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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    星占い 煌めく星空は、人々を魅了して惹きつける。見上げる遠き空に目と心を引き留め、一時の異世界へ案内しているかのように。
     瞬きの瞬間に星は落ち、流れ、消え行く。その幾多の星々は何かの予兆か、警告か。それとも女神の宣託か──先人達は、そう考えたのだろう。天翔ける彗星、並び連なる星には意味があり、我々を導く予言だと……星霜の理を探求するのは、遥かなる道標を辿りたいのやもしれない。もしかしたら、暗闇の中の一筋の光に縋りたかっただけなのかもしれない。
     無論、真相は不明のまま。しかし、星は何かの導きだと考えられても不思議ではない。それはいつの世、今世のフォドラでも──。
     
     
    「星占いですか?」
    「そう、占星術って言うのかな。今流行ってるんだよ。市場の一角で視てくれる人がいて、それが当たるって評判でね! 司る星で運勢を占うんだって……星座だったかな?」
     
     金鹿学級の教室の一角で、女性陣が授業前に団欒していた。
     連なる星々を何かに見立て、星座を作り出すのは何処の世でも成り立つのだろう。少数だが、フォドラでも星座を識る者はいた。
     そして、星座があるのならば占いも成り立つ……のかもしれない。
     
    「なんか怪しげだなー。せいざ、とか言われてもピンとこないや」
    「たくさんの星の使いがいて、生まれた日に則った星座がいるんだって」
    「ますます怪しげですよ……」
     
     ヒルダが話す最近流行り出した星占いのことを聞いても、リシテアとレオニーは怪しさに訝しげた。
     
    「星座は少し知っていますが、それが占いになるのですか?」
    「星は古来からありますから……何か神秘的な力を持っていても……不思議ではないかと」
    「そういうもんか。わたしからすると魔法も不思議だしな」
    「そうそう、それに素敵じゃない! 星占いっていい感じに当たりそうだし、星を象った装飾品はいつも人気なんだよ。ロマンティックよね~!」
     
     日常とは違うミステリアスな雰囲気が、心をくすぐるようだ。
     その星占い師は、フォドラの何処かから呼ばれて舞い降りたが綺羅星の託宣が降りて、市場で人々を見て目当ての星の持ち主を探し出し、今世の吉兆を調べたいとのこと。
     
    「理由はよくわかんないんだけど、色んな人を視たいようだから協力しに行かない? それに、当たるって言われてるのは本当だよ。ねっ、マリアンヌちゃん。一緒に見に行ってきたんだ〜!」
    「は、はい……自分の星座が見守ってくれてる。そう思うと……少し、勇気が出ました。……星が見てくれてると聞くと」
    「あと、相性占いも得意なんだって。だーれか見ておきたい人が、いるんじゃないのー?」
    「いません」
    「いないいない」
     
     怪しい笑みの問いかけは無情に躱されて、ヒルダは唇を尖らせた。
     ……胡散臭い星占いだが、占い師のカリスマ性故か、昨今の不安故か、女性の心を掴んで流行り出したようだ。星の道しるべは、人々の安寧に一役買っているのだろう。
     
    「みんな、占いって好きだよなー」
    「レオニーちゃんだって、お守り大事にしてるでしょ? 似たようなものだよ。少しでも未来が良くなったら嬉しいでしょ!」
    「そうだな。村のお祭りも豊穣祈願や実りが良くなるように、ってことだし」
    「源を担ぎたいのですね。……それで簡単に未来が覆せればいいのですが」
    「でも……気持ちは楽になりますから……。空の星々が見守ってくれてると思うと安心します。最近は奇妙な事件も多かったですから……」
     
     授業が始まる前の雑談は賑やかに続いた。占いを信用していないが、山間の寮生活は娯楽が少なく、教団の内部分裂やら何やらで妙な事が多かったため、話していくうちに興味が湧いてきた。
     せっかくだし、行ってみても良いかな! という具合に。
     
     そして、放課後──。
     善は急げと、ヒルダを筆頭に占い師の元へと訪れる金鹿学級の女性陣一行。テントを使った占いの館らしい外装に驚きながら、それぞれ見てもらうことになった。
     
    「お、お邪魔します……」
    「──貴女の星は珍しい形をしていますね。常に燃え盛り、まるで早く尽きるのを望んでいるよう」
    「はっ?」
    「けれど、私の求める星の持ち主ではないようです。天に寄り添う星屑と変わりないですが、貴女の燈火がどうなるか少々気になります」
    「ええっ?」
     
     テントに入った途端、水晶玉を視ながら奏でられた声にリシテアは目を丸くする。突然、怪しげなことを言われて、早くも此処から脱出しようかと考えてしまう。
     
    「驚かせてしまいましたね。どうぞ、おかけなってください。退出は司る星の声を聞いてからでも遅くないでしょう」
    「…………」
     
     気を取り直して、占い師と向かい合う形で椅子にかけた。占い師というのは大概怪しいのだから、と失礼な理由を見つけて、星を視てもらうことにする。
     
    「貴女の星は双魚の宮。魚座を司りますね」
    「……魚?」
     
     人物じゃないの? と思う間に、水晶玉に手をかざす占い師は星座には蟹や蠍など幾多の生物が含まれており、その成り立ちを説明していった。多少の星座を知っていたリシテアなので、本で読んだことのある逸話を聞いて落ち着きを取り戻す。
     
    「天馬の節下旬から孤月の節の中旬までが双魚宮を司ります。それに則りますと、貴女の運勢はこちらですね」
     
     そう言って、一枚の紙をリシテアに渡す。魚座の貴方は……から始まる文章は、これからの運勢が記されていた。要は、星座占いだ!
     
    「個別じゃないのですね」
    「各々に合わせて星の導きを視ることもできますが、空の瞬きのように気まぐれなものです。大いなる魂を宿らせた者でなければ、天翔ける川の星屑と相違ありませんので」
     
     占星師の語りは理解し難い内容のため、リシテアは曖昧に頷いた。謎めいたところが神秘的に映り、人を惹き寄せるのかもしれない。
     
    「星同士の巡り合いや相性占いでしたら可能ですが、誰かと見たい方はいらっしゃいますか?」
    「い、いえ、そんな人いないです!」
    「そうですか。私が言うまでもなく、既に巡り合っているようですね」
    「えっ! ほ、本当ですか!?」
     
     思わず大声で返事をしてしまうが、占い師は慣れているようで淡白に応対していく。相性占いの相談の方が多いので、彼女の反応は珍しくなかった。
     
    「ただ、星の導きは気休めに過ぎません。月も星も太陽もざわめいており、赤き綺羅星と炎の流星が降ると示しています。今後の行く末は天と地、そして貴女次第です」
    「は、はあ……」
    「星は、いずれ燃え尽きます。その運命に抗うことはできませんが、他の星々に痕跡を残し、新たな星や彗星を生み出すことはできます。流れ星に心を揺らす者が多くいるように、燃え落ちる星の価値を問うのは貴女ではない、と刻んでおくと良いでしょう。ゆめ、お忘れなきよう」
     
     何を言っているのかわからなかった。占い師だからこそ意味深に聞こえてしまうのだろうが、何か大事なことを告げられた気がした。
     
    「どのような選択をし、どのような未来を描きたいのか、よくお考えになって行動してください。──貴女の運命に幸あらんことを」
     
     占い師らしい決まり文句を告げて、頭を下げたのを最後にリシテアはテントを出た。
     
    「未来ですか……星の導きで何とかなれば、苦労しませんよね」
     
     ぽつりと呟いてからヒルダ達と合流した。彼女の未来は、星や占い師にはどう映っているのか。
     
     ☆☆☆
     
     さて、貰った紙に記された星占いはどうなったか。
     
    「今日の運勢は最高、吉兆の予感。予期せぬ巡り合いに胸を躍らせるでしょう。素敵な出会いがあるかも……ですか」
     
     胡散臭いが、良いことが書かれていれば気分は向上する。当たると評判の占いなのだから、どんな出会いを齎してくれるのか期待してしまう! 鼻唄でも歌いそうな足取りで、リシテアは理学の教室へと向かって行った。
     
    「今日のわたしは、運勢が最高らしいです!」
     
     小さな胸を張って、嬉しそうに意味不明なことを言う彼女は、相変わらずよくわからない。でも、もう慣れてきたので隣の席にいながら半分だけ耳に素通りさせた。
     
    「ちょっと、素っ気ない反応しないでください」
    「いつも通りだ」
    「それもそうですね……。星占いですよ、今流行ってるんです! 誕生日で守護する星が決まっていて、天馬の節19日から孤月の節20日までが魚座になります。わたしは天馬の節、最後の日が誕生日なので」
     
     勝手にぺらぺらと星座や占いのことを話していくリシテアは、知り得たことを披露したい子どものように思えた。機嫌が良い時に突っ込むと面倒なので、フェリクスは適当に聞き流した。
     授業前の雑談話は多少興味を唆らせた。──自身の生誕日に纏わるのだから。
     
    「その占いは、該当する奴はみんな同じなのか?」
    「そうですね。個別は余程のことがないとできないみたいです」
    「そうか……所詮は占いか」
     
     信用していないが、良いことなら悪い気はしない。星座と言われてもピンと来ない彼らだが、娯楽の少ない環境では話半分で聞くにはちょうど良かった。
     
    「気休めでしょうけど、運勢が良いなら信じようと思います」
    「くだらんな」
    「あんたはそうでしょうけど、信じる者は救われるって言いますよ。良い時は信じて、悪い時は戒めにってくらいが、ちょうど良いんです!」
     
     そのわりには、嬉しそうに今日の運勢を語ってなかったか? とフェリクスは思ったが、そっと胸に秘めておいた。
     
    「今日は素敵な出会いがあるみたいです! 予期せぬ巡り合わせがある、とも。本当でしたら運命を感じますね!」
    「別に」
    「つまらないですね。そ、そういえば……あんたの誕生日って、いつなんですか。きょ、興味本位ですよ、どの星座を司るかの興味で」
     
     リシテアが話し出した途中で、始業ベルが鳴って講師が入室した。なので、勇気の質問はフェリクスに届かなかった。
     
    「何か言ったか?」
    「い、いえ! なな、何でもないです!」
     
     恥ずかしくなったのか、授業が始まりますよ! と答えて、彼女はさっきの質問を無かったことにした。思い切って再度問えば、展開は変わったかもしれない……それは、後になって思うこと。
     占いやジンクスにロマンがないフェリクスは淡白だった。そんな彼の態度は予想通りだったため、気に止めなかった。知り得た星座や占いはリシテアの心を引き寄せ、探求心を擽らせる。何処の世でも何処の時代でも、占いは人を虜にするのだろう。
     
     ──予期せぬ出会いは訪れた。
     馴染みの武器屋に訪れたら、名刀と名高い東方の品を仕入れていた。一目散に買い求め、真新しい刀剣を手にしてフェリクスの機嫌は急上昇した。
     
    「よお! なんか珍しく顔がニヤけてないか?」
    「お前ほどじゃない」
     
     買い物帰りの道中にシルヴァンに声をかけられて、聞いてもないのに新しい剣を手にしたことを語っていった。
     
    「はいはい、お前の収集語りはよくわかってるよ……。そういうのは殿下としてくれよ」
    「フン、俺の勝手だ」
    「でも、運が良かったな。そんなに珍しいなら、すぐ売り切れてただろうな」
    「そうだな」
     
     フェリクス以外の者も欲しがる逸品なので、幸運に恵まれていた。こんな時は滅多にない……そう思った時、彼女が言っていたことが浮かび上がった。
     『今日のわたしは、運勢が最高らしいです!』
     『今日は素敵な出会いがあるみたいです! 予期せぬ巡り合わせがある、とも。本当でしたら運命を感じますね!』
     
    「……今日の運勢は最高、予期せぬ巡り合いがある」
    「はあ?」
    「占いだ」
    「何言ってんだよ。お前、そういうの興味ないだろ」
    「ないな」
     
     占いを信じてないが、今日は信じても良かった。魚の守護の導きを。……何故、魚なのか知らないが。
     帰り道中、イグナーツとコンスタンツェに遭遇し、二人とも上機嫌で掘り出し物を見せて語っていった。珍しい絵筆が手に入ったとか、新たな新魔法の材料を見つけた、と。
     
    「そういえば、さっきリシテアさんにも会ったんですが、貴重な魔道の写本と異国のお菓子を見つけて喜んでましたよ。みんなが笑ってると嬉しいですね!」
     
     朗らかに笑って話すイグナーツは、喜びに溢れていた。良い巡り合わせの最高の日であった。
     
     ★★★
     
     それから、またある日。星占いはまだ流行っているようで、流行に疎いフェリクスでも耳にするようになってきた。
     
    「今日は……運勢が最悪なんです……」
     
     どんより暗い表情で、彼女は告げてきた。占いは気休めじゃなかったのか? と言いたくなった時、さらなる言葉が続いた。
     
    「ですが、ラッキーアイテムで運気を上昇させることができるんです!」
    「ラッキーアイテム?」
    「はい! それは───猫です!」
     
     と言って、いつの間にか連れてきた灰色のぶち猫を掲げると、中庭のベンチに座り、リシテアの膝に乗せた。
     
    「猫に触れると不幸を遠ざけてくれるそうですよ!」
    「……んなー」
     
     ぶすっと太々しい態度の猫は、霧中に撫で繰り回されていく。低い唸り声で抗議しているが、白い手を跳ね除ける気はないようだ。
     
    「そんなに撫でたら嫌がらせだろ」
    「だって、毛並みも綺麗でモフモフしてて……それに、運気も上げてくれるんですよ!」
    「……ほどほどにしてやれ」
    「じゃあ、抱っこした方が良いですか?」
     
     抱きかかえて頬ずりして、ふわふわの毛に埋もれていくリシテア。ますますぶすっとする猫は、諦めた様子でされるがままでいる。
     占いの結果を相当気にしているようで、猫を頼る彼女にフェリクスはため息を吐く。
     
    「悪い時は戒めにするんじゃなかったのか?」
    「そ、そうですが、やっぱり気になってしまって。……思わぬ事故に巻き込まれるかも、と記されてましたし」
    「なんだ、それは」
    「年に一度の大災厄の日なんですよ! 怪我とかしたら困るじゃないですか、時間もないのに。だから、たくさん猫に触って、何とか避けられないかと……」
    「馬鹿馬鹿しい」
     
     怪しげな占いに一喜一憂するリシテアは面白くあるが、フェリクスにはくだらなく感じた。最初から占いなどしなければ良かっただろ、と頭に過るくらい彼の興味は薄い。
     
    「猫も占いなんぞに振り回されて迷惑だな」
    「大丈夫ですよ。この猫は懐いてますし、いくら撫でても怒らないんですよ」
    「……そういうことじゃない」
    「いいじゃないですか。些細なことで、自分の未来を変えれるなら何だってやりますよ!」
     
     妙に強い気を当てられたフェリクスは、口を噤ませられた。
     占いに気を回し過ぎな気はするが、当人が納得してるならいいだろう。猫を撫でて運気が上がるのなら容易いな……と、心の中で零して。
     
    「ふふふ、撫でると癒されますね〜! ……決めました。今日は魔法の訓練をやめて、書庫で勉強します。猫のふわふわな余韻に浸っていたいですから!」
     
     最後にぎゅっと抱きしめてから、リシテアは無愛想な猫をベンチに下ろして、書庫へと向かって行った。放課後は忙しいようで、いつも彼女は慌ただしい。
     様子が気になったのか、灰色のぶち猫は俊敏な動きで後を追いかけていった。
     
    「……妙に懐かれているな」
     
     愛想が悪くて、人に懐かないと言われてる猫のはずなのだが、この日はリシテアのことが気がかりに見えた。去り行く一人の一匹を見送ってからフェリクスも中庭を後にした。
     
     別れた彼は、いつも通り訓練場へと向かう。本日も剣の鍛錬をしようと考えていた道中──行手を阻むように白猫が佇んでいた。
     
    「にゃ〜」
     
     可愛い鳴き声を上げているが、奇妙な気迫があった。フェリクスはそう思った。
     なんとなく足を止めてしまい、その猫と目を合わせて対峙してしまう。
     
    「……なんだ、こいつは」
     
     可愛らしい猫なのだが、そのつぶらな瞳は何かを訴えている……ように見えた。
     『ラッキーアイテムで運気を上昇させることができるんです!』
     豪語していたリシテアを思い出して、少し相手してやるかと考え直した。
     そっと手を差し出すと、撫でろ構えと言わんばかりに寄ってきて、頭をぐりぐり押し付けてきた。強引だが、懐かれたら素直に可愛らしいと思えた。
     気ままに撫でていると、数十メートル先の訓練所から大きな爆発音がした──。それから人の悲鳴と慌ただしい足音が、辺りを支配した。
     
    「な、なんだ……?!」
     
     つい猫を庇うように後ろに隠し、道行く先から現れた人物に声をかけられた。
     
    「あっ、フェリクス君! フェリクス君は無事ですか!?」
     
     猫を抱いて現れたのは、イグナーツだった。眼鏡の奥の瞳は揺れており、フェリクスの安否を気にしている。
     
    「無事か知らんが、何があった?」
    「ああ、その様子なら大丈夫そうですね。ついさっき、訓練場で魔法の暴発事故があったんです! それで柱が壊れたり、破片があちこち吹き飛んだみたいで怪我人が出て……重傷者はいないようですが、手当や救援に追われてて」
     
     ぞわりと悪寒が走った……。
     訓練場での事故は珍しくない。魔法の訓練中での暴走や爆発はよく見られるし、建物もそれを見越した設計になっている。実技訓練なのだから怪我人が出るのは日常茶飯事だが、イグナーツの言う大きな事故は滅多にない。
     
    「ボクは救援に行ってきます。あっ、そうだ……すみませんが、この猫を安全な所に連れて行ってもらってもいいでしょうか?」
    「構わんが、何故猫を抱えていた」
    「訓練所に紛れ込んでいたんです。間違って弓で射ってしまいそうだから、外に連れて行こうと出入り口まで来た矢先に事故が起きて……お陰で、ボクは無事だったんですが」
     
     猫。つまり、イグナーツは猫によって巻き込まれずに済んだ!
     そういえば、リシテアは今日は魔法の訓練の予定だったが、猫を撫でているうちに気が変わって書庫での勉学に変更していた。フェリクスは訓練所に向かう途中で猫に遭遇し、奇妙な気迫を感じて構っていたところに事故が起きた。
     『今日は……運勢が最悪なんです……』
     『年に一度の大災厄の日なんですよ! 怪我とかしたら困るじゃないですか、時間もないのに。だから、たくさん猫に触って、何とか避けられないかと……』
     今日の占いが、頭で反芻する。……偶然。偶然のはずだが、何かに仕組まれてるようにフェリクスは感じてしまう。
     
    「……一応聞くが、お前の誕生日はいつだ」
    「えっ? ボクの誕生日ですか?」
    「念のために聞いておきたい。お前も……猫に助けられたようだからな」
    「は、はあ……? えーと、孤月の節14日です。ちょうど卒業の頃ですね」
     
     孤月の節の14日……彼も魚を守護星とする日に生まれている。リシテアやフェリクスと同じ星座を司る者! そういえば、前会った時の彼は良い品が手に入って喜んでいた。その日は運勢が最高の日!
     
    「…………ラッキーアイテム」
    「ど、どうしたんですか、フェリクス君? 似合わないことを言ってる気が」
    「星の導き……お前は、猫に助けられたんだな」
    「そ、そうなるのかな? たしかにボクは猫を見つけたお陰で、事故に巻き込まれませんでしたが」
    「……思わぬ事故」
     
     放心しがちなフェリクスは気になったが、事故の方が気になるイグナーツは抱きかかえた猫を彼の腕に乗せて『お願いします!』と告げてから、事故現場へ向かっていった。
     十秒ほど呆然とした後、我に帰ったフェリクスは猫達を安全な所に降ろしてから、ひしめく訓練所へと足を向かわせた。
     ──のんびりうたた寝し始めたラッキーアイテムを一瞥してから。星の導きはどこまで続くのか。
     
     ★☆☆
     
     今日は恋愛運が急上昇。気になる相手をときめかせるチャンス! いつもと違う装いをして、貴方の新たな姿を見せると効果的です。
    ……といった内容の日。自室で今日の運勢を見たリシテアは、さすがに占いに惑わされ過ぎじゃないかと思った。気になる相手なんていないし、恋愛している暇はない。
     
    「時間は有限なんですから。余計な事に構っている暇はないです!」
     
     言い聞かせるように呟いてから、朝の支度をしていく。目の下のクマを気にしながら鏡の自分と向かい合い、身嗜みを整えていった。
     ……おや? 今日は髪のうねりが気になる。そんな気がする。
     引き出しから薄紫の組紐を取り出して、躊躇いがちに髪を結う。以前ヒルダに髪を結ってもらったのを思い出して、見よう見真似で再現していった。
     
    「ま、まあ……いいでしょう!」
     
     ヒルダにしてもらった時より綺麗ではないが、人に見せれるくらい良くできていた。朝は忙しいのに、今日のリシテアは髪をまとめたかったようだ、そういうことにしよう!
     占いは関係ない、と言い聞かせるように何度か手直した後、彼女は部屋を出た。
     
     教室に向かう道中、リシテアはときめい……いや、驚きのあまりに心臓が飛び出しそうになった。
     
    「はあっ?!!」
     
     素っ頓狂の声を上げてしまい、目の前の人物に煩わしそうに振り向かれる。
     
    「なんだ」
    「っ?!! ……ッホ、な、なんだじゃないですよ!」
    「はあ?」
     
     垂れ落ちる髪を掻きながら、鬱陶しそうに顔を顰めるフェリクスがいた。今朝の彼は機嫌が悪い……と思うのは、いつもと装いが違うからだろう。
     
    「ど、どど、どうしたんですか!」
    「何が?」
    「何がって、髪……結んでないじゃないですか!」
     
     いつもまとめている濃紺の髪が、今日は降りていた。けっこう長いんだな、と見て知ってしまうとドキドキする! リシテアの心境は、イメチェンした姿を見てしまったそれに似ていた。まさに占い通り。
     
    「昨日、組紐が切れたことを忘れていた。……お陰でこの様だ」
    「よ、予備はないのですか」
    「無かったからこうなっている。鬱陶しいが、少しの間だ。後でイングリットにでも借りる」
    「えっ……」
     
     『なんか、それはちょっと嫌だなー』と、似た気持ちが沸いた。何故そう思ったのか不明だが、モヤッとした感情が沸いたリシテアは、咄嗟に今付けている組紐を解いた。
     
    「わたしが貸します!」
    「…………は?」
     
     拍子抜けの声が返ってきたが、構わず薄紫色の組紐を押し付けた。
     せっかく時間をかけて苦労したヘアスタイルが、僅か数分で幕を閉じたのは無念だが、この時の彼女は構っていられなかった。
     見ていられなかった……いや、他の人に見られてほしくなかった!
     
    「いいから、早く結ってください! そんな格好で外を出歩かないで!」
    「何故?」
    「朝から人を惑わせないでください! わ、わたしが驚いてしまったじゃないですか……わたしの方が先に考えてたのに!」
    「??」
     
     燻る思いが見透かされたように感じて、リシテアの白い頬は紅色に染まる。速くなる心臓に従って、急いで教室へと走っていった。こういう時の彼女は、脱兎の如く素早い。
     ……朝から訳も分からず組紐を押し付けられて、意味不明なことを告げられて、フェリクスはただただ呆然とした。
     
    「そこまで非難されるほど不精だったか……?」
     
     伝わるはずがない。見当違いな見解を導いて、手にした組紐でささっと髪を結んでいった。そういえば、珍しく髪束ねてたな……と、思い出しながら。
     
     ──校舎へと向かう途中で、コンスタンツェに会った。
     
    「これはこれは、おはようございます、フェリクス様。朝から私のような日陰女とお会いしてしまい、さぞご気分が悪くなったでしょう……その点については申し訳ありません。本日は、お姉様と一緒に青獅子学級での授業参加の許可を頂いたので参りましたが、やはり私のような者には不釣り合いだったかもしれません。やはり、土竜のように地下に潜った方がお似合いでしょう……」
     
     あまりの違いようにフェリクスは絶句した。そういえば聞いたことがあった……コンスタンツェは太陽の下では見違えるほど変貌する、と。
     以前会った時は校舎内だったので、もう一人の彼女と遭遇するのはフェリクスは初めてだった。
     
    (こんなにも人は変わるのか……)
     
     普段とは違うコンスタンツェの姿にフェリクスはドキッとした。恋愛とは似ても似つかない動悸だが、新たな一面は心を動かされてしまう。
     恋愛運が向上したのかは、誰にもわからない。空と星以外は──。
     ちなみに、この日のイグナーツは眼鏡が見当たらなかったようで、裸眼での出席で少々騒がれた。
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