絆(笑)スマートフォンが震えて、電話、掛けてきた相手の名前を見て簓は遠慮なく舌打ちした。局の廊下。ADやらカメラマンやらスタッフがドタバタ忙しそうに走り回り誰も簓のことなど気に留めていない。丁度よい。
「はい、」
不機嫌露わに簓は電話に出る。
『よう』
「じゃかしい。」
とだけ言って簓は電話を切った。そのまま楽屋に向かう。
スマートフォンがまた震えた。チッともう一回舌打ち。画面は相変わらずおんなじお名前。通話ボタンをタップ。
『簓クンね、おじちゃんからの忠告なんだけど、記者を毎回武力で黙らすのはよくないと思うの。』
「誰のマネやねん」
そう言って通話終了。
ピンク色、白膠木簓様用の楽屋のドアが見え、入れば中には誰もいなかった。
しっかりドアを閉めて簓は中央テーブルの前にどっかり座って、スマートフォンをそこに置き、そのままジッと画面を眺めているとまたもや震えた。相変わらずのお名前、れーのあほんだら。
簓はただ今絶賛『人を信用する(そして甘えてみる)』練習中。普通に生きていくという行為は簓にとってどこか恐怖だ。でも楽しい。そんな自分にびっくりぽん。
コイツも暇やな、腹立つわ、と簓は上辺だけそう思い通話ボタンをタップし耳に当てながら寝転んだ。
『金で黙らすのは確かに良くねえ手だ。一回金払っちまうとああいう奴らはずっとタカってくるからな。ただな、記者だけならともかく、記者の関係者持ち出して力で黙らす手も良くねえ、そのうち変なジャーナリズム、自分勝手な正義感を持ち出してくる馬鹿が出てくる。それがどんな内容だとしてもな。そっちのが厄介だぜ〜』
「あっそ」
零の楽しそうな声を聞きながら簓は先日のことを思い出していた。
一ヶ月ぐらい前の話。
トマト缶買い忘れたからスーパー行くけど、と言った盧笙に俺も行くと簓は付いていった。
そして案の定会話が脱線に脱線を重ね盧笙的には近所のスーパーに行くだけだったのに、簓も別にそれで良かったのに、なんだかぽかぽか陽気が気持ち良かったからスマホと財布と鍵とトマト缶とペットボトルと駄菓子が入った買い物袋引っさげて、変装どころか服も部屋着のまま超絶ラフに二人でお散歩デートと洒落込んだ。盧笙は疲れていたのか前日のセックスの名残か分からないが許してくれたので途中お手々も繋いでぶらぶら歩いた。
の、
を、
撮られた。
結果、簓は週刊■■の記者に名刺と盧笙との仲良し写真を見せられ、金を寄越せと、じゃなければ…、と、脅されたので〝ツテ〟発動。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、と昔から伝わる言葉があんのに馬鹿なやっちゃ。まあ殺しはせえへんよ、盧笙に万が一バレたら怒られるから。まぁ、れーにはバレるかもな〜と。うん、やから、…ハイ。
『ほんと、どーして簓クンはこーゆー時おいちゃんを頼ってくれねぇの、おいちゃん悲しい。泣いちゃう』
「やから誰の真似やねんソレ」
『全く回りくでーヤツ、どうしてお前は的確に俺のツボを突いてくんだよ、マジで俺ぬるさらのガチ恋ファンになっちまうぞ、』
「きしょい」
『今回お前東京時代にキープしてた奴隷君使っただろ。』
「…。」
その言葉には流石に簓も言葉を失った。
簓が黙ったので零はあっはは!と笑った。
『わかるやつにはわかんの。まぁ俺レベルまで鋭くてすげーやつはそうそういねえから良かったな〜』
あー、と声には出さずに頭の中だけで簓は呻く。そのままうつ伏せになり伸びをした。シンプルになんだか悔しいしどこかくすぐったい。ほんとこまったこまった。零は盧笙以外の人間なのに。
「はぁ…、……しゃーないな、じゃあ、代わりのネタな…、ろしょー、お前のしいたけ嫌い治す、て、秘密の計画が動いとる、」
『よし、じゃあ分かってるな』
「阻止する…」
『OK、じゃあ成立だ』
零がそう言うとスマートフォンの向こうが静かになった。零がミュートにしたらしい。そのまま1,2...数十秒待っていると
『明日そっち行くわ』
零の声が返ってきた。
数十秒の間にどうやら何かがあったらしい。けどそんなことは簓の知ることではない。
「お土産に山崎か白州買うてきて」
『重いからヤダ』
ぶつ、とそこで電話は切れた。
ヘンな気分や、と簓はスマートフォンを抱きしめた。
この世界には盧笙がおればそれだけで他なんもいらん、邪魔やと思ってたのに。
24の自分が今の俺を見たらどう思うんやろ、と、やから久しぶりにあの筋を使ったのに、結局ソレも看破され、盧笙とした会話もあっけなくれーにバラしてしもて、このまま自分はどうなってまうんやろ。タチが悪いのが、なんやもう、れーならええかな、と思い始めてるこの心。
簓は抱きしめていたスマートフォンを持ち直して、盧笙宛てに『これが丸くなるっちゅーことなんかな』とメッセージを打ち込んだ。そして送信はせずに、メッセージアプリ自体を閉じた。そして少し眠ることにした。
答えが出ないときは寝るに限る。
どう足掻いたところで結局全て時間が答えを出すのだ。盧笙と自分がそうだったように。
ま。それはそれとして、やっぱ人の恋路を邪魔する奴は馬にでも蹴られて死ねばええと思う。よーやった零。