綺麗な菓子***
「さすが世界一発展した国の城下町だ。何でもある」
「静けさや慎みは見当たらないようだが?」
「そう苛つくな。大魔王たちに怯える必要がなくなったから、これだけ活気があるのだ。よいことではないか」
「……だから人間共は愚かだと言うのだ」
「あまりはっきり物を言うと、いらぬ諍いを呼ぶぞ」
「お前もそう思うのなら構うまい。大魔王の脅威も、大魔王があれほど地上を滅ぼしたがった理由も、それに……ダイ様のことまでも……人間共はすぐに忘れ、目先の楽しさばかり追っているではないか」
「そう見えるな」
「バラン様のときと、これでは何も変わらぬ!」
「そうだろうか。オレはそうは思わん。ダイの願いが叶って人々の心が一つになったとき……お前にも聞こえただろう。あのときの思いを、皆が忘れたとは思いたくない」
「ふん、ただの願望ではないか」
「だが願いこそが、大魔王の企てを倒したのだ。それに、姫……いやレオナ女王や、各国の王たちも、今、真剣に魔族との共存について考えている。前と同じではないさ」
「……だといいがな」
「……そうだ、ラーハルト。これ、前回パプニカ城に帰投したときに、アバンからオレたちにと預かっていたと、女王が渡してきた袋に入っていたのだが」
「これも薬草か?」
「いや。開けてみたら、金が入っていた」
「金なら女王から預かっているだろう?」
「手紙が添えられていた。これは『小遣い』だそうだ」
「小遣い?」
「ああ。宿代や飯代などとは別に、えーと。『気分が落ち込んだら、ちょっとウキウキするようなことに使ってください』だそうだ」
「ウキ……何を呑気な!ダイ様の元に馳せ参じ、ダイ様が無事にあの女王のところにお戻りになるまで、楽しみなどいらぬ。落ち込んでもおらぬ!魔界に向かう準備はまだ整わぬのか。こうしているうちにも、ダイ様の身に危険が迫っているかもしれぬのだぞ」
「焦るな。オレも同じ気持ちだ。だが今オレたちにできることはない。日々鍛練はしている。だったら滋養をつけるしかないだろう。オレもお前が落ち込んでいるとは思わないが、あまりよい気分ではなさそうだ。ときにはやり方を変えた方が物事が進む場合もある」
「……たしかに、バラン様もそのようなことをおっしゃっていた」
「そうなのか」
「オレがまだこのくらいの頃だ。槍を持たせてもらってすぐは、毎日できることが増えた。しかしあるときから、それ以上は上達しなくなってな。オレはがむしゃらに槍を振った、昼も夜も。そのときにおっしゃったのだ、こういうときは、少し目先を変えた方がよいと」
「それと同じだろう」
「……飽くまで鍛練のやり方の話だったが?」
「今は鍛練の中で躓いているわけじゃないからな。気分を変えることをしろと言っているのだと思うが、ウキウキ……とは、どうすればよいか、オレにはわからん」
「……お前、そのアバンの元にいる間、落ち込んだときはどうしたのだ」
「落ち込んだとき……オレも、落ち込むのは剣術が上達しないときだったが、自分で何かしたことはない。ただ鍛練を繰り返すのみだ」
「ではそのようなときに、アバンが何かいつもと違うことをしなかったか」
「そうだな……そう言えば、上手くいかず鍛練の時間が欲しいときに限って、丘の上などに連れていかれて、先生が作った弁当を食った」
「そうするとどうなった」
「そうだな……登るのはきついが、登っているうちに剣のことは一時忘れ、頂上に着くと、風が気持ちよくて気が晴れた」
「それだろう。弁当は?うまかったのか?」
「味わわんようにしていたから……だが普段は見ないような綺麗な色の甘い菓子を、弁当の後に渡されて、食った」
「……綺麗な色の菓子か……。うまかったか?」
「ああ、山登りで疲れた体に力が行き渡るようだった」
「では、そういう菓子を買おう」
「それが……ウキウキか?」
「お前……何度も言うな。それに……オレもな。母さんが元気で、まだ魔王軍が動き出していなかった頃、そういう菓子を食うことがあったのを思い出した」
「オレは地底魔城で暮らしていた頃だな」
「オレは人間の村だが。年に一度の祭でそういう菓子が買えるのだ。祭の日、母さんはオレに小遣いをくれる。その小遣いで、出店で遊んだりおもちゃを買ったりした後、最後にその菓子を買う。そして何日かは食わずに眺めて、母さんと祭の話をして、それから母さんと半分ずつ食った」
「母親との思い出の菓子なのだな」
「今の今まで、そんなこと忘れていたが……あれはよい思い出だな」
「では、買いに行くか」
「ああ、そうだな」
おわり