ぐー、ちょき、ぱー 「一人あそび」***
「ぐー、ちょき、ぱーで、なにつくろー、なにつくろー」
地底魔城に幼い子供の声が響く。
歌声の主は、ランプの灯る部屋で一人、銀色の髪をさらさらと揺らして、小さくてふっくらした二つの手を握ったり開いたり重ねたり並べたりしながら、父の帰りを待っている。先ほどまで遊んでくれていた父の部下たちは、それぞれの部屋に帰っていた。
「父さんみたいに手が六つあったら、もっといろんな形がつくれるのにな」
「帰ったぞヒュンケル!」
「おかえり父さん!」
「ああ、ただいま」
黄色い折り紙で作られた星のメダルを首から下げた骸骨戦士が、両手を上げて駆け寄ったヒュンケルを、四本の腕で抱き上げる。
「おおっ、また少し重たくなったのではないか?偉いぞ、よく食べてよく動くことは今のお前に大切なことだ」
「うん!ねぇ、見て!ぐー、ちょき、ぱーで、ぐー、ちょき、ぱーで、なにつくろー、なにつくろー、右手がちょきで、左手がぐーで、かたつむりー、かたつむりー」
「なるほど、上手だな!」
骸骨戦士は、我が子の後頭部に添えていた、骨張った、というより骨そのものの手で、柔らかい銀の髪を優しく撫でた。
「父さんもやってみて!オレより手が多いから、きっと父さんの方がいろんな形ができると思うよ!」
「そうかもしれんなぁ!ヒュンケル、わしの手でどんな形ができるか、考えておいてくれるか」
「うん!」
***
ラーハルトとヒュンケルは、小さな町に一軒だけあった宿屋に入り、装備の手入れをしながら明日の予定を話し合い、それから湯浴みを済ませた。久しぶりに湯に浸かれたので、前の町からここまで野宿を続けた疲れが癒されたが、少々熱めの湯だったため、体が火照った。食事が用意されるまで少し時間がかかるようだったので、外へ出て風に当たることにした。風呂の近くに宿の裏手に出る扉があったので、そこから出ようとした二人の耳に、子供の歌声が届く。
「ぐー、ちょき、ぱーで、ぐー、ちょき、ぱーで、なにつくろー、なにつくろー」
扉を開けると、おそらく宿屋夫婦の子であろう幼い男の子が、薪にする前の丸太に座って足をぶらぶらさせ、指を動かしながら歌っていた。男の子は、二人を見るとびくっとして歌うのをやめ、立ち上がった。
「おきゃくさん、お湯かげんはよかったですか?」
「ああ、とても気持ちよかったぞ。お前が沸かしてくれたのか。ありがとう」
ヒュンケルがそう言うと、男の子はニコッと笑う。
「懐かしいな。俺も子どもの頃…父バルトスの元にいた頃だ、その遊びをしていた」
「父親に教わったのか?」
「いや、初めに教えてくれたのは、旧魔王軍の、父の同僚だな。トロル族なのだが、すごく知性が高くて、膨大な量の本を読んで、人間の文化にも詳しかった。あまり話すことはなかったが、一度、そいつが父さんに会いにきたときに、父さんがハドラーに呼ばれてしまって、そいつと二人になったんだ。そのときに、気まずかったのだろう、この遊びを教えてくれた。お前はこの遊び知っているか?」
「俺は母さんから教わった。外で遊べなかったから、家の中でできる遊びをいろいろと教わったものだ」
「そうか。…ぼうや。一度試してみたかったことがあるんだが、手伝ってくれないか?三人で一つの形を作るんだ」
「え?やる!なにつくるの?」
「……俺はやるとは言っておらんのだが……」
「お前はチョキを二つ、仰向けにして、手首を付けて反対向きになるように」
ラーハルトは渋々、言われた通りの形を作る。
「ぼうやは、パーを二つ用意してくれ」
「どうつけるの?」
「俺のができてからつけてくれ。グーチョキパーのどれでもないので、反則なんだが……許してくれるか?」
「えーずるい。でもいいよ、ゆるしてあげる」
「ありがとう」
ヒュンケルはラーハルトと向き合う形になり、ラーハルトの仰向けのチョキの上に、自分の手をのせながら説明する。
「俺は、こうして、こいつの片方のチョキの上に手首をのせて、手はパクパク、口みたいに。もう一つの手は、反対のチョキの手のグーの部分を包んで、人差し指だけ、チョキの間に出す」
「なんだろう、まだわかんないや」
「ぼうやは、両側にパーを付けてくれ」
「こう……?なに、これ?」
「……すまん、やっぱりあまり上手くないな」
ヒュンケルは苦笑いする。ラーハルトも不審そうな顔をしていたが、ふとひらめく。
「……もしや飛竜のつもりか?」
「ああそうだ!」
なんだその嬉しそうなキラキラした顔は……。ラーハルトは少し動揺したが、何も言わずにおいた。
「ひりゅう?……あっ、そらをとぶ、つばさのあるドラゴンのこと?!」
「そうだ。どうだ、見えるか?」
「んー……見える、よ……」
「子供に気を遣わせているぞ」
「ふっ。すまんなぼうや。一度試してみたかったんだ、付き合ってくれて助かった」
「ぼく、やくにたった?」
「ああ、ありがとう」
ニコッと笑った男の子の頭を、ヒュンケルが優しく撫でた。かつて自分が父からしてもらったように。
宿屋の女将から、食事の準備ができたと声がかかったので、二人は扉から中へ入った。男の子も続く。二人は食堂へ、男の子は厨房へ。彼は家族とそこで食事をとるのだろう。
「何だったのだ、さっきのは」
「父は腕が六本あった。だから、父がこの遊びをしたら、きっともっとすごいものができると思った。思いつく前に、父は死んでしまったが……」
目が少し寂しそうだ。
「なるほどな。飛竜はあまりうまくなかったが」
「そうだな」
ヒュンケルがクスリと笑うのを見て、ラーハルトは安堵する。
***
このヒュンケルという男は、大人でさえ飲み込みきれないであろう、家族、すなわち父バルトスとの理不尽で辛い別れを、幼い頃に経験した。その直後、勇者アバンから差し伸べられた優しさを、憎みながら結果だけ受け取るという、複雑すぎる芸当をこなそうとした。光の師アバンに刃を向けた後は、闇の師ミストバーンの元で憎しみに全身を染め、ひたすらに己を強くすることに没頭したが、その過程で、微かにしかし確かに聞こえる、己自身の声による警告を殺さねばならなかった。
歳月が過ぎ、不死騎団長として憎しみの剣を振るう中で、勇者ダイおよびその仲間たちと出会い、自らの目で、心で、その有り様を見、感じることにより、悲しみや憎しみが冷たく刺々しく凍っていたものを溶かし、掴みどころのない温かく柔らかいものに目を向けることができるようになった。しかしその後も、己の中にある矛盾に引き裂かれそうになりながら、そしてあまりにも多くの傷を負いながら、己と戦い続けた。そうして、己の中の光で闇を打ち倒すことに、一度ならず二度までも成功した。
その過程でヒュンケルは、ラーハルトという、歳も近く境遇の似た、半人半魔の男と出会った。二人は、剣と槍を交え、各々の思いをぶつけ合った。その交わりはほんの一時であれど激烈であった。それゆえ、ラーハルトはヒュンケルへ、己の思いの込もった『鎧の魔槍』を託すに至り、ヒュンケルは、ラーハルトの死を看取った後は『鎧の魔槍』を纏い、ラーハルトを思いながら戦い続けた。そしてヒュンケルがもはや戦えなくなったとき、今度はラーハルトが、死から甦り、戦士としてのヒュンケルの死を看取り、ヒュンケルから『鎧の魔槍』を受け継いで戦いに参じた。
戦いが終わった後、二人は、共に旅立つことを選んだ。旅を続ける中で、ぽつりぽつりと、あるときはヒュンケルが、またあるときはラーハルトが、過去を振り返り、そのときの出来事や自身の抱いた思いを語るようになった。互いに、互いにならば、それを見せてもいいと思える。過去に抱いていた人間全般への強い憎しみ、その根底にあった深い悲しみと絶望、さらにその奥にあった愛、そして、人間も捨てたものではないと思わされ、破壊ではなく破壊から守るために戦う道を選べたことへの感謝。それは二人に共通する経験であり、深く共鳴し理解し合うことができる。二人で行こうと決めたのは、新たな生き方を模索するのに、互い以上の存在はないと確信していたからだった。
ラーハルトは、ダイのために戦えたこと、これからもダイのために働くことを、己がバランの血によって再び生かされた意味だと考えているが、命を懸けてバランの心を溶かしたこの男と共に生きることも、己の生きる意味に加えようとしていた。
Fin.