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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    お菓子屋。ロレレオ前提

     知らせを聞いた時、頭が真っ白になった……。忙しい中で、わざわざうちに来てくれて、報告してくれてありがたく思ってる。
     恥ずかしそうに、はにかみながら笑う彼女を見て、夢じゃないんだな……と実感した。おめでたいことだし、意外だけどわたしは嬉しかった。本当に!
     でも、どうしてだろう……胸に隙間風が空いた。知らない彼女を見たから……きっと、そうなんでしょう。近くて遠い存在になった気がして寂しくなった……なんて、言ったら笑われそうですね。
     ちゃんとお祝いの言葉もかけれたし、一緒に笑い合いながら帰りを見送った。後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと手を振った。
     これからも幸せでいてほしい。ううん、もっと幸せになってほしい!
     
    「……結婚か」
     
     呟くと目頭が少し熱くなっていた……。

     
     ──勝手に落ち込んで、勝手に心に傷を負ったリシテアはショックで三日ほどお菓子が喉を通らなかった。レオニーの結婚報告を聞いて……。
     
    「結婚するんですね……わたし以外と」
     
     まだ言ってる……という突っ込みをため息と共に飲み込んで、暗い表情でお菓子を作っていくリシテアを横目で見ながらフェリクスも手を動かしていった。もう散々話を聞いて慰めたので、慣れたものだ。
     
    「レオニー……わたしじゃ駄目だったのでしょうか」
    「そうだろうな」
    「うぐっ?! も、もう少し、優しくしてください!」
    「いつまで言ってる。大体、お前の理想像は夢見がちだって言われただろ」
    「ど、どうして、そういうことは覚えているんですか!?」
     
     いい加減面倒臭くなったので、フェリクスは容赦しなくなった。
     心を抉られながら作るお菓子は、リシテアの気持ちを表すかのように塩が混ざっていた。甘くて、少ししょっぱい新商品は意外にも好評を博した。
     
     さて、そんなことがあってから早一月を経た──。
     無事にレオニーは婚約を果たし、リシテアの傷心も癒された頃。片田舎の村外れのお菓子屋に、不釣り合いな立派な馬が繋がれていた。
     
    「こんな田舎の小さなお菓子屋に何の御用ですか。もしかして、お暇なのですか伯爵様は?」
     
     本日の愛想の良いお菓子屋店主は休業しているようで、来訪者に不貞腐れた態度で応対していた。
     これまで見た事のない態度の悪さにフェリクスと来訪者は肩を諫めた。
     
    「……すまん、あれでも良い方だ」
    「い、いや、構わないよ。リシテア君の気持ちはわからないでも……ない」
    「俺はわからんが」
     
     二人の会話が聞こえているはずなのに、ツーンとそっぽ向くリシテアは拗ねているのを隠そうともしていなかった。子どもっぽいことを気にしているのに、現在は子どもっぽさ全開だ!
     来訪者──ローレンツに対して、こんな態度するのは訳がある。レオニーと結婚するから。それだけ!
     
    「リシテア君……君のお菓子を注文したいのだが、いいだろうか?」
    「お抱えの名店で頼んだら、どうですか? うちは見ての通り、平民向けの田舎のお菓子屋ですよ」
    「ああ、リシテア君の店は有名になってるよ。夫婦で作る美味しい甘さ控えめのお菓子だと、こちらでも話題になっていた」
    「そ、そそ、そうですか! ちょっと大袈裟な気はしますが……まあ評判良いなら嬉しいですが!」
     
     改めて言われるとリシテアは照れてしまい、愛想が良くなった。……先程から勝手に拗ねてるだけなのだが。
     
    「馴染みの店ではなく、町村の店を扱ってみたいと思ってね。市井の店を盛り立てるのも貴族の役目と考えてるし、何よりこういった知る人ぞ知る『穴場』というものを確かめてみたい」
    「……なんだかローレンツが言うと意外ですね」
    「そうかな? たしかに、そうかもしれないな……だとしたら、僕に変化があったということだ。僕一人では、どうしても視野は狭くなってしまうからな!」
    「はいはい、惚気は他所でやってください! なんですか、当て付けに来たんですか!」
    「その辺にしておけ……」
     
     僻みをフェリクスに諌められてしまうリシテア。さすがの彼女もこんな態度は良くないと考え直し、改めてローレンツと顔を向き合う。
     
    「すみません……さっきから無礼な態度を取ってしまって。あんたを見ると心が揺れて……せっかく訪ねて来てくれたのに、ごめんなさい……」
     
     しゅんと項垂れるリシテアを見れば、ローレンツは溜飲を下げた。とある人物から婚約の知らせを聞いてからずっと面倒くさい……と、聞いていたので元より怒りは持っていない。
     
    「構わないさ。……少々驚きはしたが、それだけ慕っていたのだろう。なら、落ち着かなくても無理はない」
    「うっ……すみません。心の整理ができなくて……ローレンツは悪くないのに……ううっ!」
    「リシテア君!」
    「まだ続くのか?」
     
     ぐすんと涙が流れそうになるリシテアを優しげに見る瞳と呆れている瞳が注がれる。
     
    「レオニーが幸せなら……わたしは十分です。ううっ、幸せならいいんです……!」
    「君はそこまで思っていたのか! もちろん、僕が幸せにする!」
    「幸せは二人でなるものですよ。あんたも一緒に……幸せにならないと駄目ですよ……ぐすっ、うっ!」
    「リシテア君?! そうだな、僕の思い上がりだった。共に支え合い、高め合うのが夫婦なのだから!」
     
     なんか感動的な会話をしている二人を遠目で見て、早く終わってほしい……と願いながらフェリクスは売り物のお菓子を並べていった。一応営業中です!
     待ちぼうけしている馬の鳴き声が、店の外から聞こえてきて癒された。
     
     ……30分経過しても結婚報告から幸せになってね! の感動の嵐が止まなかったので、不本意ながらフェリクスが間に入った。
     
    「要件はなんだ。手短に! 早く!」
     
     感涙極まって涙を零して寄り添ってくるリシテアの背中を摩ってやりながら、フェリクスが急いでローレンツに問いただした。……今は客がいないから良いが、この状況を村の人に見られるのは最悪だ!
     『元彼出現?』、『謎の男の登場!』とゴシップ題名が付きそうな噂が流れかねない。田舎は娯楽に飢えているので、噂が回るのは早い。
     
    「ああ、すまない。実を言うと今度のお茶会の菓子を頼みたくてね」
    「此処でなくていいだろ」
    「詳しく言うと、茶会の作法を練習をするレオニーさんへのお菓子が欲しくてね。甘いものは好みでなくて、慣れない作法の予行は息苦しいだろう。せめて、茶請けは彼女の口に合う物にしたい」
     
     尚更、此処じゃなくて老舗のお菓子屋の方がいいんじゃないのか?
     泣き止んだリシテアもフェリクスと同様のことを思って訝しげた。
     
    「でしたら、あそこのお菓子屋で良いんじゃないですか? バターのならレオニーも好きそうですが」
    「あそこは店主が代替わりして、味が変わってしまった……。戦争後だと他の店も代替わりや休業してしまって、なかなか見つからなくてね」
    「そうなんですか、残念ですね。でも、あちらの店なら味も変わらず美味しいですよ?」
    「ふむ。あの店は僕も好ましいが、甘味が強くてレオニーさんに合わないと思っている。店によって得意な物や趣向は違うからこそ、その店のおすすめを選びたいのだが、なかなか巡り会えなくて……」
    「そうですね。好みと名菓子は別物ですから」
     
     甘党同士は、様々な持論で他の店は不適格な理由を話し合っていく。眺めながら、非甘党は「なんで、話が通じてるんだ?」と疑問に思う。
     
    「リシテア君のお菓子は甘さ控えめの焼菓子が人気だと聞いてね。私情を挟まないよう考慮したのだが、レオニーさんの好みを知っている分、信頼性が高いと判断した」
    「そうですね。甘さ控えめならよく作りますし、レオニーの好みはわかりますよ!」
     
     バチっと火花がぶつかった。そんな気がした。
     互いに見合うリシテアとローレンツ──。目の奥に炎を宿らせて、合戦の合図が鳴った……二人の中で。
     
    「そうか、リシテア君は理解が深くて助かるよ! 僕もレオニーさんの好きなものは熟知しているが、通じ合う同志の方が都合が良い」
    「ええ、そうですね。レオニーとお茶したことは何度もあるので、おやつの好みもわかってるつもりですよ!」
    「それは良かった。僕とも幾度とお茶をしたから作法の心配をしていないのだが、やはり茶請けは美味しいに越したことがない」
     
     瞳の奥の焔は渦を巻き、ますます火花を散らし合う。わたし/僕の方がレオニーのことを知っている! 会戦が、何故か開かれてしまう。……勝手に盛り上がって、通じ合って、張り合う二人の謎の現象にフェリクスは理解することを放棄した。
     
    「もちろん、好きな茶葉は知っていますよね?」
    「当然だ。レスターコリタニアは欠かしたことない!」
    「わたしも一緒に飲みますよ、スパイスティー」
    「おや、君が飲むのは意外だな」
     
     お前、その茶葉好きじゃないだろ……と思う外野は素知らぬ顔をして、お菓子の生地作りを作るため、すぐ側の厨房に向かった。無駄な争いに関わりたくない、碌なことにならない、とわかる。
     
    「茶葉くらい知っていなければ、伴侶と名乗れない。そうそう、魚も好きだったね」
    「そうですね、辛いものも食べていましたね」
    「激辛でも平気のようだったな。リシテア君は苦手だったかな?」
    「ええ、得意ではないです。ですから、食事で出た時はレオニーに食べてもらってました。お礼にお菓子が出る日は、わたしに分けてくれました!」
    「なっ、リシテア君に!? ……ゴホン、気遣いができて素晴らしいことだ! そうだ、グロスタール産の葡萄酒も好きになったようだ。慣れなくて苦手意識があったみたいだが、僕と一緒に飲んでいくうちに好きになっていったようだよ!」
    「あら、そうですか。うちにいた酒造職人をそちらに斡旋して良かったです」
     
     ぐぬぬと唸り合いながら、笑顔で取り繕っていく。互いにマウントを取り合いながら一歩も引かない姿勢で、あれこれ言い合っていけば、どんどんヒートアップしてしまうのは必然……。
     何やってんだ、どう考えてもリシテアの負け戦だな、と分析して卵を割っていく傍観者。
     
    「わたしはレオニーに背負ってもらったことありますよ!」
    「僕はレオニーさんを背負うことができる! いつ如何なる時も守りきってみせる!」
    「レオニーの方が守る術が多い気がしますが?」
    「……物理と精神面は別だと僕は思う」
     
     ローレンツはちょっと悔しそうだ。
     
    「ふふっ、レオニーからお嫁さんに来ないか? と言われたことありますよ!」
    「なっ?! 羨まし……リシテア君の話に合わせてくれる素敵な女性だ! まあ、結婚するのは僕だが!」
    「ぐっ! それはずるいですよ!」
     
     リシテア、痛恨のダメージ。
     勝負あったな、と心の中で呟いて、フェリクスは泡立て器で全卵を空気を含ませるように混ぜていった。
     ──低年齢児の張り合いをするリシテアとローレンツは、カランカランと来客を知らせるベルの音で、一旦休戦する運びになった。
     一先ず店主の顔に戻ってリシテアは客の相手をし、ローレンツは呼吸を整えてから出されたお茶を飲んで喉を潤し、優雅な態勢を取り繕う。
     
    「……何しに来たんだ」
     
     呆れながらボヤき、砂糖を足して生地作りに励んだ。今日は湿気がなくてやりやすい。
     
     ★★★
     
     火花を散らせるリシテアとローレンツでは埒が開かなかったので、仕方なくフェリクスが間に入って諫めつつ、なんとか話を聞き出していった。
     
    「話はわかりました。引き受けましょう」
    「ありがとう、リシテア君。レオニーさんもきっと喜ぶよ!」
    「ええ、好みのお菓子でないとやる気が出ませんし、効率が悪いです。レオニーのためなら……いえ、レオニーだからこそ、お引き受けします!」
    「回りくどい」
     
     張り合いを散らしていたリシテアは、ここでようやく(遅過ぎるが……)お菓子屋店主の顔をしてみせた。
     成り行きで始めたお菓子屋だが、営む以上はちゃんときっちりやるのがリシテア。元貴族で金銭感覚は未だ世間とズレているが、営業や商談に関しては抜かりなく天才スキルを発揮する……たぶん。
     
    「ならローレンツ。当然、報酬を渋る気はありませんよね?」
    「無論だ。此処で出せないのなら僕──いや、グロスタール家の沽券に関わる!」
    「……そうか?」
     
     思わず入った突っ込みを無視して、二人は勝手に進めていく。元金鹿学級のみんな、けっこう人の話を聞かない。
     
    「予行演習ですが、貴族のお茶会にお出しするお茶請けです。相応の品を用意したいと思っていますが、そうなると……」
    「皆まで言わなくても理解しているよ、リシテア君。君の心意気に感謝する。お茶会は作法だけでなく、目や舌の訓練も必須だ。相応しいお茶請けでなければ、レオニーさんのためにならない!」
    「わたしも元は伯爵家の人です、その辺は弁えているつもりです。ならお分かりでしょうが、あんたの希望通りの物を作るには材料費はもちろん、人件費に特別仕様費用、その他諸経費……ローレンツ=ヘルマン=グロスタール伯爵殿、どのくらいお支払うつもりでしょうか?」
    「フッ、先程僕は言ったはずだ。──グロスタール家の沽券に関わると! 糸目を付けるわけがない!」
     
     付けろ! と言いたいのを堪えて、フェリクスは不可解な取引交渉を見守る。お茶請けくらいで何をそんなに……と、顔を顰めながら。
     大丈夫か、この領主? と思うが、ファーガス出身の者には理解できない慣例があるかもしれないと一先ず口を閉ざした。
     
    「ローレンツの思い受け止めました。わたしも誠心誠意尽くします! レオニー好みのお菓子を作り上げてみせます!」
    「僕の目に狂いはなかった。リシテア君、期待しても構わないんだね?」
    「もちろんです、期待以上の品をお渡ししましょう! まずは、お菓子道具の新調が必要ですね!」
    「なるほど、まずは形からと言う。ふむ、レオニーさんのためなら出し惜しむ理由がない。なら、道具の新調を……いや、この店の新装を請け負おう!」
    「ロ、ローレンツ!? あんた、そこまで! ……実は窯が古くて焼き加減にムラがあるんですよね」
    「それはいけないな。お菓子作りは精巧な技術を要するからに、設備が十全でないと良い成果はでない。承知した、グロスタールの名にかけて満足な環境を揃えて見せよう! これも貴族として、次期盟主たる者の務めだ、はーはっはっはっ!」
     
     おいっ大丈夫か、グロスタール領!? 貴族の務めをこんなところで発揮しなくていい! 
     ……後に様子を見定めて、フェリクスがちゃんと丁重に断った。実はこの中では、傭兵経験のあるフェリクスが一番金銭感覚がズレていなかった。
     
    「…………早く帰ってくれ」
     
     頭を抱えながら事態の収束を願う。嘆きに同調したのか、すっかり待ちくたびれて眠そうにしている馬の鼻息が聞こえてきた。
     
     
     普通に話せば30分で終わりそうな商談を経て、早速リシテアはレシピ集や帳簿、注文表と睨めっこしていった。そんな彼女の補助をしつつ、余分な甘味の注文に駄目出しをしつつ、フェリクスも依頼のお菓子作りに励んでいく。
     
    「ふふふ、わたしの想いを見せつけてあげます!」
    「……好きにしろ」
     
     フェリクスには彼女の動機が一切わからないが、意気込みが良いのは望ましい。。
     
     そして、幾多の試行錯誤の果て、ついにレオニー好みのお菓子が完成しようとしていた。
     
    「ふふん! これなら会心の出来でしょう!」
     
     焼き上がりの状態を見ながらリシテアは満足そうに微笑む。厨房を浸す芳醇な香りは、二人の鼻腔を満たす。……アルコールの香りで。
     
    「ちょっと入れ過ぎた気がしますが、レオニーは多い方が喜ぶでしょうから」
    「酒豪だからな」
    「ええ、お酒入りならきっと気に入ると思います。レスターって、変なところが面倒ですからね……お菓子くらい好きな物食べたいです……」
     
     そう言うと、レオニー用の焼菓子──所謂、ブランデーケーキの調整に入っていった。
     
    「さすがグロスタール産の果実酒です。良いお酒は香りでわかります……お菓子に使うのは勿体無いくらいですね」
    「あまり吸うな。得意じゃないだろ」
    「このくらい平気です。わたし、お酒に関しては詳しいですよ! ……と言いたいところですが、連日作ってたから頭が痛くなりますね」
     
     ブランデーケーキの香りは、けっこうキツい。レオニー向けにお酒を多めに入れているので、アルコールを飛ばす過程の芳醇さは、厨房だけでなく店全体を満たしていた。
     知識はあっても、お酒が得意ではないリシテアは頭がクラクラしてきていた。
     
    「あとは俺がやる。塗っていけばいいだけだろ?」
    「ええ。……すみませんが、よろしくお願いします。ちょっと外の空気吸ってきます……」
     
     少しフラつきながらリシテアは菓子工房から出て行った。フェリクスは辛党なので、アルコールの匂いくらいでどうということはない。むしろ、飲みたくなる。
     平気な彼はブランデーケーキの表面や側面などに、リシテアお手製の香り良い酒シロップを塗っていく。
     
    「……全部使っていいか」
     
     多めに作っていた酒シロップを全体にかけるように塗っていく。
     まあ酒豪だから良いだろという気持ち、茶会なら一切れ二切れ食べる程度だから問題ない、酒は保存性を高める、などの様々な事情が重なり、それはそれは芳香なるブランデーケーキが出来上がってしまう! 
     ……フラグが一気に立ち昇る。
     [

     報せを聞いてそわそわと待ち望み、満を期した受け取り日にリシテアの店へ意気揚々と乗り込み、頼んでいたお菓子をローレンツは無事に受け取った。
     
    「あの、朝早くから来られても困るのですが……」
     
     気持ちが抑えきれなかったようで、開店前に来訪して苦言を頂いてしまうもローレンツの気分は湧き上がり続けた。
     件の菓子は洋酒の濃厚な香りが漂っていたが、若き菓子職人の話を聞くと納得した。好きなものを配慮して作ってくれたことに感謝し、多めに色が付いた謝礼を渡し一部返還されて、大事そうに菓子を携えて領地に帰還する。
     お使いなど幾多に及ぶ従者に任せれば良い事なのだが、わざわざ自身で受け取りに行くのは彼なりの流儀や愛が募っていたのだろう。

     では早速、茶会の準備を! ……と言いたいが、まだ陽は頂点には遠く、お相手のレオニーは率いる傭兵団の依頼や引き継ぎ等あるので不在中。そして、領主には領主が為すべく山積みの執務がある。
     
    「一先ず、目処が付くまで終えてからだな」
     
     一つ一つの執務には、領民達の幸せや平和を願う思いが宿っている。現を抜かすのはやるべきことをやってから、と自身を戒めた。近くにいた侍従に菓子を預けて、レオニーが訪れたらすぐにお茶の準備を頼み、貴族としての使命に励んでいった。
     

     周囲の情勢確認や書類整理をし、外交に関わる招待状の返事を書きつつ、旧友からの文や絵に感激したり、どこぞの国王からの『フォドラ、どう?』の短文に長文返事を認めたりしているうちに随分と時は流れていた。
     執事からレオニーの訪問の報せを聞くと、颯爽と茶会の準備を促し、手にしている書類を高速で片付けていった。こう言う時の伯爵様は行動が早い……と、後に侍従長は語る。
     
     お茶の前の余談になるが、お酒を含むお菓子は多く存在する。ブランデーケーキやショコラボンボンが代表的。こういったお菓子は酒量が表記されており、アルコール量も余程の量を食べない限り酔わない、と言われている。
     しかし、それは此処ではない話……フォドラに於いては、規定や規制はなく自由裁量。またアルコールは保存性を高める意図で大量に使うことがあり、今回はお酒好きに合わせて調整している。……ということを念のために記しておく。
     未成年の飲酒は厳禁です!!

     ★★★

     ということで、ようやくお茶会の時間になった。
     レスターでの作法は色々とややこしく、いっぺんに覚えられるものでも身につくものではない。しかし、フォドラ統一を機に余分で無駄な行儀を省こうとする動きが高まっており、実のところそれほど急を要さない。
     なら何故、忙しい中このような時間を……おっと、それは野暮だ。面倒くさい性格の者だとお誘いも口実も面倒くさいのです、リシテアのように。
     
    「よお、ローレンツ! いつ来ても凄い邸だなー」
     
     グロスタール家自慢の薔薇の庭園に赴くと、テラスにて既に待ち人がいた。
     気さくに話しかけてくるレオニーを見ると、ローレンツの表情は一気に柔らいでいく。
     
    「来てくれて嬉しいよ、レオニーさん!」
    「そりゃあ、前から言われてたんだから行くさ。傭兵は約束を守らないと信頼されないからな」
    「その当然な行いをできぬ者は意外と多い。君の美点が変わらないままで喜ばしい!」
    「相変わらず、変な言い方するよな……まあいいさ。ありがとう!」
     
     慣れない褒め方の挨拶であるが、レオニーも会えて喜んでいるので、うっすら頬は桃色に染まっていた。
     腕っぷしの傭兵団を率いるレオニーとなったが、やはり傭兵である以上負傷は付きもの。腕を失った者や死に至る者は後を絶たない。長く生死が伴う環境にいたせいか、一時の逢瀬に感慨深く思うところが互いにあった。
     
    「この薔薇の庭園いつ見ても凄いよな。管理が大変そうだな」
    「気高く美しい薔薇は好ましく思っているが、レオニーさんの好きな花を植えて構わないよ。君の好きな花と薔薇が調和された庭は、より色鮮やかに咲き誇るだろう!」
    「大袈裟だから。でも、そうだな……此処の手入れはやってみたいと思ってたんだ! これだけ広いと、野菜もたくさん植えれそうだ! あっ、ローレンツは何の野菜が良い?」
    「あ、ああ……レオニーさんの趣味が広がりそうで何よりだよ」
     
     薔薇の庭園が野菜畑になっていく未来図がローレンツの頭に繰り広げられるも、噛み合わないことはよくあるので慣れていた。
     しかし、こういった予想外の展開を彼は歓迎していた。
     
    (ふむ、有事の際の蓄えを生産しておくことは理に適っている。物流の不安定、物価が高騰する不況下で、食糧の供給は領民への安寧に繋がる。まずは何より、食べる物を優先した方が良い……そうか、レオニーさんは僕にそのことを気付かせるために話してくれたのか?!)
     
     自慢の庭園に家庭菜園の畑が追加される勢いで、前向きに検討していった。……勘違いだが。レオニーは花も植える気だが。
     
    「なあなあ、さっきから気になっていたんだけど、なんかいい匂いするよな!」
    「おや、気付いたかい? 今日のお茶請けはリシテア君の店で頼んだ品だ。レオニーさんのために誂えた特別仕様だ!」
     
     庭の開墾に耽りかけたローレンツは、本題を思い出す。
     
    「そうか、じゃあ久々の酒だな!……あー、お菓子だから違うか」
    「半分は当たりだな。お酒を含ませた焼菓子なのだから」
    「へぇー、そういうのもあるんだ。わたしの知ってるお菓子とは大違いだ」
     
     アルコールが含まれていると聞くと、レオニーは目を輝かせていった。最近は色々な懸念が多いため、お酒の量や回数を減らしていたので、彼女には喉から手が出る欲求に即したお菓子だった。
     
    「リシテアが作ったのかー。あっ、だからこの匂いは果実酒なのか?」
    「違いがわかるのかい?」
    「ああ、このお酒の匂いは甘くて苦手だったんだけど、リシテアに勧められて飲んでみたら意外と美味しくてさー! だから覚えてたんだよ」
    「そ、そうか。旧コーデリア領は酒造が盛んだった。……熟知してて当然か」
     
    『このくらい当然ですよ! レオニーとの思い出が詰まってますから!』とドヤ顔で胸を張るリシテアが、ローレンツの頭に浮かんで悔しさが生まれた。……まあ、レオニーさんが気に入ったようならお菓子屋冥利だろう、と気を取り直す。
     
    「リシテアのお菓子だからフェリクスも作ったんだよな。意外だよなー、意外過ぎて最初聞いた時は笑っちゃったよ!」
    「気持ちはわからなくないが、随分腕が上がったらしい」
    「根が真面目だからな。あいつ、いくら酒飲んでも全っ然顔に出ないから酔ってるのか酔ってないのかわからないんだよ! イケる口なのに付き合ってくれなくなったし」
    「レ、レオニーさんが、わかりやすいからでは……」
     
     なんだろう……ちょっとイラッとモヤっとする。ささやかな会話で狭量な自分を知ってしまい、ローレンツは言い訳を探した。
     レオニーさんにとって大したことではないし、フェリクス君は今やリシテア君と共にいるのだし……と。当人に聞かれたら『うざ絡みされたから避けてる』と答えるので、本当に大したことない!
     
    「なんだ、機嫌が悪いのか? 領主だから大変だよな」
    「えっ? いい、いいや、そんなことはない! すまない、レオニーさんの前だと言うのに……」
    「別にいいさ。天気と一緒で、機嫌の良い日や悪い日があって当たり前なんだし、隠すことじゃないだろ。それに、わたしはそういうことに気付けないから、正直なローレンツの方が嬉しいよ」
    「レオニーさん!!」
     
     バッチリ好印象な選択肢を選んだレオニーはローレンツの好感度が大幅に上がった!
     ……というテロップが流れそうなくらいローレンツは自分の気持ちに正直になることを思慮に入れた。しかし、見栄を張りたいのが男心。
     
    「話が逸れてしまったな。せっかくの茶会だ。どうせなら、お茶と共に楽しもうではないか!」
    「そうだな! いやー、実はさっきから良い酒の香りがして気になってて」
    「なら、良かった。レオニーさんが食べたいと思えるお菓子を用意することができて、僕も考えた甲斐があった」
     
     ご満悦な様子で、二人のお茶会が始まった。一応作法の演習なので、それっぽい指導はするが細かいものは省略してるので(口実だし……)レオニーは気楽に食べれそうだった。
     
    「面倒だな、貴族ってのはー」
    「責任が伴うからな。僕もお茶くらいは気楽に過ごしたいが」
    「…………そういえば、ローレンツって色んな人にお茶誘ってたよな」
    「んなっ!? な、何故、今そのようなことを! ずいぶん前の話じゃないか!」
    「いやー……思い出しただけー」
     
     細かいことを気にしないレオニーが珍しく覚えてて、少々虫の居所が悪くなりかけたが、彼の意図はわかっているのでお茶と一緒に飲み込んだ。……自分にも、そんな気持ちがあったことに照れが混ざる。
     
    (先生に言われたことを思い出してしまうな……)
     
     かつての師に「女性からの苦情が多い」と言われたことをローレンツは思い出してたため、レオニーのささやかな悋気には気付かなかった。
     
    「そ、そうだ、そのお菓子はリシテア君が研究を重ねて作って、レオニーさんの口に合うか気にしていたよ! 風味が薄れないうちに食した方が良い」
    「そうだな、酒のお菓子だもんな。甘そうな気がするけど、リシテアはいつも甘い香りしてたからいいか!」
     
     レオニーらしい理屈で目線はお菓子に注がれて、ローレンツは満足した。
     貴族として、はしたないのかもしれないが、美味しそうに嬉しそうにする有様は至極のひと時を作り上げる。
     
    「……やはり店の改装を検討すべきか」
     
     今後もご贔屓にするのだったら、より良いお菓子生産に助力して良かったのではないか、と頭に過ぎる。『余計なことしなくていい!』と、フェリクスから叱責と拒否されたのを思い出しながら、お菓子を切り分けたり、温かいお茶を淹れていった。
     
     そして、数十分後……。
     薔薇の庭園の一角は、甘めの酒の香りと共に愉快な声が響いていた。
     
    「なんだよ〜、一口一口ゆっくり食べてるじゃないか〜!」
    「レオニーさん、茶会ではお菓子をたくさん食べないんだ……」
    「いいじゃないかー無礼講だろ? このお菓子さ〜お酒の味がして止まらないんだよ〜! 余らすのは勿体無いだろ〜?」
    「そうか、君の口に合って良か……じゃない! 此処は酒場ではない!」
     
     知ってた、こうなると思っていた! 当事者と製作者以外には予定調和。
     予想通り、レオニーはお菓子を気に入ってたくさん食べていった。それは良いのだが……久々のお酒、酒豪向けのたっぷりのアルコール、開放感のある外での茶会やら恋人に会えての幸福感やら疲労発散やらその他色々で、見事に出来上がってしまっていた!
     
    「レオニーさん、お茶会でそのような振る舞いはどうかと思うのだが……」
    「──ローレンツ!」
    「なっ、何か?!」
     
     小言を言うも、突如真剣な眼差しと声音で呼び掛けられて、ローレンツはつい素直に応じてしまう。
     じっと見つめてくる瞳は酒気を帯びて、緩んでいる。熱烈に見つめられるとドクンと心臓が高鳴る。背後の薔薇と相まって、花の世界にいるのかと錯覚してしまいそうだ。
     何をするんだ。沈黙が長く感じる……レオニーは、一体何を考えているんだ!
     
    「食え」
    「……は?」

     突如、フォークに刺さったケーキをローレンツの目の前に差し出した。

    「さっきから全然食べてないじゃないか〜! せっかくの酒なのに一緒に食べないと意味ないだろ〜?」
    「えっ? いや、レオニーさんが夢中で食べていくから……。それと酒ではなくお菓子であって」
    「なんだ〜? わたしのお菓子が飲めないって言うのか!」
     
     酔っ払ってる、誰がどう見ても酔っ払いの発言だ。酒豪にしてはお菓子で酔うのは不可思議だが、久々のお酒と言っていたし、リシテアからアルコールをたくさん入れたと聞いていたから酩酊になっても……と、ローレンツが思考している間に、すぐそばにやってきたレオニーに驚く。
     
    「レ、レオニーさん、フォークを持ったまま歩くのは……」
    「よし、食え!」
     
     開口一戦。ローレンツが口を開けた際に、レオニーはフォークの一口大のケーキを突っ込んだ。突然、アルコールたっぷりのお菓子を含まされて、思いっきり咽せてしまう。
     
    「ッ……ゴホ! ん、うっぐ!」
    「どうだ〜? 美味いだろ!」
    「レ、レオニーさん……人の口に勝手に食べ物を入れないでくれたまえ……。せめて、そう言う時は」
    「ああ、わかったわかった! あれだろ〜? ……はい、あーん!」
     
     再度、上機嫌でケーキを差し出されてローレンツは固まった。状況を飲み込むのに数秒かかり、思わず貴族としてどうなのかと考えてしまう。
     しかし、酔っ払ってなければレオニーはこの行為はしない! 無碍にすることは"素面ではできないことをする機会"をむざむざ葬ることになる! だがしかし、貴族としてその行いは……酔っ払いに乗じて事に及ぶなど蛮行ではないだろうか!?
     大袈裟に葛藤したローレンツは、わざとらしい咳払いして、なんとか平静を装うと試みる。
     
    「レオニーさん、僕は子どもではないのだから一人で食べれる」
    「なんだよ? そっか、嫌なのか〜」
    「い、い嫌ではない! そうではなくて、その少々無作法というか、はしたないのではと思って……」
    「わかったよ。じゃあ、もうしない!」
    「えっ?!」
     
     きっぱり絶たれると、それはそれで大いに残念だった。ちょっと彼女が不貞腐れてるように見えるのは気のせいだろうか……。
     
    (落ち着くんだ、僕! 相手はレオニーさんだが、酔っ払ったレオニーさんだ! ) 
     
     頭をフル回転させて、酔っ払った時の彼女の対処法をシミュレートしていく。
     
    「レ、レオニーさん! その、お茶会の作法ということを失念しているように思えるのだが」
    「いいじゃないか〜。せっかく会ったのに作法とか面倒なんだよ! ほら、お茶やお菓子は一緒に飲んだ方が美味いんだろ〜?」
    「そ、そうだが……だからといって」
    「わたしはローレンツと酒が食べたいんだよ! いいだろ!」
     
     怪しい呂律で、また一口サイズのケーキを突き付けられる。
     釈然としないが、レオニーの素直な気持ちを聞いてローレンツはドクンと胸を高鳴らせてしまう。……こういう酔っ払い方なら歓迎しなくもない、と。
     
    「で、では、相伴に、あ、預かろう!」
    「おっ、素直になったな〜! えらいぞ~」
    「レオニーさん、で、できたら、さっき言っていたことをもう一度頼んでもいいだろうか?」
    「さっき〜? んー……よし、食え!」
    「違う!」
     
     即座に訂正して、その後だとか人に食べさせる時に言う言葉とまどろっこしい説明をして、レオニーに促すローレンツ。
     また何を言っているんだ? と思いつつも、アルコールで緩くなった頭で考えていく。
     
    「……あっ、あーんか!」
    「そう、それだ!」
    「あーんしろ」
    「そうじゃない!」
    「うるさいな〜、ローレンツは。そんなこと言ってると~大きくならないぞ~?」
    「いや、僕はもう成人済みで爵位も継いで……うっぐ!」
     
     無視してレオニーがフォークを押し付けると、ローレンツは不満そうに咽せながら食べていった。
     理想とは違うが、彼女がこういうことするとは思っていなかったので……素直に喜んでいた!
     
    「ふむ、さすがだな。甘さ控えめで上品な仕上がりだ。酒量が強いが、レオニーさん用なら適正だろう」
    「なっ、美味いだろ~」
    「そうだな、甘さ控えめが得意というだけある。リシテア君が作るのだから心配していなかったが、実際に食べてみると評判通りの美味しさだ。……お菓子屋を営むと聞いた当初は不安で別の道を勧めようか考えていたが、彼女の研鑽な研究と飽くなく熱意が素朴で味わい深いお菓子を作り出し、さらに僕の期待に応えて」
    「ローレンツ〜。はい、あーん!」
     
     長い高説を遮ってレオニーは再び、お菓子で彼の口を塞いだ。
     唸りながら食べさせられる貴族とは思えない素の姿を見ると、なんとなく心にくる……うまく言えないあたたかな気持ちが湧いてくる。
     
    「なんかあれだな、けっこう楽しいな~!」
    「そ、そうかい?! 僕も、た、たまにならこういうのも悪くないと思っている」
    「あれに似てるよな~。───雛に餌をやる親鳥に!」
    「レオニーさんっ!!」
     
     空気を読まない彼女に思うところはあるが、親鳥……次期伴侶からのお菓子を照れながらも食していった。
     薔薇の庭園には似つかわしくなくても、二人らしい至福の時間となった。
     
     ……味を占めたのか、後日再度同じ注文をリシテアにするのだった。
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