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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    フェリリシ前提のロレレオ。みんなあたまわるい

     どうしようか……いつまでもこのままにしてたらいけない……。
     自室の机を占める小さな箱や包みをどうしたらいいのか、と彼女の心は渦を巻く。善意の品を無駄にしたくないが、かと言って自分では対処できなくなっていた。

    「やっぱり、相応しい人に行くべきだよな……」

     自身が不適格だと自覚しているが故、胸を締め付けられていく。……結論はとうに出ていた。しかし、実行するには後ろめたく、知らない虚しさと寂しさが広がっていた。
     らしくない、と首を振って、迷う気持ちを振り払うように目の前の品々を抱えて、部屋の扉を開ける。沸き立つ憂慮を見ない振りして。


     ──ローレンツは悶々としていた。
     悩みと言うほど困っているわけでなく、悲しいと思うほどではない。ただモヤ〜ッと、気になるなー……どうしてなんだろー、といった具合の些細なもの。最近露骨に態度がよそよそしく、目線を合わせてくれないというか、自分が現れるとそそくさと逃げられてる気がする……な感じの、ありふれたささやかな取るに足らない別段大したことのない気になる事変!

    「……ローレンツ君、怖い顔して黒板睨んでてどうしたの?」
    「むっ、ヒルダさんか? 失敬、そのような顔をしているつもりはなかったのだが……」
    「こーんなに眉寄せて、熊みたいな目してたよ。どうしたの、またクロード君と喧嘩した?」
    「また、とはなんだ! 失礼なことを言わないでくれたまえ。このローレンツ=ヘルマン=グロスタールが、喧嘩という野蛮な真似をするはずがないだろう!」
    「はいはい。そーですねー」

     ヒルダは適当に相槌を打って躱した。教室で不穏な空気を纏わせていたローレンツを見かねて声をかけたのだが、思いの外元気そうで彼女は安堵する。
     ローレンツが難しい顔をして嘆息するのは珍しくないが、ここしばらく続いていたのは気になっていた。

    「なーんかあったの? ずっと怖い顔してばかりだよ~」
    「そ、そんなことはないだろう! そのような振る舞いをした覚えはない……おそらく」
    「ここ最近、ご機嫌なリシテアちゃんと大違いだよね。まあわかるよー、レオニーちゃんに避けられてたら気になっちゃうよねー!」
    「ヒルダさん!!」

     あっけらかんと悩みの種を言い当てられたローレンツは声を上げる。図星を指したヒルダは怪しげな笑みを浮かべて、彼に言い寄っていく。

    「そんなに驚くことじゃないよ。レオニーちゃんは、仕草に出ちゃうから見てたらすぐにわかっちゃうよ」
    「ご、誤解だ、僕が何かしたわけではない! だから……理由が何なのか僕でもわからない」
    「ほほう〜! ってことは、ローレンツ君も気になってんだね〜。さっきまで眉寄せてジローッて睨んでたんだから、そうだよね。フェリクス君みたいだったよ」
    「睨んでいない。大体、彼と僕は似ても似つかないだろ! ……そうだ、全然似ていない……」

     自分で言って傷付いてしょんぼりしていくローレンツは、ヒルダのお節介センサーがピーンと反応する。何か力になれれば! と思い、にこやかな笑みで話しかける。

    「ふふふ、何があったのか話してくれないかな? 一人より二人だよ。力になるよ、ローレンツ君!」
    「ヒルダさん……自分が今、どのような顔をして言っているのかわかっているかい?」
    「いやだな〜! あたしはローレンツ君、レオニーちゃん、リシテアちゃんの力になりたいんだよ? ねっ、クロード君には内緒にするからさ!」
    「何故、リシテア君が出てくるのか不明だが……はあ、今日の君は随分と花が咲いているようだ」
    「お花は綺麗に咲いた方がいいよね! ローレンツ君、ありがとう!」

     小躍りしそうなヒルダに押されて、ローレンツは観念した。
     貴族として己一人で対処できないことを悔しく思うが、どうしたらいいのか検討も付かなかったので、ヒルダに助言を仰ぐのは妥当かと考え直していった。……けっこう怪しいが、同じ女性である彼女が適任と言えなくもない。


     教室では人が多くて話し辛いということで、人気の少ない中庭へと向かう二人。軽やかな足取りのヒルダとは対照的にローレンツの足は重い。

    「そういえば、さっきフェリクス君の名前出したら、ローレンツ君落ち込んでたよね。どうしたの? あんまり接点なさそうだけど」
    「い、いきなり本題に入らないでくれたまえ。それに落ち込んでなどいない!」
    「そう? ローレンツ君もけっこう態度に出るからわかりやすいよ」
    「断じて違う! ヒルダさんの勘違いだ」
    「ふーん……まあレオニーちゃんとフェリクス君はそれなりに接点あるみたいだよね」

     わざとヒルダが揺さぶるとローレンツはそっと目線を逸らした。何かあったのは火を見るより明らか。

    (何もないと思うけどなー。でも、ここは聞いておかないと面白……うっ、うん、後々困るかもしれないよね!)

     口角が上がっていくのを隠さずヒルダは明るげに話を促す。そんな彼女の様子を訝しがりながらもローレンツは重たい口を開いていった。

    「大したことではない。以前から、レオニーさんに茶菓子を贈っていた。聞けば、砂糖や小麦粉を作ったお菓子は、ほとんど食したことがないようでな。ラファエル君同様、食事や礼儀作法は積み重ねが物を言う。なら、茶会の様式で形から入った方が良いだろうと、幾つか仕入れては渡している」
    「ローレンツ君が選ぶお菓子って美味しいよね〜! ってレオニーちゃんは、たしか甘いものが……あっ、いやいや続けて続けて! お菓子喜んでた?」

     言い淀んだヒルダが気になったが、腰を折っては何だとローレンツは話を続ける。

    「感謝していたと思うが。味がよくわからないと言っていたが、今まで食す機会がなかったのだから、そんな感想が出ても不思議ではない」
    「ちゃんと食べたんだね、レオニーちゃん!」

     感動するヒルダに彼は気付かない。

    「馴染みのない物は、舌が慣れるのに時間がかかる。経験を積まないと身に付かないものは何も技術だけではない。彼女の後学のために良いかと思って、それからも僕が選び抜いた取っておきの茶菓子を幾つか渡していった」
    「あららー……ええっと、今までどれくらいの量をどれくらいの頻度で贈ってたの?」
    「そうだな、大体週に一〜二度の頻度でお菓子の詰め合わせを」
    「多いよ!」

     そんな頻度でお菓子詰め合わせセットを贈られては、甘いものが好きなヒルダでも遠慮したくなった。いくら美味しくても限度がある……。

    「……ローレンツ君、重い」
    「お、おもい?」
    「プレゼントで、いきなり宝石贈られても困るでしょ? まずは、小ぶりのお花とか携帯用の香油とか軽めの物からにしていこうよ」
    「か、軽め? いや、そんなに重くない量のはずだが……」
    「そういうのじゃないから」

     ヒルダの言ったことは、ローレンツには理解が及ばなかったが、『重い』と告げられて彼の心に槍が刺さった。
     間違いなくローレンツにしては破格の待遇なんだが、財産が潤沢な家柄の育ちのためか、たまに感覚がズレてるところがある。この場合は、相手が悪かったというか、相手の趣向と合わなかったいうか、リサーチ不足というか……。

    「あのさ……レオニーちゃん、遠慮してなかった?」
    「無論、そのような事を言っていたが、砂糖の類を食すのは彼女の境遇では難しい。それならその分、機会を増やした方が良い。目利き、舌、作法は経験が物を言う」
    「だからって多過ぎるよ! 週に一度のお菓子詰め合わせはあたしでも大変だよ、そんなに食べ切れないよ!」
    「そ、そうなのか!? リシテア君が、以前そのようなことを言っていたから……」
    「リシテアちゃんを基準にしない方が良いと思うよ。それに、ローレンツ君のことだからドーン!と大きいのにしたんでしょ」
    「貧相な物を贈ってはグロスタール家の名折れだ。けち臭いと思われては家紋に泥を塗りかねない!」

     驚愕と困惑していくローレンツ。『女の子なんだから、そんなに甘いもの食べたら太っちゃって大変でしょ!』と追加してヒルダが忠告すると、ようやく合点がいったよう。
     何よりレオニーは甘いものが好きじゃない……好きでもない物を毎週善意で贈られたら困っただろう、と十分に察せれた。

    「でも、断らなかったということは嫌じゃなかったと思うんだよね……あれ? でも、それならフェリクス君関係ないよね」
    「…………」
    「ほらほら話しちゃって! ここまできて教えないって言われたらヒルダちゃん悲しいな〜」

     わざとらしく悲しんだ振りをしてチラチラ視線を送ってくるヒルダに嘆息して、再び言葉を紡ぐ。

    「少し前だったか……稽古が足りないと思って訓練所に向かった時、偶然見てしまってね。その、レオニーさんがフェリクス君に何か贈っていたのを……」
    「ほうほう」
    「その渡していた箱に見覚えがあってね……僕が渡した茶菓子の箱だった。会話までは聞こえなかったが、どうやら彼にお菓子を渡していたようで」
    「え……ん?」

     声が小さくなっていくローレンツを眺めながら、ヒルダは疑問符を浮かべた。
     ローレンツから見れば、贈った物を他の男に渡している所を目撃したのだからショックだろう。だが、レオニーが人から善意で贈られた物を誰かに渡すのは性格上変だし、何かしらローレンツに断りを入れたり報告をしそうだ。
     そして、よりによってお菓子を渡す相手が甘いもの嫌いのフェリクスなのも不可解だ。ヒルダやマリアンヌ、リシテアにラファエルともっと身近にいる者の方が適任だろうに。もしくは、身近な人ではダメだったのか……。

    「──あっ、そういうことかー!」
    「何かわかったのかね?」
    「うんうん、これは良い機会かも。ローレンツ君、知りたいなら直接聞いてみるのが一番だよ!」
    「は、はあ……」
    「こういうのは隠さずに、ちゃんと相手に伝えた方が良いんだよ。一人でこわーい顔して悩むくらいならね!」
    「だから僕は悩んでなどいない!」
    「はいはい。じゃあ早速いってみよ~!」

     適当に相槌して、ヒルダはローレンツの背中を押して歩みを進める。反論しようにもニコニコと笑みを浮かべる彼女にペースを乱され、翻弄されてしまうのだった。

     ★★

     そして、連行された場所は訓練所だった。目当ての人物は、毎日のようにいるから見つけるのは早かった。

    「あっいたいた。いつもよく飽きないよねー」
    「ヒルダさんは見習うべきだと思うのだが」
    「えー! 可憐な女の子が可愛くなくなったらどうするのよ」
    「可憐な女性は斧を振り回さないと思うが……」

     響く声で話し出す二人が現れて、盛大に舌打ちした。訓練の邪魔だから消えてほしい、と露骨に態度に表す。

    「………何の用だ」
    「すまない、邪魔をしてしまった。実は、その……」
    「フェリクス君、なんであたしと会うといやーな顔するの? ヒルダちゃん悲しいなー、もっとフェリクス君とお話したり、一緒にお菓子食べたりしたいなー!」
    「断る」

     割って入ったヒルダを即座に拒否するフェリクス。不穏な気配を感じてローレンツはハラハラするが、ヒルダは呑気に笑っており、フェリクスは半ば諦めた様子で振るっていた剣を収めた。意外と険悪ではなさそうで一安心する。

    「もういい……面倒だから、とっとと用件を言え」
    「さすがフェリクス君! 話が早いな~って、用があるのはあたしじゃなくて、ローレンツ君なのよ。ねえ?」
    「えっ?! ああ、まあそうだが……少々気掛かりなことがあってだな」
    「手短にしろ」

     ぶっきらぼうに答えるが、話を聞く気はあるようだ。彼と会話することは少ないが、お膳立てされた以上口ごもるわけにはいかない。
     ということで、ローレンツは詳しい事情を知るためフェリクスに説明していった。

    「……それで、君はレオニーさんから何を渡されたんだい?」
    「ああ、あれか。よくわからんが、菓子を押し付けられた」
    「菓子?! 押し付けられた!」

     ショックで落ち込みかけたローレンツを励ますようにヒルダが二の句を繋ぐ。

    「でも、フェリクス君って甘いもの嫌いでしょ? 甘さ控えめの手作りお菓子じゃないと食べないんだから」
    「そ、そうなのか! お菓子を嫌いな貴族がいるとは!?」
    「いや、いるでしょ……男の人の甘いもの嫌いって珍しくないから。どっちかというと甘党の方が少ないよ」

     含みのあるヒルダの言いように眉を寄せたフェリクスだったが、ローレンツの驚嘆の声で紛れた。 

    「それでそれで、レオニーちゃんから貰ったお菓子はどうしたの? 食べたの?」
    「食うわけないだろ。食えぬ物を渡されても迷惑だから、そういうのが好きな奴にやった」
    「あーそれで、最近機嫌よかったのかー! ローレンツ君が選んだお菓子だし、フェリクス君からなら嬉しいよね!」
    「……奇妙な変顔をやめろ」
    「酷いなー。そんなこと言ってると女の子に嫌われちゃうよー……って言っても、そうならないのよね」
    「ヒルダさん、どういうことなんだ?」
    「ああ、ごめんごめん! 遠慮なく聞いてみて〜」

     顔が険しくなるフェリクスの意向は無視して、追及は続いていった。要領得ない質疑応答を繰り返して、ようやくある程度把握する。

    『悪い、フェリクス。これ受け取ってくれ! わたしじゃ食べ切れなくて……』
    『要らん、他を当たれ』
    『もう当たってるんだよ! リンハルトやセテスさんに……あっじゃあ、好きじゃなかったら他の人に渡していいから!』
    『尚更、俺じゃなくていいだろ』
    『わ、わたしじゃまずいんだよ! 本当は自分でどうにかしたいんだけど勿体無いし……捨てるなんてできないし……。そうだ、わたしから、と言わないでくれたらいいから! 頼む、今度師匠仕込みの秘策を教えるから!』

     という経緯を飛び飛びになっては、脱線したりの長い問答で知り得た。ローレンツはその時の一場面を目撃したようだ。

    「……フェリクス君、懐柔されてない? クロード君と変な取引したら駄目だよ」
    「おい、言い掛かりはやめろ」
    「んー、リシテアちゃんの様子を振り返ると何度かやり取りしたのかな?」
    「数えていないが、それなりには」
    「ヒルダちゃん的には邪魔したくないなーって思うけど、このままにしておくのはよくないね」
    「どういうことなんだ、これは……」

     話し合う二人の会話を聞いて、ローレンツは項垂れていく。ショックが大きいと察せれて、ヒルダが声をかけようとした矢先。

    「あーあ、女の子の好みを把握しておかないと逆効果だぜ。自分の好きな物じゃなくて、相手の好きな物を贈るもんさ」
    「君にどうこう言われたくないな、シルヴァン!」
    「おいおい、これに関しては俺の方が上手だぜ。リサーチは基本中の基本、女の子のご機嫌取りにはプレゼントが一番。失敗したら平手の一発は見舞われるんだから、毎回本気さ!」
    「ぐっ……妙な説得力があるな。見習いたくないが」

     いつの間にか混ざって聞いてたシルヴァンに突かれて喧騒が広がるが、おかげで落胆の底までいかなかった。一同呆れながら彼の言い分を聞き入れる。

    「まっ、失敗したら後はどうにかこうにかするしかないだろ。どう考えても無縁な奴を探ってる暇があるなら、言い訳の一つでも考えた方が得策だぜ」
    「そんな真似はしない。貴族として、はしたないだろ」
    「そうね、ローレンツ君。悩んでないで、ちゃんとレオニーちゃんに聞いた方が良いね!」
    「此処に連れてきたのは、ヒルダさんなんだが……」

     何故か、詰られてしまうローレンツは混乱する。とりあえず、懸念してた事はないようで安堵するが、心の靄は広がって渦を巻いていく。

    「そうか……どうやら僕のしたことは迷惑だったのか……」
    「待って、ローレンツ君! それはレオニーちゃんに聞いて確かめてからだよ! 苦手な物を贈られても相手次第で変わるし、嫌だったら断って受け取らないよ。そうだよね、フェリクス君!」
    「……知らん」

     目配せを送ってくるヒルダを素っ気なく応えるフェリクスを無視して、ローレンツは言われた事を反芻する。
     ──たしかに不自然だ。レオニーなら嫌いな物だと、ちゃんと相手に言うだろう。『要らないよ』、『これ苦手なんだよなー』などとサバサバ伝えてくる姿の方がしっくりくる。何度も贈っているのだから言う機会はたくさんあったはずだ。
     なのに、しなかった……そして、隠すように、気付かれないようにしていた。それは誰のために、何のために──。

    「いい加減にしろ。何がなんだか知らんが、これ以上訓練の邪魔をするな!」
    「はいはい、ってことで邪魔邪魔ー! フェリクスが怒る前に退散した方がいいぞ。こいつ、昔から根に持つからさ」
    「余計な事を話すな!」
    「野郎なんか相手してないで、目当ての女の子に会いに行った方がいいんじゃないのか? 誤解は早く解いておいた方が身のためだぜ。長引けば長引くほど『私のことはどうでもいいの?』って思われるからな」
    「シルヴァン君が言うと説得力あるね……」

     癪に触る言い方と共に、虫を払うようにシッシッと手で払われる。一言言ってやりたい気持ちを抑えて、急ぎローレンツは訓練所を後にした。
     此処にはもう用はない。彼らの言う通り、恐れずに聞いてみればいいのだ。自分の気持ちを正直に……相手の思いを受け止めて。


    「シルヴァン君が、ローレンツ君を応援するの意外だなー。喧嘩しなかったね」
    「何言ってんだよ、俺は野郎の心配はしないさ。気になるのはいつだって女の子のこと! まっ、悪い事したと思ってたからな……帳消し代わりってな」
    「うん、そういうことにしておくね。見直しちゃった!」
    「ははは、俺のを好きになってくれるのはいつだって歓迎するさ!」
    「それはないかな」

     和気藹々して話すヒルダとシルヴァンから離れて、フェリクスは素振りを再開した。この二人も何処かに行ってほしいと思いながら。

     ★★

     ガルグ=マクはこんなに広かったのだな、と改めて思いながらローレンツは走り回った。
     校舎に修道院に市場に食堂……と幾つも見て行ったが、目当ての人物は見つからなかった。もしかしたら、遠乗りや狩猟に行ってるのかもしれない。そういえば、今日の予定どころか何をしたのかの世間話すらしていなかった。
     レオニーに避けられてる、という事実に囚われて、どうして彼女がそのような行動を取ったのか考えてなかった。

    「似合わない」

     知らず、沈み行く太陽へ声が出ていた。
     レオニーは回りくどいことをしない。腹の探り合いが必要な貴族ではなく、家柄に縛られないが故、自由で素直だ。何かあれば口と態度に出るし、些細なものでも相手に伝える裏表がない人……やはり、他者を避ける行為がおかしい。もし、するとしたら何らかの理由があるはず。
     そのことに、今の今まで思い当たらなかった自分自身に腹が立っていく。
     あちこち見て回って足が疲れてきたが、歩みは止めず正門の脇道から厩舎の方へと向かう。猫が多く屯している階段を登っていくと、それに合わせて背の高い影が伸びていた。

    「……ん? どうしたんだ、随分と疲れてないか?」

     影が重なり声の方へ見上げると、ようやく探していた人物と遭遇する。赤くなった陽の光を浴びて、同じ色の髪が眩しく見えた。

    「……そうかな」
    「髪が乱れてるし、制服も皺になってるじゃないか。いつもの貴族様の様子はどうしたんだ」
    「君から見て、普段の僕はどう見えているのか気になるが……今は置いておこう。──レオニーさん、君を探していた」

     えっ? とレオニーは言葉を失う。予想外のローレンツの返答に茫然となるが、後ろめたい背景がある彼女はつい体が強張ってしまう。

    「な、なな、何のようだ? あ、あれか当番の確認か! わたし、自分のしか覚えてないからなー!」
    「正直過ぎるのも考えものだが、隠し事ができないのは君らしい。そんなに緊張しなくていい。おおよその事情はフェリクス君から聞いて、察している」
    「げっ?! まさか、あいつからバレるなんて」

     ローレンツとは接点の薄い相手だからと安心していたので、思わぬところでボロが出てレオニーは焦る。だが、隠し事が苦手な彼女にとってはかえって良かった……いつまでも隠し通せないと思ってた。避ければ避けるほど、ローレンツに対して罪悪感が募るばかりだったから。

    「その……悪かった、ローレンツ。わたしじゃあんたがくれるお菓子がわからなくて……なかなか言えなくて」
    「いや、すまなかった。君の手を煩わせてしまった」
    「違う、そんなこと思ってない! あんたからの贈り物は嬉しかったし、嫌だと思ってない。でも、希望に応えられなくて……わたしじゃなかったら美味しいんだろうなって、考えちゃって」

     レオニーがたどたどしく話す様は、落ち込んでるように見えた。
     舌に合わなかった、というのは、レオニーには釈然としなかった……美味しくないと感じるのが嫌だった。

    「君らしくないな。ここしばらく、僕を避けていたのはそれが理由かい? お菓子が合わなかったくらいで、こんな回りくどい事をすると思えないのだが……」
    「わたしもそう思うんだけど……うまく説明できないんだ。避けてるわけじゃなかったんだけど、つい……なんか言い辛くて。何度も言おうと思ってたんだけど、喉から出なくてさ……」

     『要らないよ』と言えば、甘いものが苦手なことを伝えれば、ローレンツがお菓子を贈る事はないだろう。経験不足のレオニーを汲んでの行いなのだから、断てばそれ以上続ける理由がない。
     理由がない──…それはつまり、もうローレンツがレオニーに何かを贈ることがなくなる。
     レオニーは甘いものが苦手なのだからお菓子への興味は薄い。だが、ローレンツは真逆でお茶とお菓子を好んで嗜んでおり、選りすぐりのお菓子は彼が好きなお菓子でもある。興味がないし、食べたいと思わないのに……レオニーは気になって仕方がなかった。案外食べてみたら美味しいのかもしれない、と期待していた。

    「あははは、なんかわたしじゃ美味しいのかわかんなくてさ! ボソボソしてるっていうか、食べ辛くて……甘い味ってのもわかんなくてさー!」
    「そうだったのか……」
    「うまく飲み込めない感じがしたんだ。ほんとに貴族のお菓子らしいよなー!」

     明るく伝えるが、わたしは甘いもの好きじゃないから、とは言えなかった。知られたら終わりな気がして隠したかった。もしかしたら、食べ続けたら味がわかるかもしれない。食べれない事はないし、せっかくの好意を受け取りたい、という希望は消せずにいた。
     でも、貰えば貰うほど胸が苦しくなっていく。……いくら食べても美味しくないのだ。甘くて舌に残って、苦手なままで。

    「貴族のお菓子って、わたしにはわかんなかったなー! ははは」

     笑うレオニーは、誰が見ても空元気に映った。太陽のように明るい彼女が、沈んでいく夕日と重なる。影が落ちた顔は似合わない……そんな姿を見たくて贈ってたわけではないのに。

    「すまなかった、レオニーさん」
    「いや、ローレンツが謝ることじゃないよ。……わたしじゃ駄目だったわけで、他の人なら美味しく食べてくれるよ」
    「そうじゃない。喜んでいると、僕は勝手に思い上がっていた。君らしくない行動をさせてしまって申し訳ない」
    「だから、あんたが謝ることじゃないって!」

     頭を下げるローレンツが見ていられなくて、レオニーは声を張り上げた。もっと早くお菓子は要らない、と伝えればよかったと後悔していってしまう。

    「それに、わたし……実は甘いものがさ」
    「失念していた。こうなるのは火を見るより明らかだと言うのに僕は……配慮ができてなかった」
    「ローレンツ、だからそれは!」
    「いいんだ、レオニーさん。───紅茶の用意をしなかった僕が悪かった!」

     …………え?
     レオニーの込み上がる思いは、一時停止した。

    「……は?」
    「茶菓子は文字通り、紅茶と一緒に食べてこそ美味しい! 過剰に感じる砂糖の甘味はお茶を飲むことで互いを引き立たせる。苦めのお菓子の時はミルクを足した紅茶で飲めば、調和して舌を癒してくれる。そんな当たり前のことを忘れていただなんて……すまなかった、レオニーさん!」
    「え? 悪い、何言ってるんだ」
    「紅茶のないお菓子ではボソボソして、舌触りが悪かっただろう。平民間では紅茶を飲む習慣さえなかったと聞いた。そこに思い当たらなかったのは、僕の認識不足故の過ちだ!」
    「は、はあ……」

     呆けてるレオニーを一瞥して、ローレンツは紅茶とお菓子の熱い持論を掲げていく。長々と語っているが、何を言ってるのかわからない……。彼女の心に同調するかのように、夕焼けの中を飛ぶカラスの声が聞こえた。

    「挽回させてほしい! 次からは僕の選りすぐりの茶葉も用意しよう!」
    「いや、要らない」

     あんなに渋ってた拒絶の言葉が、するりと出てしまっていた。

    「遠慮しなくていい、君にとっても良い機会だ。紅茶とお菓子の良さを知るのは!」
    「別にいい。知らなくても困ってなかったし」
    「今必要かどうかではない、この先紅茶を嗜んでおいて損することはない! ……そうか! 茶器が無いことを気にしているのだな。安心したまえ、茶会に必要な物は用意しておこう」
    「要らないって!」

     すれ違いと勘違いのまま、ローレンツは謝罪も兼ねての熱弁を押していく。呆れながらレオニーは適当に聞き流すが、胸に溜まっていたモヤモヤは彼の饒舌っぷりを聞いているうちに消えていっていた。

    「必ずや、僕が美味しいと言わせてみせよう!」
    「……あー、うん……わかった。でも、茶器は要らない。量は減らしてくれ」
    「そうだな!? ……少しずつ慣れていった方が良いか。では、君のペースに合わせていこう!」

     しばらく残っていた燻りは、奇妙なかたちで消化された。

    (これならもっと早く言っても良かったな……)

     この様子なら素直に「甘いものが苦手」と言っても、何かしら考えてくれただろう。独りよがりの悩みだった、とレオニーは自省の念を抱いた。

    「しばらくお菓子は要らない。まだ残ってるし」
    「そうか。日持ちする物にしているから問題ないだろうが、早めに食べた方がいい」
    「誰かにあげてもいいか? 腐らせたら勿体なくてさ……」
    「構わないさ。一人で飲むお茶も良いが、気心知れた者との茶会も悪くないと最近思っていた。良い添え菓子になってくれれば、僕も本望だ」

     何だ、あっさり解決したな! とレオニーは笑みが零れた。……彼は、ヒルダに『重い』と言われたのを気にしていたのもあるが。

    「なら、早々に茶葉を用意しよう」
    「甘かったり、香りが強いのは飲めない。慣れないし、なんか馬が嫌がるんだ」
    「ならば、フレーバーティーは避けよう。慣れないうちは、オーソドックスな物から始めた方が良い」

     相手の意向を考えてくれるし、合わせて応えてくれる。最初から伝えればよかったんだ……と、改めて思い知らされた。

    「ローレンツ、ありがとう」
    「何、当然のことをしたまでだ。むしろ、不甲斐ない真似をした僕の方が失敬だった」
    「何言ってんだよ、あんたは十分過ぎるよ! 変な風に考えてて悪かったよ……」
    「この僕が、ローレンツ=ヘルマン=グロスタールが失態を晒したままではいかない! 必ずや名誉を挽回して見せよう!」
    「失態って? 何もないだろ」

     言えない……気になってしょうがなくて、ヒルダと共にこそこそ嗅ぎ回って、諭されたなんて。巻き込まれたようなものだが、貴族らしくない振る舞いをしたことを彼は胸に秘めておいた。
     何事も話してみなければわからない。考え過ぎは毒となる──。


     そして、数日後。お菓子ではなく、茶葉が入った包みがレオニーの手元にあった。

    「…………ローレンツって、たまにすごくズレるよな」

     多い! 大きな包みには、いくつもの茶葉が入っていた。さすがは紅茶好きの貴族様、匙加減が間違えてる!
     紅茶を嗜む機会が少ないレオニーは、多過ぎる量に顔が引き攣っていった。

    「どうしよう、飲み切れないな……。わたし、紅茶の淹れ方だって、よくわかんないし」

     また頭痛の種が増えたが、前より晴れやかな気持ちでいた。このままにしておくわけにはいかない。せっかく頂いた品を無駄にしたくない!
     ……ということで、彼女は武具の点検でよく見かける紅茶好きの元へと訪ねた。

    「任せたまえ! 茶葉は精細だ、淹れ方一つで香りも味も変わってしまう。私が正しい紅茶の淹れ方をお教えしよう!」
    「おっ、助かるよ」
    「何、当然のことだ。教えを請われた以上、全力で応えてみせよう!」
    「あっ、ああ。……ほどほどでいいけど」

     紅茶好きの貴族らしくない貴族の一人、フェルディナントは快くレオニーの要望を承諾した。こうして、茶葉を分ける代わりに彼から紅茶の淹れ方を教わる次第となり、意図してたわけではないが、自然とフェルディナントとお茶を飲む機会が増えていった。

     ……ローレンツは悶々としていた。
     悩みと言うほど困っているわけではなく、悲しいと思うほどではない。ただモヤ〜ッと、気になるなー……どうしてなんだろー、といった具合の些細なもの。ありふれたささやかな取るに足らない別段大したことのない気になる事変!

     振り出しに戻る。
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