マキューシオは女として生まれ、男として育った。女をわざわざ男として育てるなど正気とは言えない。それにはいくつか、のっぴきならない理由があるが、今は関係ないので割愛しよう。
その事を知っているのは、マキューシオの親族と彼女の親友であるロミオ、そしてその両親だ。なぜロミオにその事実がバレたのかもまた、別の話なので割愛。その際に二人の婚約話が出たことだけは伝えておこう。
さて、時は流れ、ロミオに新たな友人ができた。彼の名前はジュリアス。ひょんなことから彼もまた、マキューシオの性別を知ることとなった。これまた話が長くなるので割愛する。
割愛ばかりで何が言いたいのかって? 要するに、マキューシオの性別をティボルトは知らないってこと。
「ジュリアス! いったいなにを考えているんだ!」
「うるさい、ティボルトには関係ないだろう」
「そこのモンタギューはこの際いい、お前の親友らしいからな。だが、それは違うだろう!?」
堂々とそれ呼ばわりを受けたマキューシオは気にすることなく紅茶をすすった。ティボルトの癇癪は今に始まったことではない。今はいいなんて言ってるが、ロミオに矛先が向くことだってしょっちゅうだ。
ロミオとジュリアスの一悶着を経て、両家は和解することになった。だが、長年の溝がそう簡単に埋まるはずもない。そういう意味ではティボルトの反応はしごく真っ当と言えよう。
それに、今回に限っては、マキューシオもティボルトとは同意見だ。
「マキューシオはロミオの親友、なら俺の親友でもある」
「そんな理由がまかり通るものか!百歩譲ってその通りであったとしても、なぜそれをエスコートするんだ!」
そう、マキューシオの性別を知ってからというもの、ジュリアスは彼女を女性として扱った。段差があれば手を差し伸べられ、椅子があれば引いてくれる。紳士としては完璧な所作だ。相手が男でなければ。
何度も言うが、マキューシオは確かに女だ。だが、世間で彼は男として通っている。そうなれば残るのは男が男にエスコートというなんとも言い難い事実だけだ。
これにはマキューシオも困ってしまった。 され慣れていないということもあるが、相手も悪かった。これがロミオだったのなら背中を叩いて笑い転げただろうし、有り得ないが、ティボルトであったのなら売り言葉に買い言葉で喧嘩にでも発展していただろう。
ジュリアスはマキューシオの周囲にはいないタイプだ。頭が良く、品行方正と言う言葉が良く似合う。あと少し天然。善意百パーセントという脅威の純度を誇る男にマキューシオは屈したのだ。
「お前も、男として恥ずかしくないのか?」
「……逆に聞くが、お前は断れるのか?」
「質問に質問で返すな」
「へえ、ならできるってことだな。断られることを欠片も考えてないきれいな目に否と言えるのか。そりゃ大層ご立派なことで。残念ながら俺には無理だった」
口を開けば憎まれ口。これはもう癖のようなものだ。マキューシオはティボルトを蔑むように言葉を紡ぐ。この男が、ジュリアスに甘いのはよく知っていたからこその言葉だった。案の定、ティボルトはぐっと黙り込んだ。
「俺とお前は違うだろう」
「さっきジュリアスが言ってただろ、俺と彼は親友なんだ。そりゃお前とは違うさ」
「そのロミオにしてないことをなぜお前にはするんだ」
「さあ、距離をはかりかねているとか? 何せ親友の親友がスタートだ。彼なりの親愛を表しているのかも」