辻はペンライトほどの金属の棒を手に取ると、軽く振った。空気を切り裂く音と同時にそれは一メートルほどの長さになった。
「伸縮性のトレッキングポール、山登りの際の杖とかに仕えるやつです。軽くて丈夫なカーボン製で、携帯性がいいので護身用におすすめです。これ、あげます」
しれっと辻は笑って告げる。
「……あ、ありがとう」
「縮める時はこう、です。ガラスだと割れるのでなるべく固い面に押し付けて下さいね」
柄の部分を逆手に持ち直すと、コンクリートの部分に先端を置いてぐっと力をこめると、柄の部分に伸長したパーツは格納される。
はい、とそれを渡されて、犬飼はぞくっとした。そこまで近づいて分かる。彼が黒っぽいウィンドブレーカーを羽織っていた理由を。
かすかに血の匂い。
返り血が目立たないように、だ。
「いぬかいせんぱい」
「……何?」
「あいつらを殺さなかったのを、褒めて下さい」
幼いこどもみたいに舌足らずに名を呼び、睡蓮の花のように優美に微笑んだ辻の顔を、自分はたぶんこの先一生忘れないだろう、と思った。
「思ってたのと違った……」
ため息と一緒に吐き出された言葉に、「何がだ?」と荒船が振り返る。
「いや、こう、もっと冷静っていうか、おとなしい……とは違うな。おとなしい奴がそもそもボーダーの隊員になろうなんて思わないか。いやでもなんて言ったらいいのかな。将来有望な人懐こくて勇敢な黒柴かと思ったら、もう訓練済で犯人見つけたら首っ玉に噛みついてボロ雑巾になるまで引きずり回せるようなドーベルマンの若い成犬だったっていうか」
「誰が」
「辻」
……へえ、と荒船は興味深そうに軽く頷いた。
「あの一年の弧月使いだろ。ゾエと同期入隊、だったかな。攻撃手だと確か戦闘訓練一位抜けだったはずだぞ」
「マジ? 有能じゃん!」
「あと剣道と合気道の有段者って話だ。確か兄貴もインカレで三位だったはず」
「そうなんだ」
思えば自分はまだろくに辻のことを知らない。
それにしても、だったらなんでどこにも所属しないでフリーで遊んでるのだろう、といぶかしくも思う。腕に覚えがあるならさっさと手続きをして、どこかの隊に拾ってもらうように志望するか、同じようにフリーのB級隊員を誘って新たな隊を編成するかしているだろうに