドは起き抜けにディノの胸ぐらを掴んで、驚く彼の頬にキスを送った。目は白黒させるくせに顔は一面真っ赤なディノにしてやったりな一瞥をくれ、ブラッドはとっととタワー内部に帰っていった。ほとんど寝ていないわりにはどこか元気そうでもある。
    一方、言葉を覚えたてでそれしか発せられない赤子のように「えっ」を繰り返すディノは、秋空の下置いてきぼりを食らっていた。


    二十時、ある種の断罪がカフェオレ片手にベンチでディノを待つ。

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