森の小屋で二人***
「ラー、来てみろ」
「なんだ」
小屋の裏で洗濯をしていたヒュンケルが、すぐ上にある台所の窓に向けて張りのある声をかける。朝食を用意する手を休めて窓から顔を出したラーハルトに、石鹸液に浸した両手をぎゅっと合わせてから徐々に隙間を広げ、すぼめた口から息を吹きかけて、ヒュンケルは器用にシャボン玉を飛ばして見せる。木々の間から射し込む朝の光が当たり、キラキラと虹色に光って、弾けて消える。ラーハルトの表情が緩んだ。
「綺麗だろ」
「ああ、絵になるな」
ラーハルトはしばらく、そうして遊ぶヒュンケルを眺めていた。母さんの洗濯の手伝いをしたときに母さんがやって見せてくれて、自分も真似をしてみたが、息が強すぎて手元の膜がその場で割れてしまった。何度か試すうちに大きなシャボン玉ができたとき、母さんが褒めてくれたから、余計に嬉しかったのを覚えている。
ヒュンケルは、小さなシャボン玉を勢いよくたくさん出すのも、慎重に大きく膨らませてから飛ばすのも、どちらも上手くやって見せる。
「お前もやるか?」
窓から顔を引っ込め、代わりに隣の扉から出てきたラーハルトは、ヒュンケルの隣に座り、自分も石鹸液に手を浸して、シャボン玉を作る。
「昔、母さんとやった」
「そうか。オレは先生がやって見せたとき、綺麗だなと思ったが、喜んでいると思われたくなくて、そっぽを向いたんだ。そうしたら、これは呼吸を長く続ける修行ですよ、とかなんとか言ってやらされた」
「アバン殿はお前の扱いがうまいな」
「そうだな」
ヒュンケルはアバンの、剣の修行のとき以外、笑みを絶やさなかった顔を思い出し、何度目かわからない謝罪と感謝を心の中で述べたが、しかしそれはもはや、自分を苛むものでも縛るものでもなくなっていた。
正しいと信じられる戦いに捧げた日々。アバンと生きて再会し、闇との戦いに打ち克ち、誇りと言ってもらえたこと。それだけではない。
こうしてラーハルトと二人で生き、父を殺された子でも、勇者や人間に復讐を誓った男でも、世界を救う正義の使徒でも戦士でもない、ただの、日々、生きるために働き、共に暮らす相手と思いやり合い愛し合う、一人の男になれたから。
隣でシャボン玉を出来る限り大きく膨らませることに挑むかつての陸戦騎の横顔を眺めて、ヒュンケルは穏やかな笑みを浮かべた。
おわり