「れーちゃん……」
「ん……」
「眠れない、どうしよ」
へら、と笑う表情が今にも泣き出しそうに見えて、彼の柔らかな短い髪を撫でる。全く手のかかる人だ。暗闇が怖いなら泣き喚いたって構わないのに、小さく名前を呼ぶくらいしか助けの求め方が分からない。
愛おしいな、と思う。長い間このひとに光を見ていたから、彼のしるべになれる喜びは最近になって知ったものだ。
「寝れないんですね」
「うん……」
「じゃあ、何しますか」
「でも、早く寝ないと……」
こういう時の先輩は大抵母親の話をする。彼はかつて神童だと言われていたらしく、凡人にはできないことをしなければならないという使命を持った天才なんだとか。小さい頃から優秀だったのはなんとなく分かるし、要領が良い人だとも思うが、正直あまりピンと来ていない。
大方、早く寝ないと成長ホルモンがどうの集中力がどうのと言われたことがあるのだろう。それは呪いだと俺は思うけれど、彼は家のことに自覚的ではない。
「寝坊したら事務所は午後から開けましょうよ。あの、新しくできた中華のランチメニュー試したりして……」
背中を撫でながら言うと、彼は身を小さくして布団に埋まってゆく。まるまった体を包み込んで、頭に鼻をくっつける。
「俺、こんなんでいいのかなぁ」
「こんなんって?」
「れーちゃんにぎゅってされたままでいいのかな」
良いですよ、と言ってあげるのは簡単だった。だけど全部は伝わらない気がして、ぐっと腕に力を込める。
「俺は大地先輩が好きですよ」
小さく頷いた彼の寝息が聞こえてくるまで、狭い部屋に愛を閉じ込めた。朝はまだ遠い。