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    kochi

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    白鷺杯ネタ

    Shall we sweets?(前) フラグは消失した。それで良いと思ったし、満足していた。
     しかし、人生は思うようにいかないもの。フラグが一個折れたところで問題ないということは、いくつも立つ証明……なのかもしれない。

    「本当にわたしが出るんですか……?」

     先生に何度も確認したが、望んだ答えは返ってこなかった。たしなみ程度の教養はあるし、できないわけでもない。期待されるのは嬉しいし、応えたいと思っている。
     しかし、適材適所という言葉もある……。リシテアは頭を抱えながら教本に目を通していく。──ダンスの教本を。

    「何も、わたしじゃなくても良いと思うんですが……」

     自室での呟き故に、答える者は誰もいなかった。
     舞踏会に興味はないが、白鷺杯は楽しみにしていたリシテア。しかし、自分が出るとなれば話は別だった……。


     教団同士の揉め事やフレンの誘拐、前節にはトマシュの裏切りによる怪奇事件があったので、どんよりとした重い空気を一掃しようと今年の白鷺杯は活気があった。教団の方も生徒達のことを慮って、白鷺杯の後にも舞踏会を開催する旨を発表して、拍車をかけた。
     よって、『白鷺杯のは予行練習、女神の塔の伝説をかけた本番は25日の舞踏会で!』という通説が生徒の間で広まり、浮き足立つ雰囲気が出来上がっていった。物騒な事件ばかり起こっていた手前、便乗してお祭り気分に浸りたい者は多くいた。
     リシテアもそんな明るい雰囲気を悪く思っていない。だが、元々トマシュはコーデリア家の推薦でガルグ=マクに配属された経緯があり、おそらく彼は……などの後ろ暗い理由で楽しめない事情が孕んでいた。
     なのに、何故白鷺杯に出場することになってしまうのか──!? 恩師に推薦されて承諾したものの、ずっと頭に過っていた。

    「もしも~し? 顔が暗いよ、リシテアちゃん? せっかく白鷺杯に出るんだから可愛くしなくちゃ!」
    「……ヒルダが出れば良かったと思うのですが」
    「ん〜……それも良かったんだけど、そうなると誰も可愛くならないじゃない? まあまあ、いいじゃない! リシテアちゃんが選ばれたからには全力で可愛くするよ~!」
    「そこまでしなくても良いと思いますが……」

     場所は金鹿学級教室の一角。ヒルダによって化粧を施されていくリシテアがいた。
     一番乗り気だったヒルダは白鷺杯に出場できなくても気にしていない様子で、あーでもないこーでもないと言いながらメイクの調整に励んでいた。

    「学校の行事だからあんまり凝れないのが残念だな〜。せっかくの機会なのに!」
    「あの、そこまでしなくても……」
    「リシテアちゃん! お洒落するのも大事な審査だよ! 金鹿学級の代表なんだから、しっかり、とびっきりに可愛くしなきゃ!」

     妙に意気込むヒルダにリシテアは不安になる……。しかし、学級の代表と言われれば、ぐうの音も出ない。リシテアも年頃だし、お洒落には興味はある。慣れないから落ち着かないが、憧れてる人物からのメイクは嫌じゃない。

    「でも、白鷺杯はまだ先なのにもうお化粧するんですか?」
    「一度合わせておかないと慌てちゃうからね。似合う色やお肌の質はみんな違うし。ん〜、リシテアちゃんは桃色のリップが良いかな? おしろいもちょっと色が合ってないから……うん、調達しなきゃね!」
    「は、はあ……」

     人を可愛くするのが楽しいヒルダは妥協したくないよう。体の良い理由で化粧したい欲もあるが……。

    「そうそう、良い機会だから自分に似合う色を知るのも良いと思うよ。やっぱり、可愛いって言われたいじゃない!」
    「そうでしょうか? ……子ども扱いに感じますが」
    「気のせいだよ。女の子なんだから、いつだって可愛く見られた方が良いよ! みんな優しくしてくれるしね!」
    「それは、ヒルダだからでは……?」

     力強く説得されて、リシテアは納得しようとする。まあ、出場するなら化粧はした方が良いし、今後のためにも覚えて損はない。
     しかし……なんだろうか、ヒルダは妙なやる気を見せているように思えた。気のせいかもしれないが。

    「……可愛いって言わせたいけど、言わなさそうなのよね。ん~……やり過ぎたら逆効果になりそうだし、ちょっと抑えた方が良いかな? それとなく聞いてこよっかな~」
    「何の話ですか?」
    「ううん、こっちのこと!」

     にこやかに微笑むヒルダは善意に満ちていた……はず。


     化粧など身なりに関することは、ヒルダが率先して準備してくれる手筈となった。ついでに、他の女子にもお洒落させよう! と企んでいる以外問題ない。祭り事が好きな金鹿学級なのか、みんな盛り上げようと協力的だった。
     真面目なリシテアなので、乗り気でなくともやれることはやりたいと思うのは必然で、代表に選ばれた以上は期待に応えたい。

    「ははは、黒鷲学級はドロテアときたか。本気だな〜、アドラステア帝国の次期皇帝陛下は」
    「青獅子学級はディミトリ君のようだな。踊りは不慣れと聞いたが、王族であるのだから無教養なわけはない。当日まで仕上げてくるだろうな」
    「そう簡単にいかないってわけか……」

     現実は辛い……。教室内で開かれた作戦会議で、対抗する学級の情報交換するクロードとローレンツを不貞腐れた様子でリシテアは聞いていた。

    「なんですか、わたしじゃ子どもっぽいと言ってるんですか!」
    「そんなこと言ってないだろ。リシテアにはリシテアなりの良さがあるって!」
    「胡散臭いんです! あんたの言い方が子ども扱いしてるんです!」
    「ひっでぇ言い掛かりだな……。おいおい、敵の情報を知るのは戦略の基本だぞ。段取り八割と言うだろ?」
    「そうだな。クロードは口の利き方と態度とその薄ら笑いを改めたほうが良い」
    「俺を全否定か……」

     しれっとクロードへ辛辣な声を投げてから、ローレンツはリシテアに向き合う。

    「リシテア君、たしかに相手は一筋縄にいかないが、君が勝てないと思わない」
    「わたし、踊りは嗜む程度ですよ……」
    「何を言ってる! 君は誰よりも勉学と魔道に勤しむ努力家だ。才能に溺れず、努力を惜しまない君なら舞踊や歌の習得など造作もない。僕が保証する!」
    「ま、まあ頑張りますけど……」
    「それに、演舞とは技術が全てではない。時には、技術よりも重視されることがある……」

     自信に満ちた笑みを浮かべるローレンツに、リシテアとクロードは怪訝そうに見つめる。

    「はあ……それって、何でしょうか?」
    「よく聞いてくれた! 僕ことローレンツ=ヘルマン=グロスタールは社交界での活躍を期待され、幼き頃から武芸や芸事を磨いてきた。この僕にかかれば、白鷺杯は前座に過ぎない!」
    「はいはい、お前は凄い凄い。んで、技術より重要なのは何でしょうか、ローレンツ=ヘルマン=グロスタール殿?」
    「なに、僕からすれば大した事ではない。至極当たり前のことだ。──そう! 魅力溢れる花の笑顔こそ、舞踏はより美しく完成する!」

     ビシッとポーズを決めて、高らかに宣言するローレンツを現実的な二人は呆れた視線を送った。彼の言いたいことはわかるのだが、どうにも夢物語に思えてしまう……。

    「それって、元歌姫相手に通用するのでしょか……」
    「何を言っているんだ! 芸事は楽しんでこそ、美しく咲き誇る。本来、舞踊は競い合う物ではない。──リシテア君の笑顔が、最高の舞に仕上げるんだ!」
    「ああ、もう! 急に恥ずかしいこと言わないでください!?」
    「あー……はいはい、なるほど。つまり、見せ所を意識して踊れってことだな。そういうことなら話は早い。それじゃあ、会場の確認をしていくか!」

     浪漫より戦略や立案が得意なクロードは、白鷺杯会場の場所や照明の位置、審査員の配置や人物の趣向を確認して、熟考していく。

    「とりあえず、一番媚び売った方が良い審査員は誰か。となると」
    「その言い方は、どうかと思いますよ……」
    「いやいや、相手を選んで売り込むのは大事だろ? この辺はヒルダに聞いた方が良さそうだな。……まっ、シャミアさんは無駄だろうな」
    「そのような浅ましいやり方には賛同しかねるが、映えるように踊るのは良い考え方だ。……どんなに素晴らしい舞踊も見てもらえなければ、意味がない。花は陽を浴びて咲くからこそ、美しく輝いていくのだからな! まずは、場所取りを考えていくべきか……」
    「……何もこんな時に意見合わせなくて良いと思うんですが」

     予想以上に協力的な二人にリシテアは困惑するのだった……。


    「ダンスの練習相手? わたしとかい?!」

     レオニーにダンスの練習を頼むと素っ頓狂な声が上がった。予想外の反応を面白く思いながら、リシテアは言葉を重ねる。

    「はい。背丈がちょうど良いですし、お願いできないでしょうか?」
    「んー……わたしじゃ役に立てないと思うけど」
    「そんなことないです! レオニーだと気兼ねなく踊れますし、わたしが教えながら踊るのも良い復習になります!」
    「うっ、うーん……。リシテアがそう言うのなら……でも、期待しないでくれよ?」

     何とか承諾を得てリシテアはホッとする。レオニーに舞踏会の踊りは荷が重いだろうが、何度も練習することになるので女性の方が助かる。……毎回、クロードやローレンツが相手では疲れそうだし。

    「なんか大変だな、リシテアも」
    「選ばれたからには、ちゃんとしたいですから」
    「わかったよ。練習相手になるかわからないけど、わたしで良かったらいつでも言ってくれ!」

     太陽の微笑みを受けて、リシテアは心躍らせるのだった。一先ず、練習相手を見つけれたのは大きい!
     ──気合いは伝染していくのか、元々の学級のノリ故か……金鹿学級はお祭り気分が急上昇して、躍起になっていった。

    「あの……リシテアさん。私でよければ……何か、お手伝いできないでしょうか?」
    「ステップが難しいんですね。踊りはわかりませんが、絵にしてみても良いでしょうか? 目で見た方が頭に入りやすいかもしれません。……ちょっと描いてみますね」
    「リシテアさーん! 踊るんなら体力がいるんだよな? オデの肉分けてやるぞー!」

     当番を代わってくれたり、難しい動きの克服を手伝ってくれたり、食事面でも気を使われたりと、至る所でリシテアを助力する者が増えていった。一つ一つは些細なことでも幾多も重なれば、大きな励みになっていく。
     始めは気乗りしなかったが、こうまで手を貸されて何も思わないリシテアではない。みんなの期待に応えようと、時間を作っては練習に取り組んでいった。

    「白鷺杯は試験と関係ないんですけどね……」

     学業や実技試験とは一切関係ないお祭り行事。優勝したところでリシテアのメリットは薄く、普段の彼女なら眺めて終わるささやかな催し。
     しかし、もうささやかではなくなった。学級の代表者である以上、白鷺杯は万全を尽くして、望み通りの結果を出してみせる!と、心に決めていた。


    「……という感じで、ここで一気に前に出る。一番の盛り上がり時に審査員の前を陣取る」
    「釘付けにさせちゃおうってことだね!」
    「そう、時間にして5秒もないが、この一瞬が決め手だ!」

     此度の作戦会議も順調に進められていった。クロードが演習さながらの周囲や心情心理を含めた作戦を立案し、舞踏会経験のあるローレンツやヒルダが補強していく。
     リシテアは戦術や兵法を得意としてたので、理論的な方が頭に入りやすかった。紙に攻略法を書き留めるとイグナーツが絵にして展開し、体力や時間の調整などは学級全体で取り組んでいった。やり過ぎ感は否めないが、みんなで一緒に盛り立てるのは心地良い空気を作り出していた。

    「うんうん、いい感じだね! あっ、そうそう、当日はあたしとマリアンヌちゃんでお洒落するからね! ふふ~ん、どんな髪型が良いかな〜?」
    「ありがとうございます。……そこまでする必要があるのか、わかりませんが」
    「思い思いに着飾るのは、舞踏会では当然のことだ。手を抜く理由はない。……ああ、そうだ。リシテアくん、君が難しいと言っていたステップだが、靴を変えてみたらどうだろうか? 踊りに適した靴を幾つか用意してるから、あとで履いてみてほしい」
    「えぇっ?! 何も、そこまでしなくても……」
    「君は金鹿学級の代表なんだ! リシテア君の評価は学級全体に関わり、僕にも影響する。なら、協力を惜しむわけにはいくまい!」

     だんだん過剰になってきて、リシテアが遠慮すると即座に猛反論されることが増えていた……。彼らなりに楽しんでいる節は見受けられるので、せっかくの機会ということで甘えさせてもらおう、と考えるようになったのは最近のこと。
     人を頼るのは苦手だが、期待されるのは存外嫌ではない。応援されればされるほど、それに応えたい想いが、リシテアの中で膨らんでいった。

    「へえー、ローレンツも頭が柔らかくなったんだな。『僕が代わってもいいんだが?』と言うかと思ってたよ」
    「レオニーくん、仲間を助けるのは当然のことだ。それは、君がよく言っているではないか! ……そうだ、靴は君の分も用意してある。練習相手は影響が出るからこそ、万全を尽くして臨んだ方が良い」
    「うえっ?! わ、わたしまでか!」
    「……仲間、ですか」

     こうして一丸となって取り組むのも悪くない──。皆、似たようなことを思っていた。

     金鹿学級が、やたらと気合を入れてると知られるのは時間の問題だった。白鷺杯は学校のお祭りのようなものだが、本気で挑むのであれば話は別。どこの学級にも負けず嫌いはいるもの。
     触発されて、他の学級にも勢いが伝染されていき、白鷺杯への熱は燃え上がっていった!

    「白鷺杯って、こんなに激しい行事なのか……?」

     初参加のベレトは、学校全体が異様な活気に包まれていく気配を感じ取って、首を傾げていた……。
    [
    ]
     とまあ、勢い付くまま事が進んでも、やはり難題は出てくる。天才肌故に論理的な戦略や技術向上に余念はないが、彼女でも理解できないものはある。

    「とびっきりの笑顔って、何ですか?!」

     自室の机に突っ伏して喚いてしまう。
     笑顔……それは、様々な場面で重視されることが多い。白鷺杯での決め手となる最後の見せ場は『最高の笑顔で!』と、皆に豪語されていた。
    『踊りの基本は笑顔だよ! とびっきりの笑顔でイチコロにしちゃおう!』
    『技術と同様に表情も評価される。君ならやり遂げれると、僕は信じている!』
    『ここが勝負どころだ、リシテア! なーに、お前さんなら余裕だろ』
     などなどの意見が錯綜し、満場一致の見解であった。要は、最後に極上の笑顔で魅せれば良い! ということなのだが、曖昧な要望はリシテアには理解し難い。それに、笑顔を作るのは想像以上に難しい。

    「そんなっ!? 踊りで大変なのに笑顔なんて……!」

     審査は技術を中心に見るだろうが、笑顔は重要だ。かといって、これまで表情を意識することもなく、感情に身を任せていたリシテアには厳しい課題だった。
     打ちひしがれそうになるが、敵情視察でドロテアの練習を見に行った時のことを思い出す。……優雅な笑みを絶やさず、洗練された仕草と振る舞い、華麗に回る舞踏はとても素敵だった! 何の作戦もなしに挑んでたら、士気を失って絶望していただろう。
     だが、今のリシテアはみんなの応援を受けている。ここで立ち止まるわけにはいかない! と、自ら奮い立たせる。

    「え、笑顔……!」

     鏡の前で笑みを作ってみたが、引き攣った歪んだ顔が映っていた……。作ろうと思って、簡単にできたら苦労はしない。
     

     行事はあれど、士官学校の生徒の本業は勉学、訓練、演習である。そのための学校なのだから当然であり、毎日の変わり映えのしない授業や当番は日常の象徴でもあった。

    「……あんたって、何を思ったら笑顔になれますか?」

     授業前の教室で、暗い表情をしたリシテアは隣の席の人物に話しかけた。話しかけられた方は、また面倒なこと言ってる……と、諦めの境地になっていた。

    「……何故」
    「……参考にしたいんです。……踊りながら笑う方法を模索しているんです」

     その回答を得て、フェリクスは白鷺杯のことかと思い当たる。舞踏会には微塵も興味ないが、異様な盛り上がりを見せてる白鷺杯準備期間は周知の事実だった。

    「そんなことをわざわざ聞くことか?」
    「そ、そんなことって?! なんですか、敵に手の内を晒したくないってわけですか!」
    「敵って大袈裟な……。俺が出るわけでもないのだから、手の内も何もないだろ」

     青獅子学級はディミトリが出場するので、フェリクスはあまり関係ない。踊れるかより、何も壊さずにいられるかの方が心配だ……。
     ファーガスは武人気質のお国柄か、舞踏会に興味を見出せない者の方が多く、金鹿学級の異常な熱意は正直引いていた。

    「お前の学級は、随分本気なんだな」
    「出場する以上、手は抜きません。本来、舞踏会は競うものではありませんが、勝負なら全力を尽くすのが礼儀です。勝つための努力は惜しみません!」
    「……矛盾してないか?」

     まあ、何事も全力で挑むのは好感が持てる。リシテアが出場するのはフェリクスには意外だったが、当人が納得してるのなら口を挟むことではない。

    「話を戻しますが、そんなことってどういうことですか! わたしは真剣に悩んでるんですよ、笑顔になる方法を」
    「だから悩むことか?」
    「なっ?! なんですか……こんなことで悩んでたら、白鷺杯は惨敗だって言いたいんですか……!」
    「何故そうなる……」

     フェリクスの予想以上に悩んでいたようで、深読みしてネガティブになってしまうリシテア。彼にそんなつもりはないが、変なところで落ち込ませてしまってバツが悪くなった。

    「そんなに思い悩むか?」
    「じゃあ、なんですか……良い方法でも知ってるんですか」

     恨めしそうな視線を向けられて戸惑う。彼からすれば、ささいな悩みにしか思えなかった。何故なら──。

    「お前は菓子食う時、いつも笑ってるだろ。甘いもののことでも考えれば良いだろ」
    「っ?!」

     フェリクスの何でもない一声は、リシテアには天啓に思えた。彼女にとって、お菓子の時間は至福の時……甘いお菓子を口の中に入れると、幸せに満たされて心がふわふわする大事なひと時。──フェリクスの言う通りかもしれない。お菓子の時は笑っていた気がする。
     しかし、リシテアには自分がどんな笑い方をしているのかわからない。それよりも、食べ物のことを考えるなんて……。

    「子どもっぽくないですかっ?!」
    「菓子を食うのに女も子どももないだろ」
    「そ、そうですが!? ただの笑顔じゃなくて、とびっきりの笑顔でないといけなくてですね……」
    「何も問題ないだろ?」

     どういう意味ですか?! と言いたくなったのをグッと堪えて、一度深呼吸して考える。
     ……たしかに、甘いお菓子の前だと自然と目尻は下がり、頬が緩んでいる。実は白鷺杯に向けて調整しているため、お菓子類は極力避けて、なるべく思い出さないようにしていた。お菓子作りも代表に選ばれてからはしておらず、空いた時間は踊りの練習に当てているほどの徹底しているリシテア。
     腑に落ちないが、物は試しと大好きなお菓子のことを考えてみると……リシテアの顔はみるみる破顔して、目を輝かせていった! 甘いお菓子と甘いお茶が添えられたお茶会を想像して、理想の世界へとトリップしてしまう。

    「そろそろ戻ってこい」
    「はっ?! す、すみません! コホン、しかしですね、そんな子どもっぽい理由で……踊りながら、お菓子のことを考えるなんて……」
    「効果覿面に見えたけどな」
    「うぅっ!」

     指摘されて恥ずかしくなるが、これ以上ない方法に思えた。
     暗い表情から一転して至福の笑みに変貌していくリシテアは、フェリクスにお馴染みなので気にも留めない。菓子くらいで、何故そこまで幸せになれるのか……と、毎度疑問になる。

    「ですが、ちょっと違うような……。さ、最後の見せ場ですし!」
    「そういえば、白鷺杯の日は特別に菓子が出るようだな」
    「えっ?! どこでそんな情報を! わたし知りません!」
    「アネットかイングリッドだったか、誰かが話していたのを聞いた」

     まさか、フェリクスからお菓子の情報を聞くとは思ってなく、リシテアは愕然とした。お菓子を遠ざけていたため、寝耳に水な新情報を得て、一気に心が震えていく。

    「特別なお菓子ですか、気になります! なんでしょうか……冬ですからカカオのお菓子でしょうか? あっ、生菓子もあり得ますよね? ふふっ、果物が入ったお菓子も良いですよね!」
    「……よくそこまで頭が回るな」
    「普通です。ああ──お菓子、足りるでしょうか? 全生徒分を用意するのは大変でしょうし、余りは期待しない方が良いですね。だとしたら、早い者勝ちでしょうか……前日の食事当番を交代すれば、勝機があるかもしれません」

     ソワソワ落ち着かなくなるリシテアは、笑みを隠しきれなくなっていた。これで当人は隠しているつもりなのが、また不思議だ……。
     しかし、お菓子に夢中になる彼女を見るのは悪い気はしない。

    「ほしいならやる」
    「えっ?!」
    「俺は要らん。食いたければ食え」
    「えっ、えぇっ?! そんな! 特別なお菓子ですよ!!」

     リシテアには理解し難いことだったので、叫び声を上げてしまう。騒がしい教室内でも響いて、複数の生徒の視線を浴びてしまい恥ずかしく俯く……。
     視線が散り散りになったのを見計らってから、声のトーンを落として確認する。

    「あの……お菓子をくれるのは、本当ですか?」
    「嘘を吐く理由がない。俺は食えんからな」
    「そうですが……い、いいんですか?」
    「要らんなら他の奴にやる」
    「要ります!!」

     即答するリシテアは真剣味を帯びてて、フェリクスはつい笑いそうになる。お菓子一つでコロコロ変わる有様は、愉快に感じるようになってた。

    「ですが、何の見返りなしで頂くのはわたしの意義に反します」
    「そこまで思うか?」
    「特別なお菓子ですよ! あんたには不要でも、わたしには大きな褒賞です。ですから──白鷺杯で優勝した時、あんたのお菓子を頂きます!」

     胸を張った宣言は、リシテアなりの矜持を示していた。特別なお菓子を得るのなら相応の成果を出すべき、と。白鷺杯への追い込みにもちょうど良かった。

    「……何もそこまで、と思うが」
    「気持ちの問題です。何事も報酬がある方が、効率良くなりますから」
    「まあ、構わんが」

     そこまで白鷺杯に熱意を燃やさなくても……と思ってしまうが、源を担ぎたいリシテアの心意気を邪魔するのは無粋だ。舞踏会とは縁遠いフェリクスなので不可解なところは多いが、甘んじずに相応の対価を払おうとする姿勢は潔い。……突っ込みたいところはあるが。

    「そうと決まれば、もっと対策を練る必要がありますね。作戦を見直していかないと!」
    「作戦?」
    「はぁ……もう少し身長が高ければ、都合が良いんですが。あと十センチくらい伸びないでしょうか」
    「少しじゃないだろ……」
    「背が高い方が映えるんです!」

     十センチ背が高くなったリシテア……。この時のフェリクスには想像が付かなく、違和感が大きかった。
     話終えたところで講師が入室し、お喋りは終わった。他愛のない会話から多大なる褒賞を確約されて、リシテアは満足そうにしていた。


    「……はぁ、敵に砂糖を送り込まれた気分だな」

     実は後ろの席にいて、会話を盗み聞きしてしまったクロードは小さく嘆息した。敵に鼓舞されることになってしまったが、有意義に使わせてもらおう! と頭の中で策略を巡らせていった。
     ついでに白鷺杯のお菓子も調べておくか……と、追加して。
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