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    ちくの

    @a_chikuno

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    ちくの

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    企画「縁に連るれば君と幸を食う」に富山県で参加させていただきました。
    全国のおいしいものを食べるドラロナをたくさん拝見できて、目から満腹の一ヵ月半でした。
    ありがとうございました。

    冬の話をと思って書いていたのでちょっと季節外れですが、せっかくなのでこちらにも載せておきます。
    おすすめの食べ物をぎゅっと詰め込んでいるので、ちょっとでもおいしそうだなと思ってもらえたら嬉しいです。

    ##ドラロナ

    漢字ふりがな
    「富山のお城に吸血鬼退治に行こルド君!」
    「なんて?」
     一言一句意味のわからない誘い文句から始まったのは、一泊二日の出張退治だった。

    「何でお前らって、わざわざちょっと田舎に城建てんの?」
    「日本の地価が高いから」
    「世知辛ぇ……」
     新横浜から新幹線ひかりで十七分。さらに北陸新幹線全席指定かがやきに乗って東京から二時間半。約三時間かけてやってきた富山駅前でレンタカーを借りてさらに四十分。ひび割れたアスファルトの細い山道の運転に車酔い死しっぱなしのドラルクの砂とジョンを抱えたロナルドが降り立ったのは、どこからどう見ても日本の針葉樹の森に不似合いなヨーロッパ式の古城の前だった。
    「マジで雪が降る前で良かったぜ」
    「ヌ~」
     ペーパードライバーよりはましだが日常的に運転はしないロナルドが心底ほっとしながらつぶやくと、ジョンが同意の声をあげる。時間にしてわずか二十分ほどであったが、車がすれ違えないほどの山道を運転するのは緊張した。
    「途中ですれ違った軽トラのじいちゃん、すごかったな」
    「ヌンヌン」
     すれ違えない細い道での対向車にあたふたするロナルドを一瞥し、無表情のまま猛スピードでバックし道を譲ってくれた軽トラのおじいさんの背後には、あのとき確かに後光が射して見えた。
    「うぇぇん……まだぐらぐらして気持ち悪いよぉ」
     未だ半分溶けているドラルクがピスピスと泣いているのを捨て置いて、ロナルドは殺鬼剤をつめこんだリュックを背負う。
    「そんじゃ、巻き込まれて死なねえようにおとなしくしてろよ」
    「うむ! 我が一族のため存分に働いてきてくれたまえ!」
     車酔いでいつもよりさらに青白い顔をしているくせにふんぞり返ってえらそうにのたまうドラルクの顔面に殺鬼剤をシュッと一吹きしておいて、ロナルドはあらかじめ借りていた鍵を開けて城の中へと入っていった。
     事の起こりは、四日前。
    「何で富山? ていうか富山ってどこ?」
    「北陸だよ」
    「ほくりく?」
    「君それショットさんに言ったら怒られるぞ」
     あきれ顔のドラルクが見せてきたのは、一族RINEの画面。
    「うちの親戚に富山にお城を持っているひとがいるんだけど、そこの地下だか庭だかで下等吸血鬼が巣をつくっちゃったらしいんだよね。君も知っての通り、田舎にはデカイ蚊すらめったに出ないもんだから管理人の方がどうしていいのか判らず困っておられるそうなんだ」
    「その親戚の人? は、そこに住んでねえの?」
     ドラルク自身はすぐ死ぬクソザコおじさんでしかないが、彼の親戚は竜の一族と呼ばれ皆それなりに強大な力を持つ吸血鬼の筈だ。下等吸血鬼の巣のひとつやふたつ、どうにでもなるだろう。
    「ああ、普段はルーマニアの城に住んでいるんだよ。彼は常に薄暗く雷が鳴り響き雪深い富山の冬がお気に入りでね、冬の間の別荘としているのさ」
    「富山ってそんなおどろおどろしいとこだったか……?」
     それこそ富山の人がきいたら怒られそうな描写に首を捻りつつ、ロナルドはカレンダーに目をやる。新横浜に住んでいると麻痺しがちだが、他の地域ではこんなにも日常的に下等吸血鬼が大量発生したりしないので、退治人もいなければ県警の吸血鬼対策課の配備人数も少ない。しかも発生場所が吸血鬼の所持する城だった日には、吸対のうごきは鈍いだろう。
    「んで、いつ行けばいいんだ? 明日?」
    「短期記憶ゴリラは今日と明日以外のスケジューリングができんのだな」
    「困ってるんなら早い方がいいだろ」
     まじめくさった顔で煽ってくるドラルクを殺しておいて、ロナルドはドラルクからのトークに送られてきた城の管理人の連絡先をタップしたのだった。

    「本当にありがとうございます、助かりました!」
     深々と頭を下げる城の管理人は、これまた洋風な古城の似合わない、どこにでもいそうな田舎のおじさんだった。
    「せっかく管理任せてもらっとるがに、いつのまにかこんなことになっとって困っとったがです」
    「吸血鬼の方の住まいのそばには、実は下等吸血鬼も発生しがちです。こちらのマニュアルお渡ししておくので、吸血鬼除けを設置して定期的に交換するようにしてください」
     よその土地から新横浜に引っ越してきた人向けの下等吸血鬼対策マニュアルと殺鬼剤の残りを渡し、ロナルドは軽く今後の対策を伝える。また困ったことがあればいつでも連絡してくださいね、という一言はいつものくせで自然に口に出ていた。
    「そういえば、みなさん今日はどちらにお泊りながです? チェスターさんからは城に泊まってもらっても構わんと言われとりますけど」
    「城主のいない城に勝手に上がり込むのは、吸血鬼的にはどうにも座りが悪いのでね。今回は遠慮させていただきますよ」
     ほっとしたことで気が緩んだのか、急に聞きなれない響きをおびた管理人さんのことばにドラルクが勝手に返事をする。事実、既ににっぴきは駅前のホテルを予約してあった。
    「そうながですか。ではまた、チェスターさんがおられるときにぜひ」
     とびきりの鹿肉を用意しておきますよ、と、この辺りの山で猟師もしているという管理人さんは人の好い笑みを浮かべた。

     *

    「なんか呆気なかったなぁ……」
     駅前でレンタカーを返しホテルに戻り、一息。ロナルドが私服に着替えている間に、帰り道も車酔いで死んでいたドラルクが生き返ったところで、ロナルドはぽつりとこぼした。
    「巣って言っても、小さいやつがみっつくらいだったし」
    「それでも、慣れていないひとから見れば恐ろしい吸血生物だろう。君はやるべきことをこれ以上なくやりとげたのさ」
    「ヌンヌン」
    「……ん」
     珍しくからかいも茶化しも含まないドラルクのねぎらいに、ロナルドは小さく頷く。
     駅前の大通りから少し入ったところに位置する、やや古びたビジネスホテル。大通りに面したチェーンのホテルは軒並みきちんと吸血鬼向けのプランが用意されていたが、この手の地元ホテルにはほとんどそういった部屋やプランはなかった中で、ドラルクが見つけてきた数少ない吸血鬼向けの部屋のあるホテルだ。
    『なんでわざわざそういうの探すんだよ?』
     素直にチェーンに泊まればいいのに、と思ったロナルドの疑問に、ドラルクはやれやれと首を振る。隣で同じしぐさをするジョンはかわいいから許されるが、ドラルクはむかついたので殺した。
    『せっかくいつもと違う場所に行くなら、いつもはできないことをした方がいいだろう!』
    『そういうもんか?』
    『そういうもんなの! アハホテルもヌートインも全国どこでも泊まれるでしょ。そういうのじゃないとこがいいの! たとえそれでガチヤバハズレホテルを引いたとしても、ハイパークソゲニストドラドラちゃんはそれはそれで楽しめるの』
    『お前のスカトロ趣味に俺を巻き込むんじゃねえ!』
     あのときはそんなことを言っていたが、今回ドラルクが予約したこのホテルは、建物こそ古いものの清掃はいきとどいていて清潔感がありベッドはふかふかに整えられ、フロントの対応も良い。端的に言って当たりのホテルだった。
     窓にかかった厚手の遮光カーテンを引くと、薄いレースカーテン越しに新横浜ほどではないにしろそれなりに賑やかな駅前繁華街の夜景が広がっている。
     違うと感じるのは、空の色だった。
     新横浜の深く紫がかったようなどこか明るい空とは違う、深い深い暗さ。きっとこれが闇なんだろうなあ、なんてロナルドはロナ戦の言い回しに使えそうなことをぼんやりと考える。
    「さて、おなかも空いたろう。せっかくだし何か食べに行かないかね」
    「ヌー!」
     もろ手をあげたジョンの賛成に、ぼんやりと見慣れない夜景を眺めていたロナルドも視線を室内に戻して頷いた。
    「ロナルド君、何が食べたい?」
    「なんかあったかいもんがいい」
     ホテルのフロントで近辺のおすすめの店を尋ねれば、男性スタッフが愛想よく地図を広げて対応してくれる。
    「あたたかいものでしたら、こちらなど。富山駅前に昔からある老舗のおでん屋さんですよ」
    「オヌン!」
    「いいんじゃねえの?」
     ジョンが乗り気な様子を見せるので、ロナルドも同意を示す。晩秋の富山の夜で冷えた体に、ほかほかのおでんはいかにも沁みそうだ。
    「あ、でもシミズさん……」
     隣で事務作業をしながらこちらの会話をなんとなく聞いていたらしい女性スタッフが、横から声をかけてくる。
    「あそこ、あんまり吸血鬼の方向けのメニューないかもしれないですよ」
    「ああ、構いませんよ。私は非常に低燃費でしてね、ほとんど食事を必要としませんからな」
    「あらそうなんですね! 失礼しました」
     ドラルクの体質を知らない辺りどうやらロナ戦の読者の方ではないらしいが、吸血鬼向けのメニューの有無にまで気を回してくれる気遣いは素直に嬉しい。
    (嬉しい?)
     すとんと脳内に浮かんだ感情に、ロナルドは自分で自分に首を傾げる。
    (いや、何で俺が)
    ヌヌヌヌーありがとー
    (あ、そうだよな。ジョンが喜ぶから、俺も嬉しいんだよな)
     主人に向けられた配慮に感謝を示すできた使い魔の様子に、ロナルドは自分の感情をむりやり納得させる。
    「いってらっしゃいませ」
     見送られて出たホテルの外は、しんしんと冷えて寒い。
    「寒ッ!」
     お約束のように寒死したドラルクに構わず、ジョンを抱えたロナルドは教えられたおでん屋へ向かった。
     雑居ビルの二階のドアを開けると、ふわっと出汁のいい香りとオレンジ色の明るい照明がふたりと一匹を出迎える。思ったよりも新しげで明るい店内に、老舗の名に抱いていた緊張感がすこしだけゆるむ。
     しかし。
    「いらっしゃい」
     白髪交じりの壮年の男性がこちらを一瞥した途端、不愛想に言い放つ。
    「悪いけど、うち、吸血鬼向けのメニューないよ」
     それはおそらく、遠回しの否定だった。
    (あ……)
     足がすくむ。これが仕事――吸血鬼退治に関わることであればいくらでも取り繕って対処できるのに、ただの〝ロナルド〟としているときは、ダメだった。
    「ドラ……」
     やめとこうぜ、と引っ張ろうとしたマントの裾が、ひらりとロナルドの指先をすり抜ける。
    「ああ、お気になさらず!」
     店主からの否定を直接向けられた対象である筈のドラルクは、ことさらほがらかな口調で告げずんずんと店の中に入ってゆく。
    「あ……おい」
    「ほらほら、ロナルド君も早くおいでよ」
     ちゃっかりとカウンターの前に腰を落ち着けたドラルクは、にこにことロナルドを手招く。招かなければ入れないのは、お前の方だろうに。
    「ごらんよ、なかなかおいしそうじゃないか」
     おずおずとドラルクの隣に腰をおろしたロナルドに、ドラルクがカウンターの中のおでんを視線で示して見せた。
     銀色の四角い鍋の中、くつくつと静かにあたためられる薄茶色の出汁。そのなかにひたひたに浸った具材は、出汁の色に染まってほこほことおいしそうな匂いを漂わせている。
    「……うまそ」
     冷えと緊張に強張り切った胃が、視覚情報に堪えられずきゅうと鳴く。ぜったいこれ、うまい。
    「注文をお願いするよ。だいこん、たまご、しらたき、厚揚げ、あとは――」
    「ヌン、ヌヌヌイイヌ!」
     それがいいヌ! とジョンが指さしたのは、長細くて赤茶色っぽいかたまり。出汁の中でぷかりと浮かぶそれは、ロナルドが見たことのない平べったい楕円形の何かだった。
    「店主、そちら何ですかな?」
    「かまぼこ」
    「ほう! 板がついていないのか。なら、それもひとつ」
    「以上で?」
    「そちらの出汁の色が違う仕切りの中のやつは?」
    「カニメン」
    「かにめん……? ちょっとロナルド君、メニュー見せて」
     店主であろう男性の態度はひたすらに素っ気なく、ロナルドはもぞもぞと居心地悪さに身じろぎする。いつもなら常連さんなんかで賑わっていそうな店内はしかし、今夜に限ってロナルド達以外の客がおらずガラガラだ。
    「ああ『蟹面』ですか。ジョン、食べるかい?」
    「ヌヌヌ―!」
    「なら、それもひとつ。とりあえず以上で」
    「はい」
     メニューに記載された漢字表記でどんなものかを把握したらしいドラルクがおでんの注文を終え、ロナルドの方に視線を向ける。
    「ロナルド君、今日はもうさすがに働かないでしょ? ビール飲む?」
    「お、おう……」
    「じゃあ中瓶ひとつにグラスふたつ。私は……そうだなあ、こちらの金盤の純米吟醸をいただこうかな」
    「え」
     珍しく牛乳以外のものを注文したドラルクに、思わず声が漏れた。
    「なあに。せっかく遠くまで来たんだから、地酒くらい飲んでみたいじゃないか」
     ふふふ、とやけに楽し気に肩を震わせたドラルクがついとロナルドに視線を向ける。
     それはいつもと同じ享楽の色をのせているのに、いつもよりずっと穏やかな色でロナルドをとらえた。
    「ヌンヌ!」
    「はいはい。ジョンも一緒に飲もうね」
    「ヌフフ」
    「どうぞ」
     待つほどの間もなく運ばれてきたのは、冷えたビール瓶に二つのグラスと、枡に入ったコップ。コップから日本酒がわざと溢れるように注がれて、枡を半分ほど満たしている。
    「ヌヌヌヌヌン、ヌイ!」
    「えっ、アッ……ジョンがお酌してくれるのぉ? ありがと~」
     はい、と渡されたグラスを傾ければ、自分よりも大きな瓶を器用に持ち上げたジョンがビールを注いでくれる。かわいい。なにこれ、かわいい。
    「んふふ~ありがとうねえ、ジョンのも!」
     なれない土地で慣れない対応をされ戸惑っていたロナルドの気持ちが、ジョンのかわいい姿に一気にほぐれていく。この世にこのかわいさに勝るものなど存在しないだろう。
     ロナルドが注いだビールは全然泡が立たなかったけれど、ジョンが「イイヌ」と言ってくれたのでまあいいことにする。
    「はいじゃあ、かんぱーい」
    「ヌンヌーイ!」
     ドラルクとジョンの明るい声につられグラスを傾ける。きゅうっと冷えたビールが胃に落ちて、じんわりと熱くなっていく。
     ドラルクの方は、持ち上げるだけでコップからこぼれ下の枡に落ちる日本酒にそろそろと顔を寄せ、コップのふちに口をつけちゅうっ、と啜る。
     とくん。
     通常煽り運転赤切符常習オジサンのくせに所作は優雅なドラルクが見せる俗な仕草に、ロナルドの胸がやけに早い鼓動を刻む。じわじわと熱くなる耳の先は、ビールのアルコールのせいだと思いたい。
    「うむ、米の風味がしっかりと生きていて、なかなか飲みごたえのある味だな」
    「ヌンヌ!」
     ヌンも! と同じように酒を啜ったジョンが、ヌンヌンと頷く。いわく、華やかさはないが日本酒らしいふくよかな香りが豊かで、食中酒に最適ヌ。とのこと。できるマジロは日本酒の味わいにも一言ある。
     しばしそうやってアルコールを愉しんでいると、ことん、と深い藍色の深皿がカウンターの上にのせられた。
    「はい、おでん」
     店主の口調が、最初のときよりいくらか柔らかくなっている……ような、気がする。ロナルドの希望かもしれないけれど。
    「おお! 上にのっているのは、とろろこんぶですかな」
    「そう」
     薄茶色になるほど味のしみ込んだ大根に、固ゆでのゆでたまご。周りの茶色いところがじゅぶじゅぶに出汁を吸い込んだ厚揚げに、うっすら茶色になるくらい煮込まれたしらたき。それに。
    「へえ、これ、こんな模様なの。なるとみたいだね」
    「ヌ~」
     ジョンが食べたいと言ったかまぼこは、白のなかに赤い渦巻き模様の見慣れない形で、一本まるごと具として煮込まれている。
    「こっちが蟹面」
     やや色の薄い出汁の中に浮かぶのは、蟹の甲羅に蟹の身がもりもりとのせられたもの。
    「いただきます」
     箸を取り、ロナルドはまず自分の前に出された蟹面に手をつける。
     弾力のあるそれは、蟹の身がたっぷりと使われたすり身を甲羅に詰め込んであるものだった。
     口に含むと、蟹のうまみがガツンと舌に伝わる。あとから包み込むように魚とおでん出汁のうまみがやってきて、全てあわさってなんだかよくわからないがめちゃくちゃおいしい味になる。しょっぱくはないのに、味が濃い。
    「え……なにこれ、うっま」
     初めて食べる味だった。
     蟹だって、魚のすり身だって食べたことがあるのに、全部一緒になると知らないおいしさになる。
     グラスのビールをきゅうっと流し込む。うまみの残りが洗われて、更に次がほしくなる。
    「ジョンの分も残しといてよ」
    「わーってるって。ジョンは何食べてるの?」
    「ヌヌヌヌ」
     もっふもっふと齧りつくかまぼこは丸かじり状態で、ジョンのもふもふの腹毛がおでん出汁に汚れている。
    「ヌイシー!」
    「ああもう」
     笑いながらドラルクが胸ポケットからシルクのハンカチを出そうとすると、さっとカウンターからウエットティッシュの筒が差し出された。
    「それ、使われ」
    「あ……どうも」
     相変わらず不機嫌そうな表情で抑揚なく告げられ、ロナルドは戸惑いがちにウェットティッシュを受け取る。おそらく方言であろう言い回しも、素っ気なさに拍車をかけている。
    「その子が食べるんなら、でかいやろ。切るから、よこして」
     ジョンの歯形がついたかまぼこを皿にのせて渡すと、食べやすい一口サイズに切ったものが返ってきた。
     ロナルドもひとつ、箸でつまんで口に運ぶ。いつも食べる板かまぼこのぶりんとした食感とはちがう、少しやわらかい歯ざわり。ぎゅっと噛むと、中にしみ込んでいた出汁がかまぼこのうまみと塩気を含んで口の中に広がっていく。
    「これは合うねえ」
    「ヌフ~」
    「お酒の主張が強くないから、このうまみの強さとケンカしないんだよね」
    「ヌンヌン」
     小さく切ったかまぼこ程度であれば胃腸虚弱の吸血鬼も食べられるらしく、ひとかけら口に含んではグラスの日本酒を啜り、ジョンとそんなことを言い合っている。
    「ロナルド君、おいしい?」
    「ん」
    「こっちのだいこんも食べてごらん。上にとろろこぶをのせると、さらにおいしいよ」
     言われるがまま、出汁を吸ってとろとろになったとろろこぶをのせただいこんを口に入れる。はふはふと熱さを逃がしながら噛むと、魚っぽい味の出汁にこんぶの出汁が混じり合い、だいこんの上でひとつになってうまみを増す。
    「こんぶ、うまい」
    「ねえ。こんな使い方もあるんだね。今度真似してみよう」
     頷いたドラルクが、ゆっくりと目を細める。たまごを出汁にひたすジョンを見つめ、それから、だいこんをほおばるロナルドを見つめ――満足気に少しだけ酒のにおいのする息を吐いた。
    「おいしいねえ、ロナルド君」
     寒さに冷え切っていた筈の腹が、ぽかぽかとあつい。
     冷たく感じていた頬に血が上って、じわじわとあつい。
    「……ん」
     その表情の意味はロナルドには見当もつかないけれど、ただ、いやではなかった。
    「ヌヌヌヌヌヌ、ヌン、オヌヌヌヌヌヌヌイヌ」
    「ああ、そういえばせっかく富山に来たのにお魚食べてないね」
    「刺身とか頼めば?」
     『本日のおすすめ』と書かれたホワイトボードには、刺身の盛り合わせのほか様々なメニューが並んでいる。
    「今日の刺身は、フクラギ、カワハギ、ホタテ、あとサスの昆布〆」
    「!」
     初めて店主から話しかけられ、ロナルドはびっくりと目を見開く。てっきり、早く食べて出て行ってほしいと思われているのだと思っていた。
    「フクラギは、イナダのことでしたかな?」
    「そう」
    「サス、というのは?」
    「カジキマグロ」
    「どうだい、ジョン?」
    「ヌヌヌイ!」
    「じゃあ、それを三人前で。それから、私に万代鶴の純米吟醸を一合。ロナルド君、何か食べたいものある?」
     急に振られたロナルドは、何も考えられないまま食べたいものを口にしてしまう。
    「あ……えっと……米……」
    「ははは、そうだったね。仕事終わりの君にこんな酒飲みみたいな食べ方はちょっと大人すぎたな」
    「おい」
     いつものように子供っぽさをからかわれるのかとじっとりと睨みつけるが、ドラルクはどこ吹く風でメニューをめくってロナルドに差し出した。
    「おにぎりとかあるよ。好きなの選びなよ」
    「お、おう……」
     煽り煽られ殺しまくるのが日常のドラルクにこんな風に接されるのは、なんだか落ち着かない。
     そう、ずっと、なんだか落ち着かない。
    「じゃあ、これ……たらこごはん」
    「おにぎりとかじゃなくて敢えてそっちを選んじゃうの、ロナルド君すぎる」
    「うるせー! お茶碗で米が食いてえ気分ってあるだろ」
    「[[rb:ヌヌヌ> わかる]]」
     深々と頷いてくれるジョンの援護に、ロナルドはむふんと胸を張る。
     ロナルドも、ちょっと酔っているのだと思う。
     自分でもよくわからないふわふわした落ち着かなさが、ずっと続いている。
    「刺身盛り合わせ、こっちからフクラギ、サスの昆布〆、ホタテ。これはカワハギ。上にのってるのは肝だから醤油に溶かしても、そのままでも」
     刺身と一緒に、白いごはんにでんとたらこののったたらこごはんが供される。
     ほかほか湯気の立つお米の匂いは、よく知った匂いで少しだけロナルドの気持ちを落ち着かせた。
     まずは肝ののったカワハギを醤油につけ、ごはんの上でバウンドさせて、口に運ぶ。
     コリコリとした硬い白身に、とろりとコクのある肝の少し生ぐさい風味。その生ぐささを一瞬で掻き消す、ほんのりと甘みのある醤油の味。白いほかほかごはんをかき込むと、全部がふわっとごはんにのっかって口中に幸せが広がっていく。
    「うま……」
     もっくもっく。飲みこんで、箸の先に醤油だけをつけて舐めてみる。いつも家で出てくる醤油とちがって、甘みがあって味が濃い。
    「ドラ公、この醤油あまいぞ」
    「ああ、刺身醤油なのかな」
    「ヌヌヌヌヌンヌヌヌヌヌヌヌヌウヌ」
     『白身の淡白な刺身に合うヌ』とドラルクの完璧な味見係のジョンのコメントに、よくわかっていないままロナルドはうんうんと頷く。何に合うとかはよくわからないけれど、何かこの醤油で魚を食うの、うまい。
    「スーパーにも売っとるよ」
    「これで煮物なんかしてもいいかも。イカと里芋とか煮てあげたらおいしいんじゃないかな」
    「食いたい!」
    「明日帰る前に買っていこうか」
     応えてから、二杯目の日本酒も半分くらいに減らしたドラルクはなんだかおかしそうにくつくつと笑う。
    「何笑ってんだよ」
    「ん~、なんかわざわざ富山まで来てお土産に買って帰るのがお醤油ってさ」
     頬杖をついたドラルクが、おかしそうに、それでいて嬉しそうに、ロナルドを見た。
    「私たちらしくて、おかしいなって」

     *

    「あー、あんた。そっちの、吸血鬼の」
    「はい? 何ですかな」
     会計を終えた二人と一匹が店を出ようとしたところで、相変わらず不愛想な表情の店主がドラルクを呼び止めた。
    「悪かったちゃ。ここらじゃ吸血鬼が客で来ることなんてないから、なーんも準備しとらんくて。これ、良かったら持っていかれ」
    「はあ、どうも」
     差し出されたのは、スーパーのビニール袋。一番小さいサイズの白いそれに、もらえるものは病気以外なんでももらうドラルクが遠慮なく手を出す。
    「なに?」
     顔を寄せるロナルドとジョンにも見えるように取り出されたそれは、『とやま牧場のおいしい牛乳』という文字が印刷されたキャンディの袋だった。
    「あんたら、牛乳なら飲めるんやろ?」
    「ありがたくいただきますよ」
    「ヌヌヌ―ヌヌヌシヌ!」
    「ごちそうさまです」
    「おおきに、またどうぞ」
     いつの間にか、店に入ったときから感じていたそわそわとした居心地の悪さは、感じなくなっていた。

     ほう、とアルコール混じりの息を吐く。新横浜ではまだ冷えてきたなあ、程度の寒さだったが、こちらではすっかり吐く息は白く色づいていた。
    「シンヨコにいると忘れがちだけどさ、お前、吸血鬼だったんだよな」
    「畏怖される私が見られて良かっただろう」
    「ぜーんぜん」
     ロナルドは、むう、と唇を尖らせる。全然。ぜんっぜん。
    「全然、よくねえよ」
     どっちかといえば、おもしろくなかった。
     確かにドラルクは吸血鬼だけれど、吸血鬼であるだけで、それだけ。だけど。
    「あの、おでんやのおじさんとかさ。最後は、飴くれたりとかさ」
    「うん」
    「何かうまく言えねえんだけど、こういうの、俺、ずっとシンヨコに住んでたら知らなかったかもしんねえなって」
    「そうだねえ」
     知らない土地で感じたなにかをワヤワヤと言い募るロナルドに、ドラルクは茶化すことも煽ることもせずに頷く。
     ドラルクがたまに見せるこういう態度の、その距離感と頻度が、ロナルドには心地良かった。
    「また出張があるときはつれてってね」
     つれてって、て何だよ。海外だって勝手についてきたくせに。日本だったらどこでも勝手についてくる気のくせに。
     いつもだったらそう言い返すところだったが今夜はそんな気分にもなれず、ロナルドは小さな声で返事をする。
    「考えとく」
     くぁ、とマジロのちいさなあくびが、冷えた空気の中に消えていく。
    「とりあえず明日は、駅前のスーパーでお醤油買って帰ろうね」
    「おー」
     目いっぱい食べた筈なのに、ドラルクの作る煮物を想像したロナルドの腹がきゅうと鳴った。
    「あはは! くいしんぼルド君ってば、想像だけでお腹空かせちゃったの?」
    「うるせえ!」

    ヌン


    **********



    以下蛇足。
    富山の日本酒がおいしくて大好きなので、ここで出したものだけでも紹介させてください。
    ちなみに推し蔵は別にあるんですけど、今回は出せなかった。推し蔵の袋吊り純米吟醸がめちゃくちゃおいしいので飲んでください。
    富山は県下全部で14蔵しかなく全蔵のみくらべとか全然できちゃうんで、北陸旅行をされる機会があったらぜひ試してほしいです。
    最近はワイナリーもできて、ワインもおいしいです。ビール工房もいいとこあります。
    富山は夏は蒸し暑くて冬は雪が多くて、晴れの日が少なくて、黄砂もひどくて、都会には遠くて、住むにはなかなか快適とは言えない場所なんですけど、酒と魚がおいしくて人はいいところです。

    金盤→実際は「きん」じゃなくて「ぎん」。
    県民が日常的に飲む日本酒。あっさり辛口、日本酒らしい味。
    おでんとかしっかりした味のものと合わせた食中酒におすすめ。

    万代鶴→実際「まん」じゃなくて「せん」。
    華やか過ぎないフレッシュさと甘みがあって、飲みやすさと日本酒を飲んだ満足感両方満たせる味。
    刺身や寿司が間違いないけど、海鮮やあっさりめで味の濃いものでも負けない。
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