多くのひとが寝ている寮内は、夜の廊下を思わせる静けさに包まれている。髪を縛り直して炊飯器を開ければ、つやつやの米が炊き上がっていた。
あくびをしながら白米を弁当箱に詰めて、ウインナーを取り出す。ぼうっと湯気を見つめていると、先週後輩とした会話を思い出した。
「お弁当、食べてみたかったんです」
そう言われたとき、どんな顔をすれば良いか正直わからなかった。初めてなの、と掠れた声を誤魔化すように着席を促して、ざわつく胸の内を隠す。嬉しそうな顔を見てすぐに溶けた違和感は、そのままにして良いのかわからない。
お弁当を食べたことがないひとが身近にいるなんてびっくりした。
ひーちゃんも手作りのお弁当なんて食べたことがなさそうだけど、それは家がでかすぎるからだ。きっと一流のシェフを呼んで目の前で作らせるような生活をしていたんだろう。だから良いと言う話ではないけれど、パンの耳を食べているような人間とはまた違う。
親が忙しいとはいえ、俺だって何回も作ってもらったことがある。それは学校行事で必要だったからだ。彼は運動会のとき、誰と座って何を食べていたんだろう? ずっと賑やかな家で過ごしていた俺には想像もつかない。
同じ場所で学び笑っていても、普段は見せない表情があるのだろうか。
ーーかわいそうだ。
ふっと湧きあがった考えを、頭を振って追い出した。
この弁当は同情なんかじゃない。俺が好きでやっていることで、仲良くなるためのアイテムに過ぎないのだ。いわば下心である。可哀想な人間へのボランティアなんかじゃないはずだ。
三本のウインナーをまな板に乗せた時に思い浮かぶのはあの笑顔だった。たこさんだ、なんて笑うのは子どものような顔をした後輩で、足を一本ずつ大事そうに食べては目を輝かせている。
あの笑顔が見たい。今はそれだけでいい。
彼が困った時には、先輩として力を貸そう。
そう自分に言い聞かせて包丁を握った。足を作るために切り込みをいれて、フライパンに寝転ばせる。少し悩んでから、もう一本だけ取り出したそれを、同じようにたこの形にする。
ぱちぱちと音を立てて広がっていくウィンナーを見ながら、俺たちの関係もそうであれとひとり願う。