獄卒ヒヨシの話。 むっちりとした尻の肉がヒヨシの太ももにのる。重いことは重いが、心地の良い重さだ。ふんわりと鼻先をくすぐるのは、職場につけてくるにはやや重い女物の香水のかおり。
「明日おやすみでしょう? このあと飲みにいかない?」
「んー、呼び出しがなければええぞ」
「もう! 長官ばっかり」
「だってアイツ、いちばんえらいんじゃもん」
「まあ、それはそうだけど」
わしわしと肉付きの良い尻を揉む。おっぱいもいいが、やはり尻がいい。尻の肉付きがいい方が腰を打ち付けたときの弾力もいいし、程よく筋肉があった方が締めつけもいい。
執務室のソファはかつて所属していた神奈川県警吸血鬼対策課の応接ソファよりずっと弾力があり豪奢なつくりをしていて、こんな戯れをするにはよく似合っていた。
かつての制服によく似た白と青の制服をまとい、かといってここでは童顔を気にする必要もないので付けひげをつけることなく少し伸びた後ろ髪をうなじでひとつにくくったヒヨシは遠慮なく同僚の尻を揉む。
「んふふ、えっち」
「ええじゃろ、そういうことされたくて俺んとこ来とるくせに」
ヒヨシの言葉ににんまりと微笑んだ女の瞳孔が、キュウと縦に細まる。人ならざるものの目。見慣れたものだ。
「ん……」
戯れのように重なったくちびるが、ヌチュ、と絡まりを深くする。ひんやりとした女の舌が蛇のようにヒヨシの口のあわいをくすぐって、ぬろりと入り込んでくる。
「……わるいこじゃの」
「退治してくれる?」
吐息のように戯れをささやきあい、口づけを再開しようとした、そのとき。
「ヒヨシさん!」
背後からかけられた声に、今まさに淫蕩にふけろうとしていたふたりの動きが止まった。
「長官がお呼びです」
「………あーー……おう、」
服の下にひそませかけていた手をさり気なく引き抜き、ヒヨシはため息まじりに返事をした。
「十五分後に行く」
「いますぐ来てください」
*
「ふざけるな! なんで俺が地獄行きなんだ!」
「おーおー、やっとるやっとる」
サッと身なりを整え、べっとり移った口紅を拭ったヒヨシが役人に呼ばれて参上した先では、ご新規さんが窓口職員の胸ぐらを掴んで食ってかかっているところだった。
「ちょいと痛い目見せてやりゃ、すぐ黙るじゃろ」
言外に自分を呼ぶまでもないだろうという思いをこめて言ってやれば、ヒヨシを呼びに来た役人が苦笑する。
「だって、程よく痛めつけるのはあなたが一番お上手じゃないですか」
それに、と思わせぶりな視線が示した先、品の良いスーツに身を包んだ壮年の男がヒヨシの姿をみとめにこりと破顔した。
「やぁ、来たかいヒヨシ」
「長官」
長官と呼ばれた男は、今にも殴りかかられそうになっている部下のことなぞ気に止める様子もなく、ゆったりとヒヨシに近づいてくる。
「めんどうを頼んで悪いね。終わったら部屋でお茶でも飲もう」
言葉と共に男の手がするりとヒヨシの腰にまわる。
「どいつもこいつも、俺の終業間際を狙ってきおって……」
「どいつもこいつも?」
「なんでもにゃーよ」
にこりと向けられた笑みの奥底に冷え冷えとした嫉妬を感じ取り、ヒヨシは腰に回された手に自らの手を重ね、思わせぶりに股間に導いてやる。ずっしりとした柔い肉の感覚を男の手のひらに押し当ててやれば、男は満足そうに小さな笑いを溢した。
「いい子で待っとれ」
ダメ押しとばかりに低く耳もとでささやいてやり、さてと、と振り返った途端。
「おやおやおや!」
恐ろしく聞き慣れた、ここでは聞くはずのない声がその場に響き渡った。
「は」
ぎょっとして目をやれば、腕を振り上げた男に向かってノコノコと近づいていく細すぎるほど痩躯の男がひとり。
「……なにしとるんじゃアイツ!」
慌てるヒヨシの傍らで、長官と役人がきょとんとした顔をする。
「え? あの方って……?」
役人の呟きを遮って、よく響くテノールが滔々とことばを紡ぎだす。
「地獄行きに納得いかないとは、現世ではさぞかし正しい行ないをされていたんでしょうなぁ! 一度たりとも嘘をつかず! 肉も魚も召し上がらず! 一滴のお酒を飲むこともなく! 蚊の一匹も殺したことはないと! なるほどなるほど、それならばあなたの行くべきところはこちらではありませんなぁ!」
「はあ?」
突然現れてベラベラと喋りだす男にあっけに取られていた男が、どさりと胸ぐらを掴んでいた職員を放り出して痩躯の男に向き直る。
「おまえ、吸血鬼だろう?」
「如何にも! 私は真祖にして無敵の高等吸血鬼ドラルク!」
貧弱を絵に描いたような男が堂々と胸を張り、芝居がかった仕草で胸に手を当て腕を開く。