SHOWがはじまるよ知らない曲だな、と思いながらじっと耳を澄ます。目の前の女の子二人組がなにやら大盛りあがりで話してちょっとうるさいけれど、集中して耳を澄ます。出囃子、いつもと…なにか、違う、…気がする。ん?あ?ん?これ…、
目の前女の子二人組が言う、これアイドルのだれだれの曲じゃない?と。
…アイドル曲?…『やっと、あえた、あえたんだ、よ、』
え?え?え。
ええ?
白膠木簓の出囃子は毎回変わる。
そして決まっていっつも失恋曲だ。これは確かお笑い■■■ H2.7月号の簓のインタビューに載ってたけど、〝ギャップ〟というのを狙ってるらしい。『出てくる前に物悲しい曲を流す、で、そっから出てきた俺がお客さんをドッと笑わす、その温度差、ギャップがおもろない?』みたいな事が書いてあった。
だから白膠木簓ファンにとっては、『簓はJ-POPの失恋曲で毎回出てくる』ってのは当たり前のことで(ただ単独のDVDになるやつは権利の都合上ってヤツでJ-popじゃない。それでも悲しげなピアノ曲だ。)、そうそう、先々月の出囃子なんてこんな私でも知ってる超有名な悲しい失恋曲だったから出囃子のイントロ流れただけで笑いが起きてた。
なのに今日はどうした簓。すっごいイカニモ明るい曲だけど、あ、待って、サビ、サビになったらわかった。これ何かのCMソングだ。本当にアイドルの、なんだっけ、でも、確か明るいハッピーな、
どうした簓。
そのせいかいつもより客席がザワついている気がする。目の前の女の子達もおしゃべりを止めてしまって、不安そうにお互いの顔を見つめている。だって、いつもと、
「──はい、どーも!」
キィインと一瞬マイクのノイズ、そして、大好きな白膠木簓の声。
…ああ、やっぱり好きだな、と思う。
声色、手、足、表情、白膠木簓、簓は簓の持つ全部を使って私達観客を笑わせに来る。
この人は間違いなく天才だ。それはこうやって舞台で見る時もそう思うし、テレビでもラジオでもそう、話術で、動きで、前の演者のネタも、トラブルや、ミスも、全てひっくるめて全部、場を掴んで何もかも取り込んで、そしてその名の通りに世界を自分の色にさらさらと塗り替えていく。
耳から目から白膠木簓を摂取して私の頭は早速ドーパミン?アドレナリン?ドバドバ、えもしれぬ幸福感で胸が苦しくなる。私は所謂白膠木簓のガチ恋とかいうやつなんだろうか?いやでも簓と付き合いたいとか恐れ多いことは一切考えてなくて、ただこの人を見ていたい、ずっとこの人の〝笑い〟を摂取していたいと思うだけだから違うのかもしれない。なんでもいい。白膠木簓を見ているだけで私は眼福だ。
簓の声が私の全身を満たす。それだけで私はやはりどうしても幸せだ。舞台に立つ生簓が見たくてオオサカにまで引っ越してきた甲斐があったな〜と毎度思う。
あの日、5年前、ピン芸人ぐらんぷりをたまたま見た私は白膠木簓という生き物にやられた。大昔流行った曲の製作秘話まんま、本当よくありふれる話だけれど、あの頃の私は死ぬことばかり考えていた。でも、たまたまつけていたテレビに出ていた白膠木簓を見て、笑って気づいたら泣いていた。大げさに言えばあの日生きる歓びというものを知った。
あれから私は簓が好きだ。でも彼はそのピン芸人ぐらんぷり優勝後長らく休止してしまって、悲しくなりつつも『履修するのにはいい期間だ』となんだかポジティブにもなり、私は〝白膠木簓〟、そして〝どついたれ本舗〟のDVDや雑誌、動画、ラジオ、なんでも見漁った。様々なメディアを通して彼を知っていった。大ファンになった。なんでもっと早く知ってなかったんだろうと何度悔やんだことか。…だから去年の復活のニュースは震えた。
復活のニュースを知った私は思い切って大都市オオサカに引っ越した。後悔は一切ない。幸せだ。幸せだ。すごく幸せだ。だって今、こうやって私は生の白膠木簓を見ている。
「では白膠木簓でした、ほなねー!」
散々笑って、笑いすぎと全身を包む幸福感で、いつも通り流れた涙をそっとハンカチで拭く。新ネタ、本当に面白かった…!アレだ、ラジオで言ってた話がベースになってる。それが上手く脚色されて、多分アドリブも結構入ってるんだろう。私はお笑いに詳しいわけじゃないからわからないけれど、きっと今日だって簓が私達に見せてくれたものはかなり高度な話術?テクニック?がふんだんに散りばめられているに違いない。わからな、いや"知らんけどー"。だって私は白膠木簓とどついたれ本舗しか知らないから。結局『おもろかった』ぐらいしか感想は言えない。はぁ、それにしても幸せだ。
本日の出演者がぞろぞろと出てきて、EDトーク、それもちゃんと見届けて、簓に手を振って、おしまい。
今月は簓がトリだった。来月もそうだったらいいなあ、てかそろそろ次の単独発表されてもいいころ…、と思っていると館内放送、そして会場の扉が開いて、退出の合図。
しっかしアレだ、今日の出囃子、なんだったんだろ…。あの曲ちゃんと聞いたこと無かったけどよく聞けば失恋曲だったりするのかな、とりあえず歌詞調べないと、今この会場にいる誰かが多分SNSでなんの曲か教えてくれるだろうし、ちゃんとそれで曲名・歌詞チェックして…、んー…今日話してたネタは再来月辺りテレビでパワーアップされて演ってくれるかな、…てか今日なんかいつもより簓楽しそうだったな、なんかあ──
「あ。ハンカチ、落としましたよ。」
ぐるぐると今日の簓を反芻していたら不意にトンと背中を叩かれた。
「え、あ、」
カバンを見たら入れていたはずのハンカチが確かにない。慌ててふりかえ
は。
「…あ、…………ありがとう、ございます…」
「いいえ。では」
そう言って〝彼〟は、他の観客と一緒に、横の連れ?なんだかちょっと怪しそうな、というか、見るからに普段の客層とはかけ離れた風貌のおじさんと何か話しながら劇場を出ていった。
私が呆然と立ち尽くしていると、他のお客さんと肩がぶつかってしまったので、慌てて私も出口に向かって歩き始めた。ぎゅっと拾ってもらったハンカチを握りしめながら。
…………躑躅森盧笙じゃん。
あの人、躑躅森盧笙じゃん。
え、なんで。
『Somebody Stole My Gal』、というかいわゆる『新喜劇のテーマ』をサンプリングした白膠木簓、いや a.k.a.Tragic Comedyの『Tragic Transistor』がすっかり白膠木簓の出囃子として定着してしまって早一年が経つ。あの日躑躅森盧笙、いやa.k.a.WISDOMにハンカチを拾ってもらってから怒涛の一年が過ぎた。白膠木簓にとって。
そうそうハンカチ拾ってもらったあの日流れた簓の出囃子は、離れ離れだった恋人が再会した喜びを歌った歌だったようで、はぁ、ふぅん、そういう、つまり、〝そういうこと〟だったらしい。
いやびっくりしましたよ。
まあ、結果、その次の月から出囃子は『Tragic Transistor』一択になった。
毎回どんな悲しい曲で出てくるのかなってワクワク感が無くなってしまったのはちょっとさみしい気もするけど、
「はい、どーも!」
と現れる白膠木簓はやっぱり面白くて今日も私は幸せだからいいのだ。ドーパミン?アドレナリン?ドバドバ。やっぱり白膠木簓は天才だと思う。今日も簓は最高に面白い。そして去年よりなんだか楽しそうで幸せそうだと今日も思う。
幸せそうな簓を見てると私も幸せだ。