夢花火8足が地につかず体が浮いているような奇妙な感覚だった。
何もかも黒に塗りつぶされた真っ暗な世界。
上も下もわからない、手を伸ばしてみても何も掴めず空を切るだけ。
何も見えない、何も聞こえない、何も臭わない。何も感じない。
今こうして自分が存在してることすら曖昧になりそうで、焦燥感に駆られる。
一体ここは何処なんだ?
モブが体験したという精神世界というやつなのか?
このまま暗闇の世界に居続けることになったらーー
悪い想像が一瞬脳裏を駆け巡ったとき。
ぞわりと背筋を這うような寒気を感じた。
五感は相変わらず機能してないが、おそらく本能的な直感が働いたのだろう。
何かが居る。
そう俺が認識した瞬間、どういう原理なのか、薄らと闇の色が薄まり、”それ”の全貌が露わになる。
思わず息が止まるほど、俺にとって衝撃的で悍ましい光景だった。
黒くて赤い、一言で言い表すなら「グロテスク」
目の前にあったのは、巨大な蠢く塊だった。
流石にあの超巨大ブロッコリーみたいな規格外の大きさではないが、それでも相談所のビルよりずっとデカい。
あまりに圧倒的な存在ゆえ、今ここに存在してる俺なんて塵芥、微生物みたいに取るに足らないちっぽけなものだと思い知らされた。
不規則に波打ち、脈動している。
いや、生物的に捉えてはいけない。
これは生命そのものを冒涜してる。
今すぐにでも逃げろ、それに関わるな。
俺の生存本能は目の前に居る何かに対し、最大限の警告を繰り返していた。
理解してはいけない、受け入れてはいけないのだと、本能が叫んでる。
ああでも……何故だろう。
得体の知れない塊を見てると、心が強烈に締め付けられる。
根源的な恐怖とは別に、狂おしいまでに奥底から湧き上がる感情。
行かなければ。
気づけば、勝手に体が動いていた。
得体のしれない化け物に向かって一歩、また一歩と近づいていく。
向こうも俺の存在を認識してるらしい。
塊からずるりと触手が生えて、こちらに伸びてくる。
歩きながら、俺も手を伸ばす。
あと少し。あともう少しで触れる。
触手と俺の手、繋がる直前で。
「ーーーー霊幻さん!!」
鼓膜を揺るがすような大声と共に、体がグンっと急激に引っ張られるような感覚に襲われ。
…………あれ?
気づけば目の前にあったはずの触手は消え、代わりに今にも泣きそうな、部下の顔がどアップに写っていて、ああ、元の世界に戻ったのかと安堵したのもつかの間、何故か視界がブレてる。
「え、ちょ、え」
ジェットコースターのような、急激なアップダウン。
「しっかりしてください霊幻さん、霊幻さん!」
俺の肩を掴んで、かっくんかっくん、これでもかと揺さぶりまくっていた。